飛んできた小鳥

 

秋のはじめの天気のいいある朝、正ちゃんのお母さんが、ベランダで洗たくものをほしていた。

「小鳥がきてるよ」

 お母さんがまどから正ちゃんに小声でささやいた。

 学校へ行くしたくをしていた小学校三年生の正ちゃんは、ランドセルをそのままにして、まどにかけよった 。

 お母さんのゆびをさすほうを見ると、体長十五センチくらい、体は緑色、赤い口ばしの小鳥が、さおのはしにとまっている。くるりとしたまん丸の目をしたかわいらしい小鳥だった 。

「どっかの家でかわれてたのが飛んできたのかなあ。手に乗るかもしれないよ」

お母さんは洗たくものをほす手をとめて、正ちゃんにささやいた。正ちゃんは小鳥がこわがらないように、ゆっくりとそばに近づいていく。そして、だらんと下げた手をおそるおそる小鳥の前にさしだしてみた。

 小鳥はきょとんとした顔をして、正ちゃんの手を見ている。正ちゃんは右手の人さしゆびを小鳥の両足の前に持っていった。小鳥はさおを横歩きしてちょっとずつ下がっていく。      

「やっぱりだめだよ。にげちゃうよ」

「もう一回やってみたら」

お母さんに言われた正ちゃんは、もう一度小鳥の前にゆびをさしだした。すると、小鳥はぴょこんと正ちゃんのゆびの先に飛び乗った。

 正ちゃんは「やった」と、さけびだしたいのをおさえて、そのままゆっくりとへやの中に入っていく。ゆびの先に小鳥の軽い体重を感じる。小鳥ににぎられた人さしゆびに、小さいながらもたしかな小鳥の足の力が伝わってきた。こんなに小さくとも生きている。      

その日から、小鳥は正ちゃんの家でかわれることになった。仕事からかえってきたお父さんが「おれも若いころは鳩をかってたんだぞ」ととくいそうにいう。正ちゃんにとってはめずらしい話だった。正ちゃんのお父さんは左官屋という家のかべをぬる仕事をしている。だから、建てる家によって仕事場がかわるのだ。その仕事さきで家からつれてきた鳩をはなしてやると、ちゃんと家にもどってくるらしい。伝書鳩というそうだ。でも、どうして今はかっていないかときいたら、生き物をかうというのは大変だ、というへんじしかかえってこなかった。

正ちゃんはお母さんといっしょに小鳥の家になるかごを近所の小鳥屋へ買いに行った。小鳥のはね色やくちばしの形などを小鳥屋のおじさんに話すと「それはインコだよ」と教えられる。えさも買った。正ちゃんは小鳥をピーちゃんと名づけた。小鳥は体ににあわずピーピーと大きな声で鳴いた。

ピーちゃんはかごの中がきらいなのか、正ちゃんがかごの前に行くと、かごの中をめまぐるしくあばれ回る。だから、正ちゃんはなるべくピーちゃんをかごの外へ出してやった。窓をしめ外へ出ていかないようにする。ピーちゃんは外へ出ると、かならず十畳ほどの広さの車庫の中をクルクル円をかいてげんきに飛び回った。二、三周すると、明かり取りの窓の桟の上に止まる。

二メートルの長さと五センチほどの幅がある桟の上におりたったピーちゃんは、口ばしを桟の板につけて行ったり来たりしだす。きっと、口ばしをといでいるのだろう、と正ちゃんは思った。

 ピーちゃんは「麻の実」が好きだった。口の中でもごもごさせて、麻の実の殻をとてもじょうずにはき出す。えさ箱の中は、一日もすると麻の実の殻でいっぱいになる

正ちゃんはえさをやるとき、えさ箱をかごから取り出し、ふっと息をふきつける。殻が面白いようにふきとんだ。お母さんから教えてもらった方法だった。殻をふきとばすと、えさ箱にえさが一つぶもなくハッとさせられることがある。そのたびに、正ちゃんは「水とえさは忘れたら死んじゃうよ」というお母さんのことばを思い出すのだった。小鳥は胃袋が小さいから食いだめはできない。いつも少しずつ食べるのだ。

 冬になって冷えてくると、車庫の中も寒い。正ちゃんは、お母さんが出してくれたふろしきをかごにかぶしてあげる。こうすると、寒さもだいぶやわらぐ。インコは温かいところの生まれなので寒さに弱い、とお母さんはいっていた。

生き物を初めて買う正ちゃんにとってピーちゃんのせわをつづけることは大変だった。毎日、気がぬけないからだ。けれど、かわいらしいピーちゃんの姿を見ると、つらくもなんともなかった。

ピーちゃんが来て三年目の冬休み。大みそかの日のことだった。正ちゃんは、ピーちゃんにいつもよりえさをちょっぴり多くあげた。お母さんは「えさをあげすぎると死んじゃうよ」というので、いつも注意してあげていた。けれど、あしたからお正月だから特別だった

 正ちゃんはお正月をとても楽しみにしていた。家族でトランプをしたり、おせち料理を食べたり、テレビのアニメ番組を見たりできるからだ

三日の朝、お父さんとお母さんは年始まいりにでかけていった。正ちゃんはおひるすぎになってからきゅうにピーちゃんを思い出した。

「あっ、いけない。きのうの朝からえさをあげてなかった!」

 正ちゃんは大急ぎで車庫に通じるドアをあわててあけた。かごの中であばれるピーちゃんの姿はなかった。ピーちゃんとよんでも、羽音もしない。胸さわぎだ。正ちゃんはかごにかけよった。ピーちゃんはかごの下でぴくりとも動かず横たわっていた。

 その日の午後、正ちゃんはピーちゃんの冷たくなった体を、冷たくないようにわたでつつんで、小さな箱に入れて近所の荒川に流した。ピーちゃんが死んでしまったことも悲しかったが、毎日かかさずしてきたピーちゃんのせわをうっかり忘れてしまった自分のゆだんが、とてもくやしかった。

空は青くどこまでも晴れわたっていた。土手のあちこちであがっているたこが、なみだでかすんで見えた。

 正ちゃんは、その日の晩ごはんがのどをとおらなかった。

心配したお母さんが「正ちゃんが見つけてやらなかったら、猫に食われちゃっていたかもしれないよ。おそうしきをあげてよかったね。きっと、よろこんでいるよ」と、なぐさめてくれた。

その夜、正ちゃんは夢の中でピーちゃんに会った。きょう見た荒川の土手の上を、ピーちゃんは気持ちよさそうに飛んでいた。二、三周、いつものように円をかくと、正ちゃんの肩の上にとまった。何かねだるようにピーピーと鳴くと、すぐに飛び立って正ちゃんからどんどんはなれ、青空に消えていった

正ちゃんは土手の上でピーちゃんに手をふった。いつまでも手をふっていた。

(了

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