オペラ座のカルパッチョ

 

 

やわらかな春の日差しの下、王国が管理する整備のいき届いた街道を4人のパーティーが進んでいた。

鎧と長剣で身を固めた青年ケイ、その隣でブライトエルフのシーラはなるべく目立たないようにしている。

前方では漫才が行なわれていた。

漫才師は動きやすそうな服を着た女の子メルルと二股に分かれた帽子に黒猫を乗せたアモンである。

別に漫才師ではないのだがこの二人が話をしているとよく息の合った漫才コンビとしか思えない。

旅人としてはまだ皆幼いが兵士が定期的に巡回しているこの街道ならば特に問題も無いだろう。

ノロノロというわけではないが急ぐわけでもなくゆったりと歩いていた。

 

「そこの嬢ちゃん、あんたエルフだろ?」

あと三日ほどで街に着くだろうかという所で不意に声を掛けられた。

声は街道の脇に停車していた荷馬車の群れの先頭から聞こえた。

瞬時にシーラは緊張しケイは警戒する。

未だエルフは差別されている、と同時にエルフも人間を警戒している。

『エルフ狩り』

人間の身勝手な正義によりあたり前のように行なわれていた愚行。

人にとっては昔の事、寿命の長いエルフにとっては最近の事である。

似て異なる存在、そして無知と恐れから起こる差別。

現在エルフと人間は武力衝突こそ起きていないもののとても良好な関係とは言えない状態だった。

だから2人の反応は至極当然だった。

「そんなに警戒することも無いだろう、それにそんな反応を見せたら肯定しているのも同じだぞ」幌の中から笑い声と共に中年の山賊のような男が現れた。

「なに、別にとって食おうって訳じゃないんだ、あんた治癒魔法の類が使えるだろ、手を貸してくれないか?無論それなりの礼はするさ」

親指と人差し指で輪を作るジェスチャーをしながら荷馬車から降りてくる

「見たところあなたに治癒魔法は必要ないようですが?」

確かにシーラの言うとおり彼は元気そうだ。

「私の娘がどうも前の街ではやり病をもらってきたみたいなんだ。なんとかならないか?」

頭の上で手を合わせながら涙まで浮かべて頼んでくる。

「わかりました。そういう事でしたらお手伝いします」

「おう、助かるぜ!ならちょいと診てくれ」

さっきまでの涙はどこへいったのやら素早く荷馬車に戻っていく。

荷馬車の中には色白の女性が頭に氷をのせて横になっていた。

顔が赤く目も虚ろで明らかに高熱が出ている。

「のどが酷くやられていますね、ヒーリングと手持ちの薬草で症状はいくぶんか抑えられると思いますが早くお医者様に診せないと……」

「…ケホッ……すみません団長」

「パール心配するな、代役は見つかったからゆっくり寝ていろ」

「…はい」

返事をすると女性は先ほどよりいくぶんかマシな寝息を立て始めた。

銀糸の様なサラサラとしたきれいな髪に透き通るような白い肌、顔もシーラと瓜二つの美人だ。

「まず礼を言う、わが劇団の看板娘なんだが少々疲れが溜まったか…」

あ〜親父さんに似なくて良かったね〜等とはこれっぽっちしか思っていない

「とにかく次の街へは早々に行こうと思うが目的地が同じなら是非君たちを乗せて行きたいのだがどうだろう?」

特に断る理由も無いのでケイたちは乗せてもらう事にした。

「あとこれは約束の御礼だ」

ジャラリと音のする重たそうな革袋をシーラに手渡す。

「いえ、こんなにもらえません。え〜と…」

「ガモフだ」

「え〜とガモフさん、私は治癒魔法をかけただけですし私達エルフにとって治癒魔法はそれほど難しい物でも高等なも……」

「それは知っている」

シーラの言葉を最後まで聞かずガモフさんが答える。

「さっき私が娘に代役は見つかったと言っただろう。我が劇団『蒼魔』にはキャンセル料や違約金などを払う余裕は無いからな期日どおり公演しなければならない。そういう事だ」

「え?あのもしかして……」

「そう君がパールの代役だ、幸い2人ともそっくりだからな、問題ないだろう。え〜と…」

ガモフさんが何かを思い出そうと無意味に指をぐるぐる回す。

「シーラです……」

そのあと既に動き出している荷馬車の中でそれぞれ簡単な自己紹介をした。

こうしてなかば拉致か誘拐されるような形でシーラ達は舞台に出演する事になったのだった。

 

ガモフさんが経営する劇団『蒼魔』は30名ほどのメンバーで構成されている。

長年変わらぬ人数で運営していたため代役のシーラを除いてあとのメンバーは雑用以外する事が無かった。

多分、いや間違いなくシーラ以外はついでに雇っただけであろう。

この三日間シーラは何やら猛特訓を受けていたようだがケイ達のやった事と言えば炊事の手伝い、洗濯の手伝い、ビラ配りの手伝い、小道具の修理の手伝い、掃除の手伝い、道具整理の手伝い、舞台準備の手伝い………

とにかく「○○の手伝い」ばかりであった。

もっともケイもメルルもアモンも一向に気にした様子は無く、むしろ普通の人なら見ることのできない劇団の裏側を見れるとあって喜んで仕事に励んでいた。

団員たちは皆自分のすべき事を良く心得ているため準備は予定通り進んだ。

そして小さなトラブルは2,3あったがいよいよ公演初日を迎えた。

 

テント内に団員全員が輪になって集まり中央に団長が立つ。

「いいかおまえら!目標観客動員数は一日150人!5日の公演で800人を目指すぞ!」

「団長そりゃ無茶ですよ、この街の人口はせいぜい多く見積もっても600前後ですよ」

「マックお前はそれでも主役か!?同じ人が23回と来ればいいだろ!」

「いや、まぁそうですが……」

気の弱そうな主役の青年は黙り込む。

「細かい事は気にするな、400で元は取れる、それぞれ自分のやるべきことをやれば造作も無い事だ、いいな!やろうども!!」

「ウォー!」

「儲けるぞ!」

「ウォー!」

「俺たちは劇を愛しているか!?劇団『蒼魔』を愛しているか!?

「ウォォォオーー!!!!」

全員が団長の雄叫びに合わせこぶしを振り上げるさまはどう控えめに見ても野党か山賊のようなのだが……

ついでに書いておくと何故かシーラもノリノリでこぶしを振り上げシャウトしていたのだった。

きっと三日間の特訓中に我々には想像もつかない何かがあったのだろう……

まぁとにかくみんなの心は一つになった。

初回公演まであと半時

ケイとメルルとアモンは「もぎり」をやるために人海の最先端に立った。

集まった人の数を見ていかに「蒼魔」が人気なのか思い知る。

一日3回公演するがテントに入れる人数には限りがある。恐らく後ろの方は明日以降の公演でないと鑑賞できないだろう。

満員御礼、千客万来である。

そしてシーラは大丈夫なのだろうか……無論いろんな意味で………

 

 

タキシードにシルクハットという姿で団長が舞台の中央に上がる。

「本日は劇団『蒼魔』へようこそ。本日皆様方に御鑑賞して頂くはエルフ狩りの悲劇を題材にした作品でございます。時はわずかばかり昔、ある領主が治める領地にはエルフ達が住む深い森がありました。この頃、人とエルフは互いにある程度の距離は取っていましたがそれは互いの文化の違いのためでありこんにちの様な緊張状態はありませんでした。しかしこの領主と隣の領主で森の領有権をめぐり争いが起こりました。この争いは3年にも及び土地は荒れとうとう備蓄していた食糧が底をつき始めました。困った領主はエルフの長に食料の援助を求めました。最初は快く応じていましたが領民全員に行き届かせ続けるには森の恵みを根こそぎ取らなければならない事がわかりエルフ達は森を守るためにと援助をある日ピタリと止めてしまいます。約束が違うと激昂した領主はみせしめとばかりに街に暮らすエルフを処刑してしまいます。この愚考により両者はさらに溝を深めとうとう領主は『森をエルフの独占から解放する』という正義を理由に兵を上げてエルフを狩り始めてしまいます。そんな中街の郊外に暮らす青年とエルフの娘が出会い恋に落ちます。2人の運命やいかに………」

団長が口上をスラスラと述べ終えると礼と共に会場が暗転する。

10名の楽士による演奏と共にいよいよ劇が始まる。

 

そのころテントの外では

「すいません本日の公演はこちらの方までです。ここより後ろの方には明日の整理券を配りますのでそのままお待ちくださ~い!」

ケイが声を張り上げるが人込みのざわめきにほとんどかき消されていく。

「お兄ちゃん取って来たよ〜」

メルルが小さい体を武器に人ごみを突破して兄に整理券の入ったかごを渡す。

「ただいまより整理券を配りま〜す。押さないで下さ〜い」

2人で手分けをして山のような整理券をせっせと配る。

「あれ?アモン君は?」

ケイはテントの脇を指差す。

そこには自分で呼び出した召喚獣ラムダに埋もれるように眠っている少年がいた。

「昨日の夜中団長さんに使いを頼まれたらしくてあまり寝てないそうだ」

「あ〜それで今朝から眠そうだったんだ〜」

整理券をもらった人たちが帰ったためテントの周りはやっと落ち着く。

そうすると劇の音が聞こえてくる。

どうやら中盤に差し掛かった所のようだ。

 

主人公の青年が自宅の裏の茂みに声をかける

「リーラもう兵士達は行ったみたいだよ」

茂みからエルフの女性が出てくる

「ありがとうヴィーザル。助かりました」

リーラ(を演じているシーラ)が丁寧にお辞儀をする

「でも僕はとうとう兵士達に目を付けられたみたいだ」

苦々しげに首を振る。

「明日から『エルフ狩り』の手伝いをしないと裏切り者として一族皆殺しにすると脅されたよ……」

「なぜあなたが?あなたは軍人ではないでしょう?」

全く理解できないとリーラが問いかける。

「僕はこの森で育ったから君達エルフほどではないけど土地勘は多少あるからね。武装した兵士が道案内無しでこの森を進むのがどれだけ大変か彼らは身をもって味わったんだ、どうしても道案内が欲しいんだろう………」

リーラを直視できずヴィーザルは背中を向けてしまう。

「あなたは……行くのですか?」

震える声で背中に問いかける。

「リーラ、君の事は好きだし、君や君の同胞を殺す手伝いはしたくない。でも僕の両親は街にいる、僕が行かなければ二人とも殺されてしまう……」

ヴィーザルが振り返る

「僕にはどちらを選ぶのが正しいかわからないよ。どちらも大切なんだ」

「ヴィーザル、あなたはとても優しい。優しすぎるの……だから………」

それ以上言葉は続かず、リーラの嗚咽と悲しげな音楽が響く。

二人は抱き合う

とても優しく

とても悲しく

とても愛しく

そして音楽が止まる

「僕達は分かり合えるよね」

リーラはヴィーザルの腕の中でうなずく

「名案があるんだ。僕らが平和への道案内になれる名案が。僕に協力してくれるかい?」

「はい、喜んで」

リーラは即答する。

暗転

 

「シーラちゃんすごい!」

「あぁすごいな」

「お兄ちゃん、ぼくアモン君起こしてくる!」

ヒューンと飛んでいきそうな速さで駆けていく。

思い立ったらすぐ行動。

次の公演の時でいいのに。

「う〜眠い〜」

「早く早く!」

少女にせかされながら眠れる召喚士がしぶしぶといった感じでやってくる。

「大体途中からじゃ話しわかんないとおもうんだけどなふぁぁ〜」

大きなあくびをしながらテントを覗き込む。

 

舞台は領主と兵士そしてヴィーザルが森の中の集落に着いた所だった。

「ここがエルフの集落か?」

「はい、そうでございます」

領主の前にひざまずきヴィーザルが答える。

「ご苦労、もう貴様に用は無い、下がれ」

ヴィーザルが何か言おうとしたところ上から声がかかる

「神聖な森を荒らす人間達に裁きを!」

剣を構えたエルフが3人頭上から降って来て領主を狙う。

「ならん!剣を戻せ!!」

奥にあった神殿からエルフの長の声が響く。

「しかし!」

「妻の仇です。討たせて下さい!」

「人間は我々の敵です!」

兵士と剣を交えながら3人は異議を唱える。

「ならんと言うのがわからんのか!!」

神殿からかなりの老エルフが出てくる。

3人のエルフは長の所まで後退する。

「人間の長よ、話がある剣を納めてはくれまいか。お前達もだ」

3人のエルフは剣を鞘に戻す。

続いて領主の合図で兵士達も剣を納めた。

「まず今の無礼を詫びる。しかし彼ら3人とも剣を取るだけの理由がある事だけは分かっていただきたい」

領主は無言。

エルフの長は話を続ける。

「我々が取りやめていた食料の援助は可能な量で再開する」

その場にいたヴィーザル以外が全員驚く

「可能な量とはどのくらいだ?」

領主が平静を装い言う。

「交渉しだい、と答えておこう。無用な争いは互いのためにならん3人ともこの場から離れなさい」

返事をして3人のエルフは森に消える。

「人間の長よ、交渉に物騒な連中はいらん。そこの青年と2人でこられよ」

領主は兵に待機を命じヴィーザルと供に神殿の中へ向かう。

長方形のテーブルを挟んで人間2人とエルフ2人が向かい合って座る。

「実はな、わしは最後まで戦うと言いはっていた徹底抗戦派だったんじゃがな、昨日この2人、孫のリーラとそこのヴィーザルがわしの所に来て誤解を解いてくれたのだ」

「どういうことだヴィーザル?」

「はい、領主様が我々領民のためにと様々な方法で食料をかき集めて我々に配給してくださった事、我々人間がどれだけ困窮しているかという現状をお話しいたしました」

「そしてこのリーラが我々エルフの高慢さを教えてくれたのだ。我々は神聖な森を守り、森に生かされ、森と供に生きる種族として自信と誇りを持っている。しかしそれが人間を見下す事になっているのではないか?とな。確かに我々は人間が森の外で何をしようが関係ないと決め込んでいた。人間など血気盛んな猿だと見ていたのだ。だから我々の身や森を危険にさらしてまで人間の争いに加担する気など無かった。だが実際我々にいか程の差があるのか?むしろそっくりではないかとな。我々も人間も大自然の余剰で生かされているのだ。森と供に生きるはずが森を自分達のものとしていたのではないか。そう言われてやっとこの老いぼれは自身の誤りに気づいたのだ」

エルフの長は茶をすする。

「領主様、我々人間にも同じ事が言えます。我々は自然を自分達のものだと思い込み、木も土も作れぬのに天然自然の土地を所有する、しないの問題で争っています。元々大地に境界線など無いのにその無いものをめぐり自然の恵みを無駄に消費し争っているのです。我々は街に住む罪無き多くのエルフを殺してしまいました。にもかかわらず彼らは同じ大地に生きるものとして援助の手を差し伸べてくれると言うのです、我々は人間の誇りにかけて無意味な争いを止めこれに答えなければならないと思います」

リーラが口を開く

「恨み、憎しみ、悲しみ、偏見、どれもすぐには無くならないと思いますが我々が手を取り合えないほどの物ではないと思います。互いに許しあう事ができるはずです」

沈黙

領主がゆっくりと喋りだす。

「私は民のためになら悪人になっても良いと覚悟を決めていた。右の多数を救うため左の少数を見捨てた事も一度や二度ではない。それが人を束ねる者の責務だからだ。そう自分に言い聞かせてきたのだ。エルフの長よ、大変あつかましい願いだが可能な限りの援助を領民にお願いするとともに交易と友好を結びたい」

領主が手を差し出す。

「あなたの民を思う気持ちよく分かります。同じ大地に生きるものです。その願い喜んでお受けいたしましょう」

2人の長の手はがっちりと結ばれた。

「リーラ殿、ヴィーザル、両名ともありがとう」

領主が2人に頭を下げる

「ハハハハハ!この2人は、自分達の恋路のために頑張ったのじゃよ」

エルフの長が大笑いする。

「なんと、そういう事か!ハハハハハハハハ!」

2人の長に爆笑されて顔を赤くしながらヴィーザルは言う

「リーラ、僕の伴侶になってほしい」

「はい、喜んで」

手を取り合う2人最後にキスをするかという所で暗転

場内総立ちで拍手喝采!

こうして5日間の公演はあっと言う間に終わったのだった。

 

「かんぱ〜い!!」

街の酒場を占拠した劇団『蒼魔』の面々は今日少なくとも両手の指では足りない何度目かの乾杯をした。

飲めや歌えや踊れやの狂乱の宴だ。

すでに日が落ちてかなりの時間がたっている。

そんな中酒場の端に陣を張ったケイたちの所にかなりできている団長ことガモフさんがワインのビンと何か料理の乗った大皿を1枚持ってきた。

「おう!楽しんでるか!!」

ケイたちが当たり障りの無い答えをすると急にガモフさんが演説モードにトランスフォームした。

「いいか!おめぇら!劇って言うのはなこのカルパッチョみたいなもんなんだー!世界の一部を切り取って皿に盛ってソースをかければ出来上がりだ!うい!」

劇団員は気にしていないがケイたちは頭の上に「?」がいっぱいである。

「う〜い、例えばだな〜この肉が『世界』この特性のバルサミコソースが『効果』そしてこの皿が『ステージ』だ!」

「え〜とつまり……世界の出来事の一部を選んでそれに音響だとか照明の効果をつけてステージで演じるって事かな?」

アモンが苦心のすえ翻訳してみる。

「おう大体そんなもんだ〜ヒック!しかしな〜口で言うほど簡単じゃないぜ!どの部分をどれぐらい切るかとかソースの味付けや量なんかは経験でしか掴めねぇ」

「確かにソースが多すぎでも少なすぎでもおいしくないね」

団長の運んできたカルパッチョをパクつきながらメルルがご機嫌で答える。

「そうだ譲ちゃんよく分かってるな〜えらいぞ〜」

グリグリとメルルの頭をなでながらさらにご機嫌にガモフさんは喋る。

「よしパール!飲め飲め今日は特別に許す!」

と言いながらパールの代役、シーラのグラスにワインを並々と注ぐ。

「さぁぐいっとやれ!俺の娘ならこれぐらいどうと言うことはな〜い!」

どうやら娘とシーラの区別がついていないようである。

「あ、あの私はちょっと遠慮させてもらいます」

シーラが丁寧に断るが。

「あん!?俺の酒が飲めねってのか!ほれほれ!」

シーラの鼻をつまんで口をあけたところに無理やりワインを流し込む。

とたんに真っ白だった肌が桜色に染まっていく。

「ガ、ガモフさん!その行動は色々まずいですよ」

さすがに二杯目をシーラに注ごうとしているガモフさんを止めに入る。

「おうじゃあお前らが飲め!」

「メルル!シーラをつれて外に出ろ、うぐっ」

ケイの必死の抵抗むなしくゴボゴボと口に酒を流し込まれる。

 

団員の半数以上はすでに酔い潰れて床やテーブルに横たわっている。

団員達を踏まないように気をつけてメルルはシーラをつれて公演のベンチまで行った。

「シーラちゃん大丈夫?」

シーラをベンチに座らせて隣に座る。

「はい、大丈夫です」

「シーラちゃん……」

「どうしました?」

「いつかさ、いつかあの劇みたいに人間とエルフは仲良くなれるかな?」

「大丈夫ですよ、メルルさん」

メルルの柔らかな髪をなでながら言う

「劇団の皆さんやケイさん、アモンさん、それにもちろんあなただって私がエルフと知っていても仲間としてすごしているでしょう?」

少女の顔がパッと明るくなる。

「うん、そうだね!」

 

次の日の朝

何故かあんなに飲んでいた団員の誰一人として二日酔いになっておらず元気に撤収作業に汗を流していた。

「皆さんご心配をおかけしました」

少女がよく通る声で言いぺこりと頭を下げる

「おお!パールもう平気か!」

「団長、ただいま戻りました。ご迷惑をおかけしました」

「いやいや思いのほか上手くいったからなシーラさんに礼を言いなさい」

はいと返事をするとこちらにきてシーラの前に立つ。

「この度は大変お世話になりました。父のご無理を聞いていただけて感謝の極みです」

「いえいえ、こちらこそ足手まといになってしまって申し訳ないです」

2人して同じ髪の色で同じ角度で頭を下げ同じような顔をしているさまはドッペルゲンガーでも見ているようだ。

 

やがて撤収作業も終わりその日の夕刻、劇団の荷馬車は次の街へ旅立っていった。

その後まるで双子のようなシーラとパールが出会う事はなかった。

 

終幕<(_ _)>