クッキングオフ第二部(後編)

 

 

『第3生体兵器混成部隊』

そこが俺の配属先だった。

新型生体兵器のデータを取るためだけに作られた部隊。

今までの生体兵器は人間的な判断能力をほとんど持っていなく、命令というよりむしろ本能に従って破壊と殺戮を行うものだったが人間をベースにする事でより人に近くより強力な兵器を作る事に成功した者がいた。

12歳だった俺は全ての調整が終了して軍に売られた。

兵器として使えるか使えないかを見極めるために。

当時ワルシャワシェルターは内乱中だったため部隊員との顔合わせはイスとテレビしかないような待機所で行なわれた。

隊長のオース上級曹長は筋骨隆々でAGに乗る必要は無いんじゃないかと思われるほどだった。

副隊長のノルベルト軍曹はメガネが服を着て歩いていると言えばいいのか……隊長とは正反対の人だった。だけど隊長とは仲が良かった。

エックハルト上等兵とエックベルト上等兵は双子だそうだ、ハルトが兄でベルトが弟だったかな?徴兵されて4年たって今回偶然同じ部隊に配置されたと嬉しそうに言っていた。

あとワルシャワシェルター正規軍の人員不足を補うためにディスパーチから派遣されていたのがサッヴァ。ボルンレベルは聞いてないな、でも割と強かったのは間違いない。

10分ほど雑談していたら出撃の命令が来た。

作戦は行政省に立て篭もったテロリストの殲滅で職員への被害は30%以内まで容認という内容だった。

偵察隊からの報告ではテロリストの装備はAG3機に固定式の対AGライフル、携行ロケット、その他小火器多数。人数は20~30人。人質となっている職員は50人ほど。

「随分大規模な事件ですね?」

と隊長に聞いたら。

笑いながら

「しょっちゅう起きる日常業務だ」

と言い返されて面食らったな。

他の隊員にも笑われた。

装甲輸送車2台に3人と3機ずつ乗り込んでそれに俺のデータを取るために研究員がワゴンで付いて来たな。

俺に与えられたのは使い古しのゼネラル社製AG「桜花」

装備は長剣「むらさめ」と固定武装の左腕内蔵20mm機関砲「奇幻」。

隊長と俺とボルンのサッヴァでアルファチーム、副隊長と双子でブラボーチーム。

俺は前衛をやらされた、それがデータ収集のためか装備のためかは分からなかったけどな。

作戦はスムーズに進んだ。

AG3機はブラボーチームが真っ先に片付けてアルファチームは施設の中に飛び込んで敵の殲滅を開始した。

部屋に立て篭もっている者は部屋ごと吹き飛ばして殲滅し、職員を人質に逃亡しようとした者は職員ごと物言わぬ骸になった。

テロリストのものかそれとも職員のものか分からない死体を踏み潰しながら前進してわずか15分ほどで作戦は終了した。

ひどく血生臭い戦闘だったが人質を気にせずに戦えたためこちらのリスクは低くてすんだ。

「俺達の戦いはこういう戦いだ、他の誰より自分と仲間の命を優先する。覚えておけ、そうすりゃ生き残れる。生き残ればいつか幸せになれるさ。例えお前のような生体兵器でもな、必要なのは戦う意味を無くさない事だ」

作戦終了間際に隊長が俺に得意げに言っていた。

 

帰還してから祝勝会兼着任祝いという名目でパーティをやったな。

さっきの写真はその時撮った。

外見が人と同じだから化物扱いはされなかったな。

それどころかヒヨッコ扱いだった。

こういう場合はこうしろだとか無駄が多いとかね。

まぁ色々な任務を遂行していろんな事があったな。

それでもみんな生き延びた。

それはただ運がよかっただけなんだけどな。

何回目の出撃かは覚えてないが、確か3年後だったか。

最終階層の動力施設をテロリストに占拠されて、それを排除するために出撃して俺以外全滅した。

いや、今の言い方だと正確じゃないな。

 

俺が全滅させた………暴走してな。

 

気がついたら全て壊れていた。

軍のAGもテロリスト側のAGも自分のAGも……

そのまま機体の中で気を失って、気がついたらベッドの上だった。

テロリスト……いや、彼らはレジスタンスと言っていたか。

とにかく反管理者派の組織に捕まった。

 

 

「ま、ざっとこんな所か。その後もレジスタンスやったりまた軍に戻ったりアーシェンスを盗み出したりと色々あったけどその写真に写っている人間の人生はそこで終わりだ」

冷めてしまった紅茶を飲み干し上着を着る。

二人の反応は鈍い。

「さて、ヤマアラシじいさんの所に行くぞ」

「はい」

アーシェンスとドライが二人がかりで片付けをするのを見ながらふと思う。

もしかしたら、自分はとてもくだらない事に二人を巻き込もうとしているのではないか……

いや、

あいつだけは、

俺達を生み出したあいつだけは殺しておかなければ、死んでも死にきれない。

それが俺の生きる目的であり戦う意味だから。

 

それほどの距離ではないがリニアに乗って2駅目で降りると、そこはこの階層で一番賑わっている商店街に着く。

ほとんどがユニオン・ゼネラル・フォーレスと三大企業傘下の店ばかりだが、中には個人経営の店もちらほらある。

商店街の真ん中あたりで脇道にそれると場違いな看板を見ることができる。

−ジャンク山嵐−

とても大きな文字で看板に書かれているのだがこのシェルターの殆どの住人はこの看板を読む事はできない。

なぜならその文字が日本語だからである。

ただ、看板が読めなくてもそこが何の店かはうず高く積まれているジャンクと武器の山が如実に物語っていた。

「じいさん。邪魔するよ」

「おじいちゃんこんにちは〜」

「こんにちは」

七十歳を超えているであろうにもかかわらず背筋のピンと伸びた和服の爺さんが店の奥から出てくる。

「おぉよく来たね〜アーシェンスちゃんドライちゃん。今日は『あやとり』を教えてあげようかな」

二人の少女が訪れたことを知るや、いかつい顔を破顔一笑させる。

これでも元傭兵で少しは有名だったらしい。

「それより前に教えてもらった『おてだま』上手くできないんだけど」

「おぉそうか。では奥においで。お菓子も用意してあるからのう」

「は〜い♪いやっほ〜♪」

「ん?どうしたニック?」

「いや、変なやつばかりだなと思ってな……」

やれやれと言った感じで首を振る。

「ほれ、お前も早く入れ。あ、それとのれんをしまってくれよ。客が来たら面倒でかなわん」

何のために店やってるんだよ、と思いつつもどうせ「老後の楽しみだ」と答えられるのは明白なので黙ってのれんを片付ける。

室内は何処から調達したのか知らないが「畳」が敷かれている。

ご丁寧に日本庭園と縁側まである事を考えるといったいどれほど儲けているのやら。

シェルターの土地は問答無用、情け容赦無く高い。

床面積は極めて限られている訳だから金だけではどうにもならない場合もあるぐらいだ。

のれんを片付け居間に入るとすでにアーシェンスは普段味わうことが出来ないお菓子を遠慮なくバクバクと食べている所だった。

一緒にいるドライも遠慮しようとしてはいるようだがアーシェンスの遠慮のなさと至福の表情を前に長くは持たないだろう。

それでもなかなか食べようとしないドライにむかって「これは甘くて美味しいぞ〜」とか「こっちは食感がサクサクしていて美味しいぞ」などと必死に食べさせようと奮戦しているじいさんに向けてつぶやく。

「なぁ、本題はいつ話すんだ?」

数瞬の沈黙の後思い出したように

「あぁそれならもう用意してあるぞ」

ついて来い、と勝手口から外に出て、ジャンクの山に今にも埋もれそうなボロイ作業場に案内される。

中は腐ったオイルのひどい臭いが充満していて、ほんの数分で人が殺せるのでは無いかと疑問を生じさせたが、臭いがあまりにも凄まじいのですぐに鼻が麻痺して臭わなくなった……

作業台の上には本来なら1mほどの銃身を持つはずのショットガンがおかれていた。

何故『本来なら』なのかといえばその銃身は真ん中のあたりで切断されて銃身が半分になっていたからである。

ちなみに、自分の記憶が間違いでなければ頼んだ物は速射性の高いマシンガンだったはずなのだが………

「どうだ!驚いたか?」

「あぁ、別の意味で驚いた」

何故自分の周りの人間はそろいもそろって「腕は一流だけど性格に問題がありすぎる」人間ばかりなのだろうか……

「なんだ?不満そうだな」

「不満だ」

「しかしな、要求された性能は出るぞ、高速戦闘時に目標に命中させるにはやはり数をばらまかないとな」

その通りだ、だから速射性の高いマシンガンを頼んだんだ。

「だがな、やはり一撃の威力も欲しい。と言う訳で散弾銃じゃ」

確かに一理ある。

狭い通路や塹壕の中では同時に兵士5,6人とかAG2,3機を相手にする事もある。

その場合極小時間での攻撃力ならば散弾銃の方がマシンガンを圧倒するだろう。

何せ一回の発射で対人弾で18発、対AG弾で9発の散弾がばら撒かれるのだ。

現に第一次世界大戦で欧州派遣軍の米兵は塹壕での戦いのために散弾銃の必要性を感じ大量に前線へ配備した。

射程と装填速度が問題になるが確かに高速戦闘時に敵に弾を当てる事を考えればかなり良い武器だろう。

ただし、癖は強そうだ。

「そしてだ、名前を考えておいたぞ」

「名前?なんの〜?」

「決まっておるだろう、ドライちゃんの新しいAGの名前じゃ」

ごそごそと机の中から山嵐老人が半紙を取り出し両手でピンと伸ばしてこちらを向ける。

『命名 疾風の翼』

「どうじゃ?」

と自慢げにドライに向かって言うが。

「すみません、読めないです」

残念ながらドライはまだひらがな程度しか日本語ができなかった。

「『シュツルムフリューゲル』だ。今回は花じゃないのか?」

「ん?あぁ『花』をつけるとゼネラルっぽいからな、やめだ」

そういう訳でまだ図面しか完成していないドライの新しいAGの名前は『シュツルムフリューゲル』となった。

その後しばらくどうでもいい雑談をして場所を移して夕食をご馳走になりながら組立の段取りやら値段の交渉やらを済ませた。

出された料理はかなり高級な日本食だったが味は良くわからなかった。

おそらくこれが美味しいというのだろう。

最近は味覚が著しく機能しなくなってきている。

アーシェンスやドライは味覚が正常に機能しているらしく、美味しい美味しいとキャーキャー喜んでいたのがせめてもの救いか。

 

 

翌日

赤髪のレンティール少尉が2名の部下と共に装甲輸送車でロートフリューゲルの残骸とドライに必要な各種の書類を運んできた。

残骸は想像していた物よりはるかに状態がよかった。

機動実験も行なったのだろうか?

ほぼ完全に近い状態に組み上げられているAGは残骸と呼ぶに相応しくない。

せいぜい損傷機か故障機だ。

「え〜と、じゃあこことここ……あとここにもサインしてくれる?」

レンティール少尉から渡されたバインダーでとじられた数枚の書類にニックが受領のサインをしてAGと各種書類が正式にグリーレ家の物になった。

「礼がわり、という訳じゃないがよかったらビールを持っていくか?」

ズードゥゲルからもらったビールだがあまり好きでは無いのでどうにかしたかったところだ。

「あちゃ〜公務員は供応を受けるわけにはいかないんだけど……タダ酒より美味い酒は無いって言うからね、ありがたく頂戴するわ」

フィクサー、お前の右腕はこんなのでいいのか?と内心思いつつ処分に困っている現状を考えれば断わられるより良いだろう。

「ガレージの中にあるから二箱ともそれを置く時に持って行ってくれ」

「いや〜悪いわね〜二箱も貰って」

ちっとも悪いとは思っていない笑顔で部下に指示を出す。

さて、これであとはズードゥゲルがパーツを持ってきてくれればすぐに完成するだろう。

時計を見るともう昼に近い。

荷の積み下ろしがすんだ装甲輸送車は小さな駆動音を鳴らして階層間エレベーターに向かって走り出した。

直接アンペールの所に運んでもらえば良かったな、と今更ながら思った時100mほど先まで進んでいた装甲輸送車が急ブレーキをかけて止まったかと思うと全速でバックしてきた。

「代理からの伝言忘れてた!2,3週間後に厄介ごとを頼むかもしれないだって!それじゃ!」

一方的に伝言を終えると、少尉は片手で器用にビールを開け、それを飲みながら装甲輸送車は急発進して逃げるように去って行った。

「なんか、あいかわらずだったね」

アーシェンスのつぶやきに、ニックはただ頷くしかなかった。

 

 

一方ガレージではかつての自分の翼、自らの体の一部とでも言うべきロートフリューゲルを少女が静かに見上げていた。

これは与えられていただけの仮初めの翼。

胸の中で何度も繰り返すが受け入れられない。

見せてもらっているシュツルムフリューゲルの図面ではこの機体のパーツのほとんど全てを使って作る事になっているのに……

それでも自分の翼はやはりこの赤い翼じゃないといけない気がしてならない。

結局シュツルムフリューゲルだってマスターが作って私に与える。

それはロートフリューゲルと何ら変わりの無い、与えられた仮初めの翼ではないだろうか?

ひどく、気分が悪い。

ボーっとする頭はすでに思考の無限ループに陥り、夢遊病者のようにフラフラとした足取りでガレージの隅から自分のBADを取り出す。

暑くも無いのに汗が滝のように出る。

BADをロートフリューゲルに取り付け普段なら簡単に乗り込めるのに数回失敗してからようやく機体の中に自分の小さな体を滑り込ませた。

久しぶりの翼の中。

久しぶりの自分だけの空間。

そうだ、久しぶりに飛んでみよう、そうすれば気分が少しよくなるかもしれない。

機動プロセスを実行させる。

<エラー305DK

<エラー409B

<エラー82E2−3>

<エラー82E3−3>

    ・

    ・

    ・

エラー、エラー、エラー………

<キドウシッパイ>

人口筋肉の調整プログラム、スラスターの作動プログラム、機体のメイン制御プログラム。

動かすためのほとんどのプログラムがエラーの発生を示していては動かす事などできない。

恐らく修復が完全でないためBADのデータと機体の構造が食い違っているのだろう。

激しい憤りを感じ、気分がさらに悪くなり吐き気や目眩までしてくる。

全身はすでに汗でぐっしょりと濡れてしまいさらに不快にさせる。

鼓動が速く不規則になり視界も狭まってきている。

気分の悪さはすでに激痛を伴う苦しみに変わっていた。

頭が割れそうに痛い。

体が熱くてたまらないのに全身が激しく震える。

汗はすでに厚手の作業着すらもびしょ濡れにしてその端からポタリポタリとかなり速いペースでしずくが落ちる。

大声で助けを呼びたいのに息が上手くできない。

口を懸命に開けるが肺に空気が入らないし出てもいかない。

汗に混じって涙が頬を伝って流れている事にやっと気づいた瞬間、意識が飛びそうになる。

しかし意識が飛びそうになると激痛が意識を呼び戻す。

「…た……す……っ…て……」

声を出そうにも言葉にすらならない。

唐突に、なんの脈絡も無く、自分が感じている物が恐怖だと悟った。

自らの翼を持たず、戦う意味を持たず、生きる意味すらも持たないただの人形。

それにも関わらず今ここに自分が無意味に存在しているという恐怖。

思考が止まる。

受け入れ難い現実を見ないために。

弱く脆い心を守るために。

全てから逃げるために。

すぐ近くで音がしたかと思うと襟首を掴まれ重力と反対方向に引っ張られる。

機体から引きずり出された事を理解した時、体は重力に引かれ搭乗口から1mほど落下していた。

無意識に体が受身をとり地面との激突のショックをやわらげる。

たいした痛みを感じることなくそのままの姿勢でいると隻腕の青年も飛び降りてきた。

少女の手を借りて立ち上がった刹那、青年の強烈なボディーブローがみぞおちに入り、痛みを感じる間も無く意識が闇に落ちる。

 

 

「まったく、加減ぐらいしなさいよね」

聞いた事の無い女性の声がする。

「いや、ちゃんとしたぞ」

これはマスターの声、でもいつもと少し雰囲気が違う。

「ちゃんとした!?これで!へぇ〜さすがはバイオウエポン様ねぇ〜女の子のお腹にこんな大きな青あざ作って『ちゃんと加減をした』とはねぇ〜」

「いや、しかし……あの場合は……」

「はいはい、暴走してるのかと思ったんでしょ。それならさっきから何べんも聞いてるわよ。でもね、今回のは『暴走』じゃなくて『ストレス』わかる?」

「あ、あぁ」

「何その返事は?私の診断に文句でもあるの?ん?」

「いや、無いが……」

「あぁそれとドライちゃん、気がついたなら寝たふりやめなさい」

まぶたを開けると前にいた研究室のような真っ白の部屋。

白いベッドに自分は寝かされていて、その横にマスターと………

マスターと娼婦みたいに露出の多い服の上に白衣を羽織った30代ぐらいのおばさんが座っている。

「あの。ここは?」

言いながら上体を起こすと腹部に若干の痛みを感じる。

「誰が起きろと言ったの!まだ横になってなさい!」

トン、と頭を小突かれてまた横になる。

「初めましてドライちゃん、私は東洋の天女こと超絶美人天才女医パク・チェンレェンよ、そしてここは私の診療所。同じ黒髪同士仲良くしましょうね〜」

クシャクシャと髪を撫でられる。

自分の髪と彼女の髪を見比べてみると、彼女の髪の方が艶やかでより黒々としているようで、切れ長の金眼とその黒髪から研究所にいた頃図鑑で見た黒豹を思い起こさせる。

「医師免許無し、身元不詳、年齢不詳、経歴不詳だが腕は良いし口は堅く信頼できる。警戒の必要は無いぞ」

「アンタは余計な事を言うな、この欠陥バイオウエポンめ!」

カルテの角でニックの頭を叩くと再びイスに腰掛ける。

「さて、どこから聞いてたかわからないけど早い話ストレスね、リラックスしてれば問題ないわ。とりあえず気休め程度にはなるから精神安定剤とカルシウム剤を2週間分出しとくから食後にでも飲んどいて。あとは精神鍛えなさい、まぁ年をとれば自然と成長する物だからこれと言って特効薬は無いけどね、私でよければカウンセリングするし。あ、もちろん金取るわよ」

なんか、いちいち突っかかる物の言い方する人だな。

「あとニック!」

「ん?なんだ?」

「まともな物食べさせなさい。アンタの舌はダメになっててもアーシェンスちゃんとこの娘はちゃんと味わかってるから。アンタの舌はもう取り替えるかしないと治らないから薬は無いわよ。あぁそれでちゃんとした物食べさせれないんだったら二人とも私が預かるからアンタは私に金払いな!いい?あと定期健診サボらない、何か体に異常があれば私に言う!いいね」

「あぁ、努力する」

「はいはい、努力しなくていいから実行しな、あとドライちゃん、いまアーシェンスちゃんが服取りに帰ってるから戻ってきたら着替えて帰っていいわよ」

女医がパラパラとカルテを三枚続けて流し読みにする。

「しかし、あんたら作ったウォルトってじじいは一種の天才だね。これほど完成度の高いバイオウエポンは見たことが無いよ。しかも123号ってどんどん良くなってるしね〜ドライちゃんなんか娘に欲しいぐらいだよ。ドライちゃんのメインの素材は私と同じチャイニーズだろ?あ、それともジャパニーズか?まぁ、どっちにしてもモンゴロイドだからいいよね」

このまま放って置くと一人で延々と喋っていそうだ。

「それでいつから動けるようになる?明日から作業をしなければならないんだが……」

「あん?アンタがぶん殴ったお腹が痛くなけりゃ今からだって動いてもかまやしないよ、さっきも説明したけど精神、心の問題だからね。本人のやる気次第だOK?」

「あぁ、助かった。そのうち礼は持ってくる」

「期待しないで待っとくよ」

ちょうどタイミングよくアーシェンスが着いた。

ドライが着替えるのを待って自宅へ戻る。

さぁ、明日は大変な一日になる。

 

 

AGの組み上げはそれほど難しくは無い。

パーツのモジュール化が進んでおり規格の統一もかなり徹底しているので他社製のパーツや自作パーツでも簡単に接続ができる。

3人がかりで4時間もあれば組み立てて動かす事が可能だ。

問題はモジュール内の改良が面倒なことだ。

モジュールの中はブラックボックスが多く素人が手を出すと高価なパーツがお釈迦になりかねない。

さらに今回は背部にスラスターを4基接続してその制御機構をロートフリューゲルとの戦闘記録から復元しなくてはならない。

はっきり言ってAGをベースに別の物を作るようなものだ。

アンペールの整備工場に全てのパーツがそろったのはその日の昼ごろだった。

「さて〜それじゃ〜はじめるぞ〜〜」

アンペールの気の抜けた掛け声と共に作業着姿の7人がそれぞれの担当の作業に入る。

グリーレ兄妹と山嵐氏とアンペールとこの工場の従業員2人が新型AG『シュツルムフリューゲル』制作に集まった。

アンペールが4基のスラスター及びその周辺部。

山嵐氏が火器周り。

工場の作業員2人が上半身の基礎フレームの組立及び調整。

グリーレ兄妹は下半身の基礎フレームの組立及び調整とBADの調整。

もっともニックは片腕が無いのでアーシェンスとドライに指示を出しながら全体の進み具合を見ている。

飛行する事を考慮して各部とも徹底した軽量化とそれにともなう防御力の不足を補うための工夫が凝らされておりとても2日で書き上げた図面とは思えなかった。

実はほとんどの構造はシェルター側が解析したデータを基にした、ほとんどロートフリューゲルのコピーであった。

規格外のAGだがそれにもかかわらず完成度が非常に高いと言う事はやはりDrウォルトが異常な天才なのであろうか?

いずれにせよ組み上げはたいしたトラブルも無く進んだ。

全員黙々と作業に没頭して気がつくとすでに夜になっていた。

作業開始から6時間、ほとんどのパーツが完成し組み上げBADのプログラムも問題無く走った。

形にはなった。

あとは誰かが乗ってテストをしなくてはならない。

スラスターは爆発物の塊みたいな物であり、万が一設計ミスやその他の不慮があればドカンである。

飛行中の制御が失敗すれば地面と激突して大ダメージ、下手すれば死ぬ。

「私が乗ります。私の翼ですから」

当然といえば当然だが多少なりとも勇気のいる決断を少女はした。

たとえ翼があっても羽ばたかない者は空を飛ぶ事はできない。

空を飛ぶ勇気が無い者は翼があっても空を飛ぶ事はできない。

そう、翼ある者は生きるために飛ぶのだ。

そこは生か死かの際どいライン。

空は勇気ある者の物だ。

少女は機体に乗り込む。

起動プロセスを実行

正常な起動音と共に機体に力が溢れる。

人口筋肉に電流が走り機体が一歩前に進む。

エラー無し、各部圧力正常、戦闘プログラム起動。

「飛びます」

外部スピーカを通じドライの声が工場に響く。

目標飛行時間はまず30秒、その場で1mの高度でホバリング。

背部に取り付けられた4基のスラスターの先端が真下を向き機体が浮き上がる。

目まぐるしく変化する飛行プログラムの修正データを機外の6人が必死に追う。

異常な数値は無い。

長い、長い30秒が過ぎる。

軽い着地音を響かせシュツルムフリューゲルが地面を踏みしめる。

数秒の沈黙が工場を支配する。

「チェック項目全て問題ありません」

この瞬間新たな翼が、AGという名の兵器が、シュツルムフリューゲルという生命が誕生した。

この翼が空を舞うと恐らく破壊が訪れる。

どんな理由をつけようとも戦うという事は破壊する事であり殺す事である。

ただ、この世には兵器が存在する。

それらの兵器には何らかの意味があっても良いのではないか?

その力は何かを守るために使えるのでは無いか?

今はただ、新たな翼が空を舞った。

それを祝う事は悪くは無いだろう。

工場に歓声と笑顔が溢れる。

自らの誕生を世界に知らしめる様に爆音を響かせ天井ギリギリまで飛翔し一周ぐるりと翼が舞った。

 

 

空は

世界は

人々は

いったい何を望んでいるのだろうか?

安定か?

平和か?

混乱か?

争いか?

永遠の循環か?

その答えがもうすぐ出るかもしれない。

いや、すでに答えは出ているのか………

「ラーズスヴィス少尉を呼んでくれ」

「はい、かしこまりました」

今はまだ動くべきではないが情報は可能な限り収集しておくべきだ。

 

 

「ねぇニック兄ぃ〜」

明らかに不満爆発の金髪少女はテーブルに頬をつけてだれている。

「どうした?」

青年は片腕で器用にお手玉をやっていた。

「あれ絶対おかしいよぉ〜」

少女は指差す。自分の妹を。

「昨日まで私と同じで2個しか出来なかったのにぃ〜」

そこには8個のお手玉を軽々と扱い、さらに次の1つを入れようと奮戦している黒髪の少女がいた。

「そんなに気にする事じゃないだろう。それに……」

そう、そこには今まで時折見せる微笑とは違い、心からの、溢れてこぼれ落ちそうな笑顔が確かにあった。