faith11.5




 ようやく身の置き場を得たとばかりに、安心しきった様子のルルーシュの姿を尻目に―――
いつしか早鐘を打ち始めた自らの鼓動を、ロロは治めることができなかった。

 明らかに、兆し始めているルルーシュの性の証。それはまだ、夢見心地とはいえ当人の
意識にすら上らないほどのささやかな変化でしかなかったが……平時であればともかく、こ
のまま放置すれば、その身に巣食った衝動の火種が、彼の眠りを妨げることは必至だった。


 それとなく、指摘してやればいいのだろうか。しかし、今の彼の疲弊ぶりを見る限り、彼が
自分の目を避けて自ら「処理」を施せるとも思えない。
 とはいえ、いつまでもこんな半端な状態でいれば、さすがにルルーシュも不審に思うだろ
う。そうなってから現実を思い知らされた衝動と羞恥の方が、よほど彼の精神衛生を乱すよ
うに思えた。



 「……あの…兄さん…?」


 内心の動揺を気取らせないようにと、極力さりげない仕草でルルーシュのズボンを脱が
せる。ぼんやりとされるがままになっている彼に横になるよう促しながら、緊張からか、ロ
ロは我知らず喉を鳴らした。



 ルルーシュをこの部屋に誘ったのは、束の間の時間であっても、彼を熟睡させてやりた
いと思ったからだ。あの強固な意志を宿す誇り高い人が、疲弊のあまり生気すら失ってい
く様を、これ以上見たくなかったからだ。

 ルルーシュの唯一の癒しとなるのなら……自分は彼を、眠らせてやりたかった。
 それこそ、夢も見ないほどに深く。


 そのために、自分にできることがあるのなら―――



 横になった寝台の上で、脱力しながら目を閉じたルルーシュに向かい、再び呼びかけ
る。大儀そうに瞼を持ち上げた、その無防備な兄の表情に内心詫びながら、それでもも
う、ロロは続く言葉をためらわなかった。


 「兄さん……自分で気づいていないかもしれないけど、兄さんのここ……」
 「…っ?」

 どう取り繕っても結局は同じことだと、敢えて言葉を選ばずに、伸ばした手で息づくルルー
シュの秘所にそっと触れる。さすがに仰天したのか、それまでの気だるさを忘れたかの
ように上体を起こしたルルーシュに向い、ロロは意図して時間をかけながら、一語一語
言い聞かせるように言葉を繋いだ。

 「……解ったよね?もう体の限界がきていて、それでここも反応しちゃってるんだ。だ
  から、一度出さないと……」
 「ロロ…っ」
 「そうしなきゃ、眠れないんだよ。兄さん」


 突きつけられた現実に、瞬時に朱を刷いたルルーシュの容色が、続く言葉を聞いて泣
きそうに歪められる。
 その表情は、あのゲットーで初めて目の当たりにした彼の泣き顔とは別種の痛みをロ
ロに与えたが、それでも、ここで手を引く気はロロにはなかった。

 口の中でごめんと短く詫びながら、手を添えるだけだったルルーシュのものを改めて握
り込む。

 「……ぁあ…っ」

 与えられた衝動というよりは、仕掛けられた行為そのものに対する動揺によるものだっ
たのだろう。跳ね上がったルルーシュの体を抑え込みながら、ロロは手にしたそれに、
意図した動きで刺激を加えた。


 「ロロ…っ!ロロっよせ……っ」
 「ごめんね兄さん……楽になってほしいだけなんだ」
 「っあ……は…ぁ……っ」
 「寝れるようにするだけだよ、何も考えないで」


 抗うルルーシュの上体を空いた手で寝台に縫い付け、自分も寝台の上にのり上げな
がら、割り入れた自身の足でその下肢を開かせる。そうして完全に逃げ場を奪っておい
てから、ロロはルルーシュの性を本格的に追い上げにかかった。

 元々が、火種をつけられた状態であった事も手伝って、自制が効く程に余力の残って
いなかった無防備な体は、煽られるままに素直に欲情する。
 ほどなくして、ロロの手の中に捕らえられたルルーシュの性が、身の内からせり上がっ
てくる衝動に限界まで膨れ上がった。



 「…っ…ぁ…ロロ……も…放せ……っ」
 「我慢しないでいいよ、出して」


 手の中のルルーシュ自身は、逐情の瞬間を待ちかねて打ち震えている。あと一押しの
刺激で容易く上り詰めてしまうだろう程にその悦楽は臨界に達しているはずなのに、ルルー
シュはきつく頭を打ち振って、自らを飲みこもうとする誘惑に抗い続けた。


 達していいのだとその耳元で促せば、ますます首を振るルルーシュの拒絶の激しさに
耐えかねたかのように、その双眸から溢れ出た生理的な涙が空に四散する。
 快楽を煽る動きを止めようと、掴んだ自分の手に無我夢中で爪を立ててくるルルーシュ
の姿に、ロロは内心で舌打ちした。


 「兄さん、このままじゃどうせ一度終わらせないと、休むどころじゃないでしょ?」
 「…っ…駄目だ……っあ…っ!…シーツ…汚れる…っ」
 「いいよそんなの。いいから、出して?もう限界でしょ?」


 それでも頑なに首を振るルルーシュの意固地さに、ロロは内心苛立った。

 自分の前でこれ以上取り乱すまいと、最後の自制にしがみついて見せたり、後から自
分が請け負うことになる「後始末」の手間を敬遠して見せたり……
 自分の兄ではないと、あれだけ声高に訴えておきながら……何故こんな時になってま
で、彼は頑なに自分の「兄」を意識し、それに固執するのだろう。


 彼に安眠を提供したいという当初の気持ちは今でも変わりはなかったが……ロロの中
で、ふつりと芽をもたげた感情があった。

 ここまで頑なに拒まれると―――意地でも、その強固な鎧を壊したくなってくる。


 それまで手のひらで煽っていたルルーシュの熱に、ロロは無言で顔を近づけた。反射
的に身構えたルルーシュに制止の声を上げる暇を与えず、眼前で息づくそれを一気に
口腔へと迎え入れる。

 「ロ…っぁああ…っ」

 それまで、身の内から湧きあがる衝動を抑え込むかのように、中途半端に起こされ強
張っていたルルーシュの上体が、弾かれたように寝台に沈んだ。その動きに引きずられ
た下肢を放すことなく、ロロが銜えこんだ快楽の証を追い上げにかかる。

 快楽の中枢が集まる裏筋を舐め上げられると同時に自身を口腔で吸い上げられ、ル
ルーシュの喉奥から悲鳴にも似た喘ぎが上がった。


 過ぎる快感を受け止めきれず、ルルーシュの体が跳ね上がる。ロロの体に割り込まれ
ているために閉じることのできなかった両の足が、味わわされた衝動を訴えるように、
その線の細い背中をきつく挟み込んだ。

 「は…っぁあっ…ロロ…ロロ…やめ…っふあ……っ」

 限界の瞬間に脅えて身をよじり、与えられる刺激から懸命に逃れようとするルルーシュ
の抵抗を、ロロは許さなかった。
 跳ね上がり、わずかでもロロから距離を取ろうともがく腰を抑え込みながら、口腔内で
打ち震えるそれに、最後の引導を与えにかかる。


 「…っ……ぁや……っ」

 先端の割れ目に尖らせた舌を捩じ込まれ、脈打つものが間髪入れずに口腔できつく
吸いあげられる。
 他者との経験のないルルーシュに、それは耐えきれる刺激ではなかった。


 「ロ、ロ…ぁや…っ放せ…っはな…っ」

 身の内から競り上がる衝動を物語るかのように、小刻みに震えを帯びるルルーシュ
の足に、爪先まで力が込められる。
 ややして―――


 「ぁ…ああ…っも…だめだ…はな……っぁあああ…っ」


 反らされた喉奥から切迫した喘ぎが上がり―――時を同じくして、ルルーシュはやり
過ごすことのできなかった悦楽の証を、促されるままにロロの口内に解放した。







 強制的に吐精へと導かれた衝動の程を物語るように、荒い息遣いが室内の静寂に浸
透した。
 脱力した態で大きく息を弾ませながら、再び寝台に身を投げ出したルルーシュの目尻
を、生理的な涙の名残が流れ落ちる。その残滓を振り払うように何度か瞼を瞬かせなが
ら、ルルーシュは無言で己の口元を拭うロロへと、それまで合わせることを避けていた
視線を及び腰に向けた。



 「……飲んだ…のか……」

 どこか茫然とした響きすら伴った、独りごちるかのような呟きが漏れる。どう返しても兄
の不興を買うだろうことは容易に予想がついていた為、応とも否とも、ロロは言葉を返さ
なかった。
 返されない応えに、言わずもがなの自問を再認識させられたルルーシュの容色が、行
為の余韻によるものばかりではなく赤く染まる。
 ますます脱力した体をシーツに沈ませ、弟の視線から再び逃れるように枕に顔をうずめ
てしまったルルーシュは、くぐもった声で、そんな事をする必要はなかったんだと呟いた。

 不貞腐れたような兄の言葉に、ごめんと返しながらもロロが苦笑する。


 「…うん。でも、シーツ濡らしちゃうと、これから寝るのに気持ち悪いでしょ?取り替える
  のは全然問題ないけど、それだとすぐに休めないし」
 「だからって、なにもこんな……」
 「うん、ごめん」

 余程の衝撃だったのか、まだ枕の蔭で何事かを言いかけるルルーシュの汗に濡れた
体に、ロロは持ち出してきたタオルをかけると再びの謝罪で続く言葉を遮った。

 「話は後でゆっくり聞くから。……どう?今度は眠れそう?」
 「…ロロ?」
 「兄さんの気持ちを無視して悪かったけど……これで、結構すっきりしたんじゃない?」

 さっきより、眠そうな目をしてるよ―――続けられた言葉に、ルルーシュの双眸が虚を
突かれたように見開かれる。ややして、その目尻を彩っていた朱の色が、更にその濃さ
を増した。


 「お、まえ……」
 「とりあえず、風邪引くといけないから汗は軽く拭いてね。ひと眠りしたらシャワー浴び
  られるように用意しとくから、少し我慢して」

 今頭が冴えちゃうと、本末転倒だから。
 言いながら、ルルーシュを促すようにその汗をタオルで拭っていくロロの姿を、唖然と
した様子でルルーシュは凝視する。
 後は自分でやって、と改めて渡されたタオルを受け取りながら、彼は所在なさげに身
じろいだ。


 「……なに?」

 向けられたままの視線をいぶかしんだのか、正面から目線を合わせてきた弟の双眸
から慌てて顔を逸らす。そのまま意味もなく室内を一巡させた目線が、ややして躊躇い
がちに、再び眼前の弟へと戻された。


 「兄さん?」
 「……ロロ…その、お前……」



 疲弊から反応してしまっていた自分の「処理」を云々する際、抗う自分を抑え込むた
めに、ロロは力技で事を押し進めた。基礎体力や訓練の有無で身体能力の差が歴然
としているとはいえ、自分よりも体格のいい相手を無理やりに抑え込むのは、ロロにとっ
ても楽な作業ではなかっただろう。

 だからこそ、揉み合いになったことで必要以上に弟と密着する結果となったルルー
シュには、解ってしまった。


 どうにかして自分の「処理」を敢行しようとした、その強迫観念にも似た思いが体に現
れただけかもしれない。あるいは、もみ合いになったことで、疑似戦闘状態と錯覚した
体が単純に、興奮しただけであるかもしれない。
 それでも……とにかく、自分は気づいてしまったのだ。

 幾度となく接触することになった、弟の性を表すその部分が―――布越しに解るほ
どに、兆していたことを。



 ロロが、自分の「処理」を買って出たのは、限界まで疲弊したこの身を見かねての、
救済措置だ。そこに性的な目的があっての行為ではない。
 当人にその意図がなくとも、自分達の年代ならば、相手の興奮に引きずられて体が
反応してしまうことはあるだろう。それ自体は同じ男である以上、理屈では対処できな
い生理現象なのだとルルーシュも理解できる。

 だからこそ、おそらく彼が自分に対してそう感じたように、この現状をロロに指摘すべ
きか否か、ルルーシュは迷った。

 単純な肉体の興奮からの反応なら、精神の高揚が静まれば自然と治まる。それを
敢えて指摘するのは、彼の自意識を悪戯に傷つけるだけだ。

 あるいは、自分の興奮につられての反射的な劣情であるのだとしても……自分と弟
は、所謂そういった間柄ではない。その生理をフォローしようというのも、仮にも兄弟の
関係を培ってきた自分達には、無理があるような気がする。
 第一……迂闊に水を向けることで、自分は彼に、どうしようもない気まずさを味わわ
せはしないだろうか。


 ロロも男だ。自分が敢えて気付かない素振りを貫けば、その処理は自らつけるだろう。
困憊状態だった自分と違い、その身を案じたからという理由で自分が手を貸すというの
も、おかしな話だった。

 きっと、互いの今後の為にも、それが一番いい方法なのだ。ようやく互いの手を取れ
たと思えたこの時期だからこそ、自分達は迂闊にこの相関に手を加えるべきではない
と思う。


 だが……



 『僕が側にいることで、貴方に生きる意味はあげられないかもしれない』

 どうして……今になって、思い出してしまうのか。

 『……この一年、僕はずっと貴方を見ていた』


 あのゲットーで……リフレインに縋ってまで全てを投げ出そうとした自分に向い、そ
れでも手を差し伸べて見せたロロの笑顔。それでもその手を受け取れず、その存在
すら遠ざけようとしたこの身の臆病を、それなら贖って見せろと叫んだ泣き濡れ顔。



 今この瞬間に至るまで、あれ程の激情を見せたロロに対し、自分はまだ、その重
さに見合うだけの報いを返していなかった。


 この居場所を手放したくないと泣いた、ロロの言葉を思い出す。この身の望む世界
に、ずっと共に居させてくれと繰り返したその切ない笑顔を思い出す。


 「……ロロ」


 こんなやり方は間違っている。それは解っていた。
 こんな風に有耶無耶に事を進めたところで、それがロロの渇望した「居場所」になる
とは、到底思えない。

 この一言が原因で、自分達は互いの間に、生涯払拭することのできない楔を打ち
込んでしまいはしないだろうか。
 解ってはいる。解ってはいたが……今の自分には、もうこんな事しか、思いつくこと
ができなかった。



 向けられる弟の視線から、逃げ出してしまいたくなる。続く言葉が震えを帯びるのを、
抑えることができない。
 だが…それでも……



 「……お前は…いいのか……」


 続く言葉を飲みこむことは―――もう、ルルーシュには出来なかった。



                                    TO BE CONTINUED...
   
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