年3組のゆうれい

 

月の初夏、天気は快晴というのにケンイチにとって気分はくもり空でした。なぜなら、ケンイチは小学三年生になるというのに、まだ一メートルも泳げなかったからです。きょうの三時間目は体育の時間で、プール開きの日です。

2時間目の終わりのチャイムが鳴って、みんなが着がえているというのに、ケンイチは着がえる気になれません。となりのしんいちがふしぎそうに、じっとすわっているケンイチの顔をのぞきこみました。

「ケンちゃん、どうしたの?」

「ぼく、頭がいたいんだ」

「えっ、だいじょうぶかい! いっしょに田中先生のところへ行こうか? 」

 しんいちが心配そうに目を細めました。

「うん、大じょうぶ。一人で行けるから」

「ほんとうに? 」

「うん」

 みんなは着がえ終わって、じゅんじゅんに教室を出ていきました。教室はケンイチだけになりました。

そのとき急に、ケンイチのせ中がぞくっとしました。後ろを見ると、見知らぬ男の子がすわっていました。ケンイチは、首をかしげました。男の子を見ると、全身がびしょぬれです。前がみから水がたれています。ゆかには水がたれていました。

「あついからって、水あびて、おまえ 頭おかしいのか? ゆかをふいておけよ。先生にしかられからな」

「……」

 男の子はだまって、ケンイチをにらんでいます。むしされたケンイチは頭にきました。

「かってに、人のクラスに入ってくるなよな! 」

 いいかたがけんかごしになってしまいました。

「おれな、スズキリョウタっていうんだ。おまえ、頭がいたくもないのに、水泳を休むつもりだろ。ずるいんじゃないか? 」

 ケンイチはけびょうを見ぬかれて、顔を真っ赤にしました。

「ばかいうな、本当にいたいんだ」

「そんなことじゃ、いつまでたっても、泳げないぞ。それに、うそつきはどろぼうの始まりだ」

「大きなお世話だ! 」

 ケンイチは、リョウタにそっぽを向くと、教室を飛び出しました。そして、しょくいん室の田中先生のところに急ぎました。

「先生、ぼく、頭がいたいので体育は休んでいいですか?」

 ケンイチは苦しそうに顔をゆがめました。

「そりゃ、たいへんだ! ほけん室で休んでいなさい」

 ケンイチはしょくいん室からろうかに出ると、したをぺろっと出しました。

「へへ、うそなんて、お手の物さ」

ケンイチは、ほけん室のベッドにねころがってから、次の体育はどうやって、休もうかと考えました。ほかに考えることがありませんでした。ねむくも、病気でもないのに、ベッドでねていることはたいくつでした。急にさっきのリョウタって子のことが気になりました。

「あいつ、どこのクラスのやつだろう? 」

 ケンイチは首をひねりました。

 

学校のじゅ業が終わりました。ランドセルに本をつめていたときです。だれかに見られている気がして教室を見まわしました。すると、一番後ろの席に、さっきのリョウタが立っていました。こわい顔したリョウタがケンイチに向かって近づいて来ます。

「な、なんだ! おまえ、やるのか? 」

 ケンイチはとっさに両手をむねに上げてファイティングポーズをとりました。

「おれはな、ずっとおまえみたいなずるいやつを見はって来たんだ」

 リョウタはとつぜんケンイチを指差していいました。

「えっ、なんだって! ずっとだって。おまえこそ、うそつきだ! 」

 けんいちはランドセルをつかむと、リョウタからにげるように教室を出ようとしました。

「次の水泳はずる休みするなよ」

大きな声で後ろからよびかけられました。

「頭に来るなあ」

ずる、といわれてかっときました。ふり向くと、今まで声がしていたのに、リョウタのすがたはもうどこにもありません。ケンイチはゆかを足でおもいきりふみつけました。

ケンイチはしょくいん室に走って行きました。しょくいん室のドアをあけると、田中先生が見えました。ケンイチは田中先生のところに近づくと、机に向かっていた先生が、顔を向けました。

「ケンイチか、どうした? まだ、頭がいたたいのか? 」

「いいえ、頭はもうだいじょうぶです。それより、先生、スズキリョウタって、へんな子がいます」

 おどろいたように体を向けた田中先生の顔が青くなりました。

「なんだって、スズキリョウタだって! なんでケンイチがその子のことを知っているんだ。その子は、 4年前、海でおぼれて死んだ子だぞ…… 」

 ケンイチもびっくりしました。先生の話では、リョウタという子は、死んだとき 3年3組にいたそうです。ケンイチの見たリョウタは、ゆうれいにちがいありません。

 

 次の体育の時間、ケンイチは水泳の時間をまたずる休みしようとしました。着がえをしないで教室にいると、やはりいつのまにか、リョウタがケンイチの横に立っていました。ケンイチはびっくりして、リョウタからとぶようにはなれました。

「おまえ、ゆうれいだろ? 」

「ああ、こわいか? 」

「ぜんぜん、」

 リョウタはふつうの男の子と同じでした。

「またずる休みか? 泳げないとおれみたいに海でおぼれちゃうぞ」

「ふん、おれ、海なんて行かないもの」

「じゃ、川は? 」

「川も行かないもの」

「じゃ、これからずっと、海も川も行かないのか? 」

 ちょっと返事にこまったケンイチは、

「うん」

と、小さな声で答えました。

「あきれたね…… 。おれはおぼれて死んでから、こうかいしたぞ。泳げていれば、死ななかったって」

「…… 」

「おれは、死んでから天国で水泳の練習をいっぱいしたんだぞ」

 下を向いていたケンイチが顔を上げました。

「へえー、おまえ、それで泳げるようなったのか? 」

「ああ、 25メートルは泳げるぞ」

「ふーん……がんばったんだ」

 ケンイチは、リョウタを少しだけ見なおしました。

頭をかきながら、ケンイチはリョウタにちゃんと練習すると指切りしました。

水泳の時間、リョウタはケンイチの手を引いてくれました。ほかの子にはリョウタが見えないようでした。その夏、ケンイチは 20メートルも泳げるようになりました。

 

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