お知らせごと、日常の出来ごと、などなど
新年あけましておめでとうございます
20326年も、早いもので数日経ちました。
いつもなら、ZORG/HAIRも仕事始めの日だったのですが、
今年、まだです。
私、藤里雅哉は残念で無念ですが。現状まだいままで通りの仕事ができるまで体調が復帰しておりませんし、
めどもたっておりません。
応援メッセージもいただき、励みにリハビリは頑張ってはいるのですが
なかなか苦労しています。
昨年は、いろいろ大変な年でしたが、今年はいい年になればいいなと思っています。
近況報告
回復期病院を退院し、
今は、自宅にて生活期を過ごしています。
が、なかなか脳出血を発症する以前の生活を残念ながら取りもどせてはおりません。
入院中は、退院したら仕事も復帰するつもりでリハビリを日々頑張っていましたが、なかなか当初考えていたより後遺症の片麻痺は重度で厄介です。
杖歩行は出来ても、
立ち仕事、手仕事である本業の理美容業の復帰はやはりなかなかハードルが高いと感じてきました。
立つには立っていても
腕を前に出すとバランスがとりにくいです。
麻痺してだらんとした腕や脚って、想像してるより重いんですよ。
左半身が麻痺してる体は、例えるなら、左に自分の体重の2倍の荷物を巻き付けてる状態かと。まっすぐ立ってるっことって、
従来なら当然何気なくしていたことだが、今の体では
目からの情報でまっすぐかどうかを、脳が判断して
もし、傾いてたら、それを修正するために脳からもちょとどちらかに重心を移えうよう命令を出す。
脳出血を発症した人は、脳内の酸素消費が健常者の2倍近くになるらしい。どうりで疲れやすいと感じるようになってたなと。
従来は一日中立っててもしんどいとはあまり思わなかった。
手が空いてても座りたいとそんなにおもわなかったのに。
今は、座っていても、なんか疲れてくる感じだ。座ってるって意外に体幹を使っているかららしい。
現に、急性期病院にいた発症直後は、ベッドで座ってても手すりを持っていごろんと、ダルマのように転がってしまっていた。リハビリで最初に教わるのは
すわること、ベッドで寝た状態から足を下ろして座ること、そして起きることだった。
そんな、普通ならなんてことないことから始まるのであった。そして、座ってることもリハビリになるのですよとリハビリを始めたころによく言われました。
脚に比べると腕の回復は遅いらしい。
なんとか歩けるようになっても、腕はなかなか動かせない。なんとか握手をして少しにぎり返せるくらいかな今は。それも、まるで全身使って腕相撲をするくらいに力を使ってやっと微かに動かせるくらいかな。なのでまだまだこれからです。ちなみに、どう力を入れたらどう動かせるかを覚えていかなければいけないのです、脳出血後の後遺症の麻痺のリハビリというのは。膝を伸ばそうと思っているのに曲る方に力が入っていたり。最初はそう言うことよくありました。座ろうとしてるのにどこかの筋肉が邪魔をしてたりすることも。違うところに脳から間違った信号がいってるんでしょうね。ややこしい身体になってしまったなと…。
退院したものの
10月21日、入院生活半年を過ぎ退院して家に戻りました。転院した岸和田リハビリテーション病院での入院期限が元々6ヶ月間と決まっていたのもありましたが(回復期の病院での入院期限とか病状や状態によって決まりがあるのです)
しかし、暮らし慣れていたはずの我が家なのに、自由の効かなくなった今の体にとっては、病院にくらべて、すごく不便なことといったら…
病棟では躓きそうな段差なんてなかったのに、一般的な戸建て住宅のわが家だと扉、和室のふすまごとにわずかな段差が。ま普通には気になるはずもないのが当然なのですが、身障者になった身にはなかなかの障害物(箇所)になります。あんなに病院でリハビリ頑張ったのに…
「家にかえってからが本当のリバビリです」と、病院で教えられていたことかようやく解りました😰
家に帰ってからはついついゆっくり過ごしてしまうので、
介護保険を利用して、週に2日は訪問リハビリに来てもらい、他に2日は、リハビリデイサービスに行ってます。
介護保険、デイサービスをまさかこの歳で自分が利用するとは思いもしませんでしたが… 実際、介護認定も受けたし、まさか自分が身障者になるとは思ってなかったので人生突然何かあるがわからないものです。健康第一です。気をつけましょう病気ひとつで生活が一転します。いままでの仕事復帰を目指してましたが脳卒中の後遺症による片麻痺は思ってた以上遥かに厄介で 立つこと、杖歩行が精一杯の現状ではまだまだ無理なんです🥲
それよりも一番 の困りは左手がほとんど動かせないこと(利き手が右でよかった)
実際、現実を受け止めるのには時間がかかりました…
アルファ ロメオどころか車の運転できません。ギター弾けません。
そんなことより、家族に迷惑と負担をかけてることで忍びない気持ちでいっぱいです😅
それから、
以前から気になってましたが、
たまに、パーキング内の車椅子マークの障がい者用スペースにどう見てもそうじゃなさそうなクルマが止まってたりします。
そ
障がい者は乗せてもらう場合の車の乗り降りもささっと行えなく時間がかかるんです。なので専用スペースがあると他の車に迷惑かけないで行えると安心できるのです。なので必ず
障がい者スペースは必要な人(車)だけが止めましょう!お願いします。
入院生活日記
入院生活ってなかなか自由な時間が無いんです😅
ここ岸和田市リハビリテーション病院って、
病院とは言っても例えるなら、まるでリハビリの合宿所のようなところなのです。食事、睡眠時間以外、みっちり理学療法士、作業療法士、言語聴覚士さんによるリハビリテーションのプログラムで時間かつまっています。一日終われば身体はクタクタなんです。で朝を迎えるとまたクタクタになる一日の始まりです😅
ま、おかげで、
最初救急車で運ばれた急性期病院の堺市立総合医療センターではベットで完全に寝たきり状態でしたが、
こちらに転院してからの今の現状は、
まだ足に装具、そして杖を使ってですが、ほぼほぼ歩けるようになってます。
健常者からしたら、まだまだその程度かと思われるレベルでしょうが、脳卒中になり、その後遺症で左半身麻痺がある身としては、これでもかなり頑張ってここまで出来るようになったと思っています。ま、もっと上を目指してますが…
現実、
当初思っていたより、まあまあかなり重症でして、なかなか現実を受け入れるなには時間も掛かったのも確かで、絶望感があったのも事実だし、これからの人生をどう生きれはいいのかとか…
リハビリってやれば元の体に戻れると思ってましたが、実はそうではなく、リハビリテーションって、新たな方法で出来るだけ今までに近い生活ができるように新しい自分を作り上げるかってことのようです。
といっても、今までと同じように出来ないこともあるのも事実ですが…
でも、あきらめず挑み続けて行こうとは思っています。
以前から大好きだった
高校生の競技カルタ部が舞台の映画「ちはやふる」シリーズ
その10年後を描いたストーリードラマ「ちはやふる めぐり」が最近最終回を放送迎えました。
病室のテレビで全話見ましたが、
その中のセリフで、
カルタの名人位になっていた綿谷新が高校生競技カルタ全国大会、大会委員長として、開会の挨拶で参加選手に向けて語った、
「過去の選択は、どんなに悔やんでもやり直せないが、
それを正解にすることは今からできます!」
主人公、藍沢めぐるが
ピンチになった時に、自分自身を奮い立たせるために言った、
「私が私を諦めなけばで大丈夫、出来る!」
真島太一が、高校卒業後医学部を目指したのは、
治療法が無いと言われている蘇芳さんの眼の病気を治すため再生医療の研究をするためだったと明かした時に話した、
「絶対無理な事ってないでしょ、諦めない奴が一人でもいれば…。」
なんか今の自分の心情にぐさっとささり凄く勇気付けられ涙ぐんでしまった😅
ちなみに、映画「ちはやふる上の句」でも
「きっと俺は青春賭けてもあいつ(ライバルの新)に
勝てないよ」と弱音を吐いた太一にカルタの師匠である原田先生言った、
「太一君、青春全部賭けてから言いなさい!」
そのセリフも思い出して今の自分にハマったなぁ、と。
それから自分自身で悟ったのは、
リハビリは辛い、しんどいと思えばそれまでですが、
「明日以降のじぶんのために今日を頑張らないと!」
と、自分で自分を励ましながら、この合宿生活を日々過ごしています。
さあ、今日はどれだけ、上手くなれるかな?頑張るぞ!😊」
思えば、入院生活も5ヶ月を超えました…。
突然ですが「闘病日記」
入院生活、ちょうど3ヶ月。
4月11日の夜、家中でよかった幸いでしたが、足の踏ん張りが効かず尻もちついて座って、その後、立ち上がりにくくて、これは何かおかしいと感じ、ちょうど帰宅した家人に救急車を呼んでと伝えた。後から思えば、ろれつもまわりにくかったかも。救急車を呼ぶのって、
抵抗あったけど、知識として脳梗塞なんかは時間が勝負とかって知ってたので、そんなこと言ってられないなと。結局は脳出血だった。
その辺の記憶は今も覚えている。
そこから数日くらいの記憶は曖昧。夢だったのか現実だったのか、妄想だったのかみたいなのが入り混じっている。やはり仕事のことが気になってたのか、翌日に予約をしていただいていお客さんに連絡して
なんとかカットしてた気になっていた。ほんとはパーマする予定だったけどカットだけにしたんだった。
あと、救急搬送されたのは堺市立総合診療センターだったのですが実際にはあるはずもない山の診療所のよう分院にもいたり、そこは芝生の駐車場が隣接していて、しかも夜景が綺麗でそこに家族が乗っきた私の愛車を夜景もきれいだったので写真撮ってインスタにアップした気になってたけど、後からみてもスマホにはそんな写真は残ってなかった(笑)。
しかし、思ったより後遺症の麻痺は厄介です。今は、5月初旬に転院した岸和田リハビリテーション病院に入院中。
でもなんとか克服して復活したいので毎日リハビリ頑張ってる毎日です。
しかししかし、突然何が起こって人生がガラッとかわるかわからないものです。気をつけましょう。
そして、普通の日常に感謝し、
悔いなく毎日をを過ごしましょう。
とりあえず生きてただけでもよかったなと思ってます。
