『八倉比売神社御本記』にみる「移動する神」の構造

Tsuyoshi Tsubouch 2026.3.31
https://www5f.biglobe.ne.jp/~kyo-ts/awarekisi.html

序論

阿波における天照大神の伝承は、一般に特定の地点に神が鎮まるという静的な理解で語られることが多い。しかし、八倉比売神社に伝わる『御本記』の内容を紐解くと、これとは異なる動的な姿が浮かび上がる。

本稿では、『御本記』に記された神の足跡およびその史料としての成立過程を検討することで、阿波神話の本質的構造を明らかにする。

1. 御本記における神の移動構造

『八倉比売神社御本記』において、神は最初から一箇所に鎮座する存在としては描かれていない。物語は、天上から放たれた矢が地上に落ち、その地点が聖地として定められる場面から始まる。この段階では、場所のみが先に決まり、神自身はそこにいない。

やがて神は天降りし、鮎喰川の流れを観察し、在地の神々と出会い、供物を受けるなど、各地を巡行する。その後、神は気延山に至り、そこに宮を構える。この鎮座は高天原を地上に再現するものとして描かれるが、なお最終段階ではない。

さらに長い年月の後、神は「杉の小山」へ遷座する。これは参拝の利便性を理由とするものであり、神が人間社会との関係の中で位置を変える存在であることを示している。

2. 御本記の成立過程と史料的限界

『御本記』は文政11年(1828年)に盛重誠によって書写・整理されたことが知られているが、この時点を成立と断定することはできない。神社関係史料には、元文4年(1739年)に社伝記が藩主に提出されていたことが記されており、その際にはすでに天正期に遡る伝承が存在していたとされる。

ただし、その詳細は不明であり、断片的な旧記をもとに記述されたことが明記されている。とりわけ戦国期における兵火、すなわち長宗我部元親の四国侵攻に伴う社寺の焼失は、古記録の断絶を招いた可能性が高い。

したがって現存する『御本記』は、古層伝承をそのまま伝えるものではなく、近世において再構成された史料と理解すべきである。しかし、その再構成においても、神の移動や遷座といった基本構造は保持されており、伝承の連続性自体が完全に断絶したわけではない。

結論

『八倉比売神社御本記』は、神が移動しながら最終的な鎮座地を選ぶという動的な神話構造を示す史料である。その成立は単一時点の創作ではなく、複数の時代にわたる伝承を背景としつつ、近世に再編されたものである。

したがって阿波神話の本質は、特定の地点に最初から神が固定されることにあるのではない。神が自ら移動し、場所を選び、最終的に定着する過程そのものにあると結論づけられる。