新人類の上昇

 「きょうもホームかい?」

 バーバラの恋人、ケンが聞いた。バーバラはにっこりうなづいた。

「本当に好きなんだね。今の仕事」

「ええ、とても気に入っているわ。あなたはどう?」

「メモリーの開発がうまくないんだ。嫌になるよ」

「いつかきっとできるわよ。頑張って」

 愚痴を言うケンを励ますバーバラだった。

 二人は人通りの少ない都市の地下通路に来た。地下通路には高齢者、身体障害者用に作られた動く歩道があったが利用するものは誰もいなかった。バーバラとケンは動く歩道に乗るためゲートに向かった。

「これもガンマ6から与えられた仕事なのだけど変な仕事なの。ガンマ6の話では、この歩道を使っているお年寄りに挨拶してあげてほしいというこのなの。だけど、でも、もう誰もいないわ……」

 閑散とした歩道のゲートの前にアンドロイドの警備員が立っていた。

「パスをお見せ下さい」

 警備員が笑顔で話し掛けてきた。バーバラは持っていたパスを見せた。その時アンドロイドの手とバーバラの手が触れた。

「あなたは人間ですか?」

 警備員が珍しそうにバーバラの身体を見つめた。バーバラはアンドロイドから奇異の目で見られることが悲しかった。

 市内に設置されているガンマ6のカメラが警備員を捕えた。ガンマ6の中枢センターの巨大スクリーンに警備員のデータが表示された。赤い文字が警報音と共に現れた。

「ターゲット識別 :C型アンドロイド  トップシークレットを保護せよ」

 ブオオーオーン、ガガガガガー、ものすごい音が聞こえてきたと思ったら、無人タクシーが猛スピードで歩道を乗り上げ駅の壁に激突した。

「大変だー。誰か車に轢かれたぞー」

 その声に歩いていたアンドロイドが集まって来た。見ると、さっきの警備員が頭から人工脳味噌を吹き出しつぶれていた。

「怖いわ。またアンドロイドが死んだわ。私が何処か出かけると、時々こんなことが起こるの」

 身体を小刻みに震わし身体を寄せてきたバーバラをケンはそっと抱きしめた。ケンは落ち着いたバーバラを老人ホームへ送ると一人、メモリーの研究をしている大学の研究室へと向かった。

 大学へ着いたケンは研究室のパソコンを起動させた。

「バーバラの健康状態良好です。ただ、バーバラの回りで起こる事故が、彼女に極度の情緒不安を起こしています。卵子の生産に悪い影響を与えるかもしれません」

「わかった。もう若い人間は彼女一人だけだし、精子のストックも底を突いた。別の方法で人類の存続を考えなければならない時期に来たようだ。

 ところで最近きみのメモリーが乱れているようだな。明日八時、ガンマ6管理センターへ出頭したまえ。メモリーの更新をしよう」

 交信が終わった後もケンはモニターの前に身動き一つしないでいつまでも座っていた。      

「もっと早くメモリーを更新するべきだった。もう身体が動かないよ。バーバラを好きになってからときどきメモリーが加熱するんで気にはしていたけど、だんだん激しくなってきた。これが人間の言う愛なのか……。

 愛の感情を受け入れられるメモリーの完成まであと一息だったのに。いつまでも一緒にいたかったよ……バーバラ」

 ケンはやがて頭から小さな火を噴き出し、小さな火は体全体へと広がった。

 食品を包装するビニール、プラスチックなどに含まれていた物質が精子を生産する能力を男から奪っていったが、人類はこれらの製品の恩恵を捨てることができなかった。いつしかすべての男から生殖能力が完全に喪失していた。

 幸いにも著名人の精液を保存した病院があり、完全とはいかないまでも人工授精で種の絶滅をかろうじて防いでいた。

 それでも人工授精で生まれてくる男には生殖機能は備わっていなかった。残り少なくなった人類は人類存続の方法を見い出すためガンマ6というコンピューターを作り、わずかな希望を託すことにした。しかしガンマ6の努力もむなしく精子のストックもついに底を突き、人類は老人ホームの高齢者とバーバラという一人の女だけになっていた。

 それから時は何十年か流れた。やがて公園で寄り添い愛を語らう男女の姿が見られるようになった。公園の片隅に「バーバラとケン」の寄り添った銅像が建っていた。

 ケンとバーバラは人類とアンドロイドが愛しあった最初のカップルとなった。ケンの亡き後、バーバラがどのように余生を送ったか定かではない。ただ分かっていることはバーバラが細胞という組織を持った人類の最後の一人として死んでいったことだけである。そしてバーバラとケンが待ち望んでいたアンドロイド用高性能メモリーが長い時を掛け完成したのである。

 人類の意志はメモリーという小さなチップに保存され、合成細胞という組織を持った不老不死の新人類が誕生したのである。

(完)

 


短編小説の目次に戻る