小説版 師匠と弟子2部

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  1 変わり果てた故郷  

 エイラルソスが死んだ。彼はとても幸せそうな顔をしていたが、クロートゥルは後悔に包まれた。
「孫が欲しいってずっと言っていたのに、叶えてあげられなかった……。」
 エイラルソスは魔法研究にいそしむ為、孤島で一人暮らしをしていた訳だが……。その甲斐あって大魔法使いと呼ばれるまでになったこと自体に殆ど後悔はしていないと言っていた。
 “殆ど”。
 そう、全くでは無かったのだ。彼は結婚しなかったことを後悔していた。魔法研究に飽きた頃には既に枯れてしまったエイラルソスには、もうどうしようもなかった。だから、彼から全てを学び終えたクロートゥルへは口を酸っぱくして、結婚しろと言い続けていた。
「でも、俺は、どうしても相手を決めたくなくて……。」
 エイラルソスが予想した通り、大魔法使いになっても性欲過多のままだったクロートゥルは、随分と楽しんでいた。そして、エイラルソスと違って、28歳から不老長寿の薬を飲み、若さを保っているクロートゥルは危機感が無かった。
 クロートゥルを息子のようにも思っていたエイラルソスはすっかり老いた後、クロートゥルの子供が見たい……ではなく、たまに孫が見たいと言い間違いをするようになった。彼の老いを感じたくなかったクロートゥルは、聞かなかったことにするようにし、自分が結婚すれば、彼は満足して死んでしまうのではないかとも思った。
「だから、より結婚したくなくて……。」
 クロートゥルは俯いた。
 エイラルソスは大往生だったにもかかわらず、不甲斐ない自分に絶望したクロートゥルの心までが死んでしまった。クロートゥルは、島に進入禁止の結界を張って誰も入れなくしてしまうと、引き篭もった。


 朝起きて食事を済ませると、畑と植物園の水やりや世話をする。昼はモンスターを狩って肉を手に入れる。不老長寿の薬の在庫を確認し、無ければ作る。結界の効果を確認し、切れそうになればかけ直す。
 外の大陸に出なければ得られない食材も多いが、不老長寿の薬があれば、食生活が良くなくても影響はない……ということで、クロートゥルは、半分死んでいるかのような生活を、ぼんやりと続けていた。
 そんな生活が壊れたのは、特にやることもなくてぼんやりと椅子に座っていた時だった。
 頬を強くぶたれたような痛みを感じ、
「クロートゥル、いつまでそうしているつもりだ!」
 エイラルソスに怒鳴られたような気さえした。
「師匠……?」
 彼は死んだ。墓はクロートゥルが自分で作り、エイラルソスの祖国から神父を連れてきて、葬式をして貰った。神父には、彼のような偉大な著名人を、名も無き自分が送って良いのかと不安がられたが……。クロートゥルは、様々な国の利権が絡まった葬式などご免だったので、いいのだと答えた。「いや、師匠の筈は無い。死んでるってのは置いといても、師匠が俺にびんたをするのは、主に口答えした時。ぼんやりしてるからって、びんたしたりなんかしない。尻なら叩かれるだろうけど……。」
 しかし、頬はひりひりと痛むのだ。
「何かあるんだろうか……。」
 暫くぶりに島を出た。空を当てもなく飛ぶと……。
「! これは魔王の気配……。新たな魔王が出現したのか……。」
 昔、魔王城があった所とは違う所から、強い魔の気配がした。「とはいえ、今はまだ弱い。」
 クロートゥルは別の方向を見た。
「あっちからは弱々しいが勇者の気配……。まだ赤子か……。魔王も似たようなもんだな。」
 口から溜め息が漏れた。「ってーことは、これはアレか。神様が、俺に役割を与えたいんだな。」
 クロートゥルは頭をボリボリとかいた。
「いい加減に生き返って、使命を果たさなきゃいけないのか……。面倒だなぁ。」
 勇者も魔王もまだ弱い為、使命自体はまだ与えられていないようだ。
「じゃあ、師匠が死んでからどんだけ経ったのか、把握でもするか……。」
 クロートゥルは自分の故郷があった場所へ行ってみることにした。


「城があるんだけど……。えー、これはどういうことだ。」
 クロートゥルは箒に乗ったまま、小さめのお城を見下ろしていた。「師匠が大魔法使いと呼ばれるようになった後、偉人を輩出した町として、師匠の故郷の町が発展して大きくなったって聞いたけど……。俺は引き篭もっちゃったから、そこまで発展するとも思えないし……。」
 だから、自分の故郷の村が城になるまで大きくなったとは考え辛いのだが……。
「ここで悩んでいても、答えが分かるわけ無いし、入ってみるか……。」
 城下町に降り立ったクロートゥルは、キョロキョロと辺りを見回した。
「随分とまあ、立派になっちゃって。」
 道は舗装され、立ち並ぶ家々も立派なものだ。
 町の人々は、空から箒で降りてきたクロートゥルを怯えたような顔で見ている。
「魔法使いが来たくらいで、そんなに怯えんでも。」
 戸惑うクロートゥルだったが……。
「そこの魔法使い! 入国許可証は持っているのか!?」
 兵士がやって来て怒鳴られた。
「……何を持っているかだって?」
 『入国許可証って何だ。入国する為には許可が必要って。死んでる間に、そんなめんどくさいことが必要になったのか? それって、この国だけなのか? それとも、全ての国で? もし後者だとしたら、非常に面倒なんだが……。』
 クロートゥルは顔をしかめた。そうやって思考しているうちに、やって来た兵士に連れられて、彼は国から追い出されてしまった。
「国に入りたかったら、入国許可証を手に入れてからにするんだな!」
「俺、田舎から出てきて、そんなものについては知らなかったんだ。それって、どうやって手に入れるんだ?」
「お前のような怪しい者に対して、発行される可能性は皆無。よって、知る必要も無いだろう。」
 兵士は冷たかった。
「えー……。」
 『大魔法使いクロートゥル様に対して酷すぎる……。って多分、既に知ってる奴は皆、死んでるんだろうけど。』
 村だった故郷が城に変わってるくらいだから、数百年は過ぎているだろうとクロートゥルは考えていた。


 兵士と話しても埒があかないので、クロートゥルは、大きめの町へ行ってみることにした。
 『村だと入国許可証は要らないだろうが、代わりに情報も得られなさそうなんだよな。』
 箒で飛んでいると、希望通りのかなりの規模の町を見つけた。
「よし、あそこへ行ってみよう。」
 今度は、いきなり町中に降り立つことはせず、入り口から入ることにする。「考えてみれば、知らない人の家の中へ、平然と入るみたいなもんだったよな……。警戒されて当然だ。」
 大魔法使いになるずっと以前からクロートゥルは何でも屋をやっていて、すっかり顔が知られていたので、そんなことは忘れてしまっていたのだ。
 入り口から入ったからなのか、それは関係ないのかは謎だが、今度は何の問題も無く、町に入ることが出来た。
 クロートゥルはのんびりと町の中を歩く。今度は魔法使いが歩いていても、特に怯えられることもない。アレは何だったんだろうと、クロートゥルは、疑問に思う。
 お腹が減ってきたので、酒場で食事を摂った後、店員から教えて貰った本屋へ向かう。会計の時に少し不安になったが、所持しているお金で何の問題も無かった。
 本屋へ入ると、歴史書の棚を物色する。調べた結果、エイラルソスが亡くなってから、200年は過ぎていることが分かった。
 『新たな魔王が出現する筈だぜ……。』
 クロートゥルは、頭をかいた。
 ついでに、故郷の村が入国許可証などというものが必要な城にまでなっている理由も判明した。
 『まさか、俺が原因だったとは……。』
 大魔法使いエイラルソス、そして大魔法使いクロートゥルが消えてしまったことについて、故郷の村が責められたらしい。差別を受けるなどして虐げられた人々はこもるようになり、さらに魔法使いを恐れるようになった。入ってくる者を制限するようになった村は、世間のしがらみを嫌う人、夫の暴力から逃れる妻などの事情を抱えた者達の受け入れ先ともなった。そうして皮肉にも発展した結果、小国として今に至るのである。
 理不尽な理由だったが、大魔法使い達に助けられていた人々からすれば、いきなり頼りになる人達が消えてしまって戸惑ったのだとも思えた。
 申し訳ない気持ちで一杯だが、無名になってしまった今のクロートゥルには、どうしようもなかった。
 家に帰ってきたクロートゥルは、暫くぼんやりとしていた。エイラルソスが亡くなった後、自分のことしか考えられなかった自分を責めた。また殻に閉じこもりそうになったが……。
「それじゃ学習能力がない……。そもそも魔王が居る今、多分それは許されない。」
 体を起こした。「何でも屋を復活し、名を売る。そして、少しでもあの国に、罪滅ぼしをするしかない。」
 クロートゥルは、やる気を出した。



16年12月4日
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