005.吐息


「はーい、差し入れっ」

その声に、鷹山が振り返ると、にこやかに立っている真山がいた。
手にはコンビニの袋。覗き込むと、肉まんが一個と、缶コーヒーのショート缶が一つ。

「で、タカちゃん一人で捜査ってきっつくない? 一般人だし」
「しゃあないだろ。足捻挫したっていうし。俺だけで充分だよ、浮気調査なんてな」

一週間、対象を一人で追うなど、普通の探偵に出来る芸当ではない。
このあたり、さすが元刑事、と思う真山だった。
すると、鷹山が真山の手を引いて、抱き寄せて来た。

「ちょっ、ちょ、タカさんっ・・・」

慌てる真山の口を人差し指で塞ぐと、視線はホテルの前へと飛ばしていた。

「出て来た」

鷹山は、真山の陰からデジタルカメラで証拠の写真を数枚撮る。
と、真山の肩に掛けていた鷹山の力が入る。

「・・・いかん!」

鷹山は、真山に素早くカメラを預けると、不倫カップルに向かって走り出した。
真山が振り返ると、その不倫カップルにナイフを向ける女の姿があった。

「恵子! 何でここに!」
「あんたを尾行して来たのよっ! 何よ、その女っ!」
「危ないからナイフをしまえ!!」

男がナイフをもった恵子を宥めている。
が、恵子はナイフを振り回し、女へと切り掛かって行く。
鷹山はその間に割って入り、恵子の手を捻り上げると、ナイフを取り上げ、組み伏せた。

「カオル、警察に電話」
「ええ」

鷹山がまだ暴れる恵子を押さえつけつつ、真山にそう言った。
真山が携帯を取り出して、ダイヤルをしようとすると、男が慌てて声をかけた。

「待ってください、電話はしないでくれ」
「え?」
「俺がこの人と付き合っているのが、今回の原因だ。恵子には、俺から言って聞かせる。この人との付き合いもやめる。だから、警察沙汰はやめてくれ!」

男の言葉に、真山は躊躇した。

「かまわん。掛けろ」

それを見た鷹山は、冷静にそう言い放った。

「犯罪は犯罪だ」
「タカさん・・・」
「それに、お前が確かに見た」
「・・・」

真山が、短縮を押す。男と女はうなだれていた。
騒ぎを聞きつけた少数の野次馬の中、五人はさらし者になっていた。

「真山です。至急PC一台回してください。殺人未遂事案です。現場・・・」

真山の言葉の後ろで、鷹山に向かって男が言った。

「・・・酷いじゃないですか・・・」
「どっちが酷いのかな。今回の原因は、間違いなくあなたにあるんだから」
「でも、警察を呼ぶなんて・・・」
「彼女は警官だ。警官の前で犯罪を犯したのだから、仕方ないだろう」

鷹山は鋭い視線を二人に、とりわけ男に投げた。

 

関わった人間全てが西部署へと送られた後、真山は鷹山に言った。

「随分、冷たいんじゃない?」
「何が」
「女の人と付き合いやめるって言ったのに、逮捕するなんて。恵子さんを犯罪者にしたくないって言い方してたし、愛しているんじゃないの」
「お前、恵子さんの事を奥さんだって思ってないか?」
「え?」

鷹山は、やっぱりな、という顔をした。

「あの男、四つまたかけてんだ。俺の依頼人の奥さんの他に。一日奴を追っかけた日があって、それで分かった」
「あの人独身?」
「一応な。でも、内縁の妻がいて、子供もいる」

真山は開いた口が塞がらなくなった。

「で、中稿商事の課長さん。あの台詞は、奴の保身のための台詞なんだ。同情の余地無し」
「中稿って、大会社じゃない・・・。それで、あんな事を・・・」

真山と鷹山は同時にため息をついた。

思いはそれぞれ別だったけれど。


戻る