「中学生ザンのお話」の番外

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 全てを納得して、結婚した。だから、どんな事にでも耐えられる。
 アトルはそう思っている。たとえ、タルートリーに気持ちが全くなくなってしまっても。彼が離婚届を差し出さない限りは。

 結婚して4年が経った。

 タルートリーには特殊な性癖があって、彼はそれを気にしていて、結婚前にしつこいくらい、本当にいいのかと訊かれた。彼女は、わたしの体の何処でも、あなた様のお好きなようにして下さいませと答えた。タルートリーは、とても嬉しそうだった。勿論、答えではなく、彼女の気持ちが、である。本当の自分を隠したまま、生きていかねばならないと思っていた、と、彼は彼女に言った。彼女には、どうしてそれがそんなに辛い事なのか、良く分からなかった。そして、どうして隠さなければいけないのかも、分からなかった。
 お尻を叩くお仕置きの、何がいけない事なのか、分からなかった。
「そなたは、深層の令嬢なのだな。」
 タルートリーは少し笑った。アトルは、馬鹿にされた気がしたけれど、彼に、「そなた」と呼ばれたので、照れくさくなった。いつもは「お前」だったのに。「普通なら、わたしを変態と呼ぶぞ。」
「そうなのですか?私には分かりませんわ。」
 そもそも性癖とか、アブノーマルも分からない。ある意味、タルートリーは幸運だったのかもしれない。

 タルートリーの部屋の床を磨く手は、荒れ放題だ。荒れ始めた頃、お手伝いの女の子が真っ青になって、ハンドクリームを持ってきてくれたけれど、
「放っておけ。情けをかけてやる必要などない。」
 タルートリーの一言で、それは引っ込められた。アトルは、それが何なのかも分からなかったけれど、女の子にはお礼を言っておいた。タルートリーが取り巻き達と出て行ってしまった後、その子はまたそれを持って来て、断るアトルの手に、強引にそれを擦り込んだ。

 とても優しかったタルートリーが豹変したのは、アトルの一言が原因だった。
「私には、子供は作れません。そう、お医者様が言っていましたわ。」
 色々、努力してみた。本なども買い求めてみた。でも、待ち望んでいた子供は生まれなかった。それで、医者に診てもらう事にした。
 結果がこれだった。それから、タルートリーが冷たくなった。
「離婚しましょう、タルートリー様。私は無理ですが、他の方なら、子供が作れますもの。」
 そう言った瞬間、頬が大きな音を立てた。よろけて、倒れた。アトルは心底吃驚した。
 タルートリーは、女の顔は叩く所ではないと公言していて、映画なんかでそんなシーンがあると、それまでどんなに楽しそうにしていても、観るのを止めてしまうくらいだったのに。その代わりと言うか、アトルが彼を怒らせてしまうとお尻を叩かれた。ただ、それは彼がそういう性癖を持っているからと、アトルが納得しているからで、手を上げる行為自体は嫌っていた。
 タルートリーは憤然と歩いて行き、それから、二度とアトルに優しい顔を向けなかった。

 無視されるどころか、冷たくされるようになった当初、アトルは子供が作れない彼女が嫌になったからだと思った。しかし、世間体を考えて離婚も出来ないと。
 でも、それなら、平然と愛人を家に連れ込むのはどうしてだろう。そして、それがだんだん増えてきて、今や、周りは女だらけ。その女達の身の回りの世話を彼女にさせて、僅かな失敗を大きな声で笑う。
 アトルの味方のお手伝いの女の子達は、憤慨して、家を出て行けばいいと、彼に聞こえるように大きな声で言った。
「タルートリー様が、私を視界に入れたくないのであれば、そうしますが、私自ら、そんな事はしませんわ。私の事は、タルートリー様がお決めになりますから、私はそれに従うだけですの。」
 お手伝いの女の子は不満そうだったが、アトルが頑固なのを知っていたので、諦めて息をついた。

 ある日、アトルは、気が付いた。タルートリーは、本当は、妻ではなくて、自分が不能なのだと思った事に。そうではないと思いたくて、女遊びをしているのだと。
「都合のいい解釈だとお思いですか?」
「奥様がそう思いたいのは分かりますけど…。」
「違うのなら、どうしてタルートリー様は、いつもつまらなそうにしてらっしゃるのでしょうね。」
「そうですかぁ?」
「私は女ですから、酒池肉林を実現している男の方は、あんな表情をしないなんて、はっきりとは言えませんけど、少なくても、心から嬉しそうには見えませんの。」
「う・うーん…。」
 でも、とお手伝いの女の子。「百歩譲ってそれは認めるとしてもですね、あの人達は避妊してると思いますけど?」
「当たり前ですわね。でも、子供をタルートリー様が認知するのなら、つくってもいいという方はいそうに思えますわ。」
「えー、それは考え過ぎですよ。愛してもいない人の子供なんて作りませんよ。」
 お手伝いの子の言葉に、アトルは分からなくなってきて、訊いた。
「では、何の為にああしているのでしょう?」
「楽しいからに決まってますよ!動物じゃないんです。奥様、肝心な所が抜けてます。」
 アトルが赤くなる。
「そ・そうですか…。」

 仕事に行く前に、タルートリーをつかまえたアトル。
「病院へ行って、実際に確かめる事はしませんのね?」
「何の話だ。」
「貴方様には、分かっている筈ですわ。」
 アトルはきっぱりと言った。タルートリーが彼女を睨んだ。
「お前は、もっと理路整然としている、と思っておったぞ。女は、所詮、感情だけで生きているのだな。」
「私を怒らせて、お茶を濁そうとしても、無駄ですわよ。私、今日はきっちりと、貴方様の気持ちを確かめようと思ったのですから。」
 アトルはにこっと微笑んだ。「悲劇のヒロインもなかなか素敵ですけれど、飽き飽きしてきたのも事実ですの。」
「わたしには仕事がある。お前の戯言に付き合う暇などない。」
「武志さんに叱られるのが、そんなに怖いんですの?お兄様が貴方様を歪めてしまい、貴方様は今も苦しんでいると言うのに、あの方を責める事すらお出来にならない…虐待とは、本当に恐ろしいのですわ。」
「わたしの性癖の事を言っておるのだな…。」
「そうですわ。」
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