☆Analyzing "The Pass"

 先日、ウェブでTMNSの過去ログを見つけ読んでいたところ、90年ごろ、この曲に関するかなり熱い議論が交わされていたことを知りました。90年代は私には、ある意味音楽空白期なので、リアルタイムでは知る由もなかったわけですが、とても興味を引かれたので、紹介すると同時に、この曲の意味するところをもう一度再考してみようと思いました。

 何がそもそも議論の発端になったのかというと、「Christ, what have you done!」の一文を「キリストを冒涜(否定)するものだ」と捕らえた人がいたことでした。Christを文字通り「キリスト」と解釈したのですね。そう言えばごく最近でも、CPでNeilは無神論者なのか云々というような議論や、「"The Pass"で彼は神を冒涜しているじゃないか」などというような発言を見たりしたので、「まだ根が残っているのかな」と感じていたところでもありました。

    結論から言えば、大勢の見方として、このChristは、感嘆を表す間投詞で、私は単純に「ああ!」と訳してしまいましたが、これだとちょっと弱く、「あちゃー!」とか「うわぁ!」的な強い感嘆、それも後悔をこめた悲嘆に近い感じですね。同じ宗教的な表現では「南無三!」的な意味だと思います。”Jesus!”(なんてこった!)というのも、同じような表現でしょう。
 ただ、強い感嘆を表すのなら、Christでなく、他の無難な表現を使えばよかったのではないか。わざわざChristなのは、しかもmartyr(殉教者)という宗教的語句を入れ、主題が「自殺」であるということは、キリストの殉教も無意味であった、という意味合いにつながらないか、という意見は根強くあるようです。まあ、Neilは一つの語に幾重にも意味を持たせたりするのが結構好きなようですので、その見方も完全否定は出来ないのだろうとは思います。でもそれは、かりにあったとしても、この曲の中心主題からはかなり外側の、それほど重きを置かれるべきではないものという気はします。

 曲の主題そのものは、「ティーンエイジャー(若年層)の自殺について」なのは、Rush FAQにあったNeilのインタビューからも、プロモビデオの映像からも明らかだろうと思います。TNMSの過去ログで、この曲の詳しい解説をやってくれた人がいまして、("I'll see you on the Dark Side of the Moon." さんという長い名前の人――Pink Floydファン?) 個人的にはこの解説に非常に納得がいったので、紹介したいと思います。



Proud swagger out of the schoolyard
Waiting for the world's applause
Rebel without a conscience
Martyr without a cause

この部分は、いわゆる状況説明。一人の若者がいて、周りに認められようと必死にいろいろなことをやろうとするのだけれど、決して報われない。

Static on your frequencies
Electrical storm in your veins
Raging at unreachable glory
Straining at invisible chains

ここは、その若者が具体的にどのような気分を感じ、苦しんでいるかの描写。いらいらして、落ち込んで、混乱して、そして絶望に陥った状況。

And now you're trembling on a rocky ledge
Staring out into a heartless sea
Can't face life on the razor's edge
Nothing's what you thought it would be

ここはシンボリックな意味で、彼が死を考えている状況を表します。自殺にはいろいろな方法があるけれど、昔から、崖から海へ飛び降りる、というのも代表的な方法であり、若い子が良くとりがちな手段であったろう、とも思います。ビルから飛び降り、というのも似たような意味合いなのでしょう。
"Life on the razor's edge" は、直訳すると、かみそりの刃の上にいるような、つまりとっても危うい状況、ぎりぎりの淵、この場合は彼の生き辛さ、心のよりどころを失った不安定感、などを表すのだろう、ということです。

All of us get lost in the darkness
(中略)

Turn around and walk the razor's edge
Don't turn your back and slam the door on me

ここでNeilが「彼」に呼びかけます。ちょっと待った、と。絶望に陥った時でも、視点を変えて、希望を探しなさい、と。「逃げちゃ駄目だよ」と言っているわけですね。

It's not as if this barricade
Blocks the only road
(中略)

The act of a noble warrior
Who's lost the will to fight

Neilの呼びかけは続きます。状況は絶望的に見えるけれど、実はそうじゃない、と。第二節は、歴史上、自殺を美化する傾向にあった時期もあるかもしれないけれど、そんなものじゃない、というNeilの倫理観を表している、のだろうとも言います。

And now you're trembling at a rocky ledge
Staring down into a heartless sea
Done with life on the razor's edge
Nothing's what you thought it would be...

ここでまた同じフレーズが、と思ったら、少し違って、二つだけ単語が変えられています。
"Staring down〜" 前のフレーズではStaring outだったわけですが、今度は見下ろしている。つまり、より崖の淵に近づいていることを意味します。そしてCan't face〜はDown with〜に。「直面できない」から、「もう終わりだ」「もうたくさんだ」――になってしまっているわけです。

そして、どうなるのか。

No hero in your tragedy
No daring in your escape
No salutes for your surrender
Nothing noble in your fate

引きとめようとした試みは、虚しかった。これは残されたものの嘆きなのだ、と解釈者は言います。そして「彼」がいなくなったあと、Neil、もしくは「彼」の友人たちは言うのでしょう。

Christ, what have you done!

――なんてこった、どうしてこんなことに――、と。


 そう言えば、昔Rush.netのトピックで、「The PassのPV、最初に見た時と変わっている」と言っていた人がいました。90年当時、北米で最初に放映された(MuchMusicなどで)時、この曲のPVの最後で、主人公の少年が実際に飛び降りていた、と、複数の人が証言しています。ところがその後、ジャケットを落として踵を返す、今のPVに変えられたらしいです。公に放送するのに、さすがに本当に飛び降りちゃまずい、という配慮なのだろう、と結論付けられていました。
 しかし最初のPVで、若者が実際に飛び降りていたことを考えると、このDark Side of the Moonさん(勝手に短縮)の解釈は、かなり核心に近いのではないかな、と思えました。

 自分にも覚えがあるのですが、ティーンエイジの頃(20代前半も含むかもしれない)はかなり多感で、思いつめやすく、よく考えずに走りやすく、そしてわりと「タナトス願望」とでもいうか、「もう終わりにしてしまいたいな」「若いうちにきれいに死ねたら」と思う心が比較的芽生えやすい時期だと思うんですね。
 この世代の心はそれこそ"walk on the razor edge"で、とっても脆くてきわどい。でもそれで早まって人生を棒に振ってしまったとしたら、これは取り返しのつかない悲劇でしかないのだ、ということをNeilは訴えたかったのでは、と思います。
 実際にこの今日を聞いて自殺を思いとどまった、と以前Rush.netに投稿した人がいましたし、「力づけられた」という人も複数おりました。意図は伝わったわけですね。


 ところで、ふと思ったのですがタイトルの「The Pass」って、どういう意味なんでしょうね。名詞だから、一般的には「細い道、隘路」もしくは「通行許可証」なのだと思いますが、主題的にはどう連動するのか……
「一度は通る道だ」ということなのか、「広い道を行くな、細い道を行け」(狭き門から入れ、というあれ)なのか、「誰でも生きることを許されているのだ。人生の道を歩む権利があるのだ」ということなのか、それともまったく別の意味なのか、結局よくわかりません。Neilに聞けたら、聞いてみたいくらいです。(汗)

 蛇足ですが、passつながりで、Queenに「Keep Passing Open Window」という曲があるのですが、こっちの解釈をどうやらミスっていたらしい、と気づきました。このpassは、トランプで言うところの「パス」で、「何もしないで通過する」という意味。「開いた窓をパスしろ」つまり「そこから飛び降りるな」――実は”Don't try Suicide Part2”だったことに気づきました。
いえ、Rページに書くことではないのですが、The Passの意味を考えている途中、ふと関連してひらめいたことだったので、つい。両方が同じ単語で同じ主題でつながっているのって、結構シンクロニシティ?と思ってしまった次第です。(Qページに書いても「はぁ?」だろうと思うので、こっちに書きます(汗))




2005年1月27日更新

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