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● 小説版 水原沙紀の日常 --- 1 ●

「嫌だなぁ。」
 進路希望の用紙を眺めながら、瑞原沙紀は溜め息をついた。
「何が嫌なの?」
 沙紀の幼馴染みである藍沢香澄が不思議そうに訊いてきた。
「親にさあ、赤桃学園に行けって言われてるんだよね……。」
 沙紀は再び盛大な溜め息をついた。
「赤桃? 沙紀も赤桃が志望なんだ。」
「え? “も”?」
 香澄の言葉に、沙紀は彼女の顔をぽかんと見つめた。沙紀が親に受験を勧められている赤桃学園は、お尻叩きの体罰で有名な学校なのだ。沙紀の知ってる香澄は自らそんな学校に選ぶような性格ではないので、沙紀は戸惑っていた。
「うん。赤桃学園の赤桃は叩かれたお尻って意味とか狂気的だけど、近くにある進学校で学費も安めだし、行こうかなって。」
「……そっか。」
 香澄の家はそこまで裕福ではないので、そんな学校を選ぶことにしたのだろうか。
「沙紀も来るなら嬉しいな。」
「わたしは行きたくないんだけど……。」
 沙紀は3回目の溜め息をついた。「お父さんとお母さんに叩かれまくってるのに、学校でまで、お尻叩かれたくないよ……。」
「沙紀の親は、よっぽど沙紀のお尻叩くの好きなんだね。サドだ。」
 香澄が面白そうに言う。香澄もサドだよねと沙紀は思った。


****
 一週間後。
「はー。やっとお尻が治ったよー。叩かれないようにいい子にしたかったけど、出来なかったから、中々治らなかった。もう、パパとママと先生達は厳し過ぎー。」
 沙紀は愚痴りながら廊下を歩く。自分が悪いから叱られるのだとは微塵も思っていない。そんな沙紀は特Aの教室から出てきた生徒が、香織であることに気が付いた。
「香織! 久し振りー。」
「沙紀。ほんと久し振りだねー。」
「同じ学校に入ったけど、特Aの香織とは授業が全然違うから、一緒の授業なくて、会えないもんね。」
「そうなんだよね。沙紀のお馬鹿な話が聞けなくて寂しいよー。沙紀、もっと勉強して2学期は特Aにおいでよー。」
 本を抱えた香織がはしゃぐ。
「Dのわたしが特Aに行けるわけ無いでしょ。」
 沙紀は香織にツッコむ。赤桃学園は、能力別クラス制で、入学式の後に行われたテストの結果で振り分けされた。優秀な香織は特A、勉強しない沙紀は当然のことながら最下層のDである。「特Aだと、お尻叩かれることもないのかな。」
「うーん。校則に関しては他のクラスより少し甘くて大目に見てくれることもあるけど、勉強は厳しいよー。普通のテストは90点以上、小テストなら満点じゃないと叩かれるし。」
「えええーっ。90点なんて叩かれるどころか、褒めて貰えてご褒美にボーナスおこづかい出たり、額がアップしたりする点じゃないの!? 特A怖いー。」
 沙紀はぶるぶる震えだした。
「そんな大袈裟な……。家だと褒めて貰えるよ。」
 香織は笑う。「やっぱり、沙紀とこういう頭を使わないおバカな会話をするの、楽しいなー。」
「そんなに馬鹿かなー。」
「馬鹿だよー。」
「香織、酷いー。」
 沙紀が拗ねていると……。
「水原さん。」
「白河先生。どうし……。あっ。」
 沙紀の担任がやって来た。
「あっ、じゃないですよ。日直だから、次の授業で使う道具を取りに来るように言っておいた筈ですよ。」
「そ・そうでした……。」
「それと、藍沢さん。」
「はい。」
「人を罵ったりしたら、駄目ですよ。」
「……はい。」
「先生、香織は親友なんで、あれくらい大したことじゃ。」
 沙紀は香織を庇う。
「親しき仲にも礼儀あり……です。悪口はいけません。二人ともお仕置きですね。」
「ええーっ。」
「わ・分かりました。」
「もう次の授業が始まってしまうので、放課後にします。水原さん、行きますよ。」
「はーい……。」
「返事は、はい、です!」
「はい!」


16年2月10日

「ねーねー、黒崎君。勉強を教えてー。」
 沙紀が俊英に声をかけると、彼がのけぞった。
「ええっ。いくら、中間が近いからって、水原がそんなこと言うなんて、明日、槍が振るんじゃ。」
 抗議しようと沙紀が口を開きかけると、香澄が現れた。
「槍なんて甘いよ。日本滅亡ぐらいするね。」
「二人とも失礼過ぎるでしょ。わたしだって、さすがにテスト勉強ぐらいするもん。」
「しない。」「沙紀はテスト勉強すらしない子だよ。」
 沙紀を知り尽くしている幼馴染みの香澄はともかく、俊英にまで冷たく言われ、沙紀は嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちになった。
「あっ、分かった。」
 香澄が手をぽんっと叩く。「次のテストが悪かったら、お小遣い停止になるんじゃない? ゲームを買えなくなるから、いくら沙紀でも仕方なく勉強することにした。」
「おおー、藍沢は特Aなだけあって、頭良いな。……そういや、銀鱗の降臨の新作がもう少しで出るんだった。その為にも、小遣いが必要だもんな。」
「お尻叩かれても勉強しない沙紀の為に、沙紀の親も色々考えてるんだね。沙紀、愛されてるねー。」
「あのおっかない白河先生を泣かすくらいだもんなー。水原は手強いよ。」
 沙紀が何も言わないうちから、二人で話しが進んでいく。頭がいいと、こんなにも違うのか。沙紀は香澄に俊英をとられてしまう気がした。
「って、わたし、白河先生を泣かせてないよ!?」
「クラス分けについて質問しただけで泣いてたじゃん。俺、4コマ見たからな。」
「ううう……。酷い……。」
 沙紀は泣きたくなってきた。
「冗談はともかく……。特Aの藍沢じゃなくて、Bの俺でいいのか?」
「う・うん……。黒崎君がいいの……。」
 真っ赤になった沙紀を見て、香澄がニヤニヤした後、沙紀の肩を軽く叩いていなくなった。察してくれたようだ。
「ふーん。俺で良ければ教えるけどさ。代わりに、血煙の鎧で詰まってるとこあるから、教えて欲しい。どうやっても解けなくて……。意地より、先に進みたい気持ちが強くなってきてるんだ。」
「うん。いいよ。」
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