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予知能力 書類を両手に抱え運んでいた憲次は、突然左の頬に激痛を感じた。 「あ、まただ! 」 誰かに頬を叩かれる。彼は運んでいた書類の束を廊下の床に下ろし、壁に寄り添うようにしてしゃがみこんだ。今から数時間以内に、自分の身に災難が降り掛かる兆候である。 (一体、何で叩かれるのだろう。上司かな? 恵美かな? ああ、見当もつかないぞ) 背中を壁につけ両膝の中に顔を埋め、小さくなった。万全の防御体制だった。彼には生まれつきの予知能力があり、余地の前には何らかの身体的な痛みを伴った。しかし、この能力の御蔭で今まで何度も危機を乗り越えてきた。 (しかし、ずっと座っているわけにもいかないな) そのとき、カツカツと足音が近づいてきた。 「大丈夫ですか? 」 呼びかけられて憲次が少しだけ顔を上げると、ミニスカートから伸びた足が見えた。さらに顔を上げると、去年入社したばかりの経理課麻野綾が首を傾げながら見下ろしていた。 「ちょっと目眩がして。でも大丈夫だから」 まさか予知を感じたからなどとは言えない。綾は心配そうにさらに顔を近づけてきた。間近に見る綾の透き通るような白い肌に、ぽーとしたときだった。いきなり頬に激痛が走り、ピシャーという甲高い音が廊下に反響した。 「痛ーい! 」 「ごめんなさーい。でも、蚊が止まっていたの、ほら」 綾は手のひらを見せた。手の上には何もなかった。 「あら、すばしっこい蚊ね。逃げられたみたい」 憲次は目に涙をためて、黙って綾の顔を見つめた。 「やっぱり痛かったですよね」 悪びれた様子も泣く彼女は笑っていた。そのとき、また憲次の足に激痛が走った。なんと、足を踏んづけられる。それも女の足だった。 「この書類運ぶのお手伝いしますわ」 「ああ、悪いね」 急いで立ち上がった途端、憲次は置いてあった書類に近づいた綾に足の甲を踏まれた。 「あああ、痛―! 」 「あ、また、ごめんなさーい」 今度は憲次の尻に激痛が走った。結婚した綾の尻にしかれている姿が見えた。快活な女は嫌いではなかった。こういう痛みならいいかもな、と憲次は笑窪が可愛く出た綾の顔を見ながら思った。
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