私はどうなんだろう?
今年の夏は蝉が少ない、というか、別に蝉の姿を見れなくてそういうのではない。
蝉の鳴き声があまりしないからだ。♂蝉の鳴く声って、発声器官からの発声には違いないから、まあ一応鳴き声と呼ぶ。
そこから次に蝉の姿を探すが、これまたなかなか発見できない。数年前はうじゃうじゃ幹や幹にとまっていたのだが。
暑いからだろうか?確かに最も暑い時刻には、鳴くのをやめてしまう。
8月の下旬にはツクツクホーシが鳴くのだが、少ない。9月に入ったらさっぱりだ。
自然環境、気候、植生、などなどの変化。樹木を敷地内の植えるお宅が減った。窓がちっちゃい家もある。樹木の管理も楽ではない。昔とは様々な常識が変わっていくのか。
鉄やアルミニュムのタワーの他に、私も敷地内の樹木をアンテナの支柱に利用しているが、案外これがいい感じである。
まだまだ静岡県内も暑いようだ
東部、伊豆半島がけっこう暑かったようだ。
中部は相変わらず静岡市が高いが志太平野はまあまあのようだ。
午後は気温は高いけれど、空模様が曇天で、やや感じとしては穏やかに感じる。
慣れてきたという面もあるかな。
だが、昨日や一昨日はちょっとバテ気味だったかな。
じわじわ気温も下がっていってほしい。まあ、普通はそうなるはずなんだけれども。
マダニ
実物を見たことはありませんが、身近の場所にもいるのだそうです。
話ががらりと変わりますが、奈良公園の鹿にもマダニがうようよ。
鹿は、特に♀鹿はおとなしくて、また角もないものですから、よくぽんぽんと軽くたたいていましたが、これからはやめなくては。
最も奈良にはなかなかいけませんね。
全部のマダニ、ということは奈良公園の鹿のマダニのすべてが危険ではありませんが。見た目ではわかりませんし。
9月に入ると
海や山の遭難が減る。と、まあ昔はそうだったが、今は知らない。
まだ20代の頃だが、九州の後輩が富士山に登りたい、っていうことで我が家に来た。
富士山、ホントに誰もいないね。この頃は8月最終の土日か何かに、富士山は「閉山」だった。
誰もいないから、また年も若い頃だったから、まさに弾丸登山が可能だった。朝、表口登山道を一気に登って、頂上ではお鉢まわり、須走口登山道を下って、宝永山火口をトラバース(横断)富士宮口に帰って、その日のうちに後輩を駅まで送った。
そこらの低山を登るよりも短時間で、全部のメニューをこなしきった。まあ、別に、そう無茶苦茶やったわけでもなかったよ。
と、いうくらい9月になると山に人はいなくなった。
登山者が少なくなれば、当然遭難者も減る。
なかなか旅行なんて
できそうもないけれど、できれば外国旅行がいいのだけれど、こう円が安くなってしまっては、とてもじゃあないけれど無理だろう。
日本の製品はそんなに悪くはないと思うから、服装にしても身に着けているものも、また頭の中身も何ひとつ卑下することはない。
外国の都市は汚いと思う日本人もいるが、私はそんなに差はないと思う。ましてや、そう差別的にあげつらうものではない。逆に外国製品をそんなに立派なものと持ち上げる必要もない。
外国人にもいろいろな人がいるので、けっこうフツーそうな人とならまともな話というか、感情の共有くらいならできる。英語やその国の言葉で独り言を言ったって別に悪いことではない。議論まですることはないし、道を聞くくらいなら何の問題もない。
ふらんすへ行きたしと思えども、ふらんすはあまりにも遠し、と詩人は言っているが、今の時代もやはりちと遠いか、せめて新しき背広を着て、きままなる旅に出でてみん、と詩人はさらに歌う。
誌の文はうろ覚えです。
FTX-1***
という無線機かもしれない、いや、間違いなく無線機なのだろうが、ブラウザの画面に頻出する。
無線機としての仕様や説明文は読んではいないが、価格は見かけの割には高いようにも見える。
今は雑誌の定期購読をしてはいないので、そういう方面からはよくわからない。
ハムショップにも行けていない。
14日の支部大会ではわかるのだろうか。
三条京阪駅は
京阪鉄道の駅ではない。
あれ、そうだったかな?と思い地図(観光地図ですが)を見てみたら、その通りでした。
京阪鉄道は大阪から京都まで通じています。そこで京阪鉄道・京阪電車です。
この京阪鉄道の駅は三条大橋のたもとにあるおなじみの駅です。ですが京阪三条駅ではなく、三条駅です。
京阪三条駅という駅は三条駅とは別の駅です。三条駅のすぐそばにある別の駅です。
私事ですが大阪から京阪鉄道の二条駅まで普通列車(鈍行、各駅停車)に乗ったことがあります。時間はかかりました。
スポーツカーはなぜ売れないか?
たぶん答えはものすごく簡単です。
一般的に、女性が嫌うからです。たぶん女性は「小型のバス」みたいなのが好きなんだと思います。自分が運転するわけでもないのに嫌ったりします。ま、かないませんね。
ちなみに私はカー無い、です。
ま、救いはすべての女性がそうだということではないことでしょうか。
問題発言ばかり連呼して、よくないですね。
がばがばと水があふれ
ちょっと苦労をしました。住宅の方は何んともなかったのですが、作業小屋のコンクリート床?が浸水して、機械類が根元の部分だけ水に浸かりました。
道路が我が家の敷き地地面よりも高く、短時間降水量が多い場合、道路からがばがば降った水が入ってきてこうなってしまいます。
もっとも今回が初めての経験です。しかし、こういうような気象の状態が今後は頻発するのかもしれず、何んとか事前に対策を取らなくては、とも感じます。
台風と一緒に富士山に登る人
こういう人もいるんだ。まあ、**−じゃあないね。
私も富士山頂で台風に遭遇しました。頑丈な岩室(いわむろ)はさすがに信頼できました。
しかし、です。手洗い所は岩室の外なんだよね。先輩の人で手洗いのカランの先(下から押すとカランから水が出る)、ここに手を触れたら、びりっと来た、といわれた。
外へ出ると自由に動けないが、何んとか風下側から手洗い場に到着。ここも岩室形式になっているのでした。カランにはさわらなかった。
何でも欲しがる子
お祭りの店などで売っていた楽しそうなさまざま。
あれも欲しくなる、これも欲しい、という具合に欲望は無限大。
しかし、やはり限度をわきまえないといけない、ということは理解していた。
なんて聞き分けのいい子だろうか。そんなことはないですよ。
欲望は無限大、でもだからといって無限大に膨らむことは現実には、ない、そういうけじめ、あきらめでもあるのだが、そういうことは理解できた。
ハムフェアなど
もう何年も行っていませんね。
まあ、私の場合は呼吸器の不具合があるので、感染症を背負いこむのを恐れているのです。
何年か行っていませんと、だんだん「ま、いいか」という気にどんどんなっていきますので、がんばって、あるいはやや無理になるというのを嫌って、習慣化していったようです。
まあ、大雑把に言えば体力不足なのでしょうね。
14日ですが、午前中くらいは行きます。
肩に懸ける運搬具・バッグ
重〜いショルダーバッグよりも、背中に背負う「背負い具」の方が楽ですよ。リュックサックと呼ばれることが多いアレね。
昔は大人のバッグとしては肩掛けのショルダーが流行ったけれど、というかそれしかなかったけれど、あれは格好がいいとは言えなかった気がする。
とはいえ、背中に背負うものとしては子供用のモノしかない状態。地味だけれど背負子(しょいこ)という運搬具はひっそりと生きていた。
ぽんぽこりんにふくらんだリュックは迷惑なんだけれど、背中にぴたーっとくっついているような平たいリュックが最近はあるようだ。
アジアの国で縫製されているのはびっくりするほど安価だし、1つ欲しいものだな、と思っている。
強みは身体の左右のバランスだ。おまけに両手が自由になって安全性が高い。
書類とかパソコンならいいが、衣類を丸めて入れるのには向いていないね、いやいや、丸めないで平たくたたんじゃえばいいのだよ。
ステッキや雨傘は昔武芸者が背中に背負った方法で、背中とリュックの間に入れるといいよ。
あ、若者の一部のようにリュック全体をだらーんと尻の方まで下げちゃうのはみっともないように思うがなあ。
中身が軽ければいいのだが、ある程度の重さがあるなら背負いベルトをグッと締めると、軽くなるよ。荷物を背中にぴたっとつけるんだよ。
本当はコッチの方が断然
あくまでも私の主観的なものの見方であるに過ぎませんが〜
M社のより、断然Z社のほうがいいボールペン、Zのはいらいらしないで書ける唯一のボールペン
**LEXよりはSEIKOの方が本当は上、どっかにこんなことが書いてありました、ま、値段は違いますが
MBよりもSUZUKIの方が断然お得、これまた比較するのが無理なんですが
紙の辞書は案外便利です、電気が無くても100%の性能を発揮しましたよ
竜巻
わたしにも多少の縁がある地区ですが、ふだん穏やかな榛南あたりは時として強風が吹くことが案外多そうだ。
もっとも竜巻は地震と同じで予想できないものらしいから、数年前にも竜巻ではなかったのかもしれないが、同じで地区で突風の被害があった。
また、藤枝でも被害が結構あったが、地震もこの地区でありました。
災害に備える
と言っても、保険を掛けておくくらいかな。火災保険では実際(=落雷)助かっています。
地震に対しての対策は自信ないなあ、とふざけていてはいけませんが。避難に必要な設備や必要な物品は地震に備えて置かなくてはいけませんね。医療品など入手が限られてくるものなど特別なものは支援していただくのも難しいですから。
昔は大井川平野一帯でもっとも警戒すべきは、大水・洪水などの水害だったのですが、これについてはほぼ安心できるでしょうか。
数日前の大雨にはけっこう慌てましたが、私はこんな大水は初めてでした。
ボ、ボディーバッグ??
どうも個人的には好感の持ちにくいバッグだなあ。で、妄想する。
江戸時代に旅をする、例えば武士が背中に負っている(背負っている)荷物みたいな気がする。片方の肩に紐をかけて反対側の脇下にもう片方の紐を持っていき、身体の前で紐を縛る、のかな?
江戸時代みたいな斜め掛け、というのはどうのだろうか、私個人の感想としては、江戸時代のボディ−バッグもみっともなく見えてしまう。
武士だったならその背中には長い刀を斜めに吊って、足・脚の動きを自由にしたい。腰刀は運動性が妨げられる。
と、好き勝手に無茶苦茶なことを考えている。
この夏は
まだ終わってはいないが、実は私は「蚊に一度も刺されていない」のだ。
Xさんとの会話が無ければ、まったくこのことに気が付きもしなかっただろう。
Xさんは蚊からたいへん好まれていて、外に出ればわっと蚊が寄ってきて必ず複数匹の蚊に刺されてぶうぶう文句を言う。
ちなみに私は血液型Bであるが、XはAである。しかもAAのA型らしい。
そう言われてみれば何年も蚊に刺されていないなあ。
やっぱり他責にしてしまう
雨が降るかも、ということで雨雲の動きを心配していたが、結局藤枝市南部ははずれてくれるらしい。
洗濯ものの雨に濡らされるのは嫌だから、その動きを追っていたら、最後によけてくれた。
思わせぶりの空の色に「降るぞ降るぞ」と騙されたのだった。
ベジタリアン?
私は今更ベジタリアンにはなりません。
小さい頃は80%くらいはベジタリアンでしたから、今はその分を取り返したい、というよりも、一生かけて食生活の不均衡を是正したいわけです。
というよりも、あまりたくさんは食べられなくなったのだなあ。野菜類だけで身体を維持しなくてはならないとなると、それは無理というものかと愚考いたします。
服はたくさんあるのに、着るものがない
お年寄りの登山者の方々の山岳遭難の話やらニュースを聞きますと、この言葉を連想してしまいます。
登りたい山はたくさんあるのに、登れる山がない、ということではないかと愚考いたします。
雨に濡れるんじゃあないかと
思いましたが、一方では何とかなるかもしれない、とも思い、外へ出かけました。
午前中、幸い比較的早く帰宅でき、雨に濡れないで済みました。
夜、関東はなかなか雨が降ったようで、あちらこちら、世間の様々な場面で起こった出来事を、時間をいっぱい使って報道していましたね。
知識だけあっても
經驗が伴わければ、時に危うい。
イヌサフランをタマネギと間違えた。最悪の結果が間違えた人を死なせた。
ただ、タマネギは正直イヌサフランには見えないと思うのだ。嫌というほど栽培されたタマネギを手に取ったことのある私は、イヌサフランはさわったことはないけれど、イヌサフランをタマネギとは思わないだろう。
間違えやすいものの弁別は、その多くがなかなか難しいとも感じる。
ただ、偽物を見抜く能力というものは、非常に重要である。
今年はなぜかタマネギらしいタマネギが少なく、成長不十分なタマネギが多いそうだ。こういう細長いタマネギはイヌサフランに似てくるのだろうか?
やたら皮の鞄が
PCの画面に出てきます。どこか「触っちゃった」んでしょうね。
私個人は皮の鞄には興味はありません。どちらかというと、やや避けています。
ひとつには重いんですね。重くないものもありますが、丈夫じゃあないのですね。
あまり重たいものは苦手です。帆布(はんぷ)が私には馴染めるようです。
出掛ける時にはだいたい、いやほぼすべて帆布の鞄です。むしろ袋、という方がいいかな。
茶道はちゃどう
と読みますが、「さどう」じゃあないの?と疑問を持たれる方も。
茶碗、茶杓、茶室、茶釜、茶掛け(掛け軸)、茶人、どれも「ちゃ」という読み方ですよ。
心広く「さどう」でもいいようですが。