移植 死神はとても暇だった。高度医療技術が進歩し、臓器移植が目覚しい進歩を遂げたお陰で、事故にでも逢わなければ、死人は出ない時代になっていた。死神は下界で魂を求め、さすらっていた。 公園に来た死神は、うずくまる20代の若者を見つけた。 「お、死ぬのか? 」 死神は病人ならしめたものと、ときめきながら近づいた。若者は死神を無視し、うずくまっていた。 「体の具合が悪いのか。わたしは死神だ。安心して死んでいいぞ」 死神は目一杯明るく振舞い、若者の隣に坐った。 若者が死神に顔を向けた。彼には口がなかった。 「その口はどうしたのだ」 死神は驚いて聞いた。若者は表情を険しくさせ、死神に紙切れを見せた。見ると、臓器受領書と書かれていた。若者は自分の口を売ってしまっただけだった。まだ、死にそうにない。死神はまたさまよった。 死神の脇を猛スピードでスポーツカーが疾走していった。そのまま、カーブを曲がりきれず、コーナーに激突した。 「今度こそ死ぬぞ」 死神は満面の笑みをたたえ、車からはじき出され、路上に横たわる男に近づいた。 「魂は私がいただくから安心しなさい」 死神は男が息絶えるのをひたすら待った。そこへサイレンを轟かせながら、1台の救急車が近づき、倒れている男のところで急停止した。救命士が駆け寄り、男の体に装置をつけて調べていた。 「脳死判定により、死亡確認しました」 そういうなり、救命士たちは死神よりも早く、あっという間に男の魂を摘出していったのだった。
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