「タカ、ドコナンダヨ、タカッ」 白く、広い空間。どこまでも続く何もない空間。 その中に一人、鷹山が立っていた。 「タカ・・・」 安堵のため息は、すぐに飲み込まれる。 振り返った鷹山は、僅かに微笑むと、そのまま崩れ落ちた。 瞬く間に白の床に血の池が広がる。 心臓が握りつぶされる。とっさに駆け寄り、抱きかかえる。 その時に、自分も撃たれていた事に気付く。 ブラックアウトしていく意識の中、もう一人の自分を見たような気がした。
「うわぁぁぁぁっ」 ごん。 鈍い金属音が響く。 息をつくことが苦痛だ。頭を打った痛みより、今まで見ていた夢の整理を頭でつける方が大変だった。 夢だった、あれは幻だったんだ。 けれど。 夢で済むのか? 幻で終わるのか? 外では車の音や、雑音があるのに、心臓の鼓動の音が五月蝿い。
そんなある日、二人は犯人を追い、他のメンバーとともに倉庫へと駆け込んだ。 いつもの様に、目配せでそれぞれが散る。
いきなりの発砲音。方向は鷹山の方。 大下は血の気が引いた。仮眠室での夢がフラッシュバックする。 いつもの冷静さがふっ飛んだ。
「タカっ、どうした? 返事しろよっ!」 不用意に、鷹山の方へと駆け寄って行く。 「大下先輩っ」 町田の短い叫びと同時に、左側頭部に衝撃を覚え、体がふっ飛ぶ。 倉庫の棚に寄りかかり、左頬を触る。 生暖かい血の感触。改めて、拳銃を握り直す。 「・・・タカ・・・?」 その視界に、うつ伏せに倒れ、血溜まりの中に倒れている鷹山が飛び込んで来た。 「あ・・・」 音が飛ぶ。色が飛ぶ。 右肩に鋭い痛みを覚えた。 だが、視覚は戻らない。痛みも消える。 正面に捉えた男が、銃を構えて大下を見ている。 「おまえが・・・」 怪我しているはずの右手で、ゆっくりと銃を構えて行く。 男の後ろから、吉田が銃を突き付け、自由を奪い、銃も回収した。が。 大下の銃口は、男を狙いつづけている。 「先輩っ! もう、終わりましたからっ!」 町田が、大下の腕に縋り付き、無理矢理銃口を下に引き下ろす。 鷹山の様子を見ていた吉井は、救急車をトランシーバーで要請した。 「大下っ! 鷹山は生きてるよ!」 音が戻る。視覚も正常になる。ただ、鼓動だけが早鐘を打つ様に、響いている。
救急車に乗り込むまで、タンカに縋り付く様に、大下はずっと鷹山の側にいた。 「俺が、あっちへ行けばよかった・・・」 後悔の念が、絶え間なく責め立てる。 「タカ・・・ごめんよ・・・、フォロー出来なくて・・・」 涙が、自然に溢れ出る。 「タカ・・・タカっ!」 鷹山が、辛そうに目を開けた。 「ユージ・・・」 嗚咽に近い、心からの願い。 「・・・ごめん・・・」 あまりにも優しい目。優しい言葉。別れの言葉に聞こえる。 「謝るなっ! 後でゆっくり説教してやるっ!」 そう、後でだ。後で・・・。 すうっと、鷹山の瞼が閉じる。薄く涙が見えた。 「タカ・・・・?」 顔を覗き込む。そっと肩に手を当て、揺すってみる。 「タカっ! 目を開けろよっ!」 さらに大きく揺さぶろうとした時、病院に車が滑り込んだ。 大下がさらに追いすがろうとする。後から救急車を追って来ていた町田が、その様子を見て、 「先輩、ごめんなさいっ」 と、ボディブローを一発叩き込んだ。 いつもならば、あまりたいした事ではないのだが、錯乱している大下には、容易に彼の意識を飛ばすぐらいの効果が出たようだ。
気付くと、白い天井が見えていた。 右肩には包帯。独特の消毒剤の匂い。傍らには、吉井がいた。 「パパ・・・」 「鷹山なら、大丈夫だから。少し、疲れてるんじゃないのか? いつものお前らしくないぞ・・・」 「・・・失いたくないんです・・・」 「大下・・・」 「あまりにも、存在が大き過ぎて・・・。あいつが、いなくなるなんて、考えたくなくて・・・」 自由になっている左腕で、目を覆う。その端から涙が落ちた。 「俺だって、お前達がいなくなるなんて、考えたくないし、考えようとしてないよ。俺にとっても、お前達は大切な仲間だからな。少し、眠れよ。そうしたら、またいつものお前に戻れるさ・・・」 吉井はそういって、大下の布団をぽんぽんと叩いて、部屋を出て行った。
いつかは、別れなければならない。 理屈では分かっている。分かっているんだが・・・。 「こんな事・・・、やっぱり・・・俺らしくないか・・・」 鷹山が、笑い飛ばしたような気がした。
いつかは訪れる時間は、確実に近付いている。 それまでは・・・・
その時までは・・・・。 |