壊れたラルスが生きている世界

11話

 数日後。ラルスはお尻を撫でながら、よろよろと皆がいる居間へ入った。
「ううー。死ぬ……。」
 ラルスはソファにもたれかかった。トゥーリナが笑いながら肩を叩いてきたので、ラルスは大げさに嘆いて見せた。「ぐすん。」
「どうしたのよ?」
 ザンが不思議そうに聞いてきた。それを聞いたトゥーリナが爆笑する。ラルスは弟を睨みながら答えた。
「本当のお父さんに嫌ってほどお仕置きされたの。皆に迷惑をかけたからって……。ううー。痛すぎ。」
 シースヴァスが死んでから、お仕置きとはとんと無縁だったので、余計に辛い気がするのであった。
「ああー、そうなんだ。ってーことは、ギンライが正気に返ったわけね。最近は、正気でいられる期間が長いねー。手のかかる息子が二人もいれば、キシーユの幻と遊んでいる暇なんてないか。」
「俺はそんなに手なんてかけてない!」
 トゥーリナが憮然とする。
「あんたはそういうとこがガキだって言われんのよ。そこは笑って流しときゃいいのに。」
「そうかー……?」
 トゥーリナは考え込んだ。
「ねえ、えお。」
 トゥーリナの側から離れて、ラルスは武夫の側へ行き、彼を抱き上げた。お尻が痛くて座れないので、立ったままだ。
「う?」
「あの後、お父さんとは上手くいったの?」
「……。」
 武夫の表情が暗くなったので、ペテルが睨みつけてきた。暴れられても嫌なので、ラルスは武夫を彼の膝に乗せた。ペテルが嬉しそうに武夫を抱きしめた。
「ああー、悪魔の奴はあんたが怖くて逃げただけだから、すぐにルトーちゃんのところへ戻って来ちゃってさ。あいつ自身は武夫ちゃんを許すつーか、存在を認める気にはなったみたいだけど、悪魔の馬鹿が邪魔すんのよ。でも、ルトーちゃんの気持ちが変わったから、悪魔がいなくなるのも時間の問題だと思うわ。後は何かきっかけさえあれば、簡単に消えると思うね。」
「ふーん。」
「きっかけ……。お前と話してもああだし、楽観視は出来ないと思うが…。」
 シーネラルが言う。
「いや。ルトーちゃん自身の気持ちの整理はついたわけよ。後は悪魔がいなくなればいいの。悪魔もルトーちゃんにとりついても何も出来ないって、そろそろ気づく頃よ。少しの間でもルトーちゃんから離れたことで、あいつも冷静になったと思うの。自分は7年もとりついているのに、タルートリーは子供を殴る以外は何もしていないって。だから、後もう一声で、ルトーちゃんはあいつを追い出せるはず。
 悪魔もプライドが高いからさ、おいそれとは出て行けないんじゃないかな。でもきっかけがあれば、それを口実に出て行ける。」
「だったら、僕に食べられそうになって逃げた時に、そのまま離れていればいいじゃない。」
 ラルスの言葉にザンが呆れる。
「馬鹿ねえ。プライドが高いって言ったでしょ。あいつは悪魔の世界の王子様なのよ。立場的にはリトゥナと一緒。小さな国の王子じゃないの。悪魔界で一番偉い人の息子なの。しかも一番上。日本的に言えば長男よ、長男。責任は重いけど、代わりに色んな特典がある長男。今はそうでもないけど、家長制度があった頃なら安定した地位だったのよ。遺産だって山ほど貰えるしさー。ただ一番最初に生まれた男というだけで。
 ……話しがずれたわ。要するにさ、それだけ自分の地位に誇りを持ってるのよ、あの悪魔は。そんな人がだね、殺されそうになって逃げました、そのまま消えましょうって、そんな情けないことをするかっつーの。」
「……よく分かりました……。」
 ザンの気迫に押されて、ラルスは思わず丁寧語になってしまった。
「俺も良く分かった。確かにそうだ。……偉い立場にいるというのも面倒だ。」
 シーネラルが頷いた。
「きっかけか……。」
 いつの間にか、トゥーリナが側に来ていた。「俺がなんかしてやってもいいんだけどな。」
「でも、無理でしょ。」
 ザンが切り捨てるように言った。口だけの癖にとでも言いたげだ。
「はっきり言ったな。確かにそうだけどよ。……いやー、兄貴がえおを連れ去った時のペテルを見ればな。明らかにまだ無理だろ。」
 トゥーリナの言葉に、ザンはそれがあったかという顔になる。
「そうなのよねー。ペテル問題さえなければね。武夫ちゃんはお父さんと暮らせるんだけどなー……。」
「俺が悪いって言うわけ?」
 ペテルがむくれる。武夫がペテルを複雑な表情で見ている。
「人を殺さなかった。皆が思っているより、ペテルは回復していると思うけどな、僕は。」
 ターランもやってきた。「シーネラルさんが頑張ったけどさ、えおと会う前なら、あんなんじゃ済まないよ。僕、覚えてるから。」
「何をだ?」
 トゥーリナがターランを見る。
「君がペテルに殺されそうになった時のことだよ。ザン様の城でペテル警報が鳴ってさ、それなのに、君はそれが何なのかも気づかずにふらついてた。僕はあの時、君を庇ってペテルの攻撃を受けたからね。」
「あー、そうだったな。」
 トゥーリナが頭をかく。「……あの頃はザンとの力の差に絶望して、やけになってたんだったな。酒と女ばっかりで。ペテルが人なのかも分からなかった。」
「へーっ。トゥーリナ、あんたそんな荒んだ時期があったの?」
 ザンが目を輝かせる。
「嬉しそうだな、お前。……あの頃の俺は根拠もなしに、自分が一番だと思い込んでいてな。それなのにザンにあっさり負けてさ。打ち砕かれた俺は、ろくに仕事もせずに自堕落に生きてたんだよ。」
「百合恵はどうしたのよ?」
「あの頃はまだ結婚してない。というか、あの頃なら、百合恵はまだ子供だったはず。」
「えーっ!? 百合恵って実年齢60くらいじゃなかったっけ? その百合恵が子供の頃か……。あたしどころか、ママすら生まれてないかも。」
 ザンがトゥーリナの顔を眺めている。
「僕のことを馬鹿にしておいて、今更トゥーリナの歳に驚いているの?」
 ラルスは笑った。「君は、トゥーリナが約800歳だって、知っているんじゃなかった?」
「……そうなんだけどさ。800年なんて長すぎて実感がわかないのよ。」
 今度はザンがむくれた。



08年9月25日
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