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おぐらじょう
小倉城
別称:
所在地:埼玉県比企郡ときがわ町大字田黒
形状 ー 平城 史跡指定 ー 国特別
ー 平山城 ー 国
○ 山城 ○ 都道府県
ー 陣屋・館 ー 市町村
遺構 ー 建築物 天守閣 ー 現存
○ 石垣 ー 復原
○ 土塁 ー 外観復原
ー 水堀 ー 復興
○ 空堀 ー 模擬
本郭石碑(撮影年月 H19・2)
現存建築物 国宝 なし
国重文 なし
都道府県指定 なし
市町村指定 なし
その他 なし
復元建築物 なし
アクセス 公共 JR八高線明覚駅、または東武東上線武蔵嵐山駅下車後徒歩いずれも40〜50分
車 国道254号線東京方向から、「ガスト」と「さと」のある交差点を左折
ミニ情報 公共機関の不便な場所なので、マイカーもしくはタクシーがお勧め
地図情報
城略史
 小倉城は、外秩父と関東平野の境界にあり、槻川の先端に構えられています。陸路は鎌倉街道上道と山根筋(八王子ー鉢形を結び上州へ抜けるルート)の中間にあたり、中世幹線ルートを意識した位置になっています。縄張りの特徴は、自然地形を巧みに取り込み、同心円的に画された総構空間を中心に、居館と目される山麓の大福寺平場と背後の要害部分に構成されます。
 「新編武蔵風土記稿」に、
後北条氏重臣遠山氏、「武蔵誌」では天文16年以降後北条氏に従った上田氏を城主としていますが、最新の発掘調査では、築城年代は16世紀前半〜後半と判明しています。城の最大の見所は、大規模な石垣です。郭1、郭3を中心に総延長150メートル、最大高5メートルにおよぶ様は圧巻です。しかしながら、周囲の丘陵のほうが高くて意外に眺望はきかず、物見という機能は低かったと思われます。武蔵松山城とともに落城したともいわれています。
(参照「現地案内板」「中世の城館跡(埼玉県立歴史資料館)」「中世北武蔵の城(岩田書院)」)
主な見どころ
↑現地案内板:番号は、写真の番号に適合しています。
↑山麓部:おそらく居館跡ではないかと思われる大福寺(中央の建物)と、手前にある堀跡。背後の山が小倉城です。(番号�@) ↑小倉城入口:山麓部を進み、林道のような細い道を右折し山を登っていくと小倉城入口に着きます。林道さえわかれば入口は見つけやすいです。ここまでは車で登ることが出来るので、アクセスが非常に楽で助かります。駐車場としての整備はされていませんが駐車可能です。
↑虎口:城跡入口から歩いて5分位すると、標高が上がり虎口になります。位置的にここが大手ではないと思いますが、登山口からはここが最寄りの虎口となります。(番号�A) ↑竪堀:虎口を過ぎてくてく歩いていくと、右側の斜面に竪堀を見ることができます。実物は写真よりもはっきりと見て取ることが出来ます。(番号�B)
↑郭1南側虎口:館があったと思われる大福寺とは反対の斜面に設けられています。素晴らしい保存状態です。(番号�C) ↑郭1:ここも木々が生い茂っています。仕方のないこととはいえ、やはり伐採している姿を見たいものです。(番号�D)
↑郭1北側虎口:こちら側は石積の遺構を見ることができます。ごくわずかですが、虎口は厳重に守られていたようです。(番号�E) ↑郭3:城内の石積で、一番の良好な遺構は郭3にあります。遺構を見る限り、ここが大手にあたるのではないかと思います。(番号�F)
↑郭3�A:もちろん石垣ではなく、石積と呼ぶべきものですが、素晴らしい遺構で見応えがあります。 ↑郭3�B:郭3へは郭1から少し降りていかなければなりません。知らなければ少し尻込みしてしまいそうな雰囲気ですが、勇気を持って行きましょう。
探訪年月 �@H19・2
併設・周辺資料館
参考見学所要時間 約1時間00分
お薦め度 私見   小倉城で特筆すべきは石垣。もちろん近世のような、高く大きなものではなく石積ですが、たいへん貴重な遺構であることは間違いなく、加えて見学も比較的しやすいことからお勧めです。山麓の寺院は館跡に違いないと思います。そうすると、城主も未だ確定的ではないですが、典型的な中世の館に詰めの城、といった組み合わせであり、この地方の研究には非常に重要で、価値のある城跡と言えます。
ー 城郭ファン以外も必見
ー 見逃せない対象です
○ 城好きは行きましょう
ー 予備知識がある方は・・
ー マニア向け
公式サイト
参考サイト
初版20070901
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