怖いママ 母/娘

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 ある高級マンションの一室。母親が、中学生の娘を叱っていた。

「どうしてあなたって子は、毎回毎回…。せめて平均点は、取るように勉強しなさいって、あれほど言っているのに…。」
「だってー。」
「だってじゃないでしょう!あなたは半分の50点も取れないのよっ。恥ずかしいと思わないのっ。」
「別に。今は、高学歴だっていい会社に入る事も出来ないしー。この不況のご時世では、学歴よりも個性的な人間の方が…。」
「屁理屈を言わないのっ。大体、あなたの何処に、学歴を凌駕する程の素晴らしい個性があるって言うのよ。」
「…。」
「…まさか凌駕が分からなくて、黙った訳じゃないでしょうね。」
 母親が疑いの眼差しを向けると、娘は、
「やっぱりママだね。なんでも分かっちゃう。」
 と笑う。怒られていておどける彼女は、先生ならつい笑ってしまうから、許してもらえる。
「そんな事が分かってもちっとも嬉しくないわ。ママは、情けなくて涙が出そうよ…。」
 でも、母親には通じない。
「だって、そんな難しい言葉、教科書に載ってなかったもん。」
「ママの言う通りに、小説を読まないからよ。学習漫画でもいいから読みなさいって言ってるでしょ。」
「やあよ。面倒だもん。それより、外で遊んでる方が楽しいよ。健康にも良いんでしょ。」
「口答えばかりね。…テストは47点しか取れない。怒られているのに反省の色は見せない。嫌と言う程のお尻叩きね。」
「それは厳しいよ、ママ…。」
 とうとう娘の顔から笑みが消えた。

「あんっ、痛いっ。ママあっ、ごめんなさーいっ。今度はちゃんと勉強するからあっ。」
 ぱんっぱんっぱんっぱんっ。母親は、娘の剥き出しのお尻を速い調子で叩いていく。娘は身をよじり、足をばたつかせて暴れる。
「そんなに暴れちゃ駄目でしょうっ。誰が悪くて叩かれてるのっ?」
「だって痛いんだもんっ。もう許してっ。」
 びしびし。叩き方が強くなる。「痛いよーっ。そんなに強くぶたないでっ。」
「嫌だったら、我慢して大人しくしなさい。」
 びしびしびし…と10回ほど打たれている間に、何とかやっと暴れるのを止められた。叩き方が元に戻る。歯を食いしばって、暴れるのを堪えた。「やれば出来るじゃない。勉強も同じように、必死でやれば、もっとましな点が取れるわよ。」
「いつだって…いたっ。…真面目にやって…あんっ。…るよ…。ママみたいに出来る人とは…ああっ、痛いよっ。…違うもんっ。もう許してえっ。」
「あなたは勘違いしているわ。ママだって何もしないでいい点なんて取れなかったのよ。遊びたいのを我慢して勉強したおかけで、今の地位にいるの。努力しなくても出来るいい人間は、天才と言ってめったにいないわ。」
「わたしだって、少しはしてるもん…。あーん、痛いよぉっ。」
「いつも言っているでしょっ。将来何になりたいか考えなさいって。それが決まれば、努力できるわ。ママは、あなたがなりたいものなら、なんでも認めるわ。たとえそれが、普通の親なら反対しそうな職業でもね。目標を決めないから、やる気が出ないの。例えばね、スイミングスクールに通っているあなたが、水泳選手になりたいと思っていて、それで、勉強している暇がないって言うのなら、テストの点が悪くても、こうしてお仕置きなんてしないの。でも、なんにもそういった目標がないのに、悪い点を取るような勉強しかしないなら、いつまでたっても、あなたはママにお尻を叩かれる事になるわ。」
 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。叩き方はゆっくりになったが、言葉はまだまだ続く。娘のお尻がだんだん桃色から、赤色になってきていた。

「あーあ。いーっぱい、怒られちゃった。」
 ごろん。ベッドに丸くなる。「200回は叩かれたよ、絶対。真っ赤になっちゃった…。」
 『うーんと痛く叩かれながら、色々言われたって、覚えていられない。なんか勉強しなくても、お仕置きしないって言われた気もする。でも、その条件はなんだか忘れてしまったわ。パパと離婚する前のママは、あんなじゃなかった。時々は、怒られたけれど、もっともっと優しかった。パパがおっかない人だったから、ママはなるべく優しくしてくれただけだったのかな…。』
 母は、小学5年生の彼女を連れて、父と離婚した。その時、中学生だった兄は置いてきた。二人で一人づつ育てると話し合ったからだ。
 母親は、兼業主婦だった。子供達が小さい頃は子育てに専念したが、娘が小学校に入った時点で仕事に復帰した。彼女はその分野ではかなりの能力を持っており、新たな仕事場に歓迎されて入る事が出来た。今ではかなりの高い地位にいる。ただ、妻には専業主婦でいて欲しかった古臭い考えを持つ夫と考えが合わず、離婚の原因の一つが出来てしまった。
 ベッドの上でぶつぶつ文句を言いながら、彼女はお尻を撫でていた。ずっと小さい頃から彼女のお仕置きは、膝の上で裸のお尻を平手打ちと決まっていた。兄は、父親に叩かれる場合、道具が使われる事もあった。
 「誰が決めたのかなあ。子供にお仕置きする時は、お尻を叩くって。誰が考え付いたのかな。外人かな。決まる前はどうやってお仕置きしたんだろ。」
 お尻を叩かれると友達に言うと、小さい子みたいと笑われる。どんなに凄く痛いと力説しても、絶対に信じてくれないのだった。
「うーん…。そうだ、お尻が治ったら、お兄ちゃんの所へ行こうっと。」
 『ママに酷くされたって言って、お兄ちゃんに甘えちゃお。それに、聞きたい事もあるし…。』彼女はまた笑顔になった。

「泣いた顔をしてるよ。」
 玄関の戸を開けてくれた兄は、妹の顔を見るなり言った。兄は優しいので、彼女は大好きだ。
「ママに、テストの点が悪くて、あと、自分の意見を言ったら、口答えだって言われて、200回くらいお尻を叩かれたの。」
 中に入りながら、兄に言う。
「本当に200回も叩かれた?」
「叩かれたよ。すっごく痛かったんだから。」
「痛いってだけじゃ、分からないじゃないか。」
「そりゃそうだけどぉ。…お尻を見れば分かるよ。うん。」
 彼女は、恥ずかしげもなくお尻を出そうとし、兄は慌てて止めさせようとした。その時。
「馬鹿な事をするんじゃないっ。」
 和服姿の父親が怒鳴りながら出て来た。この父親は、かなり有名な作家で、娘には理解出来ない難しい文を書いていた。結婚した女は家にいろとはっきり妻に言って、離婚の原因の一つを作った古風な彼。しかし、男尊女卑の考えを子供達には押し付けていなかった。
「えー、なんで馬鹿な事なの?」
 邪魔された娘は不服の声を上げた。
「小さい頃とは違うんだぞ。まったく、お前も年頃なんだから、恥じらいはないのか。」
「まーた、パパったら、訳わかんない事を言うんだから…。」
「お前みたいな愚かな娘がいるなんて、恥だな。」
「えー、パパは男の方が偉いって思っているんでしょ?だったら賢い女の子より、可愛い女の子の方がいいじゃない。」
 痛い所を突かれた父親は黙り込んでしまった。その様子を見ていた兄は、何とか取り繕おうと、妹に話し掛ける。
「そ・それよりさ、お前、何しに来たんだよ?」
「あ、忘れるとこだった。あのね、わたしね、この頃思うんだけど、ママはパパと別れて寂しいみたい。」
「どうして、そう思う?」
 父が訊いた。
「だってねえ、パパと離婚しちゃってからのママは、前と違ってすっごく怖くなったの。前だってお仕置きされてたけど、おんなじ事しちゃっても、今は前よりも一杯叩かれるんだもん。でね、それって奴当たりだと思うんだ。パパと別れてママがすっきりしたんなら、前とおんなじの筈でしょ?だから、ママは寂しいって思ってるって思うの。」
「…仕事でストレスが溜まっているんじゃないのか?」
「えーっ、だって仕事がしたくて、パパと離婚したんでしょ?なら、ストレスなんてないない。」
「いくら好きな仕事だってストレスになる事もある。それと、前と違って今は一人でお前を育てているから、余裕がないのかも知れない。」
「酷いよ、パパ。わたしがストレスになっちゃうって言うの?」
「お前みたいな愚かな娘の相手をしてるんだ。そりゃ疲れるだろうな。」
 父はふざけて言った。離婚する前の妻との話し合いを思い出す。『あいつが寂しい?有り得ないさ。』

「パパは、だからお兄ちゃんと暮らしてるのね。わたしなんて要らないから。」
 いつもみたいに、明るい答えが返ってくると思っていた父親は、吃驚して娘を見た。「わたしがいなくてせいせいしてるんだ、パパは。」
「何を言ってるんだ。ただの冗談だぞ。どうしたんだ?お前らしくもない。」
「だって、わたしの言う事を全然信じていないじゃない。わたしがどうでもいいからそういう態度なんでしょ。」
「それは違う。…子供には夫婦の事なんて分からないさ。」
「…。そりゃ、わかんないけど…。」
「寂しいのは、ママじゃなくてお前だろう?また皆と一緒に暮らしたいんだろう?…でも、もうパパ達は戻れない。前に言った通りに、パパとママはもう仲良くなれないんだ。寂しくても、パパ達4人で暮らす事はもう二度とない。諦めるんだ。」
 父親はそう言うと、娘の頭を軽く叩き、部屋へ戻って行った。

「…。」
 泣きそうな顔をしている妹を見た兄は、慰めようと語りかけた。
「な、俺もちょくちょくお前のとこ、行くから。お前と俺が兄妹じゃなくなったんじゃないし、一緒に暮らせないけれど、でも…。」
「寂しいのを我慢出来ないんじゃない。ただ、ママが…、夜一人で寂しそうにしている事だってあるんだよ。ママは…。…パパの言う通り、わたしにはママ達の事はわかんない。わたしの勝手な想像なのかも知れない。でもさ。」
 彼女は、兄へというより父に言う様に、扉の方を向いて話す。「でも、ママが一人で平気じゃないって事は絶対だもん!」
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