幻惑のきのこソテー
とにかく3人は途方にくれていた。
場所は薄暗いじめじめした空気の支配するありふれた洞窟。
出口の“で”の字もない。
それもそのはず、この洞窟は集落から近いが内部が複雑に分岐している。
しかも地盤がゆるく頻繁に崩落が起きるため地図にあるはずの道がなかったりしている。
もっとも地図など3人は持っていなかったのだが・・・・
「あ〜腹減ったな〜」
3人のうちの1人、二股にわかれた大きな帽子をかぶっている召喚士のアモンが呟く。
別にアモンがだらしないわけでも大食いなわけでもない、すでに3日間この洞窟に閉じ込められているのだ。
「困りましたね・・・・もう食料は・・・・・」
黄色のリボンで銀髪を結んだブライトエルフのシーラが少し疲れた声で答える。
「構えろ!」
壁にもたれて今まで微動だにしなかったダークエルフのディアスが剣を抜きながら怒鳴る。
次の瞬間大量の土砂と大音響と共にサンドウォームと呼ばれる怪物が現れる。
その名の通り砂の中に生息するミミズの化け物だが大きさは大人でも一飲みにしてしまうほど大きい。
幸い移動していただけでこちらを襲うつもりは無かったようだ、すぐにまた地中にもぐる。
「どうやらあの化け物もこの洞窟を迷宮にしている一因だな」
いやな汗がすっと引いていくのを感じながらディアスが誰に言うでもなく呟く
「あ〜やだやだ、いったいケイとメルルはいつになったら助けにくるんだよ〜」
まぁあの兄妹のことだ、必死に探しているだろう。
そうと分かっているが待っているほうはたまったものではない。
おまけに昨日の朝から水以外口にしていない。
あと2,3日は持つがそれ以上は・・・・・
どちらにしろここから出ない事にはどうしようもない。
「あ〜腹減った〜」
「にゃ〜」
!!!!!!!!!?
「クロキョン!」
三人同時に叫ぶ。
クロキョンとはアモンの使い魔で外にいるメルルと一緒に行動しているはずの黒猫だ。
「おまえ何か食い物持ってないか!」
「クロキョンさん出口がどこかわかりますか?」
「にゃ〜」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
クロキョンは使い魔だ、人間の言葉は理解できるだろう・・・・少し怪しいが・・・・
問題は別のところだ、クロキョンは「にゃ〜」としか鳴かない。
「あ〜お前はなんて役に立たない奴なんだ・・・・」
がっくりと肩を落とす。
(こんな所で偉大なる召喚士の人生が終わるのか〜)
なんて事を思ってみる。
(案外短かったな〜俺の人生も)
「にゃ〜」
ズボンの裾を引っ張られているような気がするが無視する。
(でも餓死はどうかと思うぞ〜)
「にゃ〜」
「なんだ?クロキョン」
「にゃ〜」
「にゃ〜じゃ分からないんだよ、にゃ〜じゃ」
ぐいぐいと引っ張る力を強めるクロキョンを見ながらふと気づく。
(もしかしたら出口につれてってくれるのか?)
「な〜ここにいてもしょうがないからクロキョンについて行かないか?」
「出口が分かるのか?」
「う〜んそう聞かれるとなんとも言えないんだよな〜」
「クロキョンさんも私たちをどこかへ連れて行こうとしているみたいですし、行ってみましょうか」
「よっしゃ出発!」
皆が立ち上がるとクロキョンはトテトテと前に進み後ろを振り返るという動作を繰り返して洞窟の中を進む。
しばらく行くと突然クロキョンが走り出した。
「おい待てよ!」
慌てて追いかけると巨大な空間に出る。
だが外ではない。
巨大なドーム状の空間にきのこがびっしりと密生している。
「おぉ!食い物!」
「出口じゃなかったか」
「まぁいいじゃないか、とりあえず腹ごしらえはできそうなんだから」
ディアスが無造作に1つもいで臭いを嗅ぐ。
見たことの無いきのこだが臭いは問題なさそうだ。
それに毒きのこ特有のはでな色ではない。
ただこんなきのこは見たことが無い。
「シーラ、このきのこを知っているか?」
ポイっとシーラにきのこを放り投げる。
受け取りいろんな角度から見ている。
「私には・・・ちょっと分かりません」
「そうか」
エルフ2人が知らないんじゃどうしようもない。
「まぁ食ってみりゃいいんじゃないか?」
お気楽度120%全開で無茶苦茶なことを言う
「アモンさん、確かにこのきのこは大丈夫みたいですがあくまでも“みたい”なんです。安全とは言い切れないんですよ」
「そうなのか?でも腹減ったし、おいしそうなんだけどな〜」
しばしの沈黙
・・・・・・
・・・・・・
「お!そうだ!お〜いクロキョン」
「にゃ〜?」
トテトテとアモンのそばまで黒猫が寄ってくる。
するとアモンはパッと首根っこを捕まえて口を開けさせきのこを突っ込む。
一瞬の早業で正体不明のきのこを食べさせられたクロキョンが目を白黒させる。
「アモンさん!何てことをするんですか!」
シーラが叫ぶが時すでに遅し。
正体不明のきのこはクロキョンの胃袋に入ってしまった。
数分後
「よし!問題無し!メシにしょうぜ!」
結論としては、まぁ食べる事になった。
クロキョンに異常はないし、腹は減っているし、クロキョンは出口に連れて行ってくれそうも無い、でもって他に食べるものが無い。
クロキョンが平気だからといって安全というわけではないのだが・・・・・・
そこは極限状態、判断能力は落ちている。
と言うわけでろくな調味料も無い中で作れるのはソテーぐらいだったのできのこソテーが作られる事になった。
フライパンが無いのでなべで代用して、コショウが無いので塩で代用した。
それとついでに言うなら隠し味は“空腹”だ。
ドーム状の空間に芳醇な香りが立ち込める。
すきっ腹にはかなりのダメージだ。
残りの理性を総動員して焼けるのを待つ。
「できましたよ」
シーラがてきぱきと盛り付ける。
添えるものが何も無いがそんな事はどうでもいい。
いただきますを言い忘れ一気に食べる。
「アモンさんもう少しゆっくり食べればいいですよ」
クスクスと笑われたが気にしない。
パクパクパクパク
うまい、うまい、うまい、うまい、うまい、うまい。
「あ、そうだお茶入れますね」
「にゃ〜」
「あ、ごめんなさい、はいクロキョンさんの分ですよ」
「にゃ〜」
自分の皿を銜えてアモンの横まで行き食べ始める。
ハグハグハグハグ
パクパクパクパク
「フフフ、飼い主と同じ食べ方ですね」
和やかな食事風景がしばらく続き。
「あ〜食った食った〜もう食べれないぞ〜・・・・・ああぁぁねむい」
ドタ、パタ、バタ
「にゃー」
三人は眠りに落ち、黒猫だけがただ鳴いていた。
「にゃ〜」
召喚士アーモン・ド・トーストは教会の鐘の音がすぐそばで聞こえた気がした。
ありえない。
洞窟にいたはずだ。
クロキョンにきのこを無理やり食べさせた。
きのこソテーを食べた。
それは間違いない。
その後は・・・・
思い出せない。
視界がいつもと違う。
高い。台に乗っているのかとも思ったが自分の足が地に付いているのは間違いない。
(夢か?)
違う、夢はこんなにハッキリしたものではない。
教会の鐘が再び鳴る。
後ろから盛大な拍手が起こる。
ふり返ると純白のドレスを身にまとった女性がしずしずとこちらに進んでくる。
(“婚姻の儀式”だ)
間違いない。
自分はいつもの服を着ていない。
周りの人物は知っている顔もいれば知らない顔もいる。
だが知っている顔はなんだか老けているように見える。
(どういうことだ?)
花嫁が隣に立ちこちらを向いてにっこりと微笑を浮かべる。
胸がドキドキする。
見たことの無い女性だが誰かに似ている気がする。
「では誓いの口付けを」
神父のやろうがとんでもない事を言い放つ。
いや“婚姻の儀式”なら普通の手順に従っているのだろうが・・・
(まて、心の準備が・・・いや、そうじゃなくて、え〜と・・・・)
・・・・
・・・・
(とにかくまずい!)
突然気がつく。
(これは幻覚だ)
強力な幻術は現実を作り出す。
(これは現実じゃない!)
俺はきのこソテーを食べていただけだ。
「我、アーモン・ド・トーストの名において命じる、幻覚よ、消え去れ」
言葉は力となり幻覚を消し去る。
全てが消え去る直前、頬に暖かな感触を感じた。
思考が止まる。
気がつくと知らないベッドの上に横になっていた。
「あ、アモンくん気がついた!」
少女が充血した目をまんまるに広げて大声で喜ぶ。
「あ〜メルルおはよう・・・・・ここは宿屋か?」
頭が重く鈍痛がする。
「おはようじゃないよアモンくん、本当に心配したんだから!」
「う〜ん、あれ?どうして宿屋にいるんだっけ?」
「クロキョンがね〜3人の場所を教えてくれたんだよ」
「にゃ〜」
メルルの腕の中で黒猫が鳴く。
「なんだ、お前出口知ってたのかよ、だったら教えてくれりゃいいのに」
ひげを引っ張りながら飼い主としてしつけをする。
にゃ〜にゃ〜うるさいのでひげを離してやると駆け出して部屋から出て行く。
入れ違いにパーティーメンバーがぞろぞろと部屋に入ってきた。
なぜか知らないがシーラとディアスは視線が合わないようにしているように見えた。
ま、気のせいだろう。
それとケイとメルルが言うには俺たち3人はあの洞窟で倒れていたらしい。
クロキョンがケイとメルルをつれて来て救助した。
ただそれだけだった。
どうやって3人を2人で運び出したかは知らないがこの兄妹ならできる気がしたのでそれは聞かない事にした。
今回の騒動で少し気になる事もあった。
ケイとメルルはきのこを見ていないという。
シーラとディアスも幻覚を見たらしいが内容を聞くとすぐ話をそらせてしまう。
クロキョンはずっとメルルと一緒にいたらしい。
考えたが分からないので考えるのをやめた。
分からない事はいくら考えても結局分からない。
そんなことで悩むのは馬鹿らしいと思う。
それと2日後になってやっと気づいたが何か召喚すればよかったのかもしれない。
偉大な召喚士への道はまだ遠い。
とりあえずは出来る事をやるしかない。
まずは多少重くても保存食を多めに持つ事から始めた。
おわり