戦慄の海鮮スープ

 

 

何気ない一言が、時にはとんでもない事態を引き起こす引き金になることは誰でも知っていることである、気の会う仲間と一緒の時はそれほど注意しないが、初対面の人間に、しかもその人のプライドを傷つけるような発言をした場合どういうことになるか・・・・

 

 

「街」と呼ぶには少々規模が小さいが「村」と呼ぶほど寂れてもいない。

歩くと10分ほどで一周することができるであろうきれいな湖があること以外特に特徴の無い集落だった。当然名前も知らない。

 

立ち寄る予定は無かったが不慮の事故で食料が激減していたこと、山越えを終えたばかりでパーティーが疲れていたこと、次の集落まで距離があるという現状を踏まえるといかなる者がパーティーリーダーであろうと選択肢は一つしかないだろう。

「と言うわけであそこに寄ろうと思うんだが?」

山越え用の厚手のマントと騎士剣を装備した青年ケイがパーティーに対して確認を取る。

パーティーは全員で6人、いや正確には6人と1匹である。

「はーい」と10代前半であろうか山越えをしてきた直後とは思えないほど元気な女の子メルルが答える、その女の子とは対照的に疲労の色が濃い少年アモンは無言で首を縦に振る、その少年の頭に乗っている黒猫を撫でている大きなリボンをつけたブライトエルフの少女シーラも「それがいいですね」と答え苦笑する、そして少し離れた所で周囲を警戒していた褐色の肌のダークエルフの青年ディアスとなぜか防寒着の類を装備していないショートヘアの女性カーラも戻ってきて了解の旨を伝える。

 

パーティーリーダーケイとその一行は魔法が存在し魔物があふれる世界「レグナディア」である場所を目指して旅をしていた。

 

 

気の良さそうな女主人シルバーさんが営んでいる宿に部屋を取り一息ついたところでこれからどうするかと言う話になった、まだ日は沈んで間もない。

「俺は疲れたから寝させてもらうぞ〜」アモンの疲労を考えるとそれが妥当だろう。

「では私とディアスで必要物資の調達をしてきますわ、食料をだめにしてしまったのは私ですから・・・」

「けっ、何で俺がシーラの尻拭いをしなきゃならないんだ。」

俺はいくつもり無いぞとばかりにディアスがソファーに横になる。

「それじゃ私が行こうかしら。」窓にもたれながら呟く

「カーラさんありがとうございます。」

「当然だろ、カーラが討ちもらした魔物にシーラが襲われたんだからな。」

「もうその話はよせ。もう、すんだことだ。それじゃあ物資調達はシーラとカーラの2人、僕とメルルで情報収集、アモンとディアスはここで待機してくれ。」

 

湖に向かって歩きながら街を観察してみると戦いの痕と見受けられるような傷がところどころだが決して少なくないことが判った。

しかも新しい傷から古い傷まで、剣や槍で付けられたような刃物傷から魔法で焼け焦げたような痕も見つけることができた。

山賊か魔物にでも襲われたのだろうか?しかし警備隊はいなかった、今の時間帯なら巡回を強化するはずなのだが・・・

どうにもおかしい・・・

そんなことを考えていると突然妹が声を上げた

「あっ!お兄ちゃんあそこ!」

何事かと思い視線をずらすとそこには

『新鮮お魚料理の店 炎の熱血シェフ アンドレフ・ベチェルフスキー』

という看板が魔法を使っているのだろうピカピカと明滅していた。

いや、訂正しよう、かなり前からその看板には気づいていた。

気づいてはいたがかかわりあいになりたくなかったのだ。

「わーい!おもしろそうだよ、お兄ちゃん行ってみようよ!」

目がキラキラと輝いている、妹の説得は残念ながら不可能だ、行くしかない。

個人的には怪しすぎて行きたくないのだが妹一人で行かせる訳にも行くまい。

どちらにしろ夕飯は外で食べるつもりだったのだから、と自分に言い聞かせることにした。

 

 

店内は正方形でその入り口側から3分の1の位置にカウンターがありその奥が厨房になっていた。席は6つあったが全部埋まれば相当窮屈だろう。正方形の一辺は5歩ないし6歩分といったところか、出入り口は奥の勝手口と入ってきたドアそれと窓か・・・戦闘になったら外に出るほうがいいなと無意識のうちに脱出ルートを確認していることに気づき苦笑する。

メニューは斬新というか強烈だった、1つしかなかったのだ。

『アンドレフ・ベチェルスキーの入魂の1品定食』

はたしてどんな料理か、魚料理なのは間違いないだろう、湖のすぐそばだから新鮮さはばつぐんのはずだ、はたして1品で定食と呼べるのかは謎だが・・・・

「すいませ〜んアンドレフ・ベチェルスキーの入魂の1品定食2つおねがいしま〜す」

肝が据わっているのかはたまた鈍いのか、臆することなく注文をする妹に少し感心してしまう。

「あいよ」とシェフにしてはずいぶん太い声が厨房の奥から答える。

声の具合からして中年で体格はかなり良いだろう、もしかしたら漁師かもしれない。

妹はクロキョンをいじって遊んでいる、その姿に文句はないが少し警戒心が足りないようにも思える。

もちろんどこかの田舎で暮らしている普通の少女ならそんな警戒心は無用だ、だが今は旅の最中だ、確かに妹もパーティーのメンバーも強い、だがその強さは絶対ではない。

心配性だとよく言われるがそれでもいい誰も仲間を失いたくないのだから。

 

「へい!おまちー」と予想通り、いやそれ以上に筋骨隆々とした男が現れ。

「今日は俺様特製の海鮮スープだ!心して食え!」

ガハハハハハハと豪快に笑いながらスープを出す。

目の前の男(多分アンドレフさんだろう)には良く似合う笑い声だ、文句だけ聞くと失礼きわまりないが不思議と不快感はなかった。

「お、なんだなんだ兄ちゃんそんな小さな子が好みか、うんうん犯罪だなぁ。」

前言撤回、不快だ。

「おいおいそんな目で見るなよ、照れちまうだろう。」大げさに肩をすくめる

「おじちゃん、なんでお兄ちゃんがメルルのこと好きだと犯罪なの?」

「ん、おうそれはだな、う〜ん譲ちゃんにはまだ早いなもう少しでっかくなればわかるさ。」

また豪快に笑い奥から椅子を持ち出してきてアンドレフさんが座る、どうやら話し込む気らしい。

「まっ、冷めねえうちに食ってくれ。」

海鮮スープの味はお世辞にもおいしいものではなかった。淡水魚独特のドロ臭さがスープにしみ込んでいてそれを打ち消すための香辛料も安物なのか役目を果たしていなかった。

スープの具、名前はわからないが魚の身は油が載っていなく身もやせていてパサパサしていた。

だが、まずいと言えば即斬られそうな眼光をたたえてこちらを見ているアンドレフさんの前では表情にすら出せなかった。

 

「あんまりおいしくない。」ボソッと妹がつぶやくのをこの狭い店内で聞き逃すわけがない。

「まずいたぁーどういうことだ譲ちゃん!こととしだいによっちゃー叩き斬るぞ!」

まさに瞬間湯沸かし器、あっという間にキレちゃったよ。

「だってなんかパサパサしてるし・・・とにかくおいしくないの!」

あ、言いきっちゃったよこのバカ。

「ほう、そうかい、この『アンドレフベチェルフスキー特製海鮮スープ青春の苦味」が気にくわねえんだな!あぁ!」

青春の苦味って何?という疑問は置いといてアンドレフさんが包丁持ち出してきたからさすがに止めないとまずいかな、と思い

「メルル失礼だろ、まずくても作った人にまずいなんて言ったらだめだろう。」

「でもディアス君だってシーラちゃんに不味い不味いって言ってるよ。」

「いや、それとこれとは話の次元が違うだろ!」

「ほう、兄ちゃんも不味いと思っているのかい。」

完全に感情を押し殺した声を聞いて自分がしてしまったミスに気づいた。

次の刹那ビュグワッ!とちょっとありえない音を立て包丁がカウンターをきれいに二等分する。

残像すら残らない速さだ。

ハッキリ言って強い、それも人間のレベルではない、化物だ。

「メルル!外に出ろ!ここじゃ不利だ。」

クロキョンはすでにどこかに逃げている。まぁただの猫じゃないから問題ないだろう。

それよりも自分の身を心配しなくてはいけない。外に駆け出したところで

ビュウゥォン!

金属製の串が首をかすめて飛んでいき向かいの民家の壁に根元まで刺さる。

「お兄ちゃん!後ろ!」

瞬時に抜刀して振り向きざまに一閃するとアンドレフさんの包丁とぶつかる。

想像以上に重い一撃を受け流し返す刀で切りつけるがかわされる。

ガキィィン!カ、カ、ギィィィン

湖のそばの暗闇の中、剣と包丁がぶつかり合うという大変珍しい音がしばらく続く。

アンドレフさんが持っているのは魚を薄く切るための包丁、自分は剣である。

このまま力ずくで包丁を折れば勝てる!

 

「ぬんっ!」掛け声と共にかん高い金属音がしてはるか遠くの地面に“剣”が突き刺さる。

「ガハハハハハ俺様の刺身包丁『白雪』に勝てるか兄ちゃん、この包丁はもう数えきれないほどの血を吸っているからな。ガハハハハハハ」

「まぁお魚さん切るんだから当然だよね。」

「メルル変な突っ込みしてないで手伝ってくれ。半端な強さじゃない。」

そう言いながら予備の短剣を構える。

「ガハハハハそんなガキンチョにやられるほどこのアンドレフ落ちぶれていないわ!」

メルルの足払いを半歩下がりギリギリの間合いで避け刺身包丁を振りかぶる。

短剣を投げつけメルルが逃げる隙を作るが、信じられないことに包丁で短剣をこちらの頭に向けて弾き返される。

くっ!紙一重でかわしたつもりだったが頬が少し切れた。

2人がかりで全く手も足も出ない。

「ホラホラどうした!?もう終わりか?なら三枚におろしてやるぞ。」

「お兄ちゃんどうする?逃げる。」メルルも想像以上に相手が強いことを感じたようだ、声がこわばっている。

「逃げ切れると思うか?背中を見せたらやられるぞ。」いやな汗が頬を伝って落ちる。

まずい、旅をはじめてしばらくたつがこれほどのピンチはそんなに味わっていない。

しかしなぜ街の人たちは出てこないんだ、これだけ派手に斬りあっていて気づかないわけがないのだが・・・

逃げるとすれば湖に飛び込むぐらいしかないだろう、最もアンドレフさんが泳げなければの話だが。

 

天の助けは後方から音もなく来た

唐突に目の前を火球が通り過ぎアンドレフさんに直撃する。

「あんた!なにやってんだい!」

「あ、宿屋のおばちゃんだぁ」

後ろを振り向くとメルルの言葉どおり宿屋の女主人シルバーさんが腰に手を当て仁王立ちしている。

おかしい、戦闘中でかなり周囲に気をくばっていたのに全く気配がわからなかった。

「うちのお客様に何のようだい?まさかあんたの不味い飯食わせて逆ギレしているなんてことはないでしょうね!えっ!どうなんだいおまいさん!」

 

そのあと、アンドレフさんの言い訳には耳も貸さずシルバーさんはアンドレフさんを目にもとまらぬ速さで文字通りボコボコにして湖に投げ込んでしまった。まぁ死なないとは思うが・・・

 

翌日詳しい話を聞くとさらに驚いた。女主人シルバーさんとアンドレフさんは敵対していた2つの国の元魔法騎士団長であったと言うのだ、しかも戦場で恋に落ちそのまま国を捨ててこの街に住み着いたという衝撃的な話だった。

魔法騎士といえば魔法と剣術の両方を極めたある意味究極ともいえる兵士であり。

天賦の才と想像を絶する努力が必要な国家の威信を背負う化物たちだ。

一騎当千、いや、まあ、なんと言うか、あの強さも当然といえば当然だが・・・・

メルルやシーラは楽しそうに「いいなぁ〜」とか「ロマンチックですね」などと平和的な感想を述べていたが・・・

自分の脳裏には追っ手をバッサバッサ斬り倒すアンドレフさんと魔法で派手に吹っ飛ばすシルバーさんの若き日の姿が鮮明に映し出されてしまい気分が悪かった。

 

残念ながら「ある場所」についての有力な情報は手に入れることはできなかったが、無事食料も調達でき、しかもシルバーさんとアンドレフさんから剣術と魔法の指導を受けることができた。(指導はとてつもなく厳しくあのディアスでさえ半時ほどで音を上げたが・・・)そして疲れもとれたところでこの街をあとにした。

魔法騎士団長2人が守る街を・・・・

山賊や魔物がこの街を狙わないことを祈りながら・・・

 

無論、山賊や魔物のためである。

 

END