009.透明
立花の動きは速かった。
その仮面の男に一発平手打ちを入れると、大下の胸へ飛び込んで行った。

「無理矢理キスされたぁ!!!」

と、これ見よがしに泣きわめく。大下も、どうしたらいいものか戸惑っていると、立花がぐいっと上着の襟を握りしめ、小声で

「騒ぎを起こして」

と呟いた。

「消毒したい! 医者に行くっ!」
「おい・・・ん・・・? 医者?」

大げさに大下の洋服で顔を拭う立花の後ろに、あの仮面の男が近寄って来た。
微かに、ほおが赤くなっている。

「大げさだよ、たかがキス位で」
「キスぐらいって何よ! 私はそこらで遊んでいるガキじゃないんですからねっ! ゆーくん、ちょっと何とか言ってよ!」

そんな三人の周りに、他の客も集まって、ヤジを飛ばし始める。
大下は、こうなりゃままよと、仮面の男の襟首を掴んだ。

「よくも、俺の女に手を出したな! ただじゃすまねぇぞ!」

すると、仮面の男は、大下の手を振りほどいてテーブルの向こう側へと走り込んだ。
その奥は、ビップルームだ。

「魅力的な女を誘って、何が悪い!!」
「俺が止めたのに、強引にフロアに連れ出しといて何を言う!」
「そうよっ、この、変態っ!」

言うなり、立花はシャンパンの瓶を逆手に持った。大下がぎょっとしていると、それをそのまま、その男に向けて投げた。
男は屈んで、その瓶を避ける。空を切った瓶は、そのままビップルームの窓を突き破った。

「てめぇら、何してやがるっ!」

中から男の怒声がし、カーテンが開いて、男が顔を出した。
立花は気にせず、そのまま仮面の男めがけて再びシャンパンの瓶を投げつける。

「危ないからやめような、おじょうちゃん」

そう言われ、手首を掴まれた立花は、その男をあっという間にテーブルに叩き付けていた。

「げっ」

大下が、青くなる。ビップルームから数人の男がばらばらと出て来て、立花を押さえつけようとした、次の瞬間、鳩村達がなだれ込んで来た。
大下は、巻き込まれない様に、とっさに鷹山のいるカウンターへと飛び込んだ。

「これで、おしまい、かな」
「かな」

立花はビップルームへと踊り込むと、現金と覚せい剤の乗ったテーブルへと飛び乗り、足蹴にしてスカートをまくり上げる。
太ももに隠していた銃を手にすると、その場にいた一同へと銃口を向け、怒鳴った。

「はい、動かないっ!」
「何なんだ、貴様は!!」

その声に、立花はやおら仮面とウィッグを脱ぎ捨てた。
男達の表情が一気に青ざめた。

「た、立花・・・」
「西部署機動捜査隊、立花功参上っ」

そんな立花の様子に、鳩村は苦笑いした。

「どこのゾクだよ」
「西部署特別機動捜査隊ですが、何か?」
「俺の配下は暴走族かい」

大下は、そんな騒動を目にしつつ、不思議な気分でいた。

「なあ、タカ。お前さん、カメラ仕込んだんじゃなかったっけ」
「・・・ああ」

二人がカウンターから出ようとした時、一人の警官が近寄って来た。

「あ、おしまい?」

大下がひょいっとカウンターを乗り越えると、その警官は、大下を羽交い締めにした。

「く・・・・っ」

大下のこめかみに、冷たい銃口が突きつけられる。
その異様な状況に気づいた鳩村達は、遠巻きに二人を取り囲んだ。

「お前だったのか」

鳩村の台詞に、鷹山が苦虫を潰したような顔をした。
大下一人、合点がいかない。

「そりゃあ、こっちの作戦がうまく行かないはずだ。身内に内通者がいればね」
「動くと、こいつを殺す」

鳩村がじりっと歩を進める。警官は、その分だけ、後ずさる。

「大門軍団に、その手が通じるかは、お前が一番よく分かってるんじゃないのか」
「ちょ、鳩村、俺見殺す・・・」
「大下、来世では違う職業選べよ」
「待ってくれよっ!! 何だよ、その台詞!!!」

大下がひと際大きく騒いだその時、警官の拳銃を持つ手が、後ろからひねり上げられていた。

「俺のジョーカーは一枚だけじゃないんでね」

一気に警官達が飛びかかり、大下は自由の身になる。振り返ると、仮面の男が立っていた。

「どんくさいんじゃないのか、大下くん?」

手にした銃を鳩村に渡し、男はにやにやと笑っている。

「・・・・ちぇっ・・・・。伏兵かよ。西條」

その言葉に、仮面の男は変装を取り払った。

「本当は入る予定じゃなかったんだけどね。鷹山のカメラが効かないってことで、急遽前線投入されたんだ。すまなかったな、コウちゃん」
「・・・それはいいんですけど、ドックさん」
「ん?」
「舌まで入れるのはやめて欲しかったよ」

大下は、大きく息を吐いた。

「何なんだよ。俺一人、全然わけもわからずに・・・」
「そういう人間が一人いた方が、不自然にはならなくていいじゃねぇか」

鷹山の言葉に、大下の目がすわる。

「・・・いいよ、別に。しばらく俺水さんと組むわ」
「おい、ユージ?」
「どぉーせ、俺は芝居へたですよ。いいよ、別に」

うだうだ絡み始めた大下の機嫌は、ややしばらく戻らなかった。

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