020.夢見

暗闇の中、水原は目を覚ました。
正直覚めているとは言っても、体の自由が利かなかった。
考えを思いめぐらせる。


ストーカー事案から、男が銃を手にしたという情報を手に入れた。
その情報を確かめるために、久々に横浜に向かった。
菊島と会うことが出来、当時を詫びた。

すっかり年を取った菊島は、何も言わなくていい、とにやっと笑った。

「今は修の探偵社の顧問なんだぞ。それなりにいい生活させてもらっとる。この間なんてテレビに出たんだ」

やっぱり、修はやり手だ。
女性の味方、という手法で警察OBの協力などを得て探偵社を続けていた。
自分は探偵にむいてない、ならば別の人を探偵にして自分は裏方に徹する。

いつの間にあいつはそんなに大人になったんだろう。
俺たちだけが、あの時のまま。


横浜の街もかなり変わった。

ふと、CJ CAFEの前で足が止まった。

この店の前だけが、昔のままだ。
俺は、そのまま、少し動けなかった。



その夜だ。
俺がこんな夢を見たのは。


「水さん…」

懐かしいその声は、今のあいつの声にシンクロする。

「水さん…」
「大下…か?」

その言葉に、あいつはふっと微笑んだ。
その微笑み方が、あいつではなかった。

屈託のない、笑み。


間違いない。


「五島か。どうした?」

俺は普通に接していた。そう。あのことなんてなかったように。
今思えば、取り乱していてもおかしくなかった。
けれど、夢の中は、今の自分とは違う自分だ。
そして、あの五島も、違う男だ。…俺の罪悪感…。


「久々だね、元気だった?」
「ああ、おかげさまでな。何だか色々あってな」
「だろうね、すっかり老けてるし」
「お前、あれから何年経ってると…」


そう。そこで気が付いた。

五島は、もう、いない。


「お前を、守れなかった。ごめん」

五島は首を振る。

「いいんだよ、仕方なかった。俺こそ、水さんに十字架背負わせちゃったね」

にこにこ笑いながら言う。そう、あの頃の笑顔そのままだ。

「竜さんも、元気?」
「ああ、相変わらずだ。あっちにも出てやってくれよ、俺が殺されちまう」
「そうだね、見ておくよ。…何か、凹んでない?」

小首を傾げて五島が言う。俺は多分、泣いてたんじゃないかな。自覚ねぇや。

「かもな、うん、かも、しれない。あのときに戻れたら、お前を止められたんじゃないかって、何度も神に祈ったさ。お願いだから、時間を戻してくれ、ってな。まあ、無理なんだけど」
「あのさ、水さん」

下を向いて、ため息をつく五島。
次の瞬間、顔を上げると、俺の両頬を掴んで正面から向かい合った。

「何度戻ったって、結果は変わらない。水さんは何回も俺を看取るつもりか? 俺を忘れないでいてくれるのは嬉しいし、忘れないでほしいって思ってる。けど、水さんもそろそろ前を向いてくれ。今度俺を思い出すなら、生きるために思い出してほしい」

その手の感触は、あの時のまま。

「ね、湿っぽいの嫌いでしょ? またどうせ会えるよ。あ、けどその時は水さんはおじーちゃんだね」

にこっと笑ったあいつの笑顔。



「水原さん、看板なんですけど」

目を覚ますと、俺はマスターに起こされていた。

「あれ、俺寝てたんだ」
「カウンターで寝てたんですがね、親切な御仁がそのソファーに移動してくれました。あと、これ渡してほしいって言って、出てかれましたよ」
「封筒? どんな奴だった?」
「目深に帽子被ってたんですがね、まるで昔の五島さんみたいでしたよ」

その言葉に、俺は即座に万札置いて飛び出した。


裏の象の鼻で、俺は息を整えた。
ハマの風が俺を打ち付ける。

封筒には、一枚のコイン。


「五島、仕事は終わりかよ」


一陣の風が、足元から吹き上げて行った。


診断メーカーのお題から派生。

戻る