014.勇敢
ひゅうっと耳元で風か鳴る。
今はその音さえ五月蝿い。

ずっと集中していないと、「音」を聞き逃す。
わずかな足音。
それを聞き逃してはいけない。
自分の息の音すら、鼓動すら、鬱陶しい。

かちりと響く鉄の擦れた音。
ただ、それだけで充分。

破裂音とともに、苦悶の声が響く。

ぴゅうっと今度は隣から口笛の音が聞こえた。
暗闇の中。

「よく出来るな、そんな芸当」

西條はその声に、くすっと笑いを漏らした。

「昔取った杵柄って奴だよ」
「その技があれば、無駄弾使わなくて済むな」

軽口はいつもの事。
問題は、西條の目が見えなくなっていることと、その口笛の主・・・大下が銃を持っていないこと。

大下が行方不明と聞いたのは、前の日の夕方。
鷹山が西條に「そっちに行ってないか?」と電話で連絡したのが最初だった。
七曲署管内での事件に関わってしまったという話だった。
そして、それきり連絡が無い。

ちょっと気になった西條が、大下の立回先を調べている時に、偶然大下が拉致される所を見つけ、追った結果がこれである。

西條の視界を遮ったのは、催涙スプレーで、回復に少し時間がかかるようだった。
だが、音で標的を絞れるその技に、大下は舌を巻いた。
大下が西條の銃を借りるという選択肢もあったが、西條がそれを頑に拒否。

「やっぱ、俺撃つよ」
「いや。お前が撃つと俺が困る」
「なして」
「そりゃ、一般人に銃渡せないだろ? それに・・・」
「それに?」
「・・・・ない。弾」
「・・・は?」

西條の銃のカートリッジは一つしか無い。というのが、もう一つの理由。
相手はぎりぎりの人数。
撃ち損じる訳にはいかなかった。

だが。
西條の集中力にも限界がある。

大下は、意を決した。

「俺、ちょっと行ってくるわ」
「・・・行くって・・・」
「俺が、囮になるってか、銃を拾って来る」
「大下っ」

西條が短く制止する。
薄ぼんやりする視界で、大下の表情を捉えようとする。

「あんたが思ってるより、俺はデキるんだよ?」

自信たっぷりの台詞、そのイントネーションに、西條は苦笑した。

「あのな、大下」
「何だよ」
「あと30分も待てないの?」
「・・・え?」

西條は、立ち上がりかけていた大下のジャケットを引っ張り、その場に座らせた。

「あのな。俺のあだ名は?」
「ドック」
「そ。で、その意味分かってるよね?」
「意味って・・・」
「ドクターのドック」
「船のドックとかの意味じゃなくて?」
「あれも、修理とかあるだろー。じゃないっつの。この成分の薬なら、あと30分も過ぎれば、大丈夫だ。それまでは、お前が俺の目になれ」
「・・・最近、視力落ちたんだけどな」
「あほんだら。さすがに二方向はきついっての」
「二方向?」

西條が言うなり、一発撃ち込む。
再び、うめき声と倒れる音がする。
さらに、もう一方へと撃ち込むが、それは外れたらしく、遠ざかる足音が響くだけだった。

「な?」
「な、じゃないよ・・・。大丈夫なのか、お前」
「お前が囮になるより、はるかに安全だと思うけど?」

にっと笑う西條に、大下は引きつった笑いを見せた。
当然、西條には見えなかった訳だが。

自信家と自信家がぶつかると、強気が勝つのかな。
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