早儀

 

 

 暗い。

 眠っていたのか、私は目を閉じていたようだ。

目を開けると暗闇で何も見えなかった。

盲いているのか。眼が無いのか。

顔の正面に円状の細長い光がある。

どうやら違うようだ。少し焦る。

四肢を動かしてみる。少し動かして何かにぶつかる。硬い。

四肢を立体的に動かしてみる。すぐに何かにぶつかる。堅い。

ぶつかったモノに沿って動かしてみる。

斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ。斜だ――――――

壺だ。

私は細長い壷に入っているのだ。

なぜ。

ふと鼻腔を擽った。

好い薫りだ。それも直ぐ近くで。

手を顔の近くにもっていく。布に触れる。

否、華だ。

華の薫りだ。

腕を動かした時に何も触れなかったから上半身、肩より上にあるのだろう。

だろうというのはやはり私が見えないからで、触覚は視覚を兼ねるのだ。

私は顔を華に囲まれているのだ。

なぜ。

外から音がする。声だ。啼いている。

音。声。啼く。泣く?

そう、人が泣いている。否、人々が啼いている。

なぜ。

匣の外で音がする。誰かが壺を持ち騰げようとしている。

騰がった。私が。否、壷が。

降ろされる。自動昇降機のように。

丁寧だが、着地だけ荒い。背中が床擦と相俟って痛む。

まあいい。私は死んでるのだから。

誰が死んでるって?

今此処にいる私か?では此処に居た私は?此処に居た私は今此処にいる私か?

此処に居るだろう私が此処に居る私なら、此処に居る私は―――――――

頭が痛い。動悸が早くなる。

ドサともバサとも附かない音が正面からする。

正面というよりは上面というべきか。

私は匣なのだから。

幾度音が続き、縦の光が消えた。同時に顔に粉がついた。少し土臭い。

埋まっている。埋められている。

私は死んだのだから。

光。堅。薫。布。啼。痛。苦。

視覚。触覚。嗅覚。痛覚。

否、私は生きている。

活きている!

出せ!出してくれ!私は活きているのだ。

口が手が腕が脚が身体が動かない。

先に動いたのは錯覚か。

否、私は全てを理解している。

疲れだ。

異常な疲れだ。

否、夢だ。

身体が動かないのは神縛りだ。

でなければ頭痛も動悸も疲れも説明がつかない。

眠ろう。寝よう。昨日の疲れとストレスが溜まっているのだ。

昨日は焼香の匂いが堪らんだ。

寝よう。さすれば解放さる。

そして私は。

 彼方の中に活きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い。

 眠っていたのか、私は目を閉じていたようだ。

目を開けると暗闇で何も見えなかった。

盲いているのか。眼が無いのか。

 両方かもしれないし、どちらかなのかもしれない。

 否、正面に縦に細長い光の線がある。少し焦る。

 どこだ?

 自分が仰向けになっていることしか判らぬ。

 鼻が捥げる。

 華の臭いがする。

 臭い?

 腐廃匂だ。

 否、自らの汗の匂いか。

 折角の腐敗匂を華臭が駄目にしている。

四肢を動かしてみる。少し動かして何かにぶつかる。硬い。

四肢を立体的に動かしてみる。すぐに何かにぶつかる。堅い。

ぶつかったモノに沿って動かしてみる。

面だ。面だ。面だ。面だ。面だ。面だ。

匣だ。

 私は匣に入っているのだ。

 否、私も匣だ。

 鉦が鳴る。

 人が啼いている。人々が泣いている。

碁路碁路。

 背面から音と衝撃が伝わる。

 金属が擦れる音がして、光が滅える。

 闇黒。

 今度こそ闇黒だ。

 轟という音した。湯沸器を作動させたような。

 少し暖かくなったような気がした。

 薄着一枚だったので丁度良い。

 相変わらず轟轟と音はしている。

 今は確実に暖かくなったと感じられるまでになった。

 背面が暖かい。むしろ熱くなってきた。

 床擦で神経が鈍っていたので過剰に感じるのかもしれない。

 廻りが少し明るくなった。

 灯。

 日。

 否、火だ。

 炎だ。

 匣が燃えていく。

 私が燃えていく。

 熱い熱い熱い熱い熱い。

 私は外界の人間に知らせようと暴れた。

 頭の方で悲鳴が上がった。

 死体が生きている―――

 当たり前だ。私は生きている。

 それにしても、死体が生きているとは何とも矛盾した言葉だ。

 火を止めるか―――

 当然だ。私は生きているのだ。

 早くしろ。

 止めろ、あれは違うのだ―――

 何が違うというのだ。

 あれは生きているのではない。あれは凝まった神経が熱で伸縮して動くのだ―――

 あれとは何だ。私か?

 私は人間だぞ。私はモノではない。

私は生きているのだ。

 ちゃんと医学的に立証されている。大丈夫だ―――

 何が大丈夫なものか。

 現に私は熱さで苦しんでいるではないか。

 私の四肢は既に己の制御から離れていた。

 はあ、そういう事なら―――

 無情にも頭上の会話は締め括られようとしていた。

 私は叫ぼうと思い切り吸い込んだ。

 私は眠った。

 私は活きている。

 あの時の祖父も同じだったのではないか。

 祖父もあの時はまだ生きていて、悶え苦しみながら焼け死んだのではないか。

 

痕書き

 

小学一年の梅雨。

最愛の祖父が帰らぬ人となった。

幼心には祖父は元気そうだった。しかし、今思えば祖父が入院しているという時点で可能性はあったのだ。

火葬場で祖父が燃やされると親に言われた時、私は無意識下で瑕を負った。骨を拾っている時も実感は無かった。が、瑕は拡大し続けていた。

それからして私は不安を覚えた。祖父は火葬の段階ではまだ生きていたのでは、と。勿論そんな事は無い(だろう)が私はその時心底不安になったのを覚えている。

祖父は戦争で片肺の殆どを失った傷痍軍人だった。私も又、肺を負傷している(無論、戦では無い)。幼い時の記憶があまり鮮明でない私は、偶然の産物に過ぎない此れを亡き祖父との接点にしている。否、此れは必然・・・・・か。

先日、私は成人を迎え、幼き日の清算の一環としてこれを綴った。

 

 

 

 

 

 

 

後書き  

 この度は私の身勝手にお付き合い下さり、真に有り難う御座いました。この場を以って読んで頂いた読者様と、『再生する世界』編集長じおん残党氏に御礼を申し上げます。
 講評・酷評どしどしお待ちしております。『再生する世界』プロジェクトの方で書かせて頂いた最大の汚点たる『氷の世界』を完全改稿していたのですが、突発的にこれを書きたくなり、結果『再生する世界』プロジェクトに何の関わりも無い稚作が掲載されることになりました。(残党氏御免なさい。早急にプロジェクトの汚点を完全改稿します)

文責  
200459日 中禅寺冬彦
BGM;傀儡謡・遠神恵賜

 

残党の感想

人の死とはいったいどういう事なのだろうか?
実に哲学的なテーマであり、答えは……恐らく無いでしょう。
ただそれを考える事は決して無駄では無いと思うのですが……
もし火葬途中に生き返ったら怖いですね。
生きたまま火葬されるのもごめんですが……
『氷の世界』改稿中とのことですががんばって下さい。
今回『早儀』や『痕書き』などの造語のセンスがよかったですd(^^)

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