昇、父に会う1 M/m

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 雨が降っていた。暗い空から強い雨が。弾かれて、アスファルトで跳ね上がっている。
 昇はじっと雨を見つめていた。雨が降れば外へ行けない。悔しいような嬉しいような複雑な心境だった。晴れていたとしても、外出禁止の身の上ではどのみち…。喜んだっていい。罰でなくても行けないのだから。それでも…。
 ベッドに寝転んだ。力で押さえてくる父。いつから尊敬できなくなったか、覚えていない。母は、養子だと知ってからと思っているらしいが…。
 小さな頃はスーパーマンみたいだと思っていた。自慢のお父さんだった。でも、大きくなるにつれ、よく見えるようになってきたら、メッキが剥げた様に思えた。見てくれがいいだけのただの人。尊敬が大きかっただけに、失望感も大きい。今は、よく見えた所まで悪く見える始末だ。
「くそっ。」
 いらいらしていた。外出禁止にされた原因に…。

「俺には知る権利がある筈だ。」
「会わない方がいい。失望したくないであろう?」
 実の父に会いたい。そう言ったら、冷たい返事をされた。
「父さんより、ましだろ。」
「のぼ、あんたねえ!」
 母が怒った。「ルトーちゃんの言い方も悪いけど、その言い草はないでしょ!?」
「うるせえよ!俺はこの頑固親父と喋ってるんだ!」
「昇!」
 父の鋭い声に、一瞬だけ身が竦んだ。幼い頃からの恐怖心はそう簡単になくなってくれないらしい。「ザンに謝りなさい!」
「そんな事より、なんで駄目なんだよ!」
 父にギロッと睨まれた。心は怒りに燃えているのに、体がビクッとしてしまう。
「いいよ、別に。」
 ザンが言う。
「ザン!」
「…はい、はい。」
「さ、昇。」
「口挟んできた母さんに、謝るつもりはないぞ。」
 そう言った途端、平手が頬に炸裂した。よろけたが、転びはしなかった。
「タルートリー!!あんた、びんたはしないって約束したじゃん!」
 母が駆け寄ってくる前に、胸倉を掴まれて立たされた。もう一発来た。とうとう反抗心が消し飛んだ。体が震え始める。怒ると怖い父。小さい頃は恐怖心も強かった。
 壁に背中を押し付けられた。
「わたしの言う事が聞けぬのか?」
 静かな声が余計怖く思えてきてしまう。母の方を見ると、言いたい事が一杯あるけど、それは後にするといった表情だ。二人は、子供達の前で絶対に喧嘩しないと決めているからだ。今言ってしまうと喧嘩になるから…。

 結局、平手と竹刀で散々お尻を打たれた挙句に、一週間の外出禁止令が下ったのだ。昇の頬を二回も叩いたと母が父に拳と蹴りを5回ほど入れたようだが、それは彼には関係ない。
 実の父に会いたいという願いは無視され、どうでもいいような事でお仕置きされた。…いや、されている、だ。学校と習い事以外の外出を許されるまで、まだ二日ある。お尻は大分良くなり、座るのも楽になってきたけれど…。
 とんとん。
「…はい。」
 …ったく、誰だよ。ほっといてくれ。そう思いつつ、返事をする。
「りゅ。あいても、にーれちゅか(訳=入ってもいいですか)?」
 武夫がそっと顔を出した。
「えおか。…いててっ。」
 慌てて起き上がって、座るとお尻に痛みが走った。武夫が慌てて、よたよたと駆けて来て、
「らあじょお、うー(訳=大丈夫)?」
 心配そうに彼を見上げる。
「大丈夫、何ともない。」
 昇は立ち上がると、可愛い弟を抱きしめた。
「げーき、なっれ(訳=元気になって)。」
 寂しそうな表情の武夫。
「えおには何でも分かるんだなあ…。」
 腐っていた心が生き返った。「だから俺はえおが好きなんだよな。」
 武夫の顔がぱっと輝く。それから、武夫と楽しく話した。年は離れているが、武夫と昇の結び付きは強い。基本的に聡坩と武志以外は武夫を愛し、可愛がっている。しかし、昇は特別だ。

「のぼちゃん。ほんとのおとうちゃん、なうのにーの(訳=会うのはいい事なの)?」
「えお、意味がちゃんと分かっているのか?」
「おとうちゃん、おとうちゃま。」
「そうだよな…。俺の本当の親父は、俺の顔を実際に見た事すらないって、母さんが言ってた。」
 昇の顔が歪む。「俺は理想の父親像を、会った事もない親父に押し付けているだけなんだ…。」
「うー…。」
「泣くなよ、えお。」
「のぼちゃん、ななちい(訳=悲しい)。」
「本当は父親に会いたいんじゃなくて、親父が嫌なだけで…。それでも…。」
「“それでも会ってみたいんだ…。”と続くんだな。」
「母さん!黙って人の部屋へ入ってくるなよ!」
「だってー、えおが急にいなくなって吃驚したんだもん。」
「えおは母さんの所有物じゃないぞ。」
「あんたのものでもないけど?」
「えおは母さんより、俺が好きなんだよ。諦めな!」
「ふん!最後に笑うのはわたしよ!」
「そんな事、有り得ない。」
「じゃ、のぼ、あんたはこれから先、女は作らないんだな?」
「…な・なんだよ、それ?」
「女が…いや、彼女が出来たら、兄弟なんて眼中になくなるんだよ!そうなったら、えおはわたしの所に戻ってくるわ。」
「りーっ!!」
 えおが口喧嘩に耐えられなくなって叫んだ。
「はいはい、止めますよ。」
「俺はえおを捨てたりしないぞ。」
 昇はえおに睨まれた。
「どうなるかも分からない事を言うなってさ。」
 ザンが嬉しそうに言う。ザンもえおに睨まれた。「そんな怒んないでよ。えおちゃん。」
「りゅ。」
「本題に入ればいいんでしょ?」
「あ?本題ってなんだよ?」
 訳が分からなくて、戸惑っている昇をザンは真面目な表情で見た。
「あんたの親父に会わせてやる。」
「!!」
「但し、覚悟を決めな。…ルトーちゃんは甘いから、あんな事を言ったけど、わたしは会うべきだと思うよ。」
「親父の何処が甘いんだよ?」
「あんたの親父の真実を伝えたじゃん。」
「…。」
「あたしなら、わざわざ教えてやんないね。会いたいと決めた奴が勝手に傷つけばいい。」
「…母さんって時々すげー冷たく突き放すよな。恐ろしく薄情な母親だぜ。」
「甘ったれんな。世の中は冷たいんだよ。」
「母親は世の中じゃない…。」
「1人で大人になった顔して、自分勝手にやってる奴が、大変な時だけ親に頼るなって言ってんだよ。」
 ザンは続ける。「苦しい時の神頼みみたいによぉ。そうだろ?昇。」
「そ・そうかもしれないけど。それが母親の言葉か?」
「何年わたしと一緒にいる訳ぇ?何期待してんだよ?」
「…。」
「そんな事より、どうするか、決めておけよ。」
「分かったよ!!」
 昇は怒鳴った。

 悩んだ。あの瞬間はかっとなったけど、母が冷たく突き放したのは、実の父に期待している昇にそれは止めなさいとい言ったかったからだ…と思う。母は意味もなくあんな態度はとらない。だからこそ悩んだ。
 『冷たい態度をとられたら、俺は耐えられるだろうか…?心の何処かで優しく微笑んでくれるんじゃないかって、まだ期待してるのに…。』

 びしゃ!右手の甲が大きな音を立てた。箸が落ちた。昇ははっとした。
「食事中であるぞ。何をしておる。」
 昇は、体を竦めながら厳しい父の顔を見た。が、なぜ叱られているのか理解できなかった。「最近、ずっとではないか。」
「…?」
 『ずっとなんだろう…。』打たれた手の甲が痛い。どうしてこの痛みは加えられたのだろう。
「何だ、その顔は?」
「俺は、何で怒られた?」
 見ないようにしていた、家族達が、こけた。
「上の空だと言っておるのだ。」
 皆がくすくす笑う中、冗談の通じないタルートリーだけは、厳しい表情のままだ。
「父親の事が気になって…。」
 タルートリーの顔が、酷く傷つけられたように歪んだ。_、すぐに元の表情に戻ると、
「気にするのは別に構わぬ。しかし、ぼんやりと毎日を過ごすのは止めなさい。」
「はい。」
 昇は答えた。『…決めた。』

「いつ会える?」
 昇がザンに言う。
「後で、電話をかけてやるよ。」
 ザンは素っ気無く言った。

 昇とザンは、喫茶店の中へ入って行く。
 父と今日会える。脅かされたので、期待しないようにと強く思ったが、それでも期待感がどんどん膨らむのを押さえきれなかった。






2004年04月06日(火)

■作者からのメッセージ
真理子の家族のお話。のぼちゃんは、ドルダーに会う。

色んなパターンを考えすぎて、どれにするか迷う…。冷たいドルダー、意外に優しかったドルダー、雑談ばかりで向き合えないドルダー…。
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