入れ替わり 天野グループ会長天野健三と妻ゆり枝は並んで遺体安置室の扉を見つめていた。 多田警部が扉を開けて二人を招じ入れた。多田は遺体の前に立つと、被された布を両手でたくし上げた。息子の健介となんとなく似ていたがどこか違う気がする。多田が二人の顔を覗った。 「ご子息でしょうか」 「わかりません。とてもよく似ていますが…… 」 健三がやっと低くつぶれた声で答えた。 「右手に火傷の跡が」 多田が右手側の布をまくる。火傷があった。二人は顔を見合わせた。 「他にも特徴がありますか」 「あ、健介は右足首に犬に噛まれた傷跡がありました」 ゆり枝の言葉を受けて、多田は足元の布をたくし上げた。足首に傷はなかった。 「健介は小学校3年の時に学校の帰宅途中で野良犬に噛まれまして、ずっと足を引きずるようになってしまいました。あまり目立ちませんが」 「では、ご子息ではないようですね」 行方不明の健介を案じた天野夫妻は重い気持ちのまま本所警察署を後にした。健介は高校2年のとき、家出した。ときどき近況を知らせる手紙が来たが、ここ1年音沙汰がなかった。二人は10年も健介に会っていなかった。 *
それから半月後* 天野健三とゆり枝がリビングのソファーに座っている。向かい側には一人の男が座っていた。 (すごく健介に似ているけど、どこか違う気がするな) 健三は男を見て思った。 二人にとって健介の記憶は、高校2年の時、家出した時の面影のままであった。そこへ1週間ほど前、結婚したと言って妻の恵美を連れて健介と名乗る男がやって来た。 「きみは健介ではないね」 「いやだなあ」 健介は隅にある家具まで歩いていくと、アルバムを出してきた。 「ほら、僕です。右手のやけどは小学生のときのものでしょ」 確かに傷跡がある。思い出も一致する。しかし、どこか違う、と健三は考えていたが、思い出した。 「そう、健介は足首を犬に噛まれてからびっこを引いていた」 「嫌ですね。小さいころのことですよ。もう直っています」 「傷を見せておくれ」 「もういい加減にしてください」 びっこを引くといってもあまり目立たなかったことは事実である。健三は疑ったりして悪いことをしたと思い始めていた。 怒った健介はリビングを出ると、自分の寝室に入り、ドアを後ろ手に閉めた。部屋には妻の恵美がいた。 「まいったなあ。50億の財産のためだ。足首を犬に噛ませるか。しかし、殺した健介と俺は体型もそっくりだったし? 顔も整形してそっくりにしたし。几帳面につけていた日記は丸暗記した。どうなっているのだ。あいつびっこなんか引いていなかったぞ。恵美、あいつのことは調べただろ」 「ええ、そう言えば、あいつもきょうのあなたみたいに変なこと言っていたわ」 「変なこと? 」 「犬に足を噛ませるなんて嫌だなって」 「もしかして、俺たちが殺した男って、健介じゃなかったのか」 「わたしたちと同じことをしようとしていたってこと…… 」 |