力の乙女は世界を夢見る
作  大江 切 氏

 

 目覚めると冬華は、見知らぬ所にいた。

「はっ?」

 起き上がると身体にかかっていたタオルケットが床に落ちた。自分が今まで横たわっていた物を見る。重量貨物を乗せるための電動手押し車に乗っていた。

ここは廊下のようで白々とした蛍光灯がまんべんなく照らしている。どう考えても冬華の小汚くも心温まる住居ではない。服もいつもの物ではなく、清潔な化学繊維のそれに代わっている。もちろん武器も一切ない。

「うえぇぇ?」

何が起きたのか、冬華には全く心当たりがなかった。

「ちょっと待て、落ち着け、落ち着けよ、自分」

 鈍く痛む頭を抱えて冬華は必死に考えをまとめた。何でここにいるのか。原因はもちろん、その手がかりを思い出そうとして……

 

「上生菓子というのは、食べる芸術だ」

 目まで届く前髪、女性にしては長身の身体に薄手のロングコートをまとい、背中に物騒な道具を入れたスポーツバックを担いだ何でも屋の双琉冬華は、薄暗い占いの店の中で店長兼唯一の従業員のフォーチュンを前に力説していた。

「材料から気を使って作る。安全で上質の小豆、それに昔ながらの方法で作った餡は爽やかな甘みを伴い、口の中でさらりと溶ける。これだけでも満足だけど、さらに季節感を伴い、見た目にも美しく上質に作り上げないといけない。あくまでもさりげなく、しかし気品に溢れ、それでいて古臭くない物を」

 そこでやっと冬華は背中に隠していた菓子折りを取り出した。ちなみに菓子折りの紙は和紙で、かすかに桃色がかった上品な透かしが入っている。

「と、いう訳でわたしの手作りの上生菓子だ。銘は八重桜。じっくり賞味してね」

「……冬華さん、一応営業中なのですが」

 つややかな黒髪、女の冬華よりもよほどきめ細かい白い肌の占い師フォーチュンは、上生菓子を冬華の用意した懐紙と黒文字で取りつつも抗議した。

「客が入っていないのだからいいじゃないか」

 冬華は抗議を気にしなかった。実際、フォーチュンの店は客が入らなかった。今日だけに限らず、冬華はここで客を見た事がない。占いの道具という今時誰が買うんだというような商品と、人気がなく物騒な通りに接し、さらに店の外見が小汚く、営業中なのかつぶれているのか分からない店舗では繁盛するわけもない。これでなんでやっていけるのかと冬華は心底疑問だが、フォーチュンの占いを頼る常連には金持ちやシェルター管理関係者も多く、その収入で成り立っているらしい。

 人は来ない、静かで穏やか、店長はなかなか好人物。冬華がこの店に入り浸るのはあっという間だった。それでいて何も買わないのだからフォーチュンにしてはいい迷惑であろう。実際、つい先日まで占いを絶対否定していた人物が、今多少信じる事になったからといっていきなり道具を買いあさる訳もないのだが。

「確かに私以外には迷惑をかけていないのですがね」

 フォーチュンは手に持っていたタロットカードを置き、黒文字で桜を模した菓子を一口食べる。なんだかんだ言ってフォーチュンの付き合いのよさも冬華が入り浸る原因の1つだろう。

「しかし、外の友人はいないのですか?」

「煙草臭かったり異臭がするから自宅に上がりたくない奴ばかり」

 冬華の何でも屋という職業を考えれば当然であろう。いわゆるまっとうな友人は少ない。ちなみにここの店も香を焚いているのだが、けして不愉快な香りではない。

「お仕事はいいのですか?」

「アセスがいないからさ。しょぼい仕事しか出来ないの」

 机に頬杖をついて冬華はため息をついた。アセスは元冬華の仕事上の相棒だった。もうすでに現世にいない。

「すみません」

「謝る事ではない。早く新しい相棒を募集しないと」

 しかし募集といっても簡単ではない。まさか新聞に「何でも屋の仕事仲間募集。銃ならびに戦闘経験者希望、元軍人歓迎、一芸望む、いざという時法を破れる人待ってます」と掲載するわけにもいかない。仲間が増える前に冬華が当局に御用になってしまう。

「でもわたし、明日からいないし、相棒募集は当分先になるなぁ」

「明日? 仕事ですか?」

「うん、そんな感じ。ライプチヒシェルターに行ってくる」

「観光、じゃなさそうですね」

「届け物だよ」

 冬華は自分も八重桜を一口食してみた。「アセスが、ライプチヒシェルター上層部が研究していた人工筋肉のモニターをやっていたみたいでね、報告書が部屋に置いてあった。もう本人がいないのだから届けられないし、配達して事故が起きても困るしで、わたしが行く事にした。向こうにも連絡済だよ」

「何で冬華さんがその事を知っているんですか?」

「あいつ、こっちに知り合いも身内もいないみたいでね。身辺整理をわたしがやったの。その時出てきた」

「危なくないでしょうか」

「大丈夫。報告書を見たけれども、性能はいいけれども作るのにも維持するにも金がかかりすぎる。あんな物実用できないよ。実用できない物を報告するだけなのに、危ない訳がない」

「だといいのですけどね」

 フォーチュンは黒文字を置いて、机に規則正しく並べていた3枚のカードのうち中央の一枚をめくった。

「愚者の逆位置」

「何それ」

 冬華はカードを覗き込んだ。以前も見た事がある、荷物1つを背負った青年が足を犬にかまれながらがけを歩いている図式が紙の上に描かれている。

「愚者はカードナンバーがありません。いわば0のカード。何が次に起こるか分からない、無限の可能性のカードです。しかしこれは逆位置、その意味は絶対的な混乱。冬華さん、近いうちに、よくない事が起きますよ」

「止めてよ」

 冬華は苦い顔をした。冬華は占いを全く信じていないがフォーチュンの予言めいたカードにはそれなりに敬意を持っている。そのような事を言われて、けしていい気はしない。

「その左は?」

「過去のカードですか?」

 フォーチュンの男とは思えない細い指先が店内の空気をほとんど動かさずに持ち上がる。動きに無駄が無いのだ。だから強いかと言うとそうでもないが。

「月の正位置。大切な物の欠如を意味します。分かりますか?」

「どういう意味だか、よく分かるよ」

 冬華はふてくされて机にあごを乗せた。

「どうしてそう悪い意味ばかりのカードを引くかな。少しは明るい話題がほしいよ」

「私に言われても困りますね。冬華さんの運気がカードを引き寄せるのですよ。では、最後の未来は」

 最後の1枚のカードはタロットカードに興味のない冬華の目から見ても美しかった。中央に女性が立ち、周辺には自分の尾を飲み込んだ巨大な蛇が円を描いて囲んでいる。四方には女性、獅子、鷲、雄牛が存在していた。しかし占い師の位置からしてそれは逆向きだった。フォーチュンは長いまつげを伏せる。

「なに、それは」

「カードナンバー21、世界のカードです。意味するものは完成、完璧なる終了、これ以上望む物がない結末」

「でも、逆向きね」

「はい。ですから意味は不完全、未遂の失敗、いびつな末路、不安定です。冬華さんの未来です」

「それでもフォーチュンテラーか?」

 冬華はいらだつというより呆れたように懐紙を畳んだ。占い師の英語読みはフォーチュンテラー、その名の通り幸運を告げる者だ。あいにく冬華は今まで不幸しか告げられた事がない。

「もしも不吉なカードを読んだら、どのようにしてそれを回避できるのか読むのも私の仕事です」

 フォーチュンは改めて椅子に座りなおし、横に控えられたカードの山を上から取り、丁寧にきった。そして1枚を引く。やっとフォーチュンの顔の緊張が解けた。

6番、恋人」

 フォーチュンが見せてくれたカードには1組の男女と天使が描かれた明るいカードだった。

「冬華さん、あなたはその地で出会うべくして出会う人物に出会います。その人物が鍵ですね。あなたはその人物にとってかけがえのない存在となりますし、あなたもその人物が忘れられないと思います」

「恋人として、と言う事?」

「さて、それはどうでしょう。私が読み取れるのは出会いまでです」

 あまり救いにはならなかった。不服そうな冬華の表情を見てフォーチュンは少しばつが悪そうにうつむく。

「すみませんね、出掛けに不吉な事を行って。でも警戒はしてくださいよ」

「分かった。覚えておく」

 冬華は自分が食べた分の懐紙を捨てると、で、とフォーチュンに聞いた。

「お土産は何がいい?」

 

 世界中に散ったシェルターはそれぞれ国家のように、各自の上層部で治められている。しかしシェルターの分厚い壁を越えて協力し合う事業も多々ある。冬華が乗ろうとしている各シェルター間の移動手段、国際リニアモーターカーがその主たる物だった。あいにく全てのシェルターに繋がっている訳ではないが、それでも各シェルターごとの移動に利用が出来、移動時間も日々改良の末短縮されている。

 冬華は富山シェルター窓口で3等の禁煙席を購入し、やたらと巨大な荷物を預けると指定された席へ移動した。荷物の内容は着替え、生活必需品、そして武器である。米、味噌、醤油、砂糖塩、調理器具なども加わっている。世界大戦当時最前線のライプチヒシェルターは食糧事情がよくない事を冬華はよく知っており、本気で滞在中の食事を自炊する気だった。もちろん荒事お任せの何でも屋として武器を全て預けてしまうわけもなく、きちんとコートのポケットには隠密用拳銃マジックミサイル03とプラスチック爆弾が入っているし、内側にはエネルギーボルト05がばらばらにして隠してある。

『まもなくライプチヒシェルター行きの便が発車します』

 人工合成の麗しい女性の声を聞いて冬華は時計を見た。18時ちょうど。冬華は肩掛けかばんから包みを出して開ける。美食家の冬華が無農薬の原料を厳選した材料で作った冬華特性弁当である。うっとりするような深い色の漆器の箸を取り出して、冬華は夕食を食べ始めた。動いたかどうか鋭い人間でないと分からないほど静かにリニアモーターカーが発車する。こんな世界でも技術は日々進歩しているのである。

 かまどで炊いた米は冷えていても適度な粘り気と甘みを持ち、冬華は箸で口に運びながら今後の事を考えた。

 向こうに着いたらライプチヒシェルターの上層部が出迎えに来てくれるはずである。後は報告書を手渡して終わり。特にやる事も警戒する事もない。終わったら観光でも行こうか、とのんきに冬華は考えた。狭いシェルターに観光すべき場所があるかどうか分からないが、冬華は武器や兵器に心ときめく人間なので、過去の激戦の遺物でも見れば楽しく過ごせるだろう。

「あと何かおいしい物があればもう言う事はないのだけど」

 食事状況は悪い事は承知で食べ歩いてみるのも悪くない。富山シェルターではお目にかかれない美味に味わえるかもしれないし、美食に幸せを見出す人間はどこにだっているだろう。それを考えると、この小旅行も悪くない気がしてきた。それなりに楽しめるし、アセスの分の気分転換になるかもしれない。

 食べ終わった弁当箱を片付けて、あとはぼんやりするのみ。いくらシェルター間が近くなったとはいえ、後着くのに何時間かかるのだろうか。冬華はかばんから雑誌を取り出し、新型対人用小型ロケットのパンフレットを見ることで暇を潰そうとした。

 数十分後、冬華は妙だ、と第六感が警告するのを聞いた。パンフレットを閉じようとするも、力が入らない。親戚を訪ねに行くのか、手前の席の家族づれが奇妙な表情で崩れ落ちる。頭が重い。冬華は立ち上がろうとしてあがき、床に崩れ落ちた。全身に力が入らない。

 ガスだ。無臭の精神性の。どこの誰がこんな事を。

 何者かが複数、重い足音を立てて冬華のいた車両に入る。鉛のように重いまぶたをこじ開けて冬華は彼らを認めた。全身を防護スーツですっぽり覆っており、年も国籍も分からない。

 こいつらが、犯人だ。冬華はとっさにマジックミサイル03を彼らに向けて撃った。もう意識は霞がかったように朦朧として、行動できたのは半分訓練された無意識のおかげだった。

 そして完全に闇に落ちた。

 

そして現状がある。冬華は腕を組んだ。

「いまどき列車強盗なんて、映画の西部劇でもお目にかかれないわよ」

 口に出して誰かに聞かれると非常にまずいのだが、口に出さずにいられないほど冬華は混乱していた。

 現状では推測しようにもその材料が少なすぎて、何がなんなのかまるで理解できない。ともかく列車ごと襲われた事、その後誘拐されてここに放置されたであろう事は分かる。しかしなぜ、どうして。

「そもそも、リニアモーターカーをどうして襲う? それぞれのシェルターが合同して統治しているのだから、そこを襲うなんて全シェルターを敵に回したも同然、どこの犯罪組織でもそんな事は出来ない」

 実を言うと、そこまで不自然でもないのだが。確かに実入りが多いが危険ももっと多い割に合わない仕事だが、シェルター上層部とつながりがある犯罪組織ややけっぱちになった傭兵もどきが時々起こす。しかしそれはありうるとしても、なぜ冬華がここにいるのかの理由がさっぱり分からない。金目当てではもちろんないだろうし、もし例の報告書目当てだったらそれのみを持って行けばいいのだ。狙われる可能性は低いと見て、冬華はかばんに入れただけだった。身体検査をすれば2分で見つかる。それなのに謎の理由で冬華は快適なリニアモーターカーからここにいる。ご丁寧に服までなく。

 フォーチュンの占いを冬華は何の前触れもなく思い出した。「意味は絶対的な混乱。冬華さん、近いうちに、よくない事が起きますよ」

「どうしてフォーチュンの不吉な占いはこうもよく当たるんだ?」

 冬華は頭を抱えたくなった。頭痛がする。けして神経毒のガスの後遺症ではない。ふと空腹を感じた。ずいぶん寝ていたらしく時間感覚はさっぱりないが、倒れる直前に弁当を食べたのだから相当時間はたったのだろう。とりあえず一通り騒いで混乱して気が済んだのか、それを感じる程度には落ち着いてきた。

 今後、どうするべきか。この場でじっと考えていても堂々巡りである。ならば行動あるのみ。しかし下手に動くのも困る。どういう訳か今は放置されているが、拘束されていてもおかしくはなさそうだ。とすると、もしも誰かに見つかった場合、親切な対応は期待できないだろう。

 どぉぉん。

「はっ?」

 冬華の長い前髪が前に流れた。瞬きの半分の時間の後、冬華は後ろで爆風と爆音が来た事を理解した。後ろを向くよりも先に、冬華は前へ走り出す。

「な、何? 何が起こった? 戦闘か、破壊活動か」

 どちらにしても巻き込まれるのは冬華は遠慮したかった。ライフルや大型拳銃どころかナイフ1本、石ころ1個も持っていない身で戦闘はしたくはない。もちろん冬華は何でも屋のたしなみとして格闘技にもそれなりに通じてはいたものの、相手も素手でない限りは立ち向かいたくない。

 さらに背後で、つい最近聞いた事のある起動音が重火器らしき爆音に混じって聞こえた。冬華は忌まわしい記憶を脳裏に浮かべて、とりあえず手近な扉に駆け込む。何かの控え室らしい室内はテーブルや荷物が散らばっており、無人だった。テーブルの上にはついさっきまで有人だった事を示すコーヒーとクッキーが置いてある。冬華はテーブルに手をついて呼吸音を整えた。

「あれは」

 忘れようとしても忘れられない。他の兵器とは明らかに異なる独特の音は、間違いなくAG−2メートルを超える、人型の兵器―の音であった。冬華は全身の鳥肌が立つ感触を味わった。先日AGに相棒を殺された上、生身でそれに対抗した事はまだ記憶に生々しい。

「何でまたAGがこんな所に」

 AGは兵器としては比較的一般的である。だから結構冬華も見かける。しかし問題は、ここに兵器が導入されているという事実だった。一般生活ではもちろんのこと、冬華が首を突っ込むような非一般的な事件でもそうは兵器は関わってこない。例えば、よほどの大企業、軍関係、あるいはシェルター上層部に関係するような事でAGが登場する。

「何がなんだか。気がついたらわたしは1人で荷物がなくて、AGが暴れている音がして、誰か説明する人はいないの? 人がいたら締め上げてでも聞き上げてやるのに」

 過激な事を言いながら冬華はテーブル上のクッキーを1枚つまみ上げて手で半分に割り、口の中に放り投げた。

「ん、これは。3枚食せば1食分のカロリーと脂肪分を補え、鉄分、カルシウム、ビタミンCもたっぷり。忙しい会社員や軍人に最適」

 こんな事を言える辺り、まだ冬華は余裕らしい。

 もちろん冬華は美食家だが、成分分析器ではないので、1口食べただけでそれの成分を分析できる訳ではない。いくら冬華といえども、時には不本意にも粗食に耐えたり、飲まず食わずで過ごす事もある。以前ワルシャワシェルターへ行った時、食事代わりに旧ヨーロッパ地方で大流行のクレメンス社の栄養食シリーズのクッキーを食べた事があり、その味を覚えていたのだった。もちろんそれだけでも相当すごいが。

「と、言う事はここは旧ヨーロッパ地方なのか。ひょっとして目的地だったライプチヒシェルターだったりして」

 もう1枚取ろうかとしばらく手がテーブル上をさ迷い、冬華は思いとどまった。栄養食であるだけあって味は残念ながら重要視されていない。平たく言えばうまくなかった。まずくはないのだが、冬華の口には合わない。同様の理由で冬華は安物のインスタントコーヒーも辞退し、適当なマグカップでポットの湯を直接入れ、少しさまして飲む。ついでにいざと言う時のためにティッシュにいくつかクッキーを包んでポケットに入れた。

「さて、とりあえず大まかな場所の見当はついた。で、ここはどういう施設なんだ。少なくともついさっきまでは人がいて使われていたみたいだけど」

 冬華は部屋を見渡し、適当にその辺の引き出しを開けたり戸棚を探したりとまるで空き巣のように振る舞った。この行為はどう好意的に見ても犯罪だが、冬華の方も合法的な手段でここに連れられた訳ではないのでいいだろう。

 特に冬華が欲しかった武器らしき物はなかった。当たり前である。一応文房具のカッターや調理用の包丁などはあるが、それを持っていくくらいなら素手の方が敵意がないように見え、言い訳が聞く分ましである。

 いくつか資料らしき書類を見て、冬華はここがワルシャワシェルターかライプチヒシェルターである事を確信した。書類がドイツ語である。冬華はドイツ語は読めないので書類の内容は分からないが、それを差し引いても十分な収穫だった。

「彼らが、わたしに何の用だろう」

 冬華はここで得られる物はもうないと判断し、冬華はドアに耳をつけ外の様子をうかがった。もう爆音は聞こえない。それでも冬華は全身耳のように慎重にドアを開け、外へ出た。周囲に人影はないが白いプラスチックの粉が空中に少し舞っている。破壊活動の名残であろう。

冬華は先ほどの破壊音の場所へ行ってみる事にした。けして物見高い訳ではない。一体何が暴れたのか、様子を少しでもうかがうためだ。もし冬華の存在がばれたらただではすまないだろうが、どうせこのままふらふらしていても危険度は大して変わらなかった。

戦闘行動は場所を動いて再開したらしい。はるか遠くの方からまだ爆音は聞こえるも、その場ではもう終わっていた。

「うゎ」

 冬華は前髪をかきあげた。通路があちこち陥没し、もうあとはばらして鉄くずとしてしか利用法がなくなったAG1体転がっている。AGの事なら何でもお任せ、ユニオン社製『U-AG-006A』アントはお腹いっぱいの弾薬をぶち込まれていて沈黙していた。

「敵は世界征服を狙うテロリストか? それともシェルターごとのぶつかり合いか」

 そんなこじ付けでもなければ、兵器と兵器が衝突する理由なんて思いつかない。いずれにしろ、この場には何らかの紛争があり、それに巻き込まれたら人間である冬華はあっさり昇天してしまうだろう。

 今後の方針を現状把握ならびに逃亡と脳内会議で決定すると、冬華は情報収集のためにアントを見上げた。

 AG専用の重火器で沈黙している事は分かる。冬華のライフル・ライトニングでは残念ながら傷1つつかないであろう分厚い装甲は弾薬により3桁の風穴が開いていた。確認するまでもなく内部は壊滅状態であろう機中のパイロットは生きていないだろう。操縦席に無理に入り込み、使える武器を引っ張り出す考えを冬華は捨てた。

「マシンガンというところか。でもさっきまでここにいたのにもういないって事は、移動速度もそこそこ」

 勝者のAGが進行したであろう通路へ向いた。通路は重量のあるAGが通った後らしく、合成強化プラスチックの床はほじくり返されたように灰色のコンクリートとエネルギー供給のパイプがむき出しになっていた。行こうと思えば何とか冬華も後を追える程度には道はまだある。

「少なくともAGの大群という訳ではないよね。せいぜい数体。少数の傭兵か、軍の特殊部隊か」

 きっとここは何かの調査地区か施設で、そこに侵入者が来たのだろう。なぜここに冬華がいるかは分からないが、またとんでもない事に強制的に巻き込まれたようである。巻き込まれて壮絶に爆死しないためにも、侵入AGの方向とは逆に冬華は脱出方法求めて歩き始めた。

 

 廊下を歩きながら、こう考えた。智に働けば策におぼれる。情に棹されれば流れ流され。意地を通せば絶体絶命。とかくに人の世は住みにくい。

「いや、この状態はわたしのせいじゃないぞ」

 冬華は自分でつっこんだ。今の冬華には流される情も通す意地もなく、智に働こうにも情報が少なすぎて働きようがない。かといってうかつに動くと敵対者と鉢合わせする可能性もある。冬華としてはとにかく慎重に慎重に危険がない事を確認してから行動に移るしかない。

 冬華は気配を殺し、周囲を警戒しながら歩いた。しかし行けども行けども敵どころか人の気配がない。物音は自分の足音のみ。いい加減冬華は馬鹿らしくなって、いつものように背筋を伸ばして進んでいた。見事に何もない。AGの戦闘音すらない。それはそれで好ましい事だが。

廊下を曲がると扉があったので、耳を張りつけ物音の有無を調べてから空ける。個人の部屋らしい寝台と家具一式、本などがあった。先ほどからずっとこうである。初めのうちは中へ入り込み何か手がかりはないかあさってみたが、何1つ役に立つ物はなかった。せめてドイツ語の文献が分かれば何とかなるのかもしれないが、冬華はドイツ語の心得はない。

「これは、行く方向を間違えたか?」

 例え危険でもAGの進んだ方へ行けば、もっと有効な物があったのかもしれない。そうだそうに違いない、今でも遅くない戻ろうか。逆方向に行きたい気持ちを抱えながら、冬華は義務のように扉を開け周囲の壁に身体を張り付き中をうかがった。

 人がいた。

「!」

 無人だと思っていた冬華はとっさに全身の筋肉を弛緩させ、相手がどう動こうと対応できるように身構えた。今までと同じつくりの個人部屋だが、ほとんど私物が置いていない。代わりに入り口近くに荷物が3つ転がっていて、本人はベットにうつぶせに寝ていた。ドアが開いても身動き1つせず寝るその人物は、ぱっと観察したところ冬華と同じ黄色人種らしい。よほど疲れているのか、普段着で寝床に転がっていた。

 足音を忍ばせて中へ入り、冬華はその人物を観察する。恐らく研究員か従業員か、生きるために必要な筋肉しかなさそうな細い手足から察するに運動には縁がなさそうな青年だった。近くに琥珀色のフレームの眼鏡が転がっている。

 どうしたものかと冬華は考えた。もし冬華が軍人だったら銃を突きつけ叩き起こすのだろうが、いきなりそんな事をして最悪の初対面を迎えたくはない。嫌われるのが怖くはないが、今後話をする上で友好的であるのに越した事はなかった。罠かもしれないと思ったが、どうもそうではなさそうなので冬華は起こしてみる事にした。

Guten Morgen!」

 ドイツ語は出来ない冬華だが、それでもおはようぐらいは言える。同時に軽く揺さぶってみると、男は何かをうめきながら顔を上げた。

「あ、Good morning…… いやここはワルシャワか、Guten Morgen.あれ、君はワルシャワ住民にしてはなんだか」

「旧日本人よ」

「あ、そうなんだ。久々に聞く日本語だなぁ」

 緊張感なく男は起き上がって、あくびをしてから大きく伸びる。

「やれやれ、頭がすっきりしたよ。そろそろここの所長と対面させてくれるの?」

「ここは何かの研究所なの?」

「え? うん、そうだよ。生物バイオテクノロジー研究所、トルーク。君はバイト? それくらいは知っておいたほうがいいと思うけど」

「で、あなたは誰?」

 何か誤解が生じているが、冬華は気にせず続けた。

「僕は竹屋優慈」

「ここの研究者?」

「うん。元は旧日本地区の小樽シェルターの研究者だったのだけど、研究所がつぶれちゃってね。途方に暮れていた所で、トルークのスカウトが来たんだ。でも君は」

 また戦闘再開の合図の爆音が聞こえた。冬華は顔をしかめたが、幸いにも音の発生源ははるか遠くらしい。こっちにとばっちりが来る事はなさそうだった。竹屋は顔色を変えてドアから外をうかがう。

「聞こえたか、今の!」

「聞こえたよ」

「何だ、事故でも起きたか? オートクレープが爆発でもしたのか」

「きっとAGが正面衝突したのでしょう。ここまで被害が来なさそうだから大丈夫よ」

「は?」

 勘違い状態のまま会話が進むのはなかなか面白かったが、そうも言っていられない。冬華はやっと自分の名前とおかれている状況など事情を話す事にした。下手をしたらこれでこの男とは敵対するかもしれないが、そうなったら力ずくで話を聞きだすまでである。冬華は無駄な暴力は好きではないが、無駄ではない暴力を振るうのにはためらわない。

「と、言う訳でわたしはここの話をもっと聞きたい」

「おい、そんな。僕をだましたのか?」

「いや、勝手に誤解して自分ではまっただけじゃないの」

 冬華が顔の前で手を否定の形に振ると、竹屋は顔を赤くしたが、思い出したのか黙った。

「じゃあ、双琉さん」

「冬華って呼んで。そっちの方が好きだ」

「冬華さん、君は気を失っている間にここに助けられたのか?」

「あるいはここに連れ去られたのか、それとも敵対者がここへ置き去りにしたのか。どっちにしても、私は自分の持ち物を取り戻して富山シェルターへ帰りたい。そのために協力をして欲しい。お礼はする」

 心の中で嫌だといったら無理にでも協力してもらうけどなと付け加える。肉弾戦は得意ではないが、それはあくまでも銃の扱いに比べたらの事。この男相手なら十二分に太刀打ちできる。

 案の定、竹屋は嫌そうな顔になった。

「そんな事言われても僕はここに昨日来たばっかりでろくに知らないし。荒事は悪いけどごめんだよ。大体なんで僕なんだ? 他の人に聞けばいいじゃないか」

「他の人がいないのよ。もぬけの殻」

「何だって!?」

 竹屋は今度こそ外へ出て、他の部屋を探す。冬華はなんとなく、この男が他の研究員に見捨てられたのではと思った。新米でなじみの薄いのなら仕方がない。哀れだなぁと人事のように感慨にふけり、ふとドアの近くの空調調整などのボタンを見る。

「竹屋氏」

「何だ?」

「これ、何?」

 それは施設内放送の音量調整ボタンだった。0に設定されている。

「着いたばかりで眠かったから、無駄が入らないように音をなしにしたんだ」

竹屋は心なしか血の気を引きながら解説した。

「それじゃ、例え避難命令が出ても分からないじゃないか! 置き去りにされるのも無理はないよ」

 竹屋は頭を抱える。冬華も頭痛がしてきた。この抜けている男から提供された情報がどれほど役に立つのだろうか。

「竹屋氏、1つ提案がある」

「何だよ」

 冬華は険悪な表情でにらまれたが、竹屋がこうなったのは冬華のせいではないので無視した。

「どうも自分のうっかりミスで逃げ損ねたようだけど、もしも聞いた事を教えてくれたり案内してくれたら、最大限の努力を払って護衛をするよ。乗る?」

 竹屋は胡散臭げに冬華を見た。

「君は何でも屋だったな」

「うん、荒事は得意」

 物によるがな、と卑怯にも脳内で言い訳をする。

 決断に悩む竹屋の背中を運命へ押したのは、再び思い出したような爆音だった。清潔そのものの部屋だったが、埃が落ちてきたからには相当すごい衝撃だったのだろう。

「分かった、だから助けてくれ」

「よし、交渉成立」

内心嫌そうな竹屋の手を無理に握手の形に握り、冬華はすばやく今後の方針を練った。

 

早速冬華はここがどこかを正確に知った。

「ワルシャワシェルターの管理下の研究所?」

「そう。例の大戦前に作られた施設で、当時多額の資金を投入されて制作された最先端の研究所」

「ちょっと待って。それってつまり」

「うん」

 竹屋は冬華の困惑を知っているとばかりにうなずく。

「ここはシェルター外だよ。幸いにも施設密閉度が高いから少し工事するだけで十分に人が住めたんだ。シェルターにも近いしね」

 予想外だった。冬華は軽い目眩を起こす。もしこれでうっかり出口を見つけても外に出れない。核の冬真っ最中の外に人が飛び出て生きられない。聞いてよかったと冬華は心底思った。

「じゃあ、どうやってここへ出入りするの?」

「ちゃんと対応された乗用車とバスで出入りするよ。僕は車で来た」

 シェルターでは乗用車は珍しい。卵形のシェルターでは横移動は徒歩と動く歩道で事足りる。ちなみに上下運動はエレベーターとスパイラルエスカレーターを利用する。

「と言う事は、車を見つけないと移動もままならないのか」

 もっともAGも放射能対策をしてあるのでそっちを持って行っても良いのだが。しかし車なら強奪できてもAGは強奪する前に殺されてしまいかねない。また一歩困難が増えた。

「その車置き場はどこ?」

「こっち」

「後、さっきからAGの戦闘音が聞こえているのだけど、ここが襲われる理由を知っている?」

「僕が知っている訳ないだろ! 小樽シェルターから昨日来たばかりだ」

 怒鳴り、唇に手を当てた。

「いい噂がないのは確かだよ。ぼくは前は農作物のバイオテクノロジーに携わっていたのだけど、ここでは生き物、しかも軍事的に利用できる物の研究とかで」

「軍事的? 例えば、怪我が一瞬で治ったりするとか、腕が伸びるとか」

「冬華さん、君はバイオテクノロジーに偏見を持っていないか?」

「持っているかも」

 冬華にとってバイテクはトラブルの種、面倒ごとの元である。そもそもきちんとした生物の知識ですら怪しい。最も、人の身体のどこを刺せば致命傷だとか、魚や鳥のさばき方などは熟知しているが。ちなみに冬華は、魚であれば最大でぶりをさばける。

「バイオテクノロジーなんて、化け物を生み出す技術でしょう? 猫人間とか鳥人間とか、殺戮人間とか。その気になれば人食いみかんやフライングトースターまで作り出しちゃうような」

「それは偏見だ! バイオテクノロジーはけしてそういう技術ではない。大体フライングトースターって何」

竹屋はどうやらパーソナルコンピューターにはうといらしい。

「分かった、説明するよ。

 まず、僕たちが普段食べている野菜や家畜はすべてバイオテクノロジーの産物だ」

「全てって、にんじんや豚も?」

「ああ。それらは長い年月をかけて野性の動植物の中から、人間が扱いやすいように交配を繰り返し、現在の姿になった。にんじんの原種を知っているか? 少し太いだけの根っこだよ。当然食べられないし、食べてもおいしくないだろうね。豚も元は猪を家畜化したものだ」

「ほう」

「この馴染み深い交配だってバイオテクノロジーの一種だ。交配には長い年月がかかるが、現在のバイオテクノロジーはそれをせいぜい数世代で起こす事が出来る。まず遺伝子を調べて、人間にとって都合のいい遺伝子を取り出し、それらを組み込んだ大腸菌を培養して増やした後、植物に組み込む」

「その結果化け物が……」

「出来ない。そもそも現在の動植物は気の遠くなるほど弱肉強食の環境適応の中で生き残った奇跡のような存在なんだ。その奇跡を変に組み替えたり、都合よく作り出したりは出来ない。例えば、人間の何十倍もの筋力を持つ人間を造りたいと思った、でもそのひずみがどこかに必ず出る。例えば、病気に非常に弱い。例えば、普通の環境では生存できないほどの欠陥を持つ」

「はぁ」

「バイオテクノロジーの本来の目的は遺伝子を組み替える事によって病害虫に強い農作物や高収量の作物を作り出したり、環境浄化機能の高い植物を作り出すのが目的なんだ。そのような化け物と一緒にされるのは職業上困る」

「分かった、悪かった」

「もしバイオテクノロジーを悪用するのだとしたら、細菌兵器などが現実的だな。そんな化け物なんて造っていられない」

 倫理的にはどうなんだ、と冬華は思ったが、賢明にも口には出さなかった。まぁこの男の性格なら手は出さないだろう。

「でも、現にそういう噂はあるわよ。それはどうなの? ただの都市伝説?」

 竹屋は今までの賢明な講義の態度とはうって変わって歯切れ悪くごまかした。

「そういう噂は確かにある。腕が伸びたり、猫人間なんて完全に空想の産物だけど、身体能力が人間よりはるかに高いという話は、確かに存在する」

「で、専門家の意見としてはそれらは実在するの?」

「……していないと思うが、万が一はあるな」

「その化け物人間がバイテクに非効率だとしたら、何で存在できるの? 今の技術はそこまで優れているの?」

「作り出すことは出来ると思う。でも何の欠陥もなく、完全に普通の人間と同じようには無理だよ。絶対に障害が発生する。肉体的ではなく、精神的に。何かの依存症や恐怖症、脅迫概念とかがね。人間は所詮、本来の自分の決められた枠から出てはいけないんだよ」

 簡単バイオテクノロジー講義は爆音を終了のチャイムとした。今まで聞いていたかろうじて人事と言えるだけの距離からのではない。明らかにすぐそこでの音だった。

「! どこだ?」

 相変わらず武器なし、服借り物、の非常に無防備な状態である。しかも今回は非戦力の竹屋がいる。逃げの一手しか打てない。しかしずいぶん曲がり角も扉もない廊下を歩いてきたので、逃げようとしたら相当走るはめになる。走るのは嫌いではないが、もし相手が銃器を持っていたり、はたまたAGだったりとすると逃げるにはきつい状況だった。

「い、今のは」

「静かに。見極める」

 爆音は前から響いた。戦闘しているのではなさそうだ。その証拠に応戦の破壊音がしない。きっと出会い頭に敵に出会い、素早い方が勝ったのだろう。爆音が収まると静かに、それでも静寂に満ちた廊下では十分にやかましい一定の機械音がした。

 勝者はAGである。冬華は判断して竹屋にすぐに引き返すように手で合図した。相手がAGだったら多少どたばた走っても聞こえない。竹屋が青ざめながらもあごが胸に乗りそうな勢いでうなずいた。なるべく音が出ないよう、小走りで逃げようとする。

 のんびり歩いているはずのAGがにわかにうるさくなった。冬華は眉をひそめて舌打ちをしたい気持ちを抑える。若い男性の物と思われる通信音が響く。

『そこの2人、止まれ。さもないと撃つ』

 この状況ではお決まりの英語だが、非常に単純明快分かりやすかった。威勢良く反抗してもよかったのだが、その結果弾丸の藻屑となりたくはない。冬華は立ち止まり、どういう嘘をつくべきか素早く頭の中で設定した。ここは竹屋と同じ、うっかり逃げ遅れた何も知らない民間人、というのがいいだろう。下手に武器を持っていない無防備な姿が今となってはありがたい。

「(わたしに合わせて)」

「殺さないで! 止まるから!」

 冬華は大げさに手をあげて英語で降参をした。小刻みに震えて、顔を恐怖で歪めるその姿はどう見てもトリガーハッピーの何でも屋には見えない、はずだ。冬華が若い女性である事も演技にはいい方で加算される。ドイツ語を取得していないのが痛いが、英語でもそれほど疑われないだろう。

「(冬華さん)」

「(黙って。何とか切り抜けるから、私に調子を合わせて)」

 出てきたのは3体のAGだった。冬華内心舌打ちする。多い。1体は直接戦闘用、1体がそれのサポートのための知覚調査兼武器運搬といったところか。もう1体は見慣れないAGだった。恐らく直接戦闘用だとは思うものの、背中に奇妙な形で4基のスラスターが広がっている。いくらカスタマイズされているとはいえ非効率で、冬華はどういう物なんだろうといぶかしく思った。

『所属と名前を言え』

 直接戦闘用から通信音が聞こえる。

「わ、わたしは万象全。小樽シェルター出身。それと竹屋優慈。ここの研究員とその助手で、部屋で休んでいたら爆発の音がして、逃げようとしていたの」

 全よ許せ、名前を借りる。どうせ青い髪のフリーターの当人は遠く離れた富山シェルターだから気にしないだろうが一応謝っておく。サポート用のAGが何かのセンサーで冬華たちを探っているのが分かった。どうせ重火器、爆発物の確認だろう。持っていないのだから冬華は何も心配していない。

「お願い、何も知らないの、どうか助けて」

 かたかた震えながら冬華は手を組む。少しいきすぎかなと思うが、極限状態の人間の行動形式なんてそう種類がないのだからいいだろう。後は冬華の演技にどれほど得点がつけられるか。失格だと命が危ない究極の試験である。冬華が望んで受けた訳ではない。

 AG同士で通信用電波が飛び交ったらしい、少し沈黙があった。

『ねぇ、万象さん』

 補助用AGから驚いた事に日本語が聞こえてきた。しかも上手い。だがその声はどう聞いても少女、20に満ちていないようだった。国際児童法に反していると、冬華はあるんだかないんだか分からない法律を持ち出して心で愚痴る。

「は、はい」

『万象さんって、ライプチヒシェルターの使者?』

 冬華の心臓が高鳴った。

「な、何のことですか? わたしは何も知りません、助けて」

 このような事を聞かれると言う事は、冬華は調査書の使者をやっているから狙われたのだろうか。しかしそれなら荷物を奪えば事足りる。なぜ冬華まで誘拐するのだろうか。冬華は混乱してきた。

『あのね、私たち、ライプチヒシェルターから頼まれて、使者と情報を保護するように言われたんだけど』

 これは冬華にとって十分意外な展開だった。おびえる小市民、の演技こそ崩れなかったものの言葉が出てこない。

『いいじゃんニック兄』何か通信上で冬華には聞こえない話しがあったのだろう。『すぐに信じないのも無理はないけどね、証拠代わりにお届け物を届ける人の名前を言うよ。レンティール少尉でしょう。当たり?

 大正解である。冬華は脱力しそうになった。となると冬華はすぐ近くに強力な味方がいたのに逃げ惑っていた事になる。あまりといえばあまりにも間抜けだった。

「味方ならそうだと最初から言ってよ! 私は双琉冬華、富山シェルターの何でも屋、こっちはさっき説明したとおり、通りすがりの研究員。そっちは?」

 味方だと分かると途端に態度が代わる冬華だった。演技する必要がない以上、卑屈になってもしょうがない。

「私はアーシェンス、それとニック兄とドライ。ソウリュウ、それで今情報は持っている?」

「冬華と呼んで。調査報告書ならないよ。荷物ごとどっかに取られた。武器も弁当も」

 まさか報告書がないからって見捨てられないだろうな。冬華は内心不安になった。

Toka! Did you have the coat on?

 背中にスラスターがついた赤いAGから聞かれた。やはり若い、幼いと呼んでもいいような年頃の女の子である。冬華は本気で彼らが何者なのか分からなくなった。傭兵幼稚園から鍛えられた選良傭兵少女なのだろうか。99部そんな者が存在する訳がないが。

Yes

『あのね、資料の荷物は見つからなかったけど冬華の服らしいものは見つけたんだ。どうする?』

「よこせ」

 冬華は即答した。長い質疑応答になりそうだ。着替えしながらでも構わないだろう。

 

 彼らはライプチヒシェルターの何でも屋、グリーレ兄弟だそうだ。兄のニックと妹のアーシェンスとドライ。非軍人には珍しくAGを操り、戦闘や破壊活動を主な仕事とする何でも屋であった。あるいはこれはシェルターごとの違いであろうか。冬華はコートを羽織ながらつらつら思った。ありがたい事に胴着もコートも無傷である。お洒落さんな冬華としては、そして武器マニアの冬華としては新しい物を買いなおして改造する気にはなれなかった。

 冬華が持っていた調査報告書は確かに費用的に割が合わない実験であり、結果をまとめたら後は資料倉庫行きのデータだった。しかし冬華が国際シェルター間リニアモーターカーに乗っている間―厳密には乗ってから食べる弁当用の、鶏を骨ごと砕いた肉団子をこねていた時―その費用を大幅削減する新しい技術が発表されたのだった。すぐさまライプチヒシェルター上層部は冬華の実験データを読みたがったが、リニアモーターカーはその頃古めかしい列車強盗にあっていた。もちろんただの列車強盗であるはずがなく、傭兵崩れの荒くれたちが起こした事件の裏では、それを扇動したある者たちが冬華をこっそりワルシャワシェルター近辺の研究所に運び込んだらしい。管理シェルターが違う以上、正規の軍を動かすのは国際的に大きな問題になる、しかし正式に訴えて調査を求める時間も、そこまでする利益もなかった。そこで荒くれ事が得意な何でも屋に出動願ったらしい。

「ありがたいね、ライプチヒシェルター。救助までしてくれるなんて」

 もちろん冬華は人としてそれなりには礼儀をかねそなえていたから、だったら郵送で送っておけばよかったなんでおくびにも出さなかった。

「トーカ、ひょっとして気づいたのついさっき?」

 AGから姿を現したアーシェンスが身を乗り出した。金髪のポニーテールが可愛い、しかし明らかに十台半ばの少女だった。何でこんな少女が傭兵の真似事をしているのか冬華には理解できない。今はよそ様の家庭事情に口を出している暇はないが、この件が片付いたら後で聞いてみようと思った。竹屋は礼儀正しく冬華が着替えている間後ろを向いている。着替えが終わったらアーシェンスのAG「雷花」に乗り込んでさらに資料探しをしなくてはいけない。初めから乗せるつもりだったらしく、雷花の後ろのコンテナに人程度なら乗れそうだった。

「そうだけど」

「やっぱり。さっきAGで侵入していた時、トーカっぽいのが電動手押し車にのって、白衣着ていた人たちに運ばれていたのを見た気がしたんだ」

「うぇっ?」

「でも、その時ちょうど警備のアントAGと出会ってね、ニック兄が景気よくマシンガンぶっ放して戦闘になっちゃって。白衣の人たちトーカ見捨てて逃げちゃうし、電動手押し車はブレーキかけてなかったから勝手にどっか行って見失うし、あの後見てみたら手押し車には何もいなかったから放っておいたんだけど、やっぱりトーカだったの?」

 やっぱり冬華だったのである。だから起きた時自分は1人きりだったのかと冬華は納得した。コートのポケットのプラスチック爆弾は当然ならら没収されていたので、冬華は服に埋め込んで隠していた拳銃の部品を取り出して組み立てる。ソーサラー社の携帯用拳銃、エネルギーボルト05。威力よりも形態性、隠密製に優れたいざという時には頼もしい奴である。

(でもなぜわたしまで誘拐したのか?)

 彼らの母国語で口論を始めた兄妹を放っておいて(恐らくその時冬華を後回しにした事だろう)冬華は口元を引き締めた。彼らの目的が調査書だとしたら冬華の荷物をかっさらえばいい事である。そもそもこの仕事はアセスの役割で冬華が来る事は向こう方には予想外だったはずだ。なぜ冬華が使者だと分かったのだろうか。

「終わったから乗せて」

 兄妹けんかは無視して、冬華は日本語でそう告げた。分からない事は分からない。それを放置するのは良くないが、保留するのはしょうがあるまい。冬華は割り切った。

「あの、僕はどうすればいいんだ?」

 竹屋は弱々しく主張した。冬華は少し考える。

「一緒に来れば、最低限の保身は得られるよ。ここに残るもよし、来るもよし」

 竹屋は少し考えて、おもむろにコンテナに乗り込む。それはそうだろう。

「で、これからどこへ行くの?」

『もちろん、調査資料を探しにだ。どこに行けばいいのか当てはない。ライプチヒシェルターから研究所内の簡易的地図をもらっているから重要度の高い地域から捜索する』

 ようはしらみつぶしである。しかし他によい方法があるかというとない。冬華は自分の荷物に発信機を仕掛けておかなかったことを後悔した。普通そんな事はしないのだが。

 がんばれと冬華は無責任な励まし方をしてコンテナに乗り込んだ。

 1人でうろついていた時と比べて、グリーレ兄弟と同行するのは冬華にとって非常に楽だった。自分たちの方が強いのでこそこそ隠れる必要はない。いくら警護が厳重でもここは研究所であり、専門家のAGで乗り込まれたら敵わない。冬華は弱者を力押しで圧倒する強者の心境になった。ちょっぴり気分がいいと思った事は胸の奥に収めておく。

『ニック氏、今度敵と会ったとき、敵を無力化できない? 分からない事がいくつもあるから、情報収集をしたいのよ』

 機内通信で冬華は兄に呼びかけた。

『あぁ。というかもともとそうする予定だった』

 そりゃそうだろう。目につく物片端から叩き壊していくのは、軍人としては及第点でも何でも屋としては追試ものである。左腕にあるお手製のワイヤーガンらしいものをかかげながらの通信だったから、それでどうにかするというのだろう。

『了解』

 冬華はそれに期待をして通信を切った。後は冬華は寝ていてもいいのだが、代わりにエネルギーボルトをいじって時を過ごす。

 無為に時が流れた。本当は無為にではないが、冬華にしては同じである。調査、捜索はAGのセンサーが代わりにやるし、戦闘はいわずもがな、人間がAGに敵う訳がない。ついさっき出合ったばかりの者に自分の運命をゆだねるのは冬華の好みとする所ではなかったが、冬華が出来る事は先にAGがしてしまう。かといっておしゃべりして交流するほど状況は穏やかではない。冬華はやる事がなかった。

『トーカ、次の角の先にアントっぽいのが潜んでいる。やっつけるよ』

『了解』

 アーシェンスの通信に冬華はうなずき、身を縮めて来るべき戦いに備えた。アーシェンスの雷花は下がっていて、ニックの舞花が先陣を切り、ドライのシュツルムフリューゲルがその後に続く。後ろで見守っていた冬華は、出現したAGに驚きを隠せなかった。

「あれはユニオン社製『U-AG-012』最新型AGマンティス!」

 全高2メートル90センチ、稼働時間約240分、右腕には10oレールガン、左腕には90oバズーカ砲、両肩は4連装長距離ミサイル、背中に小型1人用装甲車をくくりつけている。重火器と高い機動性も特徴の1つだが、何よりこめかみに特殊な軟膏とコードを貼り付ける事により、ある程度の精神同調が可能な初めての機種だった。つまり「危ない」と思った時、人間の極めて微弱な危険信号に反応し、とっさに防御反応への構えが可能なのである。画期的な機体で、その分値段も普通のAGに比べてずば抜けて高かった。

「うわっ、あれほしい。ニック、お願いだから生け捕って」

 自分勝手な冬華の願いが通じたのかどうかは分からないが、戦闘はあっさりすんだ。シュツルムフリューゲルが威嚇射撃をしてその隙にワイヤーガンで拘束する。通信で降伏勧告がなされ、あっさり受け入れられた。後は楽しい詰問である。コンテナにはアーシェンスの雷花との通信機しかないのでどのような会話が飛んでいるか分からない。冬華はふてくされて結果を待った。

「アーシェンス、話し合いが終わったら結果を頂戴ね」

『はーい』

「ついでにそのマンティスもおくれ。わたしが乗る」

『ふえぇ!?』

 驚いたらしい。無理もない。

『トーカ、AG乗れるの?』

「傭兵学校で乗り方を習った。こう見えても実技は得意分野だ」

 一番得意はもちろん重火器だった。

『後ろでのんびり守られて結果を待つのは性に合わない。そっちだって戦力が増えればいいはずだ。わたしも戦闘に加わる』

『暇なの?』

『実を言うとそう』

 冬華とアーシェンスが漫才している間に詰問は終わったらしい。ニックからの通信がアーシェンスの機体に来た。

『こいつはただの雇われ傭兵だ。傭兵派遣組織ディスパーチからではなく、軍崩れのフリーの傭兵らしい。仲介人を通して雇われていて、自分の雇い主が誰かは知らないらしい』

『ニック兄、それ信用できるの? 怪しくない?』

そうでもない。機密性の高い施設や違法な施設を警護するために傭兵を雇う事はよくある事だし、具体的に何に雇われているかを内密にするのも珍しくはない事だ。

『大丈夫、嘘はついていないようだ。俺たちの進入を知ったものの、上司からそれ以上の命令がないので警備兵は混乱しているらしい。命令が出ている最重要基地の場所が分かった。奪った調査資料書もそこにあるそうだ、運び込まれたのを目撃している』

『よかった、ニック兄、すぐに乗り込んでやっつけようよ!』

「待ってニック」冬華がアーシェンス機を通して呼びかけた。「何でわたしを誘拐したのかも聞いて」

『分かった』

 しばらく通信は沈黙していた。

『その資料を持った使者は、同時に人工筋肉の被試験者でもあったそうだ。具体的な構造を知りたくて資料だけではなく当人もほしかったらしい』

「あん?」

 もちろん冬華は人工筋肉を内蔵していない。

「わたしは代理の使者で、人工筋肉を埋め込まれていた当の本人は星になったんだって!」

『俺もそう聞いていたが、彼らは聞いていなかったそうだ。それに薬物が充満したリニアモーター内で銃を撃てるくらいなのだから、何かしらの改造が加わっていると判断したらしい。確かに特徴は違うが』

「わたしがあそこでエネボを撃てたのは、単に訓練の差だ!」

 アセスと冬華では経口30mmミサイルランチャーとパチンコほども違う。それを飛び道具だから同じだと、一くくりにするのと同程度には間違えられるのは屈辱だった。

 冬華はコンテナから飛び降り、大股でマンティスに歩み寄った。自力でマンティスによじ登り、強制解放レバーを開放する。中に30歳ほどの男がおびえたように、しかし敵意を込めて冬華をにらんでいる。

「退け」

 冬華は英語に直す事も忘れて命令し、重火器を扱うことで鍛えた腕で男を力ずくで引きずり出した。自分が代わりに操縦席に乗りハッチを閉める。通信や稼動に必要な器具はユニオン社テンプレートに乗っ取って設置されているので、初めて乗る冬華でも操縦は可能である。冬華は通信機へ乱暴に叫んだ。

『ニック、こっちは準備が出来た。その最重要基地へ殴りこもう』

『……貴方もか?』

『当たり前でしょ』

 人違いでさらわれてこんな目に合わされたのだ。冬華はぜひとも責任者に会いたいし、出来る事なら殴り飛ばしたかった。

 

 間抜けな勘違いに対する怒りは、新型AGを操作する事によって多少は和らげられた。少し調べたが変な仕掛けも罠もなく、安心して操作できる。考えてみれば冬華がAGを動かすのは傭兵学校を退学して以来だ。なかなか心に浸るものがある。

『トーカ、もう一度言うが、捜索に参加してもいいけどここでは俺の命令には絶対に従ってもらうぞ』

『了解、分かっている』

 通信機の調子もいい。冬華が少し首を振ると、こめかみにつけた色とりどりのコードが揺れた。精神同調する事の利点は今の所ないが、危機に陥った時はきっと良い仕事をしてくれるだろう。アーシェンスの雷花から送られてきたデータにニックがどこに行くのかの指示を書き加えて冬華に送信する。示された場所に冬華は少し意外に思った。

『外か』

 地図ではこの研究所を出て、南に30メートルほど行った所だった。

『もともとここは大戦前の施設だからな。重要基地はばらばらに建設されている』

『なるほど』

『急ごう。相手は混乱している。それにつけこむ』

冬華たちは隊列を組み、周囲を警戒しながら着た道をたどって外に出た。出口はニックのAG舞花が腕のマシンガンをうならせて造ったその辺の廊下の大穴だった。なんとまぁ豪快なと冬華は思ったが、正規の出入り口が遠くて時間の無駄になるのでしょうがないだろう。今更器物破損に痛む良心などという軟弱な物はない。

外に出た途端、強い吹雪で冬華は一瞬視界を見誤った。

外は灰色だった。天も地も等しく同じ色で、冬華は現実感を失った。空は分厚い曇天に、大地は降り続ける雪に覆われ本来の色を見失っている。目印となる物はグリーレ兄妹のAGのみ。冬華は舌打ちをして彼らを注目した。

「すごいな。これが外か」

『なんか言った?』

『いいえ』

 気のせいか、頭の中の雑音を感じる。全てを切り裂く風に混ざって何かの声が聞こえる気がする。気のせいだ、そうに決まっている。冬華は雑音から注意をそらすために乱暴にニックに通信をつないだ。

『実際にその基地に潜入したら、どういう手順で資料書を取り戻すつもり? もし戦闘が起こったら?』

『ああ、それは』

 雑音はますますひどくなる。冬華は頭を押さえてうめいた。

『外からアーシェンス機で警戒しながら探索する。その後俺とドライで潜入、後続にトーカとアーシェンスが続く。侵入したらまず』

『ごめん、聞こえない。もっと大きな声で』

『何だって? 通信機の調子が悪いのか?』

 ニックの通信機を通した声は、ほとんど冬華に届いていなかった。冬華はこめかみの奥にしめつけられるような痛みを感じてうめく。額に脂汗の玉ができ、AGの操縦席内で可能な限り、身体を前に倒してうずくまる。目を開けていられないほどひどい目眩を感じた。

『トーカ、応答しろ。どうした?』

『……雑音だ』

 ノイズが頭の中に響く。吹雪の悲鳴と共に、到底無視できない大音量となって冬華に襲いかかる。耳をふさいでも一向に効果はない。

『トーカ?』

『ニック兄、なんだかおかしくない? やっぱりこのマンティス何かおかしな仕掛けがしてあったんじゃないの!?』

『でも、センサーには何も反応はありませんでしたよ』

 耳元で複数の人間が叫ぶ。冬華は前を見ようとした。汗が目に入り視界が歪む。

「あなたは、誰……」

 その時冬華は何を見たのか、本人にも分からなかった。大音響と苦痛に満ちた操縦席から、冬華は速やかに静かな暗黒に意識を滑らした。

 

 空は青く、空気は清浄だった。暖かな風は優しく冬華の前髪を揺らし、冬華は寝転びながらそろそろ前髪を切らないとなと思う。適度に水分を含んだ草原は、寝転ぶと柔らかく昼寝には最適だった。

「無防備にねっころがると、後で髪がもつれるんだよね…… 猫毛はこういう所で辛いよ」

 お弁当はどうしたっけ、と冬華はそのままの体勢で頭上を見上げる。頭の上に笹の葉で包まれた握り飯と竹で編まれたかごの弁当箱があった。中身は基本に忠実に、甘く仕上げた玉子焼き、ウインナーにぷちトマト。ちなみにウインナーはわざわざ牧場が手作りで作っているもので、化学調味料は一切使っていない。冬華はそれを食べる時を想像して満足そうに唇を吊り上げた。大人の楽しみとしてちゃんと酒も用意してある。最高の日本酒「浮雲」はきっと美味だろう。

 どこからか甘い香りがする。花だろう。きっと桜だ。あまり知られていないが、淡い桃色の桜はいい香りがする。冬華はそれが好きだった。少しとって酒に浮かべようか。きっと風流で、食事に花を添えるだろう。そう思ったがどうも冬華は立ち上がる気にはなれなかった。静かに、穏やかに時が過ぎる。

「春だなぁ」

 冬華はのんびりと暖かな日差しを楽しんだ。こうもくつろいだ気分は初めてかもしれない。今まで冬華はどんなに平和でも、どこか心の奥で緊張があった。今まできつい世界で生きていたせいだろう。ここは幸福だった。平和で、悩みもなく、うららかに世は流れる。永遠の春。

「……え?」

 冬華はかすかな引っ掛かりを感じた。春が来る訳はない。昔、誰かが言っていた。

 この世界には春は来ない。少なくとも自分が死に、その子どもが死ぬまでは。それは悲しむ事であり、その原因を作った者たちは非難されて当然である。どんな理屈も言い訳も通用しない、歴然とした事実だ。

 でも事実ならしょうがない。受け入れるしかあるまい。そして、永遠の冬だからこそ、存在できるものもある。

 冬華は立ち上がった。桜の花びらがどこからか11つ舞い降りる。冬華は桜がそう簡単に存在する訳がない事を知っている。もう桜は富山シェルターの植物園にしか存在せず、以前花びらを手に入れるだけでも冬華はずいぶん苦労した。

 穏やかに雲が風に流れる。その空から白い天のかけらが舞う。雪だ。全てを覆い隠す冷たい白い結晶はしきりに天から降りて、今の季節を冷酷に告げる。

 冬だ。今は冬。暖かい春は遠く記憶の中で、訪れる気配は微塵もない季節。冬華はそういう季節に生きて、それしか知らずに生涯を駆け抜ける。

 冬華はエネルギーボルト05が下げてあるはずの腰に手を伸ばした。何もないそれをつかみ、太ももへ向けて力いっぱい降ろす。何かが壊れるような衝撃音が遠い所から聞こえ、冬華は鈍い痛みに歯を食いしばって耐えた。

 存在しない季節は心地良い。果てない夢はあまりにも美しく、永遠に過ごしたい。しかし冬華は知っている。本当は人は卵型のゆりかごでしか生きていけず、空は暗く大地には何もない。そして冬華の立っている所は戦場だ。逃げるつもりはない。冬でしか咲く事のできない花は冬に適応して立ち向かう。それが現在にふさわしい生き方であり、冬華の道だ。

「起きろ……」

 冬華はもう一度、エネボを振りかざした。

「起きろ! ここは違う、戻れ、戻れ、戻れぇ! わたしに、わたしにもっともふさわしい場所へ!」

 世界が崩れる大音響が響いた。冬華は耳をふさぐ事も出来ず耐える。目を閉じて身を縮め、大災害を迎える。

 そして冬華は目を開けた。

 懐かしいマンティスの操縦席があった。太ももは青あざになり、周囲の器具は乱闘後のようにあちこち壊れ、落ちている。手の甲は皮膚が切れ、血がしたたっていた。

「これか!?」

 冬華はこめかみのコードを力任せに引っこ抜いた。目の前に電流が走り視界が暗くなる。冬華は目をつぶり、頭痛が治まるのを待った。

「分かった。何かの電磁波信号に過剰反応するか何かで、脳に変な幻像を見せたのか……」

 とんだ欠陥品である。冬華はマンティスに喜んでいた自分を蹴飛ばしたくなった。不意にフォーチュンのカードが頭にひらめいた。世界のカード、意味するものは完成、完璧なる終了、これ以上望む物がない結末。しかしそのカードは冬華に不完全といびつな末路を予兆した。

「そうだ、ニック! アーシェンスたちも、どこ行った?」

 彼らに声をかけたくとも、通信機のマイクは冬華が引きちぎったらしくだらしなく床に落ちている。冬華はこれ以上マンティスに乗る気には到底なれないし、目盛りを見てみると稼働時間がそろそろ限界に近い。冬華は操縦席から身を乗り出し、重い身体を引きずってマンティスの背中にくくりつけられている小型1人用装甲車へ移った。装甲車にも通信機はあったが、冬華はそれよりも凍える吹雪の中、周囲には何もない事を知った。

「見捨てられたか」

 冬華は少々思う所があったが、しょうがないと開き直った。どの道急いでいたのだし、急に稼動しなくなったAGを放って進むのは小隊の長として間違った判断ではない。それにこの世にはむしろ敵に捕まって情報をもらさないように動けない味方を処分する者だっているのだ。マシンガンをお腹一杯食らうよりはまし、と思うと冬華はずっと気分がよくなった。

「今からだと遅刻だろうな。しょうがない、ここでじっとしているよりはましだ」

 冬華は見届けるために装甲車のアクセルを踏んだ。マンティスで見た地図を思い出して進もうとするも、AGと車では視界が違うせいか、どうも進みにくい。それよりも何もない雪景色には複数の足跡が残っている。それを追って車を走らせるのはそう難しくはない。

 冬華は大きく息を吐いてもう1回世界を見た。装甲車はAGよりも生身の視界に近く、強化ガラスの向こうの世界はそっけなく冬華を無視して存在している。冬華はそれを厳粛といってもいい気持ちで受け止めた。これが冬華の生きる世界だ。人が生きていけない、ひどく荒廃した世界だが冬華はなぜかそれが嫌ではなかった。むしろ自分にふさわしいとすら思う。雪と、雲と、それに彩られた灰色の世界はひどく冬華を落ち着かせた。どうあがいても冬華は今の世界の住民なのだ。こんな世界でもいとおしい。

 吹雪のため目的地が目前であった事に冬華はすぐに気がつかなかった。半分地面に埋まった四角い人工建築物で、何重にも堅く閉められていたシャッターは全て無理にこじ開けた跡がある。冬華は装甲車で土足侵入して、車の中からシャッターを下ろした。3つ目辺りの、倉庫のように車やコンテナ荷物が放置された部屋で放射能検知器のランプが緑色に点滅しているのを確認して車から降りる。

 耳をすませた。破壊音も爆音も聞こえない。

「ひょっとして、もう全部すんじゃったのだったりして」

 平和的に話し合いですんだとは微塵も思わない冬華だった。まぁ無理もないが。

 ではのんびり進むか、と冬華が一安心した瞬間、もうそろそろ耳慣れた腹に響く重騒音が聞こえてきた。反射的に冬華はその辺に隠れる。幸いに隠れる場所には事欠かない。

ニックたちか、と冬華は軽く考えていた。冬華が来た事をいち早く察して迎えに来たのか、それとも報告書を手に帰ろうとしていた所か。冬華は本能で隠れた自分が馬鹿らしくなって出て行こうとした。

 ニックたちではなかった。冬華はとっさに神経をそのAGに集中させる。あちこち弾薬をあびて電撃に焼かれ、見るも無残なAGだった。左足に当たる部分に裂傷を加えられたらしく、歩き方がぎこちない。けしてニックたちの物ではない。

 ユニオン社製『U-AG-008』バスタービー。冬華は唇だけでそう呟く。重装甲重火力、まさしく冬華好みの全身武器のAGだった。人間で言う満身創痍のAGはシャッターのスイッチを入れて背中の扉を閉める。身体感覚を崩して転び、そのまま動かない。死んだのか? という冬華の甘い希望はAGの胸に当たる部分が開き、人影が躍り出た事で打ち砕かれた。

 冬華はいぶかしげに眉をひそめた。奇妙な人物だった。年のころは10代後半、戦場に立つには若すぎる。しかしそれには違和感はなかった。黒の伸縮自在の身体に張り付く戦闘服を着て、腰には高周波ブレード、上に建築物用の灰色の迷彩服を羽織っている。人工照明にも当たった事があるのだろうか疑問に思うほど肌は白く、瞳は小川のように清らかなスプリングストリームだった。ほっそりした身体は無駄なく鍛えられているようだが、体の線が露出している格好なのにもかかわらず性別が分からない。整った顔つきからは面白くてたまらない事があったように、そしてこれからもあるかのごとく、笑いをこらえているように歪められている。それはけして不快ではないが、冬華は背筋が凍る思いを味わった。ボタンを掛け違えた時のような不快感にも似た感情だった。

「そこにいるんだろ? 出てこいよ」

 少年のように高い声だった。冬華はもちろん黙っている。出ろといわれて出てくる戦士がいるのならばお目にかかりたい。冬華の存在は装甲車の件から確信されているだろうが、黙っていれば今の冬華の隠れ場は分かるはずがない。

「そこに、いるんだ」

 その人物は一息ついて、飛んだ。

「ろ?」

 瞬間的に冬華の目前まで来た。高周波ブレードを大きく振りかぶる。とっさに冬華は左へ飛び、エネルギーボルトの引き金を引いた。当たったかどうか、冬華には判断がつかなかった。何もない地面へ冬華は左肩から着地し、そのまま数回転がると飛び跳ねて立ち上がる。その者の姿はどこにも見当たらなかった。全身を神経のように研ぎ澄まし、どこから来ても不意を撃たれないように警戒する。そしてやっと正常な時間と思考が戻ってきた。

「な、にものよっ、あなた」

「へっへっへっ」

先ほどまで冬華が背もたれにしていた大型車両の上から得意そうにその者が顔を出す。

「あんた、俺の名、当ててみな」

「問題を出すとは、偉そうに!」

 冬華は撃てなかった。まさか銃より剣の方が強い訳はない。そんな事があったら冬華は今頃剣士になっている。それなのに、この者の動きは冬華の予想だにしないほど早い。はっきり言って冬華の目がついていかない。さっきかろうじて反撃できたのは本能とも言ってもいいほど身に着いた習性であり、幸運でもあった。2回目を当てにする気にはなれない。

「あなた、バイオウェポンでしょう!」

「当ったり」

 人の身体の地図を組み替えて出来た新しい人間。外見的には間違いなく人の、しかしけしてそうではない者たち。竹屋の言葉が蘇る。「作り出すことは出来ると思う。でも何の欠陥もなく、完全に普通の人間と同じようには無理だよ。絶対に障害が発生する。肉体的ではなく、精神的に」

 冬華を見下ろしながら、子どものように無邪気に笑っている彼を見て冬華は納得した。なるほど、知性はある、個性もある、しかし確実にどこかが破綻している。

「さっき、こっちへ来た3人とおまけはどうした?」

 話しながら、何とか冬華は付け入る隙を見つけようと唇を噛みしめた。この距離なら普通の相手なら確実に撃ち殺せるが、相手は一瞬ですさまじい距離を移動できる神速の持ち主である。外して切り殺されるのはごめんだし、死ななくても銃持っていて剣に負けたとあれば末代までの恥となる。何とか一撃で勝負をつけたかった。

「あんたの友達か? ひどい目にあった、3人がかりで集中攻撃されたぞ。せっかくのおもちゃがぼろぼろだ。もう整備してくれる人いないのにな」

「おもちゃだと。バスタービーがいくらするのか知らないのか!?」

 変な所で腹を立てる冬華だった。

「で、整備してくれる人?」

 冬華は何となく思い当たった。ついでにこの研究所の本来の目的も。

「ここは、あなたみたいなバイオウェポンを研究していたのでしょう。整備してくれる人がいないってどう言う事? 研究者たちは逃げたの?」

「少し違う。えっと、」

「冬華。双琉冬華」わざわざ名乗る冬華だった。

「そうそう、冬華。ここはただ、俺のために作られた、俺を生み出す研究所なんだ。ここにいた人たち全部の知恵を費やして、ここの協力した全てのシェルターの資金で、ありとあらゆる機械で俺はここにいられるんだよ」

 自慢しているようにも取れる口調だった。

「でも、皆もういないよ。全部終わって、俺が完成したからね」

「何よそれ。侵入者におびえて逃げたの?」

「違う違う。もっと頭を使えよ」

 彼は指を振った。

「最後の人工筋肉が俺に組み込まれたからな。もういいと俺は思って、全部片付けた。もらったAGを使って全員」

 彼は顔一杯に無邪気な笑みを浮かべた。

「すごかったよ。地面がまっかっかで培養浴槽みたいに水びたしなんだ。あんたもいればよかったのに。本当にめったに見られないんだから」

「……見たくもないわよ、そんなもん」

 だから命令系統が混乱していたのか。冬華は心の奥で納得した。全員いないのならば命令が下されるはずがない。研究者たちに同情はしなかった。今はそれより自分が同情される立場にいる。

「で、その後に来たAGはどうしたの!?」

「さぁ。知らない。何とか1体動かなくしてから逃げてきた。どうせあれ、もう動かなくなりそうだしな」

 あごで動かなくなったAGを指す。4人が生きていますようにと冬華は願った。

「なぁ冬華、こっちは答えたんだぜ。なら冬華も答えろよ」

「何を」

「俺の名は?」

 知るか、の一言と共にエネルギーボルトを撃ちたい気持ちである。実際そうしても冬華は構わなかった。しかしその隙が見つからない。

「……Ostern

オースターン。冬華の母国語では復活節、一般的にはイースター。長い冬の後の晴れやかな春の祝祭を意味するドイツ語を答えた事に深い意図はなかった。彼の顔を見ていたら、ふと思いついただけである。

「そう、それ。その通り。俺はオースターン」

 オースターンはわが意を得たりとばかりに輝かしい笑みを浮かべた。

「あなたの命名者は、趣味がよかったのね」

「そんなの、俺は知らねぇよ」

 その瞬間、オースターンはすさまじい跳躍力で飛び、冬華のエネルギーボルトは火を吹いた。1発。大きく外して金属片に反射し鼓膜を破らんばかりの音をだす。オースターンの高周波ブレードがまるで飛んでいるかのように冬華の目に映る。2発目、信じられない事にオースターンには当たらなかった。冬華はオースターンの軌道を予測して撃ったが、オースターンの動きは冬華の常識を大きく超えていた。オースターンは着地する。そのまま冬華へ走る。冬華は時の流れが粘り自分にまとわり着く感触を味わった。狙い直す、構える。

 高周波ブレードが走る。

撃つ。

冬華のエネルギーボルトはオースターンには当たらなかった。オースターンの高周波ブレードは冬華を切り裂かなかった。オースターンは初めから冬華を狙ってはいず、そのせいで冬華の狙いがそれた。

オースターンは冬華の横を駆け抜ける。冬華が腰を落とし、背中へ銃を向けた時、オースターンはシャッターを背にしてスイッチを押していた。骨まで凍える風が冬華の前髪を揺らす。

「どこへ、行くつもり!」

「どこかへだよ! でも冬華、あんたとはまたどこかでまた会うぜ、絶対っ。嫌といっても俺が会ってみせる! 約束だ」

 オースターンは汚染された吹雪の中へ飛んだ。人がけしてそのまま行ってはいけない場所へ、何も持たずに飛び出す。

 冬華はその背中を撃つ事が出来た。止まれと叫ぶ事も出来たかもしれない。でも冬華は何もせず、だらりと両手を下げてオースターンを見送った。オースターンの姿が掻き消えたのはあっという間だったが、冬華にはやけに長い時間に感じられた。

「……冗談」

 冬華は前髪をかきあげてからため息をついた。冷たい風が冬華のコートと髪を揺らす。

シャッターの向こう側から聞き覚えのある少女のわめき声が聞こえてきた。冬華は放心したように放棄されたAGの後ろのシャッターを見る。逃げたバイオウェポンは放っておいて、グリーレ兄妹を迎えに行かないといけない。冬華はシャッターのスイッチを押した。

 

 その後は大した事は起こらなかった。冬華はシャッターを開けてグリーレ兄妹と再会した。オースターンとの戦闘でニックのAG舞花が致命傷を負って動けなくなっていたが、中のニックは幸運にもそれほど怪我はしていなかった。まるでごみのように無造作に転がっている研究員の中を吐き気をこらえながら探し、冬華たちは調査資料書を探し当てると、すぐさま舞花を引きずってライプチヒシェルターへ帰還した。

 着いたら着いたでライプチヒシェルター上層部への報告、AGの修理、起こった事件のあらましの報告などで忙しかった。冬華やニックはわりと早々に開放されたが、竹屋はたとえ滞在期間1日とは言えあの研究所の数少ない生き残りと言う事でたっぷり事情聴取されているらしい。気の毒といえば気の毒だが、五体満足で生還しただけでもよしとなるだろう。結局研究員で生き残ったのは彼のみなのだから。

 オースターンの消息はつかめなかった。まさか本当にあの後荒野を走り抜けた訳ではあるまい、どこかで車かAGに乗ったのだろうと推測するも、本当に神隠しにあったかのように足取りは消えていた。ついでに彼についてはライプチヒシェルター上層部は返答をするのを嫌がった。何か大人の事情があるのだろう。冬華はそれが気になったが、今はそれより休息が欲しかったので放っておいた。

 そして研究所を出て5日後の今。

 冬華は朝食として差し出されたものを唖然と見ていた。汚いテーブルの上には乾パンの缶詰が1つ鎮座している。これが朝ご飯だった。

 何が悲しゅうて美食家の冬華が朝飯に乾パンを食べないといけないのだろうか。3者は文句も言わずに食しているから、今日が初めてという訳でも新手のいじめでもないらしい。ライプチヒシェルターの食糧事情は承知していたつもりだったが認識が甘かったようだ。

「トーカ、食べないの?」

「いや、頂くよ」

 アーシェンスが食べないなら欲しいといいたげな目で缶詰を見る。確かにレンティール少尉とアーシェンスの勧めでライプチヒシェルターの宿代わりにしばらくグリーレ兄妹の元に世話になる事にしたが、こんな事なら富山シェルターにとんぼ返りした方が良かったのかもしれない。冬華は泣く泣く缶を開けた。持ってきた日本食はライプチヒシェルターからまだ帰ってきていない。あれが早く帰らないと冬華は命に関わるかもしれない。

「せめて皿に盛ろうよ……」

 誰にも聞かれないように小声で冬華は氷砂糖をつまんだ。せめておいしいお茶もあれば気が紛れたのかもしれないが、飲み物は水1杯も出ていない。ここは文明区かと冬華は嘆いた。

 冬華の失礼な呟きは幸いな事に有線電話のけたたましい悲鳴によって誰にも聞こえなかった。アーシェンスがのどを詰まらせてドライに背を叩かれる。ニックが呆れたように立ち上がり電話を取った。

「はい。……いるが。トーカ、君だ」

「わたし?」

 氷砂糖を頬に入れて、冬華は首をかしげながら電話を代わった。ここに冬華がいる事なんて一部の軍人しか知らないはずだ。誰だろう。

「冬華さん! 僕だ」

 竹屋だった。ひどく慌てている。

「何? どうしたの? ひょっとして、食事が口に合わないから逃げ出したいの?」

 そんな事で逃げ出すのは冬華ぐらいである。竹屋はもつれたように「あの、大変なんだ。今日すごい事が起きて、うっかり聞いちゃって、もうどうすればいいのか」

「どうすればいいのかなんて、知らないよ。一体何があったの? 何をそんなに脅えているの」

 うんざり冬華は氷砂糖を噛み砕いた。竹屋は息を無理に整えて、のどを鳴らしてから震える声で冬華に告げた。

「バーミンガムシェルターが何者かによって攻撃を受けて占領された」

 

 平成16212日 1346 猫2匹と妹がそばにいて 大江切


あとがき

これは平成162月に書き上げた再生する世界の続編である。

先に断っておく。とりあえず、嘘をたくさん作中でついた。精神同調なんて物があるとは自分でも思っていないし、作中に存在する武器やAGは公式資料から引っぱってきた物以外は自分が適当に作った物ばかりである。よって「こんなもの存在しない」という突込みに対してはそうだと思う、としか答えようがない。

今回は状況から小説を書き始めた。

ここはどこ、わたしは誰、持ち物なし、人もいない、の状況が初めから起きたら面白いだろう、と思い、その後どうしてこのようになったのか、などの話は全て後から考えた。

もう1つ、世界観を複数の作家が共有するシェアード・ワールド小説ならではの事をしてみようと思った。他の作者さんのキャラクターの登場である。今回時間軸的に登場しやすそうなキャラとしてじおん残党氏のグリーレ兄妹においで願った。オースターンは次回への伏線の適役として登場させた。彼(彼女?)がどう活躍するか、あまり自分でも考えていないのだがきっと次回でもはっちゃけるだろう。

今まで自分は話は一応なりとも完結させていたのだが、今回初めて強烈に「次回に続く」いわゆる引きというものをやってみた。次回では今までよりも大規模な話をやってみたいと思っているのでそれに対する伏線である。ひょっとしたら次回で世界地図が変わり、他の世界観を共有している作者の方々に迷惑をかけるかもしれない。その時はすみません。
実を言うと今回やっとフォーチュンと全の本名が決まった。今まで2人とも商売用のあだ名と下の名前でしか呼ばれていなかったのである。なんて事だ。フォーチュンの本名は次回作で公表予定。


残党の感想

大江師匠の再生する世界第二段です。
今回はグリーレ兄妹も参加するとの事でわくわくしながらお待ちしておりました。
状況から書き始めるという私にとっては未知のテクニックで書かれたそうで……ここまで書けるとは言葉も無い。
さて、内容ですが話しはいつもどおり最初から最後までスッと一息で読めて素晴らしい。
冬華とアーシェンスの漫才は面白いし冬華の演技を『試験』に例えているのがとても良かった。
竹屋と冬華2人が雷花のコンテナに入るとかなり窮屈だろうと思われる。
コンテナを背負っている都合上高さは取れても床面積はそうは取れないだろうからだ。
まぁWWUのシベリア鉄道で運ばれるソ連兵のようにすし詰めで立ちっ放しという状況に比べればはるかに快適か……(そんな物と比べるな)

そして次回作が非常に気になる。
なんてったって緊急異常事態だ!
最後のセリフを読んだ時思わず「何故にホワ〜イ!!」と外人風に叫んだぐらいだ。(そんな外人は残党の脳内にしかいない)

小道具に関して少し
冬華が作中で「今頃剣士になっている」と思ってる場面があるのだがせっかくの長身ならば高周波ブレードが良く似合うと思う。
まぁこれは個人的な妄想と言う事でf(^^)

さて最後になりますが大江師匠素晴らしい作品をありがとうございました∠(・`ω´・)

 

感想はこちらまで、大江氏のHPはこちら