レクイエム(鎮魂歌)
病室に申し訳程度に置かれたパイプイスに座り、急遽取り付けられたであろうテレビモニターを見ながら、私は頭が真空になるように感じた。
モニターには白い病室に白いベッド、白いシーツ、白い枕、そして死人のように白い顔をした男が映し出されていた。
男はまだ死んでいないが、もう長くない事は医療の知識をほとんど持たない私にも理解できた。
男は今、かろうじて生きている。
それは男の周りにある医療機器が示している確固たる現実。
だが明日はどうか分からない。
これは私の直感が告げている曖昧な予測。
彼は今生きている。
ただ苦しむためだけに。
苦痛に顔をゆがめ。
血を吐き。
そしてのたうちまわり生きている。
その様子を、私は隣の病室からモニター越しにもう2時間ほど見続けている。
後ろに控えていた軍医が口を開く。
「鎮痛剤をかなりの量、投与していますがあまり効果はありません」
別の軍医が続ける。
「ガイガーカウンターは最大危険レベルであり、いわば彼は生きた放射能汚染物質です。直ちにしかるべき処理をしたいのですがご同意願いませんか?」
同意できるわけがない。
彼はまだ生きている。
しかるべき処理というのが少なくとも彼を助ける処置ではない事ぐらいは私にも理解できる。
「現状では病室をなるべく空けたいのです。負傷兵は日をおうごとに増えていますので」
もうどうでもいい。
ようするに彼は邪魔なのだ。
助かる見込みのない者を置いておくほど軍病院も余裕が無いのだろう。
それほど戦況は切迫しているのだろう。
それなら、もうどうでもいい。
軍医の制止を振り切り隣の病室に駆け込む。
ここまで軍医は来ない。
ここは二人だけの世界。
彼に抱きつく。
私の愛する夫の胸に抱きつく。
2ヶ月前と変わってしまったが確かに彼の存在を感じる事ができる。
彼の名前を何度も呼ぶ。
彼が答えるように私を抱きしめる。
至福の時がゆっくりと流れる。
どこからか懐かしい歌が聞こえる。
私たちのお気に入りの思い出の曲だ。
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そして、銃声が二つ響いた。