クッキングオフ 第二部(前編)
第一階層ライプチヒシェルター管理評議会議長室
一人の人間が仕事をするには無意味に広い部屋の中、男が一人いる。
男は自分の目の前、つまり机の上にある端末を操作してボイスレコードソフトを起動させ録音を開始させるための赤い丸いボタンをクリックした。
男は喋りだす。
「今後のシェルター維持及び地上の開拓に関する諸問題について。
提案者:フィクサー・ヴィート
まずシェルターについて話す前になぜこのような物が作られたのか簡単に説明する。
シェルターの建設は2060年代後半がピークだった。
第三次世界大戦後の急激な人口増加と核戦争への危惧から様々な規模のシェルターを各国は建設し始めた。
もちろん主要都市の地下には様々な施設があったため都市からは少し離れた郊外に巨額の投資と20年もの時を費やして建設が行われた。
建造に積極的に参加した企業は「ユニオン」「ゼネラル」「フォーレス」の3社。
当然この3社は莫大な利益を得て、その後3大企業と呼ばれるようになる。
シェルターに要求されたのは核に耐えうる物ではなく、核の冬に耐えうるものだった。
理由は簡単、費用が無かったのだ。
100万人以上の人間が暮らせるような地下施設を作るだけでも想像を絶する費用がかかる。
その上核の直撃にも耐えるものなど作れようはずがなかった。
技術も、費用も無かったのだ。
もっとも2089年に始まった第四次世界大戦では核兵器など到底及ばぬ反物質兵器が用いられたため、対核用のシェルターであっても耐える事はできなかっただろう。
なにせ反物質兵器は大陸さえ消し飛ばしてしまったのだから・・・
結果としてシェルターは第四次世界大戦の核の冬から人類を守ってはいるが様々な問題も抱えている」
一息つき水を口に含む。
「第一に収容人数に限界がある以上、人口調整を行わなければならないのだが、これが非常に困難である事は誰でも想像に難くないだろう。増えすぎれば養えず、減りすぎれば種としての存亡に関わる。
第二に労働力の過剰供給。
発電プラントや農・工業プラントは効率よく24時間動き続ける。
人間はメンテナンスと各種のチェックだけやっていれば良い訳だから必要な労働力は少ない。
社会の様々なものがオートメーション化されている中でわざわざ人間を労働力として使うのは非効率だった。
結果としてシェルター内の人々の職業は公務員かサービス業、あるいは軍人となった」
タイマーが鳴る。
もうすぐ人が訪れる時間になる。
「だが以上の二つの事に関しては今までのノウハウから学び対応する事は簡単とは言わないがやってできないことではない。深刻なのはここからだ。
第三に備蓄燃料の枯渇が問題になっている。
シェルターを維持するための電力は最下層の動力プラントで原子力発電を行い確保している。
そして発電のためのウランが不足し始めているのが現状だ。
代替エネルギーの開発も行われているが節約するか何処からか補給する以外打つ手が無いのが現状である。
最後に致命的な問題としてシェルターの急激な老朽化が進行している。
建造時の耐用年数は500〜600年と言われていた、しかしわずか100年でひび割れや風化、腐食が進んでいる。原因は様々な要因がありすぎて特定は不可能。
むしろ複合的な原因によるものだろう。
シェルターより脆いジオフロントでは崩壊した所もいくつかある。
いずれはこの巨大建造物も崩壊するのだろう。
もちろん打つ手は無い・・・」
次に続く文章を考えているとドアブザーが鳴る。
「ラーズスヴィス・レンティール少尉です」
もっとも信頼している部下がやってきたようである。
時間は誤差数秒と相変わらずのようだ。
「入りたまえ」
失礼しますと言いながら入室し完全防音の扉をきっちりと閉じる。
「で、調査の結果はどうだったんだね?」
先日起きた赤い翼の騒ぎについての報告を求める。
「はい、これが『F−XAG−U03「ロートフリューゲル」』の残骸の調査報告書です」
CD−ROMを渡される。
「当初の予想通り、機動性特化のために軽量化が徹底しています。装甲は強化弾性セラミックスの2重ハニカム構造、構造間に低密度の衝撃吸収高分子素材が充填されていました。操縦者の生存性は当初の予想より高いですね。機体中枢や機密部分は跡形もありませんでしたがその他の部分は原形をほぼ保っています。まぁ詳しくはそれ読んでください」
ふぁ〜あ
と大きなあくびをすると彼女は回れ右して部屋から出て行こうとする。
「レンティール君」
「ふぁい、なんですか?」
「ご苦労、君の働きには感謝している」
―今後もね―と心の中で付け足しておく。
はいはい、と適当に流して彼女は部屋を出て行った。
再びボイスレコーダーをスタートさせる。
「そこで私は1つの提案をしたい。
遅かれ早かれシェルターは使えなくなる。
それならば地上に我々が住める環境を作ってはどうかと。
具体的には遺伝子操作と強化処理により生命力を強化した人間と動植物を使い世界を再生させてはどうだろうか。
太陽光の無い世界では一部の生命しか生きる事はできないが人間は道具を使用する事により太陽光の代わりのエネルギーを生み出すことが出来る。
現に私達はそうやって生き長らえている。
さすがに私達は今の生活を維持するだけで精一杯だが遺伝子レベルで強化した人間にはそれ以上の事が出来るのではないか?
例えば人間をベースにしたバイオウエポンならば寒さや汚染に耐えることが出来るのではないか?
それは倫理的に許されない事かもしれない。
人が人を改造し自分に都合のいい世界を構築させることは人の分を過ぎた行為かもしれない。
それは、神のみに許される行為だろう。
だが、種の滅亡がかかっている今、躊躇いは滅亡を意味しないだろうか?」
録音を停止させ、大きく一息吐き端末の電源を切った。
「本当は今更あがいた所で何も変わらないのかもしれないな」
静寂が無意味に広い部屋を満たす。
第10階層居住区画
どうも寝苦しくて水を飲みに部屋を出る。
時計を見るとまだ朝の5時だった。
さて今から寝るには微妙な時間だ、どうしたものか………
隻腕の青年は何か思いついたように情報端末を操作し始める。
1通の新着メッセージが来ていたようだ。
早速開けてみる。
ニック・グリーレ君、先日はご苦労だった。
「ロートフリューゲル」の調査は全て終了した。
残念ながら私にとって有益な情報は手に入らなかった。
本来なら廃棄処分すべき物だが君の新しい妹にとっては大切な愛機であるだろうから住民IDと一緒に明日届けるよう手配しておいた。
もっとも自爆のおかげで残骸程度のものでしかないが何もないよりいいだろう。
Drウォルトについてだがある情報筋からだと現場に復帰したらしい今後気をつけてくれ。
以上だ。
なるほど「ロートフリューゲル」の残骸が来るか……
となれば翼を用意できるな。
早朝のグリーレ家にキーボードを叩く音だけがしばらくの間静かに響く。
「……あとは細かいパーツが必要だな、ジャンク屋にも声をかけておくか」
一連の作業が終わったときすでに時計は7時をまわっていた。
さてそろそろ朝食の準備でもするか。
朝食はいたってシンプル。
シンプルだが栄養価は全く問題無い、しかも腹がふくれるメニューだ。
新しい家族のドライと自分は文句なくポリポリと食べているのだがどうやらアーシェンスはお気に召さないらしい。
まぁ多少問題があるような気がしないでもない事は無いのだが……
「ねぇ、ニック兄……」
「なんだ?」
「私やドライって育ち盛りだよね?」
恐らくアーシェンスは16ぐらい、ドライは12ぐらいだろうから育ち盛りかと問われれば多分そうなのだろう。
「あぁ、そうだな」
「じゃあこれは何?」
今朝用意した朝ご飯をさして当たり前のことを聞いてくる。
「今日の朝飯だ」
「私たちはもう老化の進んでいるニック兄と違って育ち盛りなんですけど!!」
ダン!とテーブルを叩いて立ち上がる。
自分は今年で25になるはずだが平均耐用年数は45年、だからまだ老化はそれほど進んでいないとは思うが……
「……そうだな」
「じゃあこれは何!!これは!!!」
「さっきも言ったが今日の朝食だ」
「あ〜もう!私が言いたいこと分かってからかってるでしょう!」
ドンドンと地団太を踏み、それにあわせて金色のポニーテールが元気良く揺れる。
やかましい事この上ない。
「ま、確かに消費期限は先月できれているが保存状態は良かったから大丈夫だろう、それに氷砂糖入りだぞ」
途端に妹の顔がパッと晴れる。
「え?氷砂糖入ってるの♪ じゃなくて〜なんで朝ご飯がカンパンと水だけなの〜」
ふしゅ〜っとテーブルにアゴだけのせて脱力する。
はて?こいつは軟体動物だったか?
そしてそのままの姿勢でやれ肉を食わせろだの魚を食わせろだのギャーギャーとわめきたてる。
「わかったわかった、ほれオレの分の氷砂糖やるから静かにしてろ」
「は〜い♪ってなんで私は氷砂糖ごときで釣られてるのよ!」
受け取った氷砂糖を投げようとして、未練があるのかしばらく手を振り上げた状態で止まっているとおもむろに口の中に放り込んだ。
「好物だからだろ」
「う〜ん、まぁそうなんだけどね」
ゴロゴロと口の中で大量の氷砂糖を転がしながら照れたように言う。
「恥ずかしくて人様には言えんな」
「朝食にカンパン出すようなやつが言うな!」
次の瞬間アーシェンスの前にあったはずの缶がニックの頭を直撃し景気のいい音を立てる。
「大体あのダンボールの山はなに!『非常食 乾パン24個入り』ってなんで40箱もあるの!これから毎日食べたって……え〜と三人だから……100日以上なくならないじゃない!!」
「あぁ、地区の防災倉庫で期限がきれてたから捨てる所を頼み込んでわざわざ貰って来てやったんだぞ」
「……マスターご苦労様です」ポリポリ
「ドライ〜そんなの食べたらダメだよ〜」
「……大丈夫ですよ、この乾パンは栄養強化食品ですから一日に必要なカロリーや各種ビタミン、ミネラルなどを十分摂取できるように調整されています」
ほら、と缶の栄養成分表示を見せる。
「いや、そういう事じゃなくて消費期限とか消費期限とか消費期限とか……」
「それも大丈夫ですよ、企業は売ってなんぼの世界ですから消費期限や品質保持期限は短めに設定してあるはずです」
「う゛〜なんで2人ともそんなんなの゛〜」
少女の問にブラウンの髪の青年と黒髪の少女が口をそろえて答える
「バイオウエポンだからだろ」
「バイオウエポンですから」
そして誰かさんの腹の虫が元気に鳴き、三人は黙々と朝食を摂るのであった。
朝食後、店をアーシェンスに任せドライにガレージの整理を頼んでから昔働いていた整備屋に足を運ぶ。
親子で経営していて自分と同い年ぐらいだが腕の良いメカニックがいる店だ。
繁盛もしているし傭兵派遣組織「ディスパーチ」公認というお墨付きだ。
もっとも腕は確かだが性格に非常に問題がある。
「アンペール、邪魔するぞ」
一声かけて店の裏口から入る。
「邪魔するなら帰れ〜」
男なのだが妙に高い声が返ってくる。
どうやら親父さんはいないらしい。
内容は……とりあえず聞こえなかった事にしよう。
「アンペール今朝出したメールの件なんだがどうだ?」
「ほへ〜?メール?見てねぇ〜よ〜」
「おい、客商売なんだからチェックぐらいしておけよ」
「まぁ〜かる〜く60時間ほど寝てないからな〜おれ知らね〜」
確かにガレージには3体ほどAGが分解整備されているから忙しかったんだろう。
「で〜何のようだ〜今さらメール見るのもアホらしいだろ〜」
「AGの残骸を組み上げて欲しい。もちろん改良もする」
「なんだ〜『舞花』壊しちゃったのか〜」
言いながらようやくアンペールがAGのコアパーツの中から出てきた。
背は165cmほどで童顔、つなぎを来て油汚れだらけのキャップを頭にのせている。
病的なほど白い肌からは、しばらく風呂に入っていないのであろう凄まじい異臭漂っている。
「違うが…まぁ似たような物だ。ハンドメイドという点ではな」
フィクサーからのメールに添付してあったロートフリューゲルのパーツデータと『翼』の設計案を手渡そうとしたが異臭に負け投げ渡す。
ふむふむ、などと言いながら分厚いメガネをかけ直しデータを読んでいる。
最後のページを開けたとき彼の目が大きく見開かれた。
確か最後のページには連続飛行可能時間が書かれていたはずだ。
AGを飛ばそうという物好きはそうそういないから驚くだろう。
が、しかし
「この女の子タイプだな〜」
そういえば最終ページにはドライのパーソナルデータと写真があったな。
どうやらこのロリコンはドライの事も気に入ったらしい。
「でも〜アーシェンスちゃんもいいんだよね〜どう思うよ〜」
「俺に聞くなよ」
とりあえず突っ込みを入れておく。
「ん〜?ドライ・グリーレ〜?なんだ〜またニックの妹か〜へ〜」
「とりあえずそういう事にしておいた。俺達は色々と訳有りだからな」
「ふ〜ん、まぁそれはどうでもいいや〜う〜ん、しかし装甲を薄くして機動性を高めて、おまけに飛ぶなんていうのはな〜そもそも〜AGっていうのは〜歩兵が敵弾にビビらずに、突撃したり〜ゲリラの不意うちから〜身を守るためのものだぞ〜きっと飛ばしたらろくな機体にならんぞ〜」
「いや、飛べなければダメだ。飛べなければ『翼』じゃない」
「なんだ〜そこも訳ありか〜しゃ〜ね〜な〜」
頭をボリボリとかきむしりながら設計案をじっくりと読む。
「とりあえず〜航空力学の資料が手元に無いから親父に聞いとく〜さすがにこんな適当じゃ困るから〜パーツが届いたら持ってきてくれ〜それまでにこの設計案を詰めとくから〜」
「わかった、また明日来る。それといいかげん風呂に入れよ」
うい〜と酔っ払いのような返事をしてアンペールがガレージから出て行く。
まぁあいつに任せておけば大丈夫だろう。
制作場所はこれで用意できた。
後は足りないパーツをどうにか工面しなければならないだろう。
前回の一軒で手に入った金はこれでパアだな。
まぁしかし命には代えられないか。
自分のようなタイプのバイオウエポンは一定期間戦闘行為やそれに近い緊張状態が発生しないと自分でそういう状況を作り出そうとしてしまう。
すなわち『暴走』する。
少なくとも自分とアーシェンスは一回暴走している。
ドライが暴走しないという可能性は残念ながらゼロではない。
それに先日の一軒の後、ドライが気づいた時に翼が無いと飛べないと散々暴れ回った事を考えると、どうやら彼女のセーフティーは飛ぶ事かもしれない。
そんな事を考えながら居住区画の端へ移動する。
あまり健全とは言い難い店が並ぶ区画、できるなら近づきたく無い場所だ。
もっとも、何でも屋としてはお得意様が大勢いるので近づかないわけには行かないのだが……
通りを歩いてまだ数分だがその間に娼婦から何度も声を掛けられる。
いいかげんうんざりしてきた所でやっとお目当てのビルまでたどり着いた。
ビルの入り口にはいかにもと言う感じの男が2人立っている。
このビルの周辺だけはさすがに娼婦もおらずそれどころか人影もほとんど無い。
それも当然でこのビルがこの歓楽街の元締めをしているマフィアの巣窟がだからだ。
「おい」
入り口にいた男を無視して入ろうとしたがやはり呼び止められた。
「何のようだ?」
もう一人の男がガムを噛みながら聞いてくる。
いや、問いかけではない、余計な事するんじゃねぇぞという警告か……
「あんたらのボスから連絡はきてる筈だ『片腕のヤツが来たら何も言わずに通せ』とな」
そう言って中身の無い右袖を振る。
「あぁ?うんな事聞いてるか?」
「いいや?聞いてねぇ」
疑いの眼差しでこっちを見てくる。
はぁ、なんで俺の知り合いはメールのチェックをしないんだ。
「ボスは今いるのか?いるなら片腕のやつが来たと伝えてくれ、いないなら待たせてもらう」
勝手にイスを拝借して座り込む。
「お、おい、どうすんだよ」
「とりあえずお前はボスの所に行け、俺が見張っとく」
一人がビルを駆け上がる音を聞きながら空を見上げる。
青く塗られたかりそめの空を。
息を切らしながらさっきの男が戻ってきたのはほんの数分後だった。
「も、申し訳ありやせんでした。ボスの御親戚の方とはつゆ知らず。ど、どうぞ」
「いいさ、あいつとは似てないしな」
そりゃそうだ親戚でもなんでもないただの他人だ。いや俺は人間じゃないんだからその表現も正確じゃないか。
あいかわらず無駄に豪勢な部屋に入るとスキンヘッドのいかつい人間離れした顔の男が高そうなソファーにどっかりと座っていた。
その周りには護衛の男が4人と裸同然の格好をした娼婦が2人。
「おう!久しぶりだな兄弟!!」
指輪やら脂肪やら沢山付いた手を上げてここのボスことズードゥゲルが野太い声を掛けてくる。
言うまでも無いが断じて兄弟では無い。
「一仕事頼みたい」
こんな所にあまり長くは居たくないので早速本題に入る。
「引き受けよう」
まだ、仕事の内容も言っていないのだが……
メールを読んでいたのか?
人払いは?と聞かれたのでどっちでもかまわないと答えておく。
気を利かせたのかやばい話だと思ったのか護衛と娼婦に奥の部屋で待つように言い俺に席と酒とヤニを勧める。
席だけありがたく頂戴して交渉を開始する。
「確認するがメールは見たのか?」
「いいや、今朝は出入りがあってな、それどころじゃなかった。すまんな」
恐らくこのシェルターの中で最大規模のマフィアのボスが、自分のような青年に謝罪をする所を世間にばらしたらどんな事になるか。
少なくとも部下からの信用はがた落ちだな。
「まぁ、あとで読んでくれればいい、このパーツを入手できるか?」
翼を作るための足りないと思われるパーツのリストを渡す。
「まかせておけ、AG一機分ぐらいはお安い御用だ」
それはそうだろう。三大企業やシェルターにも太いパイプを持っている男だ。
「どれぐらいかかる?」
「時間は2日、代金はタダだ」
右手でVサインを作り左手でグラスをつかみ一気に中身を飲み干す。
「いいのか?」
「命の恩人の頼みだ。それに借りは安いうちに返しておきたいからな」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「そうか、助かる」
「なに、いいってことよ。おい!兄弟のお帰りだ。だれか送ってこい!」
さすがにそこまでされると申し訳ないし、何より近所の目と噂が商売に与える影響を考えると怖いのでやんわりと断わった。するとじゃあ代わりにと言う事でビールを2ケース渡されそれを背負って自宅への帰路につく。
思いのほか時間がかかってしまったが昼飯までには帰れるだろう。
予想以上に事がうまく進んでいて機嫌は悪くない。
一方グリーレ家
とっくの昔に何でも屋の店番に飽きてしまったアーシェンスはドライと一緒にガレージの整理をやっていた。
万が一来客があってもガレージにいれば気づくはずだ。
ガレージの中は1台の装甲輸送車と2機のAG、それに多数の装備やパーツ、工具類が散乱していた。
たいして広くも無いスペースに無理矢理詰め込んだからこうなったのだろう。
まぁどこから始めた所で今日中には終わりそうも無いから出入り口のそばから片付ける事にして、二人は黙々と作業に没頭していた。
AGのパーツは用途ごと、工具類は使用頻度順、自分達では判断のつかない物は出入り口へ。
やれ技術書やら説明書やらが出てきたかと思うと潤滑液やら衝撃吸収ゲルやらのボトルが出てきたりして………
よくもまぁここまで散らかしたものだ。
2,3時間そうしていたであろうか。
アーシェンスがAG用の増加装甲と壊れた冷蔵庫の間から大きめの封筒を見つけた。
「なんだろこれ?」
表にも裏にも何も書かれていない無地の封筒。
気になって中を見ると写真とCD-ROMが入っていた。
写真にはまだ幼く、右腕のあるニック兄と知らないおじさんが5人。
おじさん4人とニック兄はワルシャワシェルター軍の軍服を着ていて残りの一人は傭兵派遣組織「ディスパーチ」の支給する黒い戦闘服を着ている。
そして6人の後ろには同じ数のAGが写っている。
場所はよくわからないけど格納庫みたいな場所かな?
ニック兄の服と年齢からワルシャワシェルターってのは間違いないと思うけど……
なんでこんな物がここにあるんだろう?
ニック兄の昔の写真なら数枚見た事があるけど出身がわかるような写真は全部処分したと本人が言っていた。
私が知っているニック兄の過去はワルシャワシェルター軍に兵士として売られたこと、兄の製造番号が『F-B-X001』だという事、父と母と兄の三人で初期調整段階だった『F-B-X002』つまり私を連れてワルシャワシェルターから逃げ出した事、その途中で右腕を失った事ぐらいなものだ。
私はニック兄の過去をほとんど知らない。ワルシャワシェルター軍にいた頃何をやっていたのか、バイオウエポンの兄に父と母がいたというのはどういう事か、そしてどうして私を連れ出したのか………
何度か聞こうと思った事はあったけど今の仮初めの兄妹関係を壊したくなかったから結局止めてしまったし、ニック兄も自分から話そうとはしなかった。
なぜ兄は私を保護しているのだろうか?
調整−戦闘術やサバイバル術、各種専門技術の習得−の終わっていない使えないバイオウエポンの私を……
「どうしたのですか?」
ドライに声をかけられて我に返る。
「あ、えっと、うん大丈夫」
いけない、いけないこんなの私らしくない。
「ただいま」
慌てて写真とCD-ROMを封筒にしまうとなぜかビールを2ケース持ってニック兄がガレージに入ってきた。
「お帰りなさい、マスター」
「ニック兄おかえり〜」
「あぁ、ただいま」
よいしょ、とビールを床に置く。
「あのさ、ニック兄これ」
出てきた封筒を渡す。
「なんだこれは?」
「え、え〜と片付けてたら出て来たんだけど……」
言っている間に兄は片腕で器用に中身を取り出す。
「おっ!でかしたぞアーシェンス、これでもう少しましになるな」
うんうん、とニック兄はCD-ROM片手に一人で納得して私の頭をなでてくれる。
「ねぇ、そのCD-ROMってなにが入ってるの?」
「射撃管制プログラムだ」
「この人の?」
写真の端に映っている用兵派遣組織の戦闘服を着た黒髪のおじさんを指差した。
理由は彼の真後ろにあるAGが狙撃砲を持っていたから。
「いや、違うさ、そいつじゃなくてこっちのおっさんだ」
ニック兄が指差したのは中央の大柄なおじさん。
「どんな方なのですか?」
「見た目どおりの豪快な人だったよ、俺達の隊長で部隊の中じゃ一番操縦が上手かった。確か趣味で絵を描いていたな、一度見せてもらったけどあれは別人が書いたんじゃないかと思うほどだった。奥さんと娘さんが二人いたはずだけど本人はあっちだ」
そう言って指を上に向ける。
「上層部に昇進したのですか?」
ニック兄は左右に首を振る。
「死んじゃったんだね」
「まぁな」
「この人達のお話をしてもらえませんか?」
「あ、私も聞きたい」
今聞かなければ兄の昔の話をもう聞く機会が無いように思えた。
理屈も何も無いけどそんな気がした。
「そうだな、これが出てきたのもなんかの廻り合わせだろうからな、手洗ってこい、長くなるだろうから茶でも飲みながらにしよう」
二人が手を洗いイスにつくのとカンパンと紅茶がテーブルに出されるのはほぼ同時だった。
そして紅茶の香りに包まれながら時はさかのぼる。
13年前のワルシャワシェルターへ