新四国八十八ヶ所の紹介

新四国八十八ヶ所

 

  四国霊場八十八ヵ所所は、弘仁6年(815年)弘法大師が42歳の時に四国に仏道修行の場として、また人々の厄難を取り除く場所として創設されたと言われています。江戸時代後半には西国三十三ヵ所、四国八十八ヵ所、伊勢神宮など霊場を参拝する人が多く現れ、霊場は大変なにぎわいとなりました。
  しかし、これらの巡礼は日数と経費がかかり、そのうえ危険も伴い 並大抵のことではありませんでした。そこで、近くに手軽に参拝できる霊場が数多く作られました。
  百合山新四国八十八ヵ所もその一つで、安政4年 (1857年)に開設されました。
当時は参拝する人も多く、大変賑わっていたようです。
  その後、戦乱、戦後の時代を経て、荒廃していた八十八ヵ所を昭和59年に有志数名で現地調査を繰り返し「百合山の自然と遺跡を生かす会」が発足。その後、札所の整備、遍路道の改修、展望所の設置、植林等を継続し、ここに「歴史の古道」が蘇りました。
  現在は、年中行事として、春は「百合山新四国花まつり」、秋は「自然観察会」や「ウオークラリー」、夏は大正4年に渡し船遭難で亡くなった女高生の鎮魂と世界の平和を祈る「万燈会」を8月15日の終戦記念日に行っています。また、春秋の彼岸には参拝と
行楽の人々で大変賑わっています。
  周辺には、スカイ・スポーツのテイクオフ基地、最初が峰古戦場跡、西行法師銅像、東田中神社などがあり、休日には百合山一帯が信仰と保養とスポーツの場として 人気を呼んでいます。どうか是非一度おこしください。

 

 

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