018.理由
青梅の雨は止んでいた。
バイクに乗っていた時、大下が立花の腰に回していた腕のホールドの力が強くなったのに気付いてはいたが、スピードを緩める気はさらさらなかった。
多分、大下も急いでいるのには変わらないとおもったから。
「おま、運転荒過ぎ・・・」
という大下の言葉も、森に視線を向けていた立花の耳元から、中に入る事も無く素通りさせられてしまった。
「ここの森だそうです」
「だそうですっ・・・て、広過ぎだろ・・・」
あまりにも広大な土地に、大下は言葉を詰まらせた。
「行きます」
「コウ、所轄に連絡を入れてあるんだろうな」
「・・・あ」
「あ、じゃないだろ。俺らじゃ土地勘無さ過ぎる。応援頼め」
「あ、はい」
立花は、すかさず携帯を取り出し、電話をしようとしたその時、かすかに破裂音が聞こえた。
そして、人の声も。
「大下さんっ」
「ああっ!!」
二人は声の方向へと走り出す。
音の方では、十数人の男達がうろうろしている。
そう。うろうろ。
大下と立花は顔を見合わせた。お互い顔色が悪い。
嫌な予感は同じ予感のようだ。
音も立てず、聞き耳を立ててみる。
「おい、いたか?」
「いや、いないっ」
がさがさと人と草の音。
じっと身を潜めていると、
「おい、銃が落ちてるぞ」
「何?」
「ここから落ちたのか?」
その声に、立花が腰のホルスターから銃を引き出した。慌てて大下がそれを引き戻す。
代わりに、大下が自分のホルスターからパチンコを取り出し、付近の小石を拾い上げ、ゴムへとセットすると、別の方向へと飛ばす。
力を入れた時に、ちりっとした鋭い痛みが、大下の表情を曇らせる。
その石の音に、男達の意識はそちらに向き、歩を進めた。
その隙に、大下は立花に目配せして、場所を移動させる。
再び、大下はまた別の方向へと石を飛ばす。
男達の背後に立花が移動したのを見て取るや否や、大下は腰を屈めたまま、目立つ様に走り出す。
銃弾の雨が大下を狙う。
数多くの破裂音と、土煙、火薬の匂いがまとわりつく。
大下が少し大きめの木の影に入った途端、立花が立ち上がり、確実に銃弾を撃ち込んだ。
大下と立花、二人へと銃弾は向けられた。立花は素早くスピードローダーで弾を弾倉へと装填し、銃撃戦となった。
大下も移動しつつ、銃を手に入れ撃ち出した。
銃声が鳴り止む。
辺りには、まるで駆除された鉢のように、うめき蠢く男達の姿があった。
二人はその中に立ち、男たちから凶器を取り上げ、危険を取り除く。
その内の一人から銃を取り上げた立花が、その銃をぎゅっと握った。
「これ、ハトさんのだ・・・。これは・・・、血痕・・・!!」
「何だって?」
グリップのエンブレムの部分に、赤い液体が張り付いていた。
大下はそれを確認すると、辺りを見回してみた。人影はない。人の声すらない。というか、聞こえないと思うや否や、地面に倒れてうめいている男たちを回って、軒並み意識を飛ばした。
「少し静かにしやがれっ」
しんと静まり返った後、二人は聞き耳を立てた。葉ずれの音、川の流れ、それすら全て雑音に感じた。
遠くに、何か聞こえた。
重く思った瞼を開けると、目の前に人が横たわっている。
ぼうっとしていた頭が、一気に今までの情景を映し出し、慌てて鷹山は鳩村を覗き込んだ。
「鳩村、生きてるか・・・?」
「っつ・・・・」
微かに帰る反応に、ほっとするのも束の間、ぬるりとした液体の感触が自分の頬を伝う。
頬を乱暴に拭うと、血が手の甲を赤く染めていた。
流血していると分かると、何故か妙に痛くなって来る。
「ちっ・・・」
舌打ちすると、再び鳩村の顔を覗き込む。痛みに顔を歪めている姿を見ると、まるで幽体離脱したような気分に陥る。
「あんたさ・・・、何そんなに必死になってんだ・・・。俺なんてハナっからほっとけばいらねぇ怪我しなかっただろうに・・・」
その呟きが、空に消えるかと思った次の瞬間。
「俺は・・・、嫌なんだよ・・・。嫌ってほど人の死を見たけど・・・。やっぱり嫌なんだ・・・、俺に関わる人間が、目の前で、・・・死ぬの・・・は」
ちらりと見た鳩村は、目も開けていない。
鷹山は肩を竦めた。
「死ななかったと思うぜ。俺は、あの時銃弾受けても、な。何て言ったって」
「「俺たちは運がいいんだ」」
声がぶれたようにハーモニーを奏でた。
「・・・あ?」
鷹山がその声を主を捜して辺りを見回し、長年連れ添った男の顔を見つけ、目を細めた。
「俺だって、嫌だよ。目の前で鳩村に死なれちゃ、な。それに、それはお前の相棒だって同じさ。そして、俺の相棒だって、そう思ってる」
「ハトさんっっっ!!!」
もの凄い勢いで、立花が脇道からすっ飛んで来た。
砂利道で、足場が悪く、もたつきながらも走ってきた。
その姿を薄く目を開けて見た鳩村は、
「まだ、死ねないな、俺は・・・」
「暫くは、死神追い返されっぱなしだな、お前も俺も、あいつらのせいで」
立花の後ろから同じ様に走って来た大下の姿を見て、鷹山は軽く手を振って答えた。
これで最後ですー。っと思ってたらw
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