失恋緩和剤

 

 OL3年生の山口京子は片思いで苦しんでいた。あるとき、彼女が書類を得意先に届け、帰社しようと歩いていたときだった。

「そこのお嬢さん」

 道の脇から声が掛かった。声の方を見ると、昼間から占い師らしき女が机の前に坐っていた。

「恋は苦しいのう」

「えっ」

 京子は女を見つめた。

(なによ、20代の女に恋の話は当たり前でしょ? キャッチセールスと同じだわ)

「同じ会社の人だね」

(この格好はいかにもOLよね。誰でも分かるわ。こうして声を掛け、外れれば無視されて通り過ぎていかれるのね)

「もう少し近づいてくれれば、もっとあんたの事が分かるのだが」

(ほーら来た。近づいて、見てもらったら、見料を取るに決まっているわ)

「まあ、来なさいな。見料なんてものは取らんか ら」

(あら、考えている事が分かるのかしら)

 京子は女に近づいた。

「だいたい、恋というものの大半は打ち明けられず悩むものだ。打ち明けて失恋するのが怖いからさ」

「そうよね」

「この薬は相手が何を考えているか心の中が分かる薬で、1錠一万円。これは告白する勇気のわく薬で、1錠千円。これは失恋緩和剤で、1錠十万円。どうだね」

「あら、相手の心が読めるなんて、便利そうね。でも、1万円は高いわ」

「そうとも限らんよ。なにしろ、告白しなくてもいいのだから、失恋をすることもないのだよ」

 なるほどそうかもしれない。京子は1万円で心が読める薬を買った。

 翌日、京子は出勤すると、その錠剤を一粒呑んだ。意中の男は同じ係の鈴木である。薬の効能書きによると、相手の半径1メートル以内にいないと、心が読めないようである。京子は早速1メートル以内に近づいた。すると、鈴木の心の声が聞こえてきた。

「わああ、近づくなよ。このドブス! 」

 京子はすぐに10万円を持って、占い師のところへ失恋緩和剤を買いに走った。

超短編小説の目次に戻る