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いじめ 大手貿易会社に勤めて25年の遠藤祐一は、机に座って考える。 (きょうは何して1日を過ごそうかな) 頭の中で自問してから周囲を見回す。同僚はパソコンに向かい何かしている。(多分、仕事をしているのだろう。当たり前か。会社に来て仕事をしていないのは自分くらいかな) 同僚と交わす言葉は朝の挨拶と退社の挨拶くらいである。とは言っても、遠藤に挨拶を返してくるものはいない。 (あー、俺は完全に無視されている) そう思っても、毎日、根気良く同僚には挨拶することにしている。お互いに声を掛け合い親愛の気持ちを表すのが挨拶だろう。然るに挨拶が返らないということは、相手には親愛の気持ちがないということなのだろう。 この部署に配属されてから、かれこれ3年目であるが、完全に無視されている。遠藤は最近特にそう思うようになった。隣の席の前田に声を掛ける。 「何かお手伝いしましょうか」 すると、前田は反対の席の海山に間髪入れず声を掛けるのだ。 「この処理、頼みますね」 また、無視された。いいかげん、こんな会社、うんざりだった。 翌日、遠藤が出勤すると、自分の机に見知らぬ男が座っていた。 「あのどちらの部署の方でしょうか? 」 その男は遠藤の問い掛けに答えもしないで、ずっと座っていた。遠藤は座る席がなくてこの男の隣に立っていた。 「大山くーん」 遠くから声がしたら、この男が「はい」という元気な返事をした。大山と言うのか、と思った。男は係長に呼ばれて席を立っていなくなった。やれやれ、遠藤は自分の席に座る。しばらくして、大山が大きな書類の束を抱え遠藤のそばにやって来た。遠藤がいるのもお構いなく、書類の束をどさっと机に置いた。遠藤は驚いて机から飛びのいた。そこへこの大山は待っていましたと言わんばかりに平気で座ってしまった。遠藤は席がなくなり途方に暮れ、隅に立った。それからと言うもの、遠藤は自分の席がなくなり、空いた誰かの席を見つけては座るようになった。 一体、何のためにこの会社に来ているのだろう。そう思っていると、ふと気がついた。もう何年も給料をもらっていない。係長に文句を言おうと思った。係長席に行ったが、案の定、係長は無視し、給料は払うつもりはないようだ。まあ、働いていないのだから仕方がないか、と遠藤は一人で納得していた。 (こんな生活で生きていると言えるのだろうか) そうは思ったが、やはり自殺は怖い。死ぬのは怖い。死にたくない。死ぬことを考えただけで遠藤は身震いが起きた。人間は生かされている。何かの本で読んだ。そんなことを思い出し、こんな生活でもいいのだ、と納得する。 ある日、裃(かみしも)を着けた神主がやって来た。お祓いを始めるようだ。 (商売繁盛祈願か? 不景気だからな。しかし、神頼みとはこの会社も長くないな) 遠藤は神主の言葉を聞いていたら、ときどき目まいが起きてきた。 (あら、ずっと病気していなかったのに。医者に行ったほうがいいかな。そういや、新しい保健証をもらっていないよ。もう、有効期限が切れているもの。お金は持っているな) 遠藤は胸ポケットから財布を取り出す。1万円札が4枚入っていた。 (なんか、2年くらいお金使っていなかった気がするけど、気のせいかな) やがてお祓いにより遠藤の魂は天に導かれていった。 |