えおとペテル番外 M/m

目次
 武夫が暇そうに唸っている。わたしは本が読みたいので無視する。構って欲しいらしく、本に手を伸ばしてくる。その手の甲を打とうとして、この行為は仕置きに値するのか、逡巡する。その間武夫は、体を固くして、打たれるであろう手をそのままにして、止まっている。7年間のわたしの虐待は、武夫から、逃げるという可能性を失わせたらしい。
 結局、止める。わたしは外国の親ではないので、子供が親の時間を侵食するのは当然だと思っているからだ。わたしの中の悪魔をあのトゥーリナとか言う物の怪が追い払ってから、わたしは元の自制心を取り戻したのだ。
 武夫の手をよけて、文字を追い始めた。しかし、静かに本を読んでいられたのは、ほんの数十秒であった。打たれないと認識した武夫は、さらにわたしの邪魔をし始めた。長椅子に腰掛けているわたしは、本を膝の近くに据えていた。わたしの腹と腕の隙間に武夫は強引に潜り込んで来た。まるで尻を打って欲しいかのようだ。しかし、勿論そんな事を考える筈のない武夫は、わたしの膝の上でもぞもぞしていたかと思うと、まるでわたしが本を読み聞かせてやるかのように、わたしの膝に座ってしまった。
「りっ、りゅっ、りゅっ。」
 わたしが何もしないのを自分の行動の許しだと思ったらしい武夫は、わたしの腹や胸に背中を押しつけたり、わたしを見上げて笑ったりと忙しい。しかし、無反応なわたしの気を引きたいのか、本に顔を近づけ、平仮名を読み始めた。
「ろれ、“を、し、てい、る”れちょ!」
 読めた事が嬉しいらしく、また笑顔を向けてくる。「ね、お父ちゃま!」
 何故わたしが黙って何もしなかったかと言うと、葛藤を押さえていたからだ。先ほどは押さえ込んだ欲望を、今度は押し出す事に決めた。先ほどの大義名分は、追いやられた。
 誉めてもらいたくて、瞳を輝かせている武夫の手首を掴んで本から離し、本に栞を挟み、机に置いた。輝きが失せ、理解が広がる武夫に罪悪感を覚えながらも、膝に横たえた。ズボンを引き下ろしながら、最後の迷いを振り払う。わたしはもう限界なのだ!
 下着を下ろし、その本当は何も悪くないかもしれない尻に平手を振り下ろす。尻にうっすらと浮かぶ赤みに、掌の感触に、心が震えるほどの快感を覚えた。何とか我慢し続けた、わたしの欲望…。
 それでも、最後の砦が武夫の尻を10以上は打たないと決めた信念を守ってくれた。
 泣く武夫を抱き、わたしは尤らしい言葉を口にする。
「もうわたしの邪魔をしてはならんぞ。わたしは静かに本を読んでいたいのだ。お前だって、楽しい所を邪魔されたら、嫌であろう?」
「りゅ。」
「返事は?」
「あい。」
「よろしい。」
 構って欲しい子供が父の邪魔をした。それは場合によっては、叱るべき事柄になりうるであろう。しかし…。いや、今回がそれに当てはまらぬとは言えない。しかし、だ。
 わたしは尻を叩きたいという欲望を抱いており、武夫はたまたま悪さに当たるかも知れぬ行動をした。そう、わたしの行動には正当性が認められるかもしれないが、理由には非難すべき点がある事に、今回の問題があるのである。
 わたしは、心には問答をさせておいて、泣き止むまで武夫を撫でてやり(断っておくが、武夫はそれが人よりも非常に長くかかる)、武夫を下ろすと、本を手にし、書斎へと入った。
 武夫が悲鳴のような泣き声を上げながら、ごめんなさいと何度も何度も叫んだ。わたしは悪さをした武夫を罰の為に放っておいているのではない。静かに読書にいそしみたいのだ。しかし、明らかに誤解している武夫を無視するわけにも行かず、本は部屋に置いたままにして、説得にかかった。
 そこへ、その世界では支配者階級に属する物の怪が現れた。男の癖に髪を伸ばし、怪しい姿をした胡散臭い者だ。そう、わたしから、悪魔を祓ったトゥーリナである。
「よお!えお、元気か、幸せか?」
「トゥーちゃん…。」
 わたしははっきり言って、物の怪は好かぬ。しかし、わたしはこの者達に息子を委ねた。そして、わたしの魔を祓ってもらった。そうなれば、嫌だとしても、わたしはこの者に友好的態度をとらねばならぬのだ…。
「よく来た。…武夫、わたしは少し忙しいから、彼と遊びなさい。」
「あい、おとうちゃま。」
 曇りのない笑顔。とても、父から勝手な理由で尻を打たれ、これまた勝手な理由で相手をされない子とは思えない…。しかし、わたしは家にいる殆どを武夫の為に割いている。虐待した負い目もあるし、愛情も勿論あるからだ。少しくらいは、わたしの我が侭が許されても良かろう?
 さっき自分の欲の為に尻打ちを楽しんだ事には目を瞑って、わたしは、物の怪と息子を残し、書斎へと消えた。

「えお、ケツ叩かれたのか?」
「あるーこはぺんぺん。」
「本当に悪い子だったのか?」
「りゅ。」
「そういう顔に見えなかったけどな、あの親父…。ザンが天国に行っちまってから、あいつ、お前に冷たくないか?」
「なったか。(訳=温かい)」
「いや、冷たいってそういう意味じゃなくてよ。」
「ちってうよ。あちゃちいおー。えお、お父ちゃま、ちゅき。あいちてうー。(訳=知ってるよ。優しいの。僕、お父様、好き。愛してるぅ。)」
「まあ、今、痩せてないしな。それならいいけどよ。」
 あいつと一緒にいて喜ぶえおの気持ちが分からないと思いつつ、トゥーリナは、久しぶりのえおとの時間を楽しんだ。


2005年07月03日(日)
目次
Copyright (c) 2010 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-