鍼施術が近視性CNV後の視力低下を防ぐ可能性 2018年3月23日 Web公開版
2018年3月11日(日) 第35回 「眼科と東洋医学」研究会 台東区民会館 千秋針灸院 春日井真理 菊池真樹子
・解説内容については、当日参加いただいた先生方にスライドを交えて報告した内容を、広く一般の方に分かり易くお伝えするために
大幅に補足しています。当日は限られた時間のためにお伝えできなかった部分も含めて、完成版として見ていただけたら幸いです。
今回は近視性黄斑変性で針治療を続けられた方の長期経過後の結果をまとめました。
・近視性脈絡膜新生血管(以下CNV)とは、主に強度近視が原因で発症する黄斑変性です。強度近視眼では網膜や脈絡膜、血管などの組織が、
正常眼に比較して薄く延ばされているため、脈絡膜等での血流が悪くなりやすく、黄斑変性(新生血管)が治り難い特徴があります。発症すると、
新生血管の活動が落ち着いても、網膜での萎縮病変の拡大によって、10年以内に6割以上で矯正視力0.1以下へと悪化し失明状態になります。
・現在は数ヶ月毎の硝子体内注射による視機能維持が試みられていますが、回数を重ねる程に白内障等の合併症のリスクが増してしまてます。
現在まで近視性黄斑変性で針治療を5年以上続けられた患者さんは11名(15眼)です。
・今回の報告にあたっては治療方法を統一する必要から、提携治療院などの他院の結果は入れず、当院で針治療を継続されている方の
長期報告になります。発症後から平均10.8年、針治療開始から平均9.0年と、概ね近視性CNVの発症から10年後の視力をテーマとしました。
・眼科での各種治療法は考慮していませんが、針治療開始前もしくは開始後初期にテノン嚢へのステロイド注射が2眼、抗VEGF硝子体内注射
(アバスチン、ルセンティス)が4眼に行われています。針治療開始から3ヶ月以降は、一切の注射は行われていません。
あまり手間を掛けたくないこともあり、毎年同じスライドを使い続けています。
・ディスポーザブル(使い捨て鍼)を使って、うつ伏せの姿勢から頚肩部や背中、腰にかけての目に関係するツボに針治療をしていきます。
仰向けでは手足や眼の周囲に針をします。目の周囲は直径0.12~0.14ミリと特に細い針を使い、目周囲での出血等を大きく減らしています。
・8歳位の子どもさんから、様々な眼の症状・病気に針治療を行っています。効果は劣りますが乳幼児の方には小児打鍼法で対応できます。
測定・評価方法も、一昨年と同じスライドです。液晶表示で指標が動かないのがメリット。
・一般に眼科で使用されている視力表は指標を背面から照らしますが、指標毎に位置が変わり患者さんが指標を探すだけでも時間がかかります。
当院の液晶視力表では指標が中心に固定されるため、指標の位置を探すことによる時間切れで、低視力と評価されることがありません。
特に黄斑変性症では視界の中心に暗点を生じていることが多いのですが、意外にも問題視されていないことに違和感を覚えます。
当院では視力測定は針治療の前に行いますが、治療前が最も前回からの期間が空くことで、実際の視力を反映していることが理由です。
全15眼の視力変化、平均値をスライド1枚で表示。少し見辛くなってしまったかも。
・左のグラフは各15眼の少数視力値の変化で、中央付近のピンクの太線は各少数視力値を一旦LogMar(対数)視力に変換してから平均値を求め、
再び少数視力値に変換した値の変化です。こうした作業を行うことで正しく平均視力を評価することができます。
針治療開始前の平均視力は約0.2でしたが、12ヶ月時点では約0.6強へと3倍以上も改善し、約9年後でも0.6弱と概ね維持したことが分かりました。
なお、平均視力が24ケ月以降に若干低下した理由は、主に抗VEGF硝子体内注射後などに生じる白内障によるものです。
・約9年後の視力はLogMar(対数)視力で0.2以上改善した症例が8眼、0.2未満の変化で維持できた症例が6眼、0.2以上悪化した症例は1眼でした。
右上のグラフでは、少数視力0.1未満が4眼から1眼へと減少し、逆に1.0以上が0眼から5眼へと増加したことを示しています。
適切な針治療を行うことで、ほとんどの症例で視力0.1以上が維持され、15眼中5眼では視力1.0以上が確保できていることが分かりました。
・以前に東京医科歯科大学が報告した52眼の経過観察(発症後平均9年)では、64.9%で0.1以下、0.5以上は僅か14%という結果が報告されています。
今回の報告は15眼と少ないですが同じ基準で分類すると、発症後平均10.8年で13.3%が0.1以下、0.5以上は73.3%という真逆の結果になりました。
比較的軽症の患者さんの症例。眼科での硝子体内注射に頼らず、治癒することも多いです。
・2007年頃の黄斑変性の治療は認可薬が無く、PDT(光線力学療法・加齢黄斑変性が対象)や抗癌剤のアバスチンを試験的に使った時期です。
当時は未認可薬の近視性黄斑変性の患者さんへの投与については慎重に考える眼科医も多く、軽症では経過観察となるのが一般的でした。
近視性黄斑変性の場合には、経過観察のみでは悪化は確実でしたので、悪くなる前に多くの患者さんが針治療を選択し、結果も出てきました。
10年以上が経過しましたが改善後、良好に維持されています。中心暗点や歪みも概ね治癒。
・最初の3ヶ月程の週2回の針治療で回復に勢いを付け、以後は状態を確認しながら週1回~月1回程へと治療間隔を空けていきます。
中心暗点や歪んで見えるなどの変視症についても、視力の回復と共に軽減したり消失する事が、多くの患者さんで確認できています。
適切な針治療を続けられた場合には、視力等の回復後も長期間に渡って維持することができ、また健側(健康な眼)に発症することも予防できます。
両眼に発症して針治療を開始しましたが、左右で回復に差が生じてしまった症例です。
・近視性黄斑変性は約3割で両眼に発症するとされます。当院でも発症時期が数年違い、両眼に発症した患者さんが少なからず来院されます。
2010年頃からはルセンティスなどの認可薬が登場しましたが、薬効が切れないよう何回も注射を繰り返す必要があり、当院でも副作用に悩む
患者さんが来院されるようになりました。主な副作用は白内障が最も多く、緑内障(眼圧上昇)、網膜剥離、脳出血を生じた症例もありました。
・「眼科と東洋医学」研究会での私の報告時には、眼科医の先生から「当院では何年も注射をしているが、副作用の発症は一切無い」という話も
ありましたが、現実に当院の患者さんで何例も眼科が副作用と診断した報告があり、『眼科診療クオリファイ』等の専門書にも記載があります。
眼球自体に傷を付ける治療法には副作用のリスクが必ずあり、回数を重ねるほど高まりますので、必要最小限に止めることが大切です。
やはり発症後の経過時間や重症度が、長期的な予後に関わることが分かります。
・ルセンティス注射後の網膜剥離への硝子体手術を行い、発症後早期に針治療を開始した右眼では、12ヶ月頃に視力は0.8程度まで回復し、
その後も概ね維持できています。しかし発症から約4年が経過し、黄斑萎縮による中心暗点が大型化していた左眼は、僅かな回復・維持の
結果となりました。当初は両眼で視力差は同程度でしたが、発症からの経過や治療の状況で視力だけでなく長期的な視機能維持にも
差が付くことが分かります。なお当院の患者さんでは、針治療開始当初を除けば、ルセンティスやアイリーアを行うことは通常ありません。
適切な針治療は近視性黄斑変性の、長期的な視機能維持に役立つことになりそうです。
・眼科医の先生からの質問にもありましたが、今回の報告を作成する過程で分かったこととして、黄斑萎縮などを生じて中心暗点が大型化したり、
矯正視力で0.1以下の極端な低視力や、-15D程の最強度近視眼では視力の改善が困難になり、良好な視機能維持は難しい傾向にあること。
一方で眼科での各種治療も含めて、針治療開始から比較的早期に視力等の改善が得られた症例では、その後も針治療を続けることで長期間の
視機能維持も達成しやすい傾向が分かりました。
・また当院での針治療を継続されている患者さんでは、現在まで健側(黄斑変性の無い眼)に発症した事例が無いことや、針治療を開始してから
12ヶ月頃までに視力が向上し、変視(歪みや中心暗点)も軽減・消失していく傾向が分かりました。針治療は眼球自体を傷つけることが無いため、
抗VEGF注射等に比較して時間は掛かりますが、安全に視力や変視等を改善し、長期間の視機能維持に繋がる選択肢の一つと言えそうです。
患者さんの5~10年以上といった、将来を見据えた針治療を目指します。
・千秋針灸院では近視性CNVを含めた患者さんの眼を、針治療だけでなく長期的な視点から改善・維持していけるよう、患者さんに合わせた
様々な提案や指導、情報提供を行っています。最近では「眼科と東洋医学」研究会での繋がりから、地域によっては漢方薬を生かした治療を
行う眼科医療機関のご紹介が可能になるなど新たな展開や、この報告自体も専門医の査読を通過していることから精度が高くなっています。
今回の報告も含めて、適切な針治療が眼科医療の選択肢の一つとなり、患者さんの眼の健康に役立てられることが私の願いです。
・今回の報告に尽力いただいた竹田眞先生をはじめ、「眼科と東洋医学」研究会の眼科医の先生方、ご協力いただいた患者様、
千秋針灸院のスタッフ、支えてくれた家族や提携治療院の先生方、応援していただいた皆様に感謝いたします。
Copyright © Chiaki. All Rights Reserved 2018.3.23
千秋針灸院の著作物ですので、無断使用・転用等は固くお断りします。引用などの際は著作者を明記するようお願いします。
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