少女ザン番外3 シィーとクーイ

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「次は鞭屋へ行こう。」
 シーネラルの言葉にクーイは身を竦めた。
「俺用の鞭を買うの?」
 彼の言葉に、シーネラルが頷いた。クーイはうめく。「手だけで充分痛いんだけど…。」
「鞭は絆だ。」
 普段は唖かと思うほど喋らないのに。どうして、こんなに嬉しくなる事が言えるのだろう、この猫は。
「うん。そうだね。」
 出会いは最悪だったけれど、クーイは猫を深く愛している自分に気付いて、嬉しくなった。自分の中の闇が、消えてくれるかもしれないと思えて。

 夫婦間では鞭が必要ないと言われる。なんせ、打たれる妻は子供の頃から躾けられているから、鞭なんていらないのだ。だから、あえて鞭を使う時、そこには、「それだけ君を思っているんだよ。」と夫の気持ちが込められる。
 シーネラルが言ったのはそういう事だった。

 からん、からん。シーネラルは、嬉しくはなったもののやっぱり怖くて進めないクーイを引き連れて、鞭屋の中へ入った。
「いらっしゃいませ。」
 シーネラルはクーイを置いて、真っ直ぐにカウンターへ向かい、店員へ言う。
「大人の男向けの鞭はどこだ?」
「あちらにございます。」
 店員は、場所を指し示しながら、にこやかに言った。
「分かった。」
 シーネラルは、こちらへやってこようとしていたクーイの手を引いて、教えられた場所へ歩いて行った。

「結構な数があるんだね…。あれって、拷問用かな?」
 沢山の鉄釘を鎖に溶接したような恐ろしげな鞭を見つけてしまい、クーイは青ざめた。シーネラルはそれを一瞥すると、憎悪の表情を浮かべた。クーイは仰天した。「シーネラル、どうしたの?」
「あれは、武器でもあるが、本来の用途として使うのでも、鍛えた男用だ。」
「そ・そうだよね。普通の人にあんな物を使ったら、死んじゃうよ。」
「…。」
 シーネラルは、その鞭に何か深い恨みでもあるように睨み付けている。その様子に、クーイはそっと訊いてみた。
「…もしかして、使われた経験があるとか…?」
「経験があったとして、それがお前に関係するのかっ!?」
 ぐいっと襟をつかまれ、激しく言われたクーイは仰天した。「し・しないけど…。」
「だったら、余計な事に口を挟むなっ!」
「ご・ごめんなさい…。」
 クーイは何がなんだか分からないまま、必死で謝った。そしてふと、思いついた。「第一者様って怖いんだね…。」
「違う。Gは平手を好んでいた。特に俺を打つ時は、痛みより恥辱の効果があると知っていたから、痛みにはこだわらなかった。Gを怒らせない限りは、な。」
 話して落ち着いたのか、シーネラルの表情はいつもの無表情に戻った。「怖がらせたな。…思い出したくもない記憶に、あれが存在してた。」
 彼は鞭を指した。それから、クーイは頭を撫でられた。子ども扱いされている気がして、少し嫌なのだけれど、それでもほっとする自分が居るのに、クーイは気付いた。
「鞭を選ぼうか。」
 シーネラルは気分を切り替えるように言った。クーイはちょっとだけ嫌な気分になった。子供の頃から数回は経験しているけれど、試し打ちは怖い…。
「お手柔らかに…。」
「試しにならない。」
 にべもないシーネラルに、クーイは泣きたくなった。

 ぶら下げられている鞭の中から、シーネラルは細い系を選び出し、台に手をつかせたクーイの隣に並べた。
「細いのは、痛みが鋭いから嫌だあ。」
 シーネラルは平手で左のお尻を叩いた。軽めにしておく。ぱちんっ。「いたっ。少しくらいは意見を聞いてくれても…。」
 ぱちんっ。同じ力で今度は右。
「…もう言いません…。」
 シーネラルはクーイの頭を撫でた。彼が軽く溜息をつくのが聞こえたので、頭をぽんぽんと叩いた。クーイが覚悟を決めたようなので、シーネラルは平手でお尻を暖めた。
「何で叩くのーっ?」
「暖めないときついと思った。」
「あ。」
 そうでしたとクーイが照れ笑いをした。シーネラルにはユーモアのセンスがないので、冷たく鞭の宣言をした。
「一つ目。」
 軽めに鞭を振ると、ひゅうっと空を切る音がした。バチーンッ。思っていたよりも凄い音がして、クーイが息を呑む。少しすると鞭痕が浮かび始めた。その後に顔を近づけた。「…。」
 鞭を元の場所に戻すと、クーイが安堵の息をつくのが聞こえた。
「次。」
 前と同じ力で振る。バシーッ。
「痛い−っ。」
 クーイが身を起こし、お尻を撫でながら喚いた。シーネラルは、優しく彼を押して台に手をつかせると、お尻の痕を見た。「…。」
 それも元に戻した。
「さっきよりは、マシだった…。」
「声が出たな。」
 痛みが強すぎると声すら出ないのは、シーネラルも知っていた。「次。」
 それは痕がつかなかったので、2回目は強くしてみた。痕を確かめる前にクーイが言った。
「これがいいな…。」
「弱い。」
 シーネラルはそれも戻した。残りは三つ。最初からそれ等に目をつけていた。これが駄目なら、平たい系だなと、シーネラルは考えた。一番良さそうのは最後に試す事にして、シーネラルはそれを振ってみた。音はいいなと思っていると、その音を聞いたクーイが、
「もう嫌だ−。」
 と喚き、尻尾でお尻を覆い隠した。シーネラルは尻尾を手で払うと、最初からと同じ力で鞭を振り下ろした。ビシーィッ。「ひーっ。」
 クーイが暴れた。シーネラルはクーイを押さえながら、ネスクリの八百屋で会った、猫の親子が側に立っているのに気がついた。しかし、通りがかっただけかもしれないので、放っておく事にした。
「暴れると試せない。」
 シーネラルがポツリと呟くと、クーイは崩れた姿勢を直した。シーネラルは彼の頭を撫でた。「後、二つだから。」
「二つもあるの…。」
「我慢。」
 そう言って、鞭を振り上げかけた。が、シーネラルは、親子に去る気がないらしいのを不審に思い、そちらを向いた。
「あ。」
 父猫は何か言いかけたが、シーネラルは子供に視線を向けた。それで親子が何を探しているのか分かった。『場所が分からないなら、店員に聞けばいいだろうに。』
 視線の先に、幼子用鞭が見えたので、手を真っ直ぐに伸ばして、そこを指し示した。その先を追った父猫は、はっとした。彼は慌ててこちらを向くと、
「有難う御座いました。見ていて済みませんでした。」
 父猫は息子を抱えると逃げ出るように、そこへ行った。
「何だ?あの親子は。」
「男同士の恋人を知らないからじゃないの。」
 シーネラルの呟きに、クーイが答えてくれた。
「成る程。面白がって見ていたのかもな。」
 シーネラルは下らないなと息を吐き、試しかけていた鞭を握り直した。「次行くぞ。」
「はい…。」
 クーイは溜息をついた。

 お尻がとっても痛い。平たい系まで全部試された。結果としては、クーイが耐えられると思った平たい系になったので、ほっとしたとはいえ。
「もう、嫌ー。」
「帰ったら、治すから。」
「じゃなかったら嘘だよ−…。」
「そんなに辛いなら、今…。」
 シーネラルの妖気が変わった。クーイはぎょっとした。『人目がある所でお尻を舐められるなんてっ。』
「耐えられる自信があるので、家でお願い。」
「そうか。」
 この事に何も感じていなかったのか、シーネラルはあっさり引き下がった。クーイはほっとすると同時に、シーネラルの淡白さが少し物足りない気がした。『ちょっとはつまらなそうにしてくれてもいいのに。』クーイははっとした。『これじゃ、俺、苛めて欲しいみたいじゃないかっ。シーネラルは普通なのに、俺一人変態になっていくみたいだ…。』
「では、89マイのお返しになります。有難う御座いました。」
 クーイは会計の方を見た。一人悶々としている彼を残して、シーネラルは会計を終えてしまっていた。クーイは馬鹿馬鹿しくなって落ち着くと、シーネラルがこちらに来るのを待った。

 からん、からん。シーネラルは扉の方を見た。王族専用の衣服に身を包んだ父息子が入って来た。息子は父の腕にすがりつくと、
「ああ、お父さん、お願いですから…。僕を前の鞭で罰して下さい…。」
 父親は、無言で息子を屈ませると、服の裾を捲り上げ、何度も平手を振り下ろした。「お許し下さい、もう決して逆らいませんから…。」
 すすり上げる息子を無視して、父親は手を振り下ろし続けている。
「うわあ…。」
 クーイは目を丸くしている。「貴族様達だよ、シーネラル。」
「王族だ。」
「えっ、そうなの?王様自ら、ここへ来るんだ…。」
「誰に任せるって言うんだ?」
「教育係とか…。」
「鞭を使うのは親に限られているだろう。」
「そういうもんなの?」
「ここは妖魔界なんだ。何故、息子の教育を人に任せきりにする?」
「そうだよね…。」
 クーイは何度も頷いた。



2005年05月28日
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