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祖母と旅するアフリカ

(六)五日目-後編-

レストランで祖母が女王様になること、

喜望峰国立公園で天然の間違い探しをすること

そして、喜望峰までドライブだ。道々、主にコヤマさんがケディさんとおしゃべりをしている。実は私は、こういうシチュエーションで相手に何を話したらいいのかよく分からない。ケディさんはロンドンに勉強に行ったことがあり、今は日本語を流暢に話せるようになりたいという。

ケープ半島でもこのあたりの海沿いの家は、やはり伊豆半島の家々に似ている。庭の木がぼうぼうと茂っていたり、ベランダのペンキが海風にやられてはげていたり。オレンジ色の花が咲いているけど、花の名前は分からない。ワイナリーもある。そうだ南アフリカのスパークリング・ワインをお土産に買っていこう、と私は考えた。今年は伯母の家でやることになった、祖母の一族の新年会用だ。

2つの海を分ける喜望峰は、喜望峰国立公園内にある。「ヒヒが襲ってくるから、食べ物には気をつけて」とケディさんに注意される。この国立公園は岩山に藪が茂っているところで、ヒヒだけでなくダチョウやシマウマもいるという。ただ、シマウマはめったに見られないのだそうだ。ケープタウンのガイドであるケディさんは、週に3回は喜望峰にくる。しかし、シマウマを見たのは、3年間でたったの1回だ。

喜望峰の観光客のごはんポイントは、「2つの海」レストランである。今日はクリスマスだからか、席にちょっとしたおもちゃが用意されている。オヤマさんがビニール製の王冠を見つけ、かぶった。私は食事前にお手洗いを借りた。席に戻ると、祖母もうれしそうにビニールの王冠をかぶっていた。

レストランの売りである海の景色はありふれたものだった。地球岬では海の向こうは本州、犬吠崎では海の先にアメリカがあり、下田だったらオーストラリア、輪島だったら中国がある。ここではそれが南極になっただけだ。とはいえ、われわれは白身魚のフライなどの料理をおいしくいただいた。祖母はビニールの王冠をきれいに畳んで持って帰ることにした。ボランティアで世話人として参加している老人介護サークルに持っていくのだ。老化は人によって速度が違うので、祖母が世話する「おばあちゃん」には、彼女より若い人が大勢いる。

食事のあと、われわれはケディさんを後に残し、ケーブルカーで展望台に上った。12月は南半球では夏のはずだが、霧雨が降っていて寒いくらいだ。世界中から観光客が集まっていて、アイスを食べている人もいる。コヤマさんによると、彼らは「そんなに寒くないし、アイスを食べることで、寒さを忘れられる」と主張していた、とのことだった。インド人家族旅行客のおばあさんを見て、祖母は「あの杖をついている人は、きっと私より若いよ」と嬉しそうに言った。女の人は、他人と比較して外見が若いということに、80歳になってもこだわってしまう。

 

ゆっくり階段を上り、少し歩いた。たいした道のりではないが、祖母の足元が確かなので安心する。日ごろの鍛錬の量は私なんぞより多いくらいなのだ。そしてわれわれは展望台で、インド洋と大西洋の2つの海を眺めた。このはるか先には南極があり、背後にはアフリカ大陸がある。聞くところによると南極はさまざまな化学物質で汚染されており、アフリカ大陸はエイズと民族紛争が山盛りになっている。でも、ここではみんな観光客だから、笑いながら写真を撮ったり海を眺めたりできる。

「喜望峰は大変よかった、晴れていたらなおよかったのに」とわれわれはケディさんに言った。そうだね、と彼は答えて、クルマに戻る。帰り道、われわれはクルマの窓の外に、シマウマを探すことにする。もうすぐ出口というあたりで、オヤマさんと祖母がほぼ同時にシマウマを見つけた。言われてみると、遠くの岩山の上に3頭ほどがいた。われわれは大騒ぎをして、写真を撮った。帰国後、写真には何も写っていないように見えたが、よく見ると間違い探しのようにシマウマがいた。シマウマのシマは本当に保護色なのだ。

また雨が降り始めていた。ケープタウンのほうに戻って、カーステンボッシュ植物園へ行く。山登りが好きな祖母は、植物も好き。祖母の家は、区営アパートのくせに日当たりがよく、庭が広いので、さまざまな草木が栽培されている。私も中学・高校のころは生物部にいたくらいで、植物園の見学はとても好き。雨が降っているのと、時間があまりないのが残念だ。

有用植物のコーナーには、一般的な薬草のほか、アフリカ独自の薬草やエイズの民間療法の薬、なんてものまである。「ここの植物や土を黙って持って帰ったら、多様性条約に引っかかりますねー」「ねー」などという話をコヤマさんとする。生物多様性条約(CBD)は、製薬会社勤務のオヤマさんと、科学系のライターである私にとっては一般的な話のネタである。この植物園のミュージアムショップは、繊細な花のデザインのティーカップが売られていて、欲しくて死にそうだったが断念した。日本まで壊さずに持って帰れるか分からなかったし、うちみたいなあばら家には合いそうにない美しさだったから。

このクリスマスの1日の走行距離は、一体どれくらいであったのだろうか。ホテルに戻ると、祖母が「くたびれた」というので、ルームサービスをとることにする。チキンサラダ(32ラント)、ポテトフライ(10ラント)、アボガド・リッツ(29ラント)を頼む。1ラントは15円強なので、値段はそんなに高くない。昨日のプールのそばにあった自動販売機で、南アフリカのキャッスル・ラガー・ビールとシードルを買ってクリスマスディナーとした。窓から見るテーブル山は雲がかかっていて、「明日はテーブル山に行くけど、きっと雲が晴れることはないだろうね」と話し合う。

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