魔法界 イーフテス

1 冷酷な村長

「能力のない者は要らないの。追放ね。」
 冷酷な顔の女王が、当然だと言わんばかりの顔で言った。いつかその日が来ると分かっていても、実際に来てしまうとは思っていなかった。わたしは目の前が真っ暗になった。
 魔法界に召喚されてから、頑張って魔法を学んだ。だが、わたしは魔法を使えるようにならず、国から追い出された。
 『自分の意志で残ったけど、能力があるからと召喚したのは、そっちなのに。』
 魔法界は、魔法使いを増やす為、能力がある人間を自動召喚していた。わたしもそれに引っかかった。本人の意志と関係なく呼びだされる為、揉めないように、元の世界に帰るか、ここに残って魔法使いになるか、意思を確認される。
 わたしは元の世界にあまり未練がなかったし、魔法使いになりたかったので残ったのだ。なのに……。
 身勝手さに腹が立つ。魔法の能力があると聞いて、箒に乗って自由に空を飛ぶ自分を想像して浮かれていたのに……。物を浮かせる魔法すら碌に出来ないまま、追い出されるなんて……。この世界に留まると決めると、人ではなくなってしまう。なので、もう日本に帰り、これは悪夢だったと割り切って、元の生活に戻る事も出来やしない。この世界で生きていくしかないのだ。


 国から追い出された人間に取れる選択肢は2つだ。1つは、郊外で一人で暮らす事。もう1つは、はみ出し者の村の住人になり、村民に見下されながら、避難住民のような生活をする事。
 わたしが追放された理由が、例えば犯罪を犯したとかで、魔法に関しては普通の能力であったのなら、1つ目の選択肢も視野に入れられるが……。RPGのように、人を見たら襲い掛かってくるモンスターのような魔獣が存在するこの世界で、魔法が碌に使えない人間が一人で生きていくのは、不可能に近い。食い殺されるのがオチだ。だから、能力のないわたしは死にたくなければ、村で乞食をやるしかないのだ。
 という事で、村に向かう事にした。村は国から近いとはいえ、魔獣に襲われる確率は0ではない。わたしは怯えながら、村への道を歩いた。
「この村って、本来は、規格外の能力の持ち主が来る場所なんだけどなぁ。何で、こう無能力者が来るんだろ。転移魔方陣が壊れてないか、確認してくれればいいのに。」
 無事に辿り着く事が出来たが、待っているのは明るい未来ではない。そんな重苦しい気持ちのまま、村長の家に入ったわたしに、村長の冷たい言葉が浴びせられた。
「わたしにそんな事を言われても……。」
「いちいち反論しなくていいよ。生意気な娘だね。」
 わたしの体が浮きあがった。何が起きたのか分からず、怯えていると、着ているワンピース型のローブがめくれ上がり、下半身が丸出しになった。魔法界は暖かいので、中にはパンツしか履いてない。そのパンツが膝までずり落ちた。わたしは悲鳴を上げながら、手を伸ばしてパンツを戻そうとしたが、何故かパンツは膝に張り付いて動かない。
「何、何が起きてるの?」
 戸惑うわたしのむき出しになったお尻に、鋭い痛みが走った。
「悪い子には罰が必要だよね。」
 村長の手には長い杖が握られていた。彼が杖を振ると、お尻に痛みが走る。こう書くと杖で叩かれているように思えるが、そうではなくて、彼は鞭を操っているだけだ。痛みの鋭さからすると、ケインのような細い鞭が使われているようだ。
「それならそうと、分かるように言えよ!」
 望んでいた人生で初のお尻叩きを受けているわけだが、わたしは平手で叩かれたいと思っているし、そもそも何が起きたのか分からないままで驚いたので、口汚く罵ってしまった。
「あ、そういう態度取るんだ……。10発くらいで許してあげようと思ってたけど……。お尻を傷だらけにしてあげるよ。」
 村長は喋り方も顔も女っぽいが、性格はそうではなかったようだ。ちなみに顔は平均よりは整っていると思うが、男も惚れるくらい美人だったりはしない。女だったら、ブスよりは可愛がられるかもしれないが、美人には負ける。などと、村長の容姿について分析して現実逃避していても、彼が鞭を元の10発に戻してくれる訳もなく……。
 初めてだというのにとんでもない数を打たれ、魔獣に食われて死んだ方がマシだったのではと考えるような目に合わされた。


「可愛くない娘だけど、追い出した結果、死体で発見されてもさすがに目覚めが悪いし……。受け入れるしかないんだよね。転移魔方陣を管理してるのは国なんだから、国でが責任持てばいいのに。」
 ぐったりしているわたしに目もくれず、村長にグチグチと言われたが、国の方針も、魔方陣もわたしが何かしているわけではないので、聞き流すしかない。長々と愚痴を聞かされたり、女なんだから愛想よくしろと、現代日本では聞かなくなってきた言葉でお説教されたりした。その間に村長妻がやってきて、お尻に薬を塗ってくれた。
「とんでもなく染みて痛いけど、本来なら数日かかる傷が明日には治るわ。」
「それは有り難う御座います……。」
 言葉通りだったので、わたしは痛みに耐えながら何とかお礼を言った。
「それとは違って、少しくらい染みるだけで、すぐ治る薬もあるのよ。」
 村長妻はにっこり笑う。
「え……。」
「それは、お仕置きに使う薬なの。ある程度大きくなった子供用よ。今のように、鞭で厳しくお仕置きした後、傷に塗ると、大抵の悪い子は暫く大人しくなるわ。」
「……。」
 そうだろうなと思った。魔法がある分、現実より恐ろしい。
「まあ、手当ても終わったし、そろそろ行くよ。」
 やっと案内してくれる気になったようで、村長が立ち上がった。「ほら、無能力者エリアに連れてってあげるよ。」
「はい。お世話になります。」
 村長には思う所があるが、それはそれ。わたしは深々と頭を下げた。だが……。
「寄生させて貰いますの間違いでしょ。」
 嫌味たっぷりに言われてしまった。怠けていてこうなら言われても仕方ないが、わたし自身は魔法が使いたくて努力したので、イライラしてきた。しかし、魔法が使えないから、迷惑をかけてしまうのも事実。それに、お尻が痛すぎて、反論する元気はない。
「……。」
 黙り込む事しか出来なかった。


 村長の家を出て暫く歩くと、酷い臭いがしたりする、いかにも貧民エリアといった場所についた。ボロボロの布が干されていたりと、清潔にする努力も見られるが、無気力に座り込んでいる人間もいた。わたしもいずれああなるんだろうと思うと、気が重いが、死ぬよりはマシだ。
「新参が増えたんだけど、どっか空いてる所ある?」
 村長がハンカチで顔を覆いながらたずねると……。
「ないです。最近人さらいもないし、空いてる家がないです。」
 道端に座り込んでいた汚れた男が答えた。
「人さらい……。」
「ここに住んでる魔法使い達は、国の人間と違って変わり者ばかりだ。人体実験に俺達を使う外道もいる。」
「何の役にも立たない寄生虫の君達を、有効活用してるんじゃないか。」
 村長が顔をしかめる。「魔法使いは子供が出来にくいのに、元人間の無能力者は子供がぽんぽん作れるから、ほっとくとどんどん増える。間引きは必要だよ。」
 害獣のような言われようだ。
「ほんと、わたし達の事、人とは思ってないんだ……。」
「当然でしょ。」
 村長は何言ってるんだという顔をしている。わたしは現代日本人で、海外に行った事もないので人種差別はする方もされる方も経験していないが、こんな感じなんだろうかと思った。
「そんな事より……。新しい家を建てなきゃ。あ、エリアも広げないと……。皆、もっと間引きしてくれればいいのに。」
 村長が杖を振ると、村の柵の向こうに生えていた、木が何本か引っこ抜かれて飛んできた。村長の魔法が見たいのか、無能力者エリアの村人達が家から出てきた。
 飛んできた木が切断され、あっという間に建材に変わる。エリアを広げるという言葉の通りに、柵が抜かれた。家一軒分くらい土地が広くなり、抜かれた柵と新しく作られた柵が刺さった。
「あんな手でも抜けそうな柵、必要あるのかな……。」
 魔法界は1つの国と1つの村しかない。それ以外は広大な土地が広がっているので、わざわざ柵で囲って領有権を主張する必要性はないと思われた。
「柵は村の範囲を示す為だけじゃなくて、魔獣が村を襲わないように、柵で囲った部分に、結界が張ってあるんだよ。」
「成程……。何でも意味があるんだなー。」
 感心しているわたしに、村長が黒い笑顔を浮かべた。
「人じゃないものをはじく設定にして、無能力者は入れないようにしようと皆に言ったら、凄く怒られたよ。」
「……人体実験の素材が無くなるから?」
「あれ、もう対応された。皆そこまで冷たくないから、普通に酷いって意味でだよ。」
 つまらなそうな村長はプイッと顔をそむけた。わたしの相手を止めて、今度は建材で家を建てた。「出来たよ。」
「有り難う御座います。」
 お礼を言って、新しく出来た家に行こうとしたら……。
「新人の分際で図々しい。お前の家は一番古くて汚い奴だ。」
 さっきまで道端に座り込んでいた男に突き飛ばされた。家が出来るのを見ていた村民達がぞろぞろと家に向かう。わたしを除いた村人達が話し合い、新しい家に住む住民が決まった。その住民達の家に行けばいいのかと思ったら、皆が引っ越しを始めた。
「新しい家が出来る度に、大移動するのか……。めんどくさい。」
「皆少しでもいい場所に住みたいからね。」
「それが分かっているなら、たまに古い家を壊して新しくすればいいのに……。」
「そんな偉そうに言われなくても、もうやってるよ。っていうか、ひろみは本当に生意気だね。明日お尻が治ったら、また鞭だよ。」
 わたしはぎょっとなった。
「す・済みません……。」
「謝っても駄目だよ。またたっぷりの鞭と、染みる薬できつくお仕置きしてあげるよ。」
「ひーっ。」
 口は禍の元を嫌と言う程、思い知る羽目になってしまった……。
 大移動が終わった。わたしは一番古くて汚い家と言われた家に入った。一応ベッドもあったが、汚くてそこで寝たくなかった。しかし、床も汚い。
「うえー……。」
 家と寝る所があるだけマシなわけだが、現代日本人のわたしにはかなりきつい。「掃除するか……。」
 お尻が痛くて辛いが、少しでも快適に寝たかったら、そうするしかない。新しい寝具を手に入れる手段もないのだ。
 これからどんな酷い生活が始まるのだろうと、わたしは重い溜息をついたのだった。



20/6/10

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