クッキングオフ

作・じおん残党

 

 

 かつて生命に満ち溢れていたこの場所は今は死の世界とでも呼べばいいのだろうか・・・

核の冬は終わりに近づいているという観測データがあるが、

そんな物が信用できないほど雲は厚く、雪は途切れることなく降積もっていく・・・

もし、日の光がふりそそいでいればここは白銀の世界だろう。

だが、今は雪も雲も同じ、くすんだ灰色・・・

天と地の境界はあいまいで、ふとすると色のない夢のようだ・・・

ひどく現実味が無い・・・

そしてもう何年もの間、日に暖められることが無かったため、気温は防寒具なしでは凍え死んでしまう程下がっている。

先の大戦による大破壊のため人類はシェルターとその周辺という限られた空間で生きていた。

 

そしてこれからも・・・

 

 汗と油とかすかなオゾン臭の混じったAG特有の臭い

灰色の世界の中に父のAGと母と妹が乗った雪上車が周囲を警戒しながら進んでいるのを確認する。

少年は、またか・・・と思った。

この後何が起こるかそしてその結果どうなるか少年は知っていた。

知っているが見ていること以外何もできなかった。

 

 ヘリから発射されたミサイルが空気を切り裂き飛来し父のAGを直撃、四散させる。

それが戦闘開始の合図

ロックオン警告が鳴り響く!

咄嗟に跳躍すると数瞬前まで立っていた場所にミサイルが小さなクレーターを作る。

「くそっ!」思わず声が漏れる。

空中で急制動をかけながら接近してきた戦闘ヘリにマシンガンを叩き込もうとするが、眼下に雪上車を狙うAGを発見する。

 

 AG、アーマード・ギアと呼ばれるこの二足歩行兵器は人が「乗り込む」と言うより「着る」もしくは「潜り込む」と言った方がしっくりくる

かつては歩兵の装甲服だったらしいがどんどん強化、量産され今では戦車やミサイル並にポピュラーな兵器になっている

安い値段、有り余るコストパフォーマンス、汎用性の高さ、そして強力な武装

 

 

 眼下のAGは雪上車の死角に入り込んでいるため母は気づかない、目標をAGに変更しトリガーを絞る

小さい射撃音と共にオレンジの火線が敵AGを貫き破壊する。

AGを攻撃している隙にヘリは雪上車にすばやく接近し機首のガトリング砲の砲身を回転させ始める。

 

次の瞬間

 

母が対空ミサイルを持って飛び降り発射しヘリが射撃を開始

30mm弾の雨が母の体をズタズタに引き裂き、必殺のミサイルがヘリを撃墜する。

防護服に包まれた妹が呆然と立ち尽くしている。

 

 青年は着地の姿勢のまま呆然とその惨状を見つめる事しかできなかった

そして思う。

 

この妹さえ居なければ父も母も死なずにすんだのではないか

この血のつながらない妹さえ居なければ、故郷のワルシャワシェルターから逃げ出さなくてもよかったのではないか

 

全てこの妹のせいだ!

 

 突然のロックオン警告で思考を中断して左に飛ぶ

衝撃、だが着地の衝撃ではない。着弾の衝撃だ

AGの右腕が自分の腕ごと吹き飛ばされた事に気づくまで数瞬の時間がかかった。

そして・・・

 

 

 そして喧しい目覚まし時計の音で、やっとこの悪夢から覚めることができた。

 

 

第10階層 居住区画

 

 またあの夢か・・・頭を振りながら一言呟くがすぐさま心の中で否定する。

いや夢じゃない8年前確かに起こった事実だ。

中背で、寝癖のついたくすんだブラウン色の髪、その髪と同じ色の細い瞳、顔は整っている方だがそれより、何も入っていないスカスカの右袖に眼が行く。

青年、ニック・グリーレには右腕が無かった。

8年前の出来事で「故郷」と「両親」と「右腕」を無くしてしまっていた。

 あの後、何とか追手を倒したがその後は失血のため意識が朦朧としてしまいよく覚えていない。ライプチヒシェルターの兵士に保護され色々と尋問された後、亡命扱いで移住許可がでた事は確かだが・・・

けたたましい目覚し時計の騒音が隣の妹の部屋から聞こえてくる。

さて、今日も真面目に働くとするか。

 

 

 

 少女は眠っていた。

長い金髪をポニーテールに結っていて美人と言うよりはむしろ可愛らしいと形容するほうが良い顔立ちだが作業着のままで頬に油汚れを付けっぱなしにしている姿は「上品」とか「可憐」と言うような物とは無縁の姿だ。しかも、恐らくお気に入りなのであろうクマのぬいぐるみにヘッドロックをきめながら至福の表情で寝息を立てている姿は異様な光景で。その回りには多数の目覚し時計が力尽きて騒音のアンサンブルを止めて転がっている。

目覚し時計の波状攻撃もどこ吹く風

ただの死体・・・・

いや、かなり異常な死体のように眠っていた。

 

「20個でも効果無しか・・・・我が妹ながら恐ろしいな・・・・」

その死体を眺めつつニックは妹を起こすための魔法の呪文を唱える。

「アーシェンス、メシ抜き」

ガバッ!

「おはようございますお兄様本日は大変いいお天気でついつい惰眠をむさぼってしまいましたが昨日の夕飯も抜きだったのでどうか朝御飯抜きだけはご勘弁をおお神の御慈悲を」

「食べたいんなら顔洗って来い」

「ハイ!」

ドタバタとやかましい音を立てながら洗面所にかけこむ妹を見送り、ため息を一つついてからリビングに戻り朝食の準備をする。

メニューはトーストとサラダそれに紅茶といういつも通りの品をバシャバシャと激しい水音を聞きながら二人分並べる。

それがすむと予想通り袖と胸の辺りをビショビショに濡らした妹が席に付く。

「いっただっきま〜す♪」

パクパク モグモグ ゴクゴク 朝食はわずか3秒ほどで胃袋に消えていき。

「おかわり♪」

小動物のように目をクリクリキラキラさせながら元気よく叫ぶが

「無い」

兄の即答に絶句し時が止まる

「我がグリーレ家の財政状況は知っているだろう、何処かの誰かさんがAGをぶっ壊すし おまけに報酬を断って帰って来たりするから節約しないと行けないんだぞ。」

「ぶ〜〜ニック兄のケチ〜」

「おうおうケチで結構、今の状態じゃあケチでないと食っていけないからな。」

「じゃあ・・・それちょうだい」

アーシェンスの手がすばやく兄のパンを奪い取り自分の口に突っ込む。

「ア〜シェンス〜」

こうなったら厳罰を与えるしかない

「ムグムグ?」

「お前、昼メシ抜き」

「ムーーーーーーー」

死刑宣告は無情にもなされた。

こうしてこの朝食が二人での最後の食事になるとは夢にも思わぬまま

時が穏やかに、しかし確実に一定のリズムで過ぎ去って行く。

 

 

2日前、第1階層ライプチヒシェルター管理評議会議長室

 

「・・・・・以上が今期の収支決算報告です。」

莫大な、火をつけて燃やしてしまいたくなるほどの報告書をやっと読み終えた。

この部屋に来てもう十五分以上になるだろうか、その間中読み続けていたので喉はカラカラだし何より徹夜で完成させたため眠くて仕方がなかった。しかし後は目の前の上司にサインをもらえばふかふかのベッドに飛び込んで大好きなビールにありつける。そう思うと自然に笑みがこぼれた。

「レンティールくん?ずいぶん楽しそうだね。」

今話しかけてきたのがこの部屋の主、フィクサー代理

代理となっているけど代表は留守中のことをすべて任せているみたいだから実質このシェルターのボス。「まぁ政治家なんて脂ぎった中年親父かよぼよぼのじいさん」というような定説を見事に覆す存在で、年は二十代後半で背が高くスタイル抜群おまけに顔も良い。

と、ここまで言うとすばらしい人に聞こえるがそれらを全部台無しにするほど性格は死亡している。

無論、性格がいい人間は政治家になんかなれないから当然といえば当然だが・・・

「聞いているのかね?」

「え、はいもちろんですよ、何が楽しいのかと言う話ですよね。」

「いや、まあそうだが、そんなことはどうでもいい・・・報告書をくれ。」

ハイと手渡すときれいな字でサインが書かれた。

よっしゃーこれでビール!!!

思わずガッツポーズ

「ところでレンティールくんのどが渇いているようだね、そこの冷蔵庫にビールでよければ入っているがどうかね?」

「え、いただけるんですか?ありがとうございます。いやぁーそれでは遠慮なく」

プシュッ! ゴクッ ゴクッ プッハー

「うまい!いや〜仕事の後の酒はうまいっすねー」

私の最高の笑顔と対照的に今までニコニコしながらこっちを見ていた代理が急にまじめな顔をして抑揚のない声で

「そうかおいしいかそれはよかった、だが職務中の飲酒は職務規定違反だな本来は減俸ものだが私がこれから頼む仕事を引き受けてくれれば見なかったことにしよう、どうかな?」

「そ、そんな〜ひどいですよ!はめましたね!」

「君が勝手にはまったのではないかね、先のような場合『自分は職務中なので結構です』と断ればいいのではないかな?」

「自分から勧めておいてその言いぐさですか!!」

「そんなに怒鳴らなくてもちゃんと聞こえているよ。で、どうするんだね?」

もはや選択の余地が無いので「やりますよ」と答えると満足そうに説明を始める。

仕事の内容は破棄された兵器工場を何者かが占拠しているから捕まえて来いとの事、元ボルン、しかもLv7の私にかかれば何と言うことは無い簡単な仕事だがめんどくさい事この上ない。

何人いるかもわからないし資料を見た限りではその兵器工場のある区画は20年も前に閉鎖されている。つまり一区画丸々をすみからすみまで探さなくてはならない・・・

やめたい。なんとか難癖つけてやめたい。

「代理、率直な意見を申し上げるとですね、私一人じゃ物理的に無理です。と言うわけでですねこの話は無かったことに・・・」

「ならんよ。」

即答される

「いやそこを何とかなりませんかね〜」

「一人なら無理だと言うのなら何人ぐらい必要かね?」

いや人数の問題じゃないんだけど、と内心思いつつ少々考えて

「そうですねぇ探し回るだけなら、並の腕で10人以上、私と同程度の腕があれば3,4人ですね。あと相手が抵抗するようならプラス三割り増しってとこだと思います。」

「そうか、では私の方で人員と装備を手配しておくから君は5時間で十分な睡眠と食事をとっておきたまえ。ブリーフィングは2200時から始めるから遅れないように。以上だ。」

「了解しました。」

敬礼をして部屋を出る。

まったく今日はついてない、ぼやいたところでどうにもならないので自宅のふかふかベッドではなく仮眠室の硬いベッドに向かってズルズルと行軍する。

はぁ〜まったくもってついてない。

 

第3階層 軍施設区画 作戦会議室

 

仮眠室の硬いベッドから出て会議室に着くともうすでに全員そろっていた。

「作戦を説明する。」

フィクサー代理がめがねをクイっと掛け直す。

結構広い部屋だがそこにいるのは私を含め戦闘服に身を包んだ兵士がわずか7人と代理だけ。

「諸君らはこれより第15階層閉鎖工業区画の不法占拠者を捕縛してもらう、捕縛が困難、不可能な場合は排除してかまわない。閉鎖区画には現在も稼動可能な兵器プラントが残っている、自立型防衛兵器との交戦も考えられるため諸君らには装甲車並びにAGの使用及び独断での軽・重火器類の発砲を許可する。」

作戦会議室にどよめきがおこる。

独断での発砲許可、すなわち交戦は必ず起きる。

「現地の詳細データは後ほど各機へ転送する。この作戦は非公式で行なうため作戦指令書は読後すみやかに処理、この作戦の一切に関して緘口令を布く。」

「何か質問は?」

代理が全員の顔を順番に見る。そして最後に私の顔を見て

「では、隊長のレンティール少尉、皆に言っておくことは有るかね?」

質問の形式をとっていたが皆の士気を上げる事を言えというのは明らかだ。

ここでシェルターのためとか正義のためだとか言うつもりはさらさら無い。

「それでは一言だけ、祝勝会の途中で戦線離脱したらそいつのおごりだからね!」

会議室に笑い声が溢れる。

フィクサー代理にこの雰囲気は作れないだろう、いや、作れないからこそ私に言わせたのかもしれない、まぁそんなことはどうでもいい。

前線の兵士は笑えなくなった者から死んでいくのだ。

「それでは私は祝勝会の店を手配しておこう。」

満足そうな笑みを浮かべながら代理が部屋から出て行く。

そのあと簡単に確認作業をしてすぐに出撃する。

あとは私たちの仕事だ。

 

 

第15階層 封鎖工業区画

 

暗い部屋の中、多数のディスプレイの光がその部屋の住人たちを照らし出している。

「それでは頼みましたよ。Drウォルト。」

ダークブルーのスーツにサングラスの若者が白髪に白衣の老人に声をかけながら一礼して去っていく。

「ふん!フォーレスの犬め!」

憎悪の塊を吐き出し、そして突然笑い出し・・・・むせる。

「まぁいいわいロートフリューゲルは完成したしドライの調整も終わった事だしのぉ。被験体の回収ぐらいすぐにやってやるわい、そうすれば私もラボに戻れるわ。ぐふふふふふふ。」

再び笑い出す。

「・・・・・あの・・・・・マスター・・・私の翼を・・・・私の翼を返してください。」

白いワンピースを着た10代前半ぐらいの黒髪の少女が老人にびくつきながらも懸命に訴える。

「うん?ドライか、何度言えばわかるんじゃロートフリューゲルはわしの物じゃ使いたければ私の命令に従うんじゃ、もし聞かなければお前から翼を永遠に取り上げるからな。わかったか?」

「・・・・・わかりましたマスター」

「ぐふふふふふ、いい子だ。」

老人が無造作に少女の頭をくしゃくしゃとなでる。

少女は一切の抵抗をしなかったが瞳は死人のようだった。

 

 

第10階層 居住区画

 

「話にならない。」

隻腕の青年、ニック・グリーレは苛立ちを隠すことなく依頼者に言い放った。

シェルター管理者の使いと名乗る男が店を訪れたのは半時ほど前、アーシェンスとの交渉の末に昼飯を与える代わりに部屋の掃除をさせ始めたころだった。

妹に掃除を任せ客の応対に当たったのだがこれが話にならない依頼だった。

なんでも大至急14階層の工場に来てほしいというのだ、しかもAGに乗って。

何をするのかの説明は一切できないらしい。そのくせ報酬はバカ高い。確かに我が家の経済状況を一変する様な儲け話には違いないが話が旨すぎる。

「わかりましたそれでは今上のほうに連絡を取ります。」

「その必要は無いよ。その依頼引き受けるから!」

突然妹が出てきた。

「そうですか。ありがとうございます。それではこことここにサインをお願いします。」

「うん、いいよ!」

「待て待て待て!お前はバカか?書類を読みもしないでサインしようとするな、ってそうじゃなくて怪しすぎるだろ!この依頼は!」

「いいよ、いいよニック兄は留守番してなよ〜私だけで行くから、それなら問題ないでしょ!OKOK!全然OK!」

「お・お・あ・り・だ!」

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーーーー」

「やかましい!いい加減にしろ!」ダン!とテーブルをたたく。

と同時にピピピ、ピピピ、ピピピと管理者の使いの携帯端末が鳴る。

ちょっと失礼、となにやら話し始め。

端末を突き出してくる。

どうやら本当の依頼主が話してくれるらしい。そう思い端末を受け取る。

「フィクサーだ、久しぶりだね、ニックグリーレ君。」

思わず端末を投げ捨てそうになるが理性で踏みとどまる。

「緊急以外では俺たちを使わないという約束だが?」

「その緊急事態なのだよ、遺憾ながらね。少々時間が無くてね、すぐに動いてくれるなら提示した額を払うが動かないのであれば妹さんを・・・・・だ。で、引き受けるかどうか即答で頼むよ。さっきも言ったが時間が惜しいのでね。」

「わかった。すぐに向かう。」

「それでは頼んだよ。」

「アーシェンス仕事だ、すぐに準備しろ。」

それだけ言い残し端末を持ち主に投げつけ戦闘服を取りに自室にもどる。

フィクサーが『契約』を持ち出してきた・・・・いったい何が起きている・・・・

 

 

第15階層 閉鎖工業区画

 

丸一日ほど区画内を探索したが不法侵入者のふの字も見つけることができなかった。

だが確かに誰かいる。

工場のラインはきれいに整備されていたし、つい最近付いたような傷も見つけることができた。

大体の場所の見当が付いた。旧フォーレス社のプラントが怪しい。

 

そして唐突に赤いAGが舞い降りた。

考えられない機動性だった。AGはすでに半数の3機がやられた。何とか装甲車を後方に下げる時間は稼いだがどうしたものか。

「こちらチャーリー3、少尉!敵さん気づいたみたいですよ!」

「レンティールより各機へ、後退するぞ!出直しだ!」

隠れていた建物からユニオン社製AG『アント』が3機一斉に飛び出す。

そこに真っ赤なAGが攻撃を仕掛けてくる。

速い!

応戦するがまったく当たらない。

「射撃補正にバグは?」

<アリマセン>

BADの無機質な合成音声が返ってくる。

<ホセイゲンカイヲコエテイマス>

「だろうね。残弾は?」

<ATMザンダン0バズーカザンダン0ライフルザンダン48>

「最悪ね、っと危ない危ない。あいつデータを記録できるだけして!」

<スデニシテイマス>

「そりゃどうも」

なんとかこのデータだけでも持って帰らないと手ぶらじゃさすがに帰れないわね。

「こちらチャーリー3、脚部に被弾!機体を破棄する。」

「了解!気をつけて。」

「御武運を!」

僚機から脱出するパイロットを見守るまもなく赤いAGがせまってくる。

すでに勝敗は決していた。6機のシェルター軍正式採用AG『アント』に対して不法占拠者は数十機の自立型防衛兵器『タートル』と1機のAGを投入してきた。

歩兵にとってタートルは厄介な相手だがAGにとっては物の数ではない。

しかしあの赤いAGは驚異的だった。

あっという間に接近され3機のAGを撃破された。パイロットの生存は絶望的だ。

「来ます!ビルの上!」

残りは自機を含めて2機。投降はできそうに無いか・・・・・

脳裏に絶望がよぎる。

「ここで終わるか・・・でも最後まであがかせてもらわないと気がすまないわね!」

<ソウデスヨ、アキラメタラマケマス>

「ありがと、なら無理するわよ!マーカス!」

BADのニックネームを叫びながらトリガーを引き狙撃砲を脇のビル壁面に叩き込み穴を開けビル内に滑り込む。

反転して入ってきた穴に向けて射撃、射撃、射撃。

オレンジの火線が穴に吸い込まれるように飛んでいくが手ごたえは無い。

さすがにそこまでバカじゃないか。つぶやくと警告が鳴る。

反対側の壁を突き破り赤いAGが姿を現した。

あ〜もう!接近戦は得意じゃないのに!

心の中でなげいてみるがそれで何も改善しないのは自分でもわかっていた。

急いでビルから脱出しそのまま一目散に逃げる。

はてしなくかっこ悪いがそれ以外生き残るすべを見出せなかった。

「こちらブラボー1、隊長聞こえますか?」

装甲車からの通信だ。

「聞こえている!何?できれば手短に!今とり込み中だから!」

「階層間移動エレベータに向かってください。増援が来ます。」

ずいぶん冷静な声に少し落ち着きを取り戻す。

「了解!いけるよう努力するわ!」

「幸運を!」

<サイタンキョリデマシタ>

よし!まだ死に神にはお世話にならなくてすみそうだ。

 

 

第14階層 階層間移動エレベータ

 

「フィクサー話を聞こう何が起きている?何をすればいい?」

戦闘服姿のニックがAGのチェックをしながらたずねる。

「下の階層にいる赤いAGを撃破してほしい。その後の処理はこちらが行なう。」

これが資料だとレンティール達が交戦したときのデータの一部が渡される。

ざっと目を通し妹に渡す。

戦闘時の動画を見ながら妹が何かに気づいたようだ。

「何だろ?この動き?なんか変だよね?」

「背部のスラスターの負荷が大きすぎるんだ。なんだってAGにスラスターを付けてるんだろうな?まぁ運動性は上がるが・・・バッテリーがすぐ上がるぞ。」

「なんか翼みたいだね。」

「そうだな、まぁ赤いしスラスターが大きいからな、見つけるのは楽だろ。」

多少楽観的な感想をもらすがふと思い出す。

「『アント』が2機残っているんだな。それはどうするんだ?」

「両機ともエレベータに向かっている、こちらで救助するから君たちには関係ない。」

多少冷たいやり取りだが例のAGのことを考えると面倒事は最小限に抑えたい。

「あとエレベータホールにそのAGを置いといてほしい。」

エレベータの上に無人で置かれたAGはニックやアーシェンスのAGよりふた周りほど大きい。

重装甲重火力AG「バスタービー」両肩と両脚にミサイルポット手にはバズーカとレールガン、装甲は弾のエネルギーを逃がしやすくするため傾斜がつけられている。なんというか物凄くごついAGである。

「下にいる『アント』はバッテリーが切れる、その代わりだ。」

「了解した、置いておく。アーシェンス、行くぞ!」

「は〜い」

妹は買い物にでも行くような気楽さで返事をして兄のAGについて行き。

3機のAGを乗せたエレベータがギシギシと音を立てながらゆっくりと沈んでいく。

 

フィクサーはシェルター軍の兵士と共に見送ることしかできない。自分はいつも指示を出すだけ、実際に行動するのは自分ではない。いつもの事だ、このひどい罪の意識はいつも感じているものだ。「その罪悪感を忘れない限り私はあなたの下で働きます。」確か彼女を引き抜いたときに言われた言葉だったか、不意に思い出し苦笑する。

「君は私の言葉を覚えているのかな。レンティール。」

言葉は風にのり思いを伝える。

しかし答えるものはここにはいない。

 

 

第15階層 エレベータホール

 

レンティールは途方にくれた。

増援がいると思ってきたのだが・・・・・・

エレベータも通信を入れてきた装甲車も増援も無い。

「いや〜まいったな〜こりゃ。」

バッテリーが切れガラクタになったアントを眺めながら額をペシ!と叩く。

片手にはアントから抜き取られたBADを持ちながらあっちに行ったりこっちに来たり動物園の獣状態だ。

「敵さんもバッテリー切れかな?」

きっとそうだろう結構な時間逃げ回っていたのだし何よりあの機体は燃費がすこぶる悪そうだったし。

もしかして早く来すぎたかな?

ブラボー1、確かマーシェルとかいう軍曹も「いる」ではなく「来る」と行っていたっけ。

しかし薄情なやつだな、上に逃げるのにエレベータが必要なのに乗って行っちゃうなんて。祝勝会で絶対つぶす!とくだらない決意に浸っているとエレベータが下りてくる金属音がした。

 

エレベータ内の光景はレンティールが予想していたものとかなり違っていた。

アントがその名の通りエレベータから溢れんばかりにうじゃうじゃといる光景を想像していたのだが・・・・・・

実際はたった3機のAGしかいない。

1機は接近戦特化型のAGだ、左腕が不自然に膨らんでいるのは何か仕込み武器でも入っているのだろう、もう1機は形状から判断してレーダー類の強化がされている、電子戦機だろうか?

この2機は見覚えが無い機体、シェルター軍では使っていないタイプの機体だ。

そしてもう1機。

「私のバスター!」

叫ぶと同時に走り出していた。

 

エレベータが着くと赤髪の女性兵士がいきなり『バスタービー』に向けて走り出した。

不法占拠者かと思ったが女性の顔は間違いなくフィクサーから見せられた『アント』のパイロットの一人だ。

「そこの兵士あれが使えるか?」

『バスタービー』を指差して聞く。

「あれは私のAGだ!使えるに決まっている!」

なれた動作でBADを取り付けAGに乗り込んでいく、無駄が無い。

起動するのを見計らって通信を入れる

「あんた確か隊長さんだろ?俺たちが増援だ」

「ボルンか?」

「いや“何でも屋”だ、俺はニックあっちのデカ頭がアーシェンスだ」

「私はレンティール、階級は今の所少尉だ」

「OK!じゃあよろしく頼むぜレンティール少尉殿」

自己紹介が終わったところで妹から通信が入る

「ニック兄!見つけたよ!5ブロック先の倉庫にいる、あとデカ頭じゃなくて『雷花』だっていつも言ってるでしょ!」

別にAGの名前なんかどうでもいいだろうと思うがこだわりがあるらしいので適当に謝っておく。ちなみに俺の機体の事を妹は『舞花』と勝手に呼んでいる、まぁ本当にどうでもいいことだが・・・・

「あ、レンティールさんサポートは任せてくださいね。バッテリー、武器、弾薬、情報なんでもありますから」

「そんなに積んでいて戦えるのか?」

あきれたような返答に妹に代わって答える。

「無理だ。相手の機動性が高すぎるから雷花は戦力外だ。それにもとは支援機だからな、戦闘力は最初から極小だ、俺が切り込むから妹の援護を頼む」

「了解した、で勝算は?」

「もっちろん100%だよ!ニック兄が負けるわけ無いもん♪」

「そりゃどうも、二人とも援護頼むぞ」

機体を倉庫に向けながら一気に集中力を高める、これから命のやり取りを行なう、掛ける物は自分達の命、奪う物は他人の命、得る物はしばらく二人が暮らせるだけの金。

正気の沙汰じゃない。

もう何度も言われてきたが・・・・それでも、やめるわけにはいかない。

「意図的に作られた人間」の使命だからだ。

それでもいつかは・・・・・

 

<モクヒョウカクニン>

「・・・・・まだ・・・・いたの?」

<3キイマス>

真紅の機体の中に少女の声とBADの合成音声が響く。

「・・・・・戦わなくちゃ・・・ダメだよね・・・・」

<タタカワナイモノハ、シヌダケデス>

「・・・・・死んだら飛べるかな?」

<ソノシツモンハ、リカイデキマセン>

「・・・・・そうだよね・・・ごめんね」

<イイエ、モンダイアリマセン>

「・・・・・あと何機壊せば自由に飛べるかな?」

<モクヒョウニホソクサレマシタ>

「・・・・・・・・・」

<セントウシステムキドウシマシタ>

「・・・・・・・・・うん」

<スラスターノシヨウジカン・・・・ノコリ135ビョウデス>

「・・・・・じゃあ、あと少し飛べるね」

<センジュツプログラムキドウシマス>

「・・・・・起動許可」

 

黒髪の少女は戦う。

自らの翼を守るために。

与えられた真紅の翼を使い続けるために。

戦うことは飛ぶ事への唯一の方法だと信じて。

そして、いつの日か自由に飛べると信じて戦う。

決して自分の物にはならない、与えられたかりそめの翼で・・・・・

 

 

「出てきたか」

あと200mほどで倉庫というところで敵機が飛び出してきた。

「気をつけろ!めちゃくちゃな速さで来るぞ!」

アーシェンスはすでに遮蔽物の陰に身を潜めていて、レンティールも射撃体勢をとっている。

恐らく長期戦にはならないだろう。

時間がたてばたつほど不利になるのは燃費の悪いほうだ。

自分があの機体に乗っているとしたならエネルギーがなくなる前に決着をつける。

でなければ補給に戻るか・・・・・

さすがに補給に戻られるのはまずい・・・・・

となれば今倒すしかないか。

いや、無論最初からそのつもりだったな。

 

「射撃開始」

BADに命令を出す。

右腕に装備したマシンガンが赤いAGの脚部を狙い連射される。

命中弾は無い。

高速で吐き出された弾丸がコンクリートの壁面をはじけさせる。

<ザンダン0デス>

「ちっ」

連射性と軽量性を重視したマシンガンはすぐに弾が尽きる。

マガジンを取り替えるがその隙に猛攻を受けたため慌てて建物の影に入り込む。

<ショダン・・・・・ソウテンカンリョウ>

あとはタイミングが重要だ。

「アーシェンス!目標の動きは!?」

「バスタービーと撃ち合いしてるよ」

間髪いれずに返答がくる。

「わかった、絶対見失うな!」

相手の後方に回り込むために迂回しながら移動する。

その間もバスタービーの派手な砲撃音が何度も何度もおきる。

自分でも分かるぐらいに興奮している。

いや楽しんでいると言った方がいいかもしれない。

そう感じるように作られているのだ。

「よし、回り込んだ」

ビルの陰から頭部だけ出して確認する。

大丈夫だ、気づかれていない。

今すぐにでも飛び出したい衝動を押さえ込みゆっくり5つ数える。

その間にも流れ弾が至近距離で炸裂し機体を揺らす。

今だ。

「射撃開始!補整を解除!ばら撒け!」

<ホセイカイジョ>

フルオートで通り全体に銃弾をばら撒くとスラスターの1つに命中し爆砕する。

バランスを崩しつつも目標のAGはまだ動いている。

だがもうこれで飛べなくなったし機動性も落ちただろう。

あとはパイロットが降伏すればいいが・・・・・

 

「ニック兄!後ろ!!」

妹の叫び声を聞いて後ろを振り返るとタートルが6体、背中のガトリング砲を乱射しながら接近してきていた。

「くそ」

マシンガンを発射するが残弾が少なかったため半分を倒したところで弾が尽きる。

その場でマガジン交換をしたいが射撃を受けながらでは不可能だ、再び脇道に入る。

「アーシェンス!レンティール!赤が逃げるぞ!!」

この隙に戻られると厄介だ・・・

「お兄ちゃん!まだ飛べるみたい」

思ったより硬い。

パイロットを確保して色々と喋ってもらうつもりだったが甘かったか・・・

「すぐ行く、見失うなよ」

<ヒダン13ソンショウリツ20%システムイジョウナシ>

機体状況を報告させながら残弾を確認する。

マガジンはあと3つか・・・

あとは格闘戦しかないか。

初弾を装填

射撃

残りのタートルを撃破しながら戦術を立て直す。

「もう少しねばってくれ」

とりあえず時間が必要だ。

 

「もう少しねばってくれ」

まったく無茶言ってくれる。

機動力の無い2機であんな無茶苦茶な機動をするやつ相手にねばれだなんて。

面白すぎてたまらないんだけど・・・

「アーシェンスちゃんだっけ?なにかバスターが使えるような武器あるの?」

もうこっちは弾切れだ。

残っているのはカノン系の武器だけどこれを当てる自身はちょっと無い。

「え〜とね、はいこれでいいですか?」

ごとりと音を立てて地面に置かれたブツを見て気が遠くなりそうになった。

鈍い鉛色のぶっとい銃身が6本束ねられた両手持ち腕部吊り下げ式の金属塊にライフル弾並みに長くやはり銃身と同じくぶっとい銃弾を連ねた長〜い弾帯が繋がっている。

「『FWG−MG−136』フォーレス社製50oガトリング砲『フォグ』!!!!」

間違いない。

全高13mを超える超大型AGを制作する時に専用武器として作られた凶器、いや狂器だ。

確か世に5本ほど出回っていると聞いていたが・・・

「あれ?レンティールさんお気に召しませんか?」

「いや〜今日は良い日だ、面白すぎて涙が出そうだ。あんたの兄貴には悪いけどあの機体私がしとめさせてもらうよ。ハハハハハハハハハ」

このガトリングなら装甲なんか紙同然だ。

連射速度は知らないが私の腕なら弾切れまでに当てれるだろう。

フォグを装備しながらおもわず笑みがこぼれる。

「射撃補正は・・・できるわけないか、もとより規格外だもんね」

右腕に吊り下げ左腕で支える、機体が右に傾くが左肩から弾帯を架けると丁度良い。

「あの〜レンティールさん早くしてください。私の機体では追っかけるのがやっとなんですから」

「よいしょ!さて試射もできないからぶっつけ本番で行きましょう」

最大戦速で移動

雷花がマーキングしているからすぐ場所は分かる

1本手前の道に入る。

元はデパートであったであろうビルの向こう側にやつがいる。

さてお楽しみの始まりだ

サーモグラフィーを起動やつの熱源反応をビル越しに捕らえる

銃身をゆっくりと合わせる

やつとの間にはビルがある。

でも私にとって、いや「フォグ」にとっては何もないに等しく、やつにとっては死角になる。

恐らく赤い機体のパイロットは何がおこったか分からないまま死ぬだろう。

まさかAGの装備でビルを貫通できるとは思うまい。

セイフティーをはずす

「ファイヤ!」

モーターの回転音の後、すさまじい反動と爆音が機体を振るわせる。

牛乳瓶ほどの大きさの弾丸がコンクリの壁を、商品陳列用の棚を、案内カウンターをまるでボール紙でできているかのように破壊し、突き破る。

しかし驚いたことにすんでの所でかわされた。

反動で跳ね上がる砲身を左手で押さえ込みながら敵機を追って右に左に砲身を移動させる。

思ったより連射性が良く反動も大きいためどうしても弾道が上にずれる。

「そこ!」

感で決めた未来位置に叩き込むがまたもやすんでのところでかわされる。

反動で上に流れた弾がビルの外壁を破壊し瓦礫の雨を降らせる

「ラッキー!」

外壁でスラスターがまた1つ壊れる。

止まっている今がチャンス

射撃をする

敵機のライフルに命中

爆砕する

あとは本体に止め

数初撃った後ふいに反動が無くなる。

「あ、弾切れ?」

マズイ不用意に接近しすぎた。

こっちには格闘戦用の武装なんか無いのに。

「レンティール機弾薬欠乏!後退する」

逃げるが勝ちだ!

勝てない勝負は逃げるに限る。

「え?え?ちょっとレンティールさん時間稼ぎはどうするんですか〜」

「アーシェンスちゃんあとは任せた!私の仕事は弾を撃つ事、だから私はもうダメ」

「わぁ〜ニック兄早くしてよ〜」

「もういい、時間稼ぎご苦労」

空から舞花が敵機に向かって落ちてくる。

まぁそりゃ上はAGの死角だけど・・・・

そんなビルの上から飛び降りたら死ぬよ。

2機のAGが衝突する直前ニック機が急減速する。

よく見ると左腕からワイヤーが出ていてそれにぶら下がりながら落ちてきたらしい。

脚部を敵機の上半身に絡め引き倒す。

すぐさま主要な間接部に左腕のワイヤーを巻きつけ動けなくする。

あざやかというか、あっという間だ。

ニック・グリーレが叫ぶ。

「降伏しろ!でなければ電流を流すかこのままバラバラにする!!」

電流はまずいだろ電流は、いや、まぁ、ワイヤーでバラバラも嫌だが・・・・・

3分待つが何の応答もない。

「殺したのか?」

衝突でかなりの衝撃が加わったはずだ、首が折れていても不思議ではない。

「さぁな、そればかりは何とも・・・アーシェンス、ちょっと見てくれ」

雷花がすぐそばまで来て中から金髪をポニーテールに結ったまだ少女と呼ぶような女の子が出てきた。

確かに声質や言動から幼いとは思っていたが・・・

まだ10代前半ではないか?

こんな子供と一緒に戦っていたとは・・・

複雑な気分だ。

慣れた手つきで強制解放レバーを引くと高圧縮の空気が漏れるプシューという音が響く。

「え〜とね〜気絶しているみたいだよ〜」

「分かった、レンティール少尉は周囲の警戒を頼む」

「と言われても武器がないんだわ」

「これを使ってくれ」

マシンガンを地面に置きワイヤーを戻し機体から右腕の無い青年が飛び出す。

はて?兄なのに髪の色が違うが・・・

ま、いろいろあるんだろうと勝手に思っておこう。

マシンガンを拾う。

どこにでもある「UWG-MG-S-250」『ホチキス』

古いが信頼性が高く、耐久力も抜群で、装弾不良も少ないと言う名品。

まぁあとは出てきても「タートル」程度だろうからこれで問題ないだろう。

 

 

第15階層旧フォーレス社兵器プラント

 

「くそ!くそ!くそー!!」

白髪の老人がコンソールを叩きながら声を荒げる

「どういうことだ!」

「なぜ私の最高傑作が負ける!!」

「あの出来損ないのアインとツヴァイ如きに!!」

「なぜだ!!」

頭をかきむしる。

とにかく逃げなければ。

データは収集済み

自爆用の爆薬はとうの昔からセット済み

脱出ルートは確保してある。

まてよ。

ニヤリと表情が緩む

ロートフリューゲルも自爆させてしまえばいい。

そうすれば邪魔者も役立たずも失敗作も皆消してしまえるではないか。

そうだそれがいい。

いや、むしろそうしなければならない。

ついでだ、残っている「タートル」も突っ込ませてしまえ。

「ハハハハハハハハハハハ!!」

薄暗い室内に老人のしわがれた笑い声だけが響く。

 

 

舞花から降りて赤いAGに近づく。

しばらく封鎖されていたためであろう、よどんだ空気が気持ち悪い。

妹が強制解放レバーで開けたハッチから中を覗きこむと妹より幼いであろう黒髪の女の子が額から血を流して気絶している。

出血は多そうに見えるが切った場所が額だから多く見えるだけで傷もそんなに深くない。

恐らくは機内パーツの破片にでもぶつけたのだろう。

パイロットスーツの襟をつかみ機外に引きずり出す。

妹より幼いと思ったが東洋人のようだからもしかしたら同じぐらいかもしれない。

それに嫌な予感がする。

「アーシェンス、応急処置をしてやれ」

赤いAGからデータを取るかと思いAGに向かおうとしたところ妹から声がかかる。

「ニック兄、この子も同じだよ、私たちと同じだよ」

やはりそうか、この年であの戦闘をしていたのだから予想はしていたが・・・・・・

少女の首に賭けられている認識タグを見るとただ“X-03”とだけ打ってある。

瞳を開けてみると光彩が異様に細かい・・・

人型生体兵器、特に人間により近いものの特徴だ。

自分の機体に戻りワイヤーを電話線に食い込ませ通信の準備をする。

「フィクサーだ」

冷徹な声が響く

「何でも屋だ、赤いAGを撃破、そのパイロットを確保した。パイロットは俺や妹と同じタイプの生体兵器だ」

「そうか、ではパイロットと生存者を連れてエレベータホールに戻ってくれ」

「パイロットはその後どうするんだ?」

「無論、情報を吐いてもらう。あとAGのパーツやBADが無事ならそれも持ってきて欲しい」

「BADと機体の残骸はそっちにくれてやる、だがパイロットはこちらがいただく」

「それは契約違反ではないかね?」

「どうもあの男が関わっている気がする、それならパイロットに聞きたい事は沢山ある」

「しかし我々シェルター側としても今回の事件について調査したいんだがね」

「パイロットは死亡したという事で調査すればいいだろう、契約には俺の復讐を邪魔しない事も含まれていたはずだが?」

「それは困るな」

「なら依頼料金の半額でパイロットを俺が買おう」

「そこまで肩入れする理由はなんだね?」

「あんたら人間様にはわからん事だ。これは製作者と制作物の問題だからな・・・」

「そうか・・・ならば好きにしてくれたまえ。レンティール少尉はそばにいるかね?」

「いや、今周囲の警戒を頼んでいる」

「ではとりあえずエレベータホールに戻ってくれたまえ」

「了解した」

ふ〜

相変わらずあいつと話すと感情が暴走しそうになる。

赤いAGからBADを抜き取り自分の機体に乗り込み帰還の準備をしていると短距離通信が入った。

「あ〜何でも屋聞こえるか〜弾切れだ」

弾切れということは交戦したのだろう。

「タートルか?数は?」

「よくわからないけど、うじゃうじゃ」

「わかった、エレベータホールまで後退するぞ」

「了解」

「は〜い、でもこの子はどうするの?」

俺の機体に2人は乗れない、バスターはでかいがスペースは無いだろう、となれば

「アーシェンスお前が乗せて行け」

「う〜い」

 

衝撃

 

突如なんの前触れも無く赤いAGが爆発した。

燃料に引火でもしたか?

それとも機密保持か・・・

「どうした!?今の爆発は!誰がやられた!」

「大丈夫だ誰もやられていない、敵機が爆発しただけだ」

「あ〜びっくりしたね〜」

「とにかく戻ろう、稼働時間もそろそろまずい」

戦闘を行った兵器プラント周辺からは所々煙が上がっている。

その煙に反応してスプリンクラーが作動し始めた。

雨にうたれながらエレベータホールに向かう。

タートルと2度交戦するが所詮相手ではない。

 

 

14階層エレベータホール

 

空調があまり効いていないようだ。

汗でずり落ちてきたメガネをかけ直す。

下へ向かわせた7人中3人死亡、2人が負傷した。やはり最初からニック・グリーレに依頼するべきだったか・・・

いや、探索には人数がどうしても必要だ。

つまらない言い訳をしてみたところで死人は戻らない。

わかっているつもりだがそう考えてしまうのが自分の弱さだな。

「エレベータ来ます!」

兵士の1人が大声を上げる。

配置していた兵士達の銃砲が一斉にエレベータを向く。

やがて金属のきしむ音と共に巨大なエレベータが3機のAGを載せてせり上がってくる。

各機のハッチが開きニック・グリーレとその妹、それに続いてレンティール少尉が出てこちらにくる。

「ご苦労だったねレンティール君」

「はぁ〜少しでもそう思っていらっしゃるのでしたら最初からバスターの使用許可を下さいよ。今回はさすがに死ぬかと思いましたよと言うか既に死人が出てますけどね」

「うむ、では次にこのような事があった場合はそうしよう」

「はぁ〜〜てことは次があるんですね・・・・・」

「取り込み中悪いが依頼料を払ってもらえるか?」

「あぁそうだな、そこのトランクケースだ勝手に持って行ってくれてかまわんよ」

「じゃあそうさせてもらう。それとできれば住民IDを1つもらいたい」

「あの子の分かね?」

言ってアーシェンス・グリーレのそばにいる黒髪の少女を指差す。

「そうだ」

「全く、君はいったい何人妹を増やすつもりだね」

「俺に聞くな、ウォルトとかいう腐れじじいに聞いてくれ」

顔に複雑な表情を浮かべながら冗談っぽく喋る生体兵器

ニック・グリーレにわずかな嫉妬を覚える。

「それもそうだな、IDは後日手配して送る」

「そうか、頼んだ。アーシェンス帰るぞ」

もう1人の生体兵器は元気よく答える。

数分後、トレーラーに2機のAGを載せてはるか上の階層に帰っていく3体の生体兵器を見送り撤収の指示を出し車に乗り込む。

助手席でパイロットスーツのまま豪快にいびきをかきながら幸せそうに眠っているレンティール少尉を起こさないよう運転手に声をかけ車がゆっくりと動き出す。

彼女が今回死ななかったのは運がよかったからなのかそれとも実力なのかそれは分からない、だが彼女が生きている事に喜びを感じるのは私の横暴だと思う。

それでも先代よりはマシか・・・・・・

後始末は2、3日で終わるだろう。

まぁそれはそれで忙しくなりそうだ。

 

 

翌日 第10階層 居住区画

 

問題だ

この問題の深刻さは並大抵じゃない

少し自分でも何を考えているのか分からなくなるほどだ。

食費が1.5倍になる事など考えてもいなかった。

確かに2人から3人になれば消費する量は1.5倍だ。

これは間違いない、小学生にだって解ける問題だ。

本当の問題は3人になったからといって収入が1.5倍になるとは限らない事だ。

今テーブルの上にはいつもと変わらぬメニューの朝食が3人分ならんでいる。

今までは2人分でたりたのだ。

俺の覚え違いでは断じてない。

そう、そして俺の覚え違いでなければ我が家の住人は昨日3人になった。

つまり至極簡単な言い方をすれば・・・・・

「食費が足りん!!」

「ふふひい!ふぃきふぁひ大声出さないでよ!」

「パンを食べながら喋るな」

妹の非難を一蹴する

「・・・あの・・・・・・マスター私のせいですか?」

「そうだな」

「あ〜ニック兄が責任逃れしてる〜」

「いやそう意味で言ったつもりじゃないんだがな、それよりマスターはやめてくれ」

「そうそう、それ絶対変だよ、ニック兄なんかに『マスター』なんて似合わないし」

「・・・・・そう・・・ですか?ではどう呼べばいいですか?」

「う゛、そう聞かれると困るわね〜」

「・・・お兄ちゃん?・・・お兄ちゃま?・・・あにぃ?・・・お兄たま?・・・お兄様?・・・兄上様?・・・にいさま?・・・アニキ?・・・兄くん?・・・兄君さま?・・・兄チャマ?・・・兄や?・・・」

目をパチパチしながら何の照れも無く淡々と候補を上げていく。

「アーシェンス、これはなんだ?」

ドライを指差して聞いた。

「間違いなく天然よ!しかもマニアックな天然!」

「おい、アーシェンス何とかしてくれ、精神崩壊で死にそうだ」

「う〜ん私としてはニック兄の反応が面白いからOK!」

「・・・にいさん?・・・おにいさん?・・・にいちゃん?・・・あにじゃ?・・・に〜に?・・・兄やん?・・・マスターは、どれがお好みですか?」

コクリと首をかしげる。

あのじじいこんな事まで覚えさせたのか・・・・・

「いや、なんかもうどれでもいい、ドライの好きにしてくれ」

「・・・・・・・はい、マスター」

ニコリと笑顔を作ろうとして失敗している。

まぁ昨日気がついてから翼がないと散々わめいていたからしょうがないか。

ドライなりに吹っ切ろうとしているのかもしれない・・・

なら俺がすることは無いかアーシェンスの時は大変だったがドライは強いな。

いや俺のすることもあるか、翼だけ用意してやろう。

残りの朝食を平らげ店を開ける。

さて3人分稼ぐとしますか。

今日も空には天井があり空気は新鮮とはいえないがこのシェルターで人々は生きているし我々も生きている。

そしてあのくそじじいもまだ生きている。

とにもかくにも稼がない事にはどうしようもない。

「さて今日も一日まじめに働くとしますかな」

 

 

第1階層ライプチヒシェルター管理評議会議長室

「しかし嫌な時期に代表になったものだね」

「皮肉か?」

「いや率直な気持ちさ。人口統制しても人は増えていく。力による粛清をすれば暴動やテロを起こされてシェルターの維持に関わる。何もしなければ自然と崩壊する。何処の誰だか知らないけ上手い方法だよ『戦争』とはね。まるで人権を無視しているけどね」

何処の誰だか見当はついているのだがね。

「どれもこれも最悪な選択肢ばかりだ」

「その中からまだマシなものを選ぶのが僕達の仕事じゃないか」

「だが、また人が死ぬ」

「ああ、でも仕方がない」

「雇用問題を解決するための軍隊、人口調整のために仕組まれた戦争、道化以外のなんでもないな」

「でも必要だ、我々人類が生き残るためにはね」

「本音か?」

「もちろんと言いたいところだけど・・・・」

「先の大戦で人類全員が死ぬべきだったのかもしれんな」

「シェルターがなければ全員死んでいたさ、それに本当にそう思うなら動力プラントを止めてしまえばいい」

「それができれほどの勇気があれば地上の開拓でもするさ」

「結局誰だって死にたくないんだ」

「できれば再生させたいんだがな、この世界を」

「調査を再開するかね?」

「可能なシェルターでは行っていただきたい」

「放射能レベルはかなり落ちていますから後は気温でしょう」

「ではそろそろ」

通信端末の電源を切ると沈黙が部屋を支配する。

 

 

地上は厚い雲に覆われている。

地下は厚い闇に覆われている。

それでも光は太陽から降り注いでいる。

ただ地表にほとんど到達しないだけ。

核や反物質で巻き上げられた粒子も重力には逆らえない。

いつの日かやがて地表に落ちてくる。

そしていつしか、この世界は再生する。

それはまだ先の事だが確定している。

今はまだ耐えるしかすべを知らない。

 

それでも人々は生き続ける。

望まぬ運命も受け入れる。

ただ耐え忍ぶ日常を暮らす

再生する世界を信じて