12月31日

 

「当港署では、大晦日から元旦への、山下公園等における、混雑緩和と、その際に起こりうる犯罪抑止のため、警戒態勢を強化する」

 

「・・・というお達し」

大下が、鷹山にさらりと言う。

いつもの横浜の風景とはひと味もふた味も違う、年末の風景。
当然、警察官という仕事は、休み等ない。

「あ、そ」

鷹山も、そっけなく返す。

毎年毎年、繰り返される風景。 浮かれた市民達が羽目を外し、喧嘩沙汰はしょっちゅう。それに対する通報に、目の回るような忙しさ。
部署の壁など、この日ばかりはない。

夜に入ると、さらに悪化して行く状況。

「ストレス貯まるんですけど」
「ストレス貯金でもするか?」
「冗談言える状態じゃないんですけど」
「なら、しばらく黙っててくれないか」

山下公園を、警戒のため、徒歩で歩く二人。
まわりは、来るべき新年を祝うための準備に余念のない人たち。

と、にわかに騒がしくなっていた。

「喧嘩ですかねぇ」
「そうみたいだな」

大下が、これ幸いと急ぎ歩き出す。
鷹山もため息をつきつつ、後を追う。

酒、というものが、これまでに人の行動を変えてしまうものか。

「はい、喧嘩はやめようね・・・」

大下が大人しく、丁寧に間に割って入った。
途端に、鈍い音と共に、大下がしていたサングラスが路上に飛んだ。
大下が、左頬を押さえ、二、三歩よろめいた。

「・・・って・・・」
「おい、ユージ」
「ざけんな、こらぁぁぁぁっっっ」

大下を止めるために、出した左手を、鷹山は自分の元へと戻した。
止めるだけ、労力の無駄である事を知っていたから。
それに、さっきまでぶつぶつ言っていたうっぷんを、自分ではなく、他に向けてくれるなら、これ幸い。と警官にあるまじき考えをしていた。

「人が大人しく止めてやろうと思ったら、図に乗りやがって!! お前らみんなトラ箱送ってやるっっ」
「やれるもんならやってみろよ、こらっっっ」

一人が、持っていたカップ酒を、大下の顔にぶっかけた。

「あーあ・・・、火にアルコール・・・」

鷹山が一人呟き、相棒のサングラスを拾う。

「ふ、ふ、ふふ、ふふふふふふ・・・・」
「あ、キレた・・・」

男が大下の顔面目がけて、突き出して来たパンチを、しゃがんで躱し、そのままの勢いでボディに右を叩き込む。
男はたまらず、前のめりになって、膝から崩れ落ちる。
と、その男の仲間3人が、加勢に加わる。 大下を取り囲み、3方向から同時に掴み掛かって来た。
右手からつかみかかって来る男の腕を取り、そのまま引き寄せ、勢いを利用して、他の男たちに向けて突き飛ばす。一人は、その男の巻き添えで倒れたが、残りの一人がそのまま突進して来た。

「およ?」

男はコートの中の、スーツの襟首をとった。それを振り払おうとしたが、がっしりと掴まれ、びくともしない。
しかも、掴み方が素人ではない。

「あれ、柔道やってるな・・・」

コートの内ポケットから、ケントを出して、マッチで火をつけ、すっかりくつろぎムードの鷹山。すると、懐に入れた無線から、聞き慣れた声が響いて来た。

「山下公園で喧嘩の通報があるが、おまえらじゃないだろうなっ」

それは近藤課長の声。

「・・・説明欲しいですか」
「・・・・・・・・」

これも毎年恒例。そのまま無線は切れた。
鷹山は、自分の相棒に視線を戻す。

「離せよ」

口調は軽いが、どうにも手が振りほどけない。
体勢を切り替えようと、体重を移動した途端、足払いを受け、地面に腰から叩き付けられた。

「・・・・・!!!」

瞬間、息が止まる。
さらに追い打ちをかけようと、男が襟首を絞めにかかった。さすがに、鷹山が割って入る。大下に馬乗りになっている男を引きはがす。
男のターゲットが、鷹山に変更された。

「ごほっ・・・タ、カ・・・」

首と腰を押さえる相棒に、ちらりと一瞥し、サングラスを返してやる。

「相手を甘く見るからそうなるんだ」
「すんまそん・・・」

自分もサングラスを外し、コートのポケットへと仕舞い込む。
男は再び、鷹山の襟首を掴もうと、間合いを詰めて来た。
その顔へ、紙コップに入った、冷たいジュースを浴びせる。

「てめ・・・・」
「いい加減、酔いを醒ますんだな」

男の鼻先に、冷たい鉄の固まりを押し付ける。それは銃口だった。辺りのギャラリーもどよめく。

「さもないと、撃っちゃうよ」

さらに、警察手帳も提示。

「大人しく、連行されてくれないかな」


その後、騒ぎに駆け付けて来た制服警官に、四人の身柄を預け、二人は大下の着替えのため、署に戻ることにした。


「さっむー・・・・」

署のシャワーを使い、酒の匂いのするものは全て除去して、大下が着替え終わって捜査課の部屋に戻って来る。生憎、整髪料はなく、いつもの大下の髪型ではなく、前髪がさらりと落ち、ただでさえ童顔の顔が、さらに幼く見えている。
鷹山は、入れたてのコーヒーを渡す。

「はい、ご苦労さん」

微かに、鐘の音が聞こえて来た。

「あ、除夜の鐘だな・・・」

大下が耳を澄ます。

「警官になってから、紅白なんて見れないよな」
「俺、ビデオに予約してあるからいい」
「くは。紅白見てるのかよっ」
「あ? どういう意味だよ」
「タカって、ダンディ気取ってる割に、妙に日本人だよな」
「日本のいい所を知らずに、日本でダンディを極めるのは無理なんだよ」
「紅白が日本のいい所かよ」
「歌だよ。演歌は日本で生まれてるんだぜ」
「俺は、ポップスがいいなあ。ジャニーズの年越しコンサートとか」
「ありえねえ」
「どっちがだよ」

鐘の音が響く。微かに、だが力強く。

「煩悩、打ち払うための108の鐘だよな」

「だな」

「・・・・・無理そうだな・・・・」

「だな・・・・」

二人でため息をつく。

「なあ、タカ」
「あ?」
「今年も色々あったけど、とりあえず・・・・」


12時。港横浜に停泊中の船の汽笛が、全て鳴らされる。 横浜の街の中で、新年の祝いの歓声があがる。


「今年も、よろしく、だろ?」
「です」


二人はしっかりと握手した。

 

end


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