そうですか。わかりましたいえ、ありがとうございます。」

左手に携えていた携帯の通話を切る赤ボタンを押すと同時に、カガリは前髪をクシャリと握りながら「はぁ〜」と大きくため息をつく。

 

(…不味い。完全に自分の失態だ。)

 

もう直ぐやってくる1029日―――「アスランの誕生日」

毎年どうやって彼を喜ばせようかと、幸せな悩みに浸る時期だが、今年に限っては本当に心から悩む状況になってしまった。

親しい人を呼んで、ワイワイとパーティーをしようかとも考えたのだが、キラもラクスも生憎と都合が悪くなってしまったとのこと。

確かに現在の世情は明るくなく、そのためにキラもラクスも動いている。こんな呑気にお祝い事を、という雰囲気ではない。

だが、どうしても今回は自分の手で祝ってあげたいのだ。

 

まもなくアスランは特別任務にあたる。今後の状況を鑑み、どうしてもオーブ内でこの役目を任せられるのは、アスランを以ってほかに考えられない。

だがこの任に着くことは、同時にカガリと離れ離れになることを意味している。

自分で辞令を下しておきながら、心の奥のどこかで靄がかかっている感覚。

それを一掃するために、せめて彼の誕生日を自ら祝ってやりたくて、カガリは早くからオノゴロ市内の高級レストランに予約を入れようとしていた。しかし

(―――「大変申し訳ございません。予約の開始は1か月前からでして…」)

「少し早すぎたか。」と思い直し、929日に改めて予約を取ろう。多少遅れても今年の1029日は日曜日だ。皆家でくつろいでいる者が多いだろう…

そう思い込んで、気が弛んだのが悪かった。

気が付けば10月も半ばに入ろうという時期だった。

(―――しまった!)

慌ててレストランの予約を取ろうと、携帯をひったくったがもう遅かった。
―――「大変申し訳ありませんが、その日は既に予約が満席でして」)

―――そして冒頭に至る。

 

 

「はぁ〜…まさか日曜ぐらいは皆家にいると思ったんだが…」

何しろアスランは食べ物を選ばなければならない。

青魚と魚卵はアレルギーで食べられないのだ。あと甘いものも。

「コーディネーターなのにアレルギーって、何なんだよ…」

人のせいにしてはいけないと知りながらも、つい悔しさのやり場が無くて、本人がいないのをいいことに毒づいてしまう。だがコーディネーターとして強い部分を遺伝子操作した分、どこかにそのひずみの余波が出てしまうことだってあろう。アスランの場合、それが魚のアレルギーだったということだ。

ともかく魚ではなく、メインが肉料理の店を当たってみたが、ことごとく満席。空いているのは大方の社会人が休日で来店が少ない、居酒屋かバルのような店ばかりだ。

「まさか居酒屋で二人きりで誕生会、ってのはありえないよなぁ…」

再び「ハァー」と大きくため息をつきながら、誰も見ていないのをいいことに、アンティークなデスクの上に突っ伏す。

場所取りはもはや敗戦濃厚。となると、後準備するものは誕生日プレゼント、かでも

 

「アイツ、一体何が欲しいんだろう?」

 

元々本当に物欲も無いのだ。

服は袖を通せればよし。口にする物も先のアレルギー以外でも特に好みはなく、書籍も愛読書を聞いたことが無い。趣味は電子工学だが、今はいじっている暇はなし。というか、今後、赴任する先に余計な荷物を持たせるわけにはいかないだろう。

そう考えながら、一番大事なことを思い出した!

「そういや、当日のアイツの予約をしていなかった!!」

慌ててカガリはアスランの携帯ナンバーを押すのだった。

 

***

 

そして1029日―――

「今日はお招き、ありがとう。カガリ。」

「よ、よく来てくれたな!まぁ入れよ///

手土産らしい有名店の菓子の入った袋を手渡してくれるアスランは、既に口角が上がっている。口にはしないが表情だけで喜んでいるのが丸わかりだ。

結局、カガリが選んだのはアスハ邸…自分の家だ。

かつてはアスランもSPとして一室与えていたこともあったから、気兼ねないだろうとここを選んだ。

「久しぶりだが、変わっていないな。」

歩みを進めながら、周囲を懐かしむように見渡すアスラン。

あれから3年、オーブは二度の戦火を受けたが、ありがたいことにアスハ邸は戦火をかろうじて免れた。

「そうか?まぁ多少あの後、手は入れたんだがな。」

そう言いながら、カガリがアスランに席を設けたのは、広々としたダイニング。

「ここに座るのも久しぶりだ。」

「…その…居づらくはないか?」

 

(―――「俺はプラントに行ってくる」)

 

あの日の朝、ダイニングでそうカガリに告げたアスラン。あれ以来彼はここを訪れたことはなかった。あんなに傍にいたのに、何時しか遠く離れてしまった互いの主義。

一度オーブに弓を引いた側に立ってしまった彼には、ここを訪れるのが辛くないだろうか…

「大丈夫だよ。カガリこそ、休日なのに俺に時間を作ってくれてよかったのか?」

そもそも、予約を取り忘れて、結局ここしか空いている場所が無かったのだ。

口では「平気」と言いながらも、アスランの事だ。どこか気持ちを押さえている部分もあるだろう。

だったら、

「今日は私が手料理を振舞うからな!しっかり祝ってやるから楽しみにしていろよ!」

せめて私が笑顔でいてあげなきゃな!

 

 

とはいうものの。それを見た瞬間のアスランは、笑顔とは程遠い、いぶかしげな表情だった。

「これ、カガリが作ってくれたのか?」

白いテーブルクロスの上に置かれた大皿の中には『ロールキャベツ』

カガリはキラから以前、聞いたことがあった。

(―――「アスランはさ、母さんが作った『ロールキャベツ』が大好きだったんだ。」)

ならば!と思ってチャレンジしたのだが…

アスランの目の前に置かれた大皿には、確かに『ロールキャベツ』らしきものはあった。

巻いていないひき肉の塊と、溶け切っているキャベツの葉っぱがかろうじて残っている、という状態で。

「み、見てくれは悪いかもしれないが、料理長から聞いた通りにやってみたんだ!味は…その…」

何だか申し訳なくなって俯いてしまうカガリ。

本格的にブイヨンとホールトマトから作ろうと、腕まくりしたまでは良かったのだが、料理長曰く、「素人の方がいきなり本格的に作るのは難しい」と言われ、自作のソースではなく、

「ケチャップ、なんだ…」

見てくれは悪いし、味つけは手抜き。

これで本当に彼の誕生日を祝っていることになるのだろうか?もっとちゃんと練習してから作ればよかったのだが、そんな時間は取れなかった。

そもそもちゃんと予約さえしていれば、もっと彼に上品で美味しい料理を食べてもらえたはずなのに…

料理長も「自分が作る」と申し出てくれたが、結局、何も用意できなかった自分が歯がゆくて、せめて料理くらいは作ってもてなしたいと思ったのだが。

(ダメだ…今年に限って、やること成すこと全部裏目に出てしまった…)

顔を上げられないカガリ。だが

「…カガリ。」

囁いてくれるのは、優しい声。

あの時…初めて想いを正面から告白してくれた時と同じ声

 

―――「カガリに会えてよかった…」―――

 

ふと声に導かれて、顔を上げれば、彼は嬉しそうに蕩けたキャベツをフォークとナイフで器用にくるりと肉塊を巻き、口に運んでくれる。そして

美味しい…凄く美味しいよ。ありがとう、カガリ。」

一体どのくらいぶりだろうか。彼がこんな風に笑顔で笑いかけてくれたのは。

「で、でも、何というか、味つけも手抜きだし、カリダ叔母様みたいな味じゃ―――」

「いや、この味だったよ。カリダさんのロールキャベツも。」

「え?」

アスランが皿の上を懐かしむように眺める。

「一般家庭が、わざわざフォンドボーを取ったり、完熟トマトを湯剥きして裏ごしして、なんてしないよ。幾ら専業主婦でも、幼かったキラと預かってくれた俺の面倒見ながらじゃ、手がいくつあっても足りなかっただろうし。」

「そういうものなのか?」

「カガリは一般家庭は見たことなかっただろうから、分からなかったかもしれないが。それに…俺が好きなのは『ロールキャベツ』そのものより、多分…これが「家庭の味」だったから、何だと思う。」

「家庭の…味…」

フォークとナイフを置いたアスランが、どこか遠い目をして話し出した。

「俺の父はあの通りだったし、家になんてほとんど帰ってこない。寧ろブルーコスモスの動きが活発化していた時に、俺の父もターゲットに入っていたからか、コペルニクスで隠遁生活をしていたくらいだ。母もユニウスセブンでの研究が忙しくって。俺はほぼ一人で毎日食事を摂っていたから、家庭の味なんて知らなかったんだ。」

冷えた食事を温め直して口にする。

だが一人きりの食卓で、何の味もしてこなかった。

「覚えていないんだよ。既製品の味付けは。だけど、キラの家で夕食を御馳走になって、その時出してくれた、温かいあの『ロールキャベツ』が…何時も口にしているケチャップの味なのに、レストランの料理以上の味がして、俺にとっては何よりのご馳走になったんだ。」

カガリもふと思い返す。

「そうだな。私もお父様が一緒に摂ってくれた時の食事が凄く美味しかった。」

「こうして食事を一緒に摂れて…ましてやカガリの手料理なんて、最高の誕生日プレゼントだよ。ありがとうカガリ。」

そう言って目の前の彼は満面の笑みを見せてくれる。

最高の…「プレゼント」

 

・・・『ぷれぜんと』・・・?

 

「あぁーーーーーーーーーっ!!

突然叫んで立ちあがったカガリにギョッとするアスラン。

カガリの目が次第に潤んでくる。

「どうしたんだ、カガリ!?」

「ぷれ…ぜんと…」

「え?」

「誕生日プレゼントも、買うの忘れてた…」

 

 

「あはははは!」

「笑い事じゃないだろ!?」

食事を終えて、改めてリビングでシャンパングラスを傾けながら、アスランが心から楽しそうに笑い声をあげた。

「お店の予約どころか、プレゼントまで用意するのを忘れてたなんてさ…」

「そうだな。俺の当日の予定すら、押さえるの忘れていたんだしな?」

「・・・う”・・・

痛いところを衝かれた。

「仕方ないよ。カガリは忙しい身だ。こうして俺の誕生日を覚えていてくれて、その上こうして美味しい手料理までご馳走してくれたんだから、こんなに幸せな男は俺くらいしかいないよ。」

そう言ってソファーの隣に座ってくれた彼が、ポンポンと頭を撫ぜてくれる。

「でも、もっとちゃんとしたかったのに…」

「俺は嬉しいよ?こうしてバースデーケーキまで手作りのものを味わえて。」

目の前のローテーブルの上には、何のデコレーションもついていない『桃のヨーグルトケーキ』。

アスランは甘いものは苦手。だけど桃は好き、という話をラクスから聞いて、さんざん悩んだ挙句、カガリでも失敗の少ないものを選んだのがこれ。

「でも華が無い、ただの白い塊だぞ、これ。」

本物の桃さえ手に入ればよかったのだが、時期的に手に入らず、結局缶詰の桃を使ったものだ。

「華なんていらないよ。俺が食べやすいように用意してくれた、その想いが何よりの華だから。」

「アスラン///

コイツは何時から、サラッと照れ臭いことを素で言えるようになったんだ??

「そういえばカリダさんも、俺に簡単なバースデーケーキを作ってくれたことがあったな。」

「どんなのだったんだ?」

「スポンジはパンケーキを重ねたものだった。流石に幼い頃は今より甘いものは食べられたけど、それでもあまり口にできなくって…」

「それで?」

「最後は全部キラが食べた。」

「ぷっ…あははは!アイツらしいや。」

思わぬところでキラの昔話を聞けた。これをネタに、アイツが何か言ってきたときは、これで対抗しよう。

「でも、やっぱりプレゼントくらい、ちゃんとした形になるものを渡したかったな…だって…」

「?カガリ…?」

アスランがカガリを覗き見れば、俯いた彼女の金眼は僅かに潤んでいた。

「私が指示したこととはいえ、お前はもう直ぐ、赴任先に…」

自分で決めたことだ。オーブの行く末のために、彼を選んだのは。

なのに、覚悟を決めた本人を前にして、今頃、後悔するような感情を押し殺すことができなくてどうする!

「…」

暫し口を開かなかったアスランが、意を決したようにカガリを引き寄せた。

「カガリ。俺も一つ予約しておきたいものがあったんだ。」

「は?」

キョトンとするカガリの左手を取って、更にその薬指を愛しむように摩り、そっと口づける。

「あ、あ、アスラン!?///おまっ、いきなり何やって―――」

「今予約入れたから。君のこの指に、新しい指輪をはめるのを。」

「へ?は?あの―――」

「それから、ちゃんと戻ってきたら言おうと思っていたけれど、俺も手遅れになるといけないから、今から予約しておく。」

「何の!?」

「君の残りの人生、俺にプレゼントとしてくれないか?」

「・・・」

えっと、それって…もしかして―――

「はぁっ!?///ま、まさか、それって、ぷ、ぷ、ぷろぽー」

「悪かったな/// 喜ばせるようなシチュエーションじゃなくって///

あ、真っ赤になって目を逸らした。

これが、彼の精一杯―――いや、いかにも彼らしい。

 

そうだ。私が好きな彼は、優秀なのに、どこか生き方も人当たりも不器用な、放っておけない彼だ。

幾度も出会いとすれ違いを繰り返して―――それでも断つことはなかった『絆』。

きっと、今度も帰ってきてくれるはずだ。

だったら―――自ずと口にできる答えは―――「だた一つ」だけ。

 

「いや、凄く嬉しい。だったらちゃんと帰って来いよ!それまでプレゼントはお預けだからな!」

「了解した。でもせめて、今夜は―――」

フワリと軽く押し倒されて、目の前には、覆いかぶさって、近づいてくる彼の顔。

どこか優しい焔を宿した瞳が熱を帯びている。

「予約確認、させてもらっていいかな?」

「嫌も何も、お前する気満々だろう?」

「以前は指輪だけ渡して、ちゃんと意思確認しなかった俺の落ち度だ。カガリの気持ちも推し量れずにいて…でも、今はもう過ちは犯さない。これでも俺は手を抜かない主義だから、確認ごとはちゃんとしておきたいんだ。」

「お前らしいな…」

そう笑って、カガリは細い腕を彼の首へと伸ばした。

 

***

 

ふと目が覚めた。

青灰色を帯びた夜明かりが、うっすらとその金眼に情事の痕を映し出す。

「こんなにあちこち付けなくても…後納印か、受領印かよ、全く…」

混み上げてくる笑いを押し殺し、視線を上げれば、隣にいる彼は、すっかり深い眠りに落ちている。

無意識にそっと、彼の夜明かりに溶け込む色の髪に指を通す。

こうして彼の寝顔を見ると、初めて出会ったあの無人島で、敵だというのに眠りに落ちたあの無防備な少年のままだ。

「アスラン

今度はカガリが柔らかなその胸に彼を引き寄せ、抱きしめながらそっと囁く。

 

―――私がお前へのプレゼントだ。

 

予約した以上、ちゃんと生きて、取りに戻って来いよ。

 

 

・・・Fin.