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2004年1月30日Fri.
サイレン

職場のアルバイトさんとだいぶん遅めの新年会で、おでんを食べに行った。
お供は司牡丹の船中八策。南のお酒にしては切れよくさわやかで、ついつい杯がすすむのであぶない。

連れの彼女は、富山出身である。富山と言えば立山が有名どころであるが、彼女のおすすめは満寿泉だとか。
水がよく、米もとれ、お魚もおいしいところで、住吉などには垂涎の土地柄であるが、 「住むのにどーよ?」 と聞いたところ、 「うーん、冬がなければ」 だ、そうで。
これからは富山湾に蜃気楼の立つ季節である。春先で海水がぬるまった頃の風物詩と思っていたが、冬でも日の差した暖かな日に出現することもあるそうな。
「でも富山の人間でも、めったに見られるもんじゃないんですよ。私見たことないんです」
そらまあ、海岸にいないと見られないわけだしねえ。
「だから、出るとサイレン鳴らして知らせるんですよ。今は花火だったかな?」
サイレン…。津波警報と間違われないんだろうか。と、いうより、津波警報が間違われないだろうか(汗)


2004年1月29日Thu.
おおもの洗い

昼まで寝た。
今週末はある意味ハードワークだもんで、おもうさまだらだらして体力をたくわえておかねばならない。
てなわけで、家から一歩も出ず。病院にも行かず。ごめんよ親父。

しかし晴れたが僥倖、布団ほしたかったのよね。あとシーツも洗ったし。
洗濯物は冬はだいたい部屋干しするけれど、大物はどうしても外に干して乾かし切らないと、下げておくところに困るのだった。ああでも、そろそろ花粉が飛ぶ季節だ。そうなると無理にでも中で乾かさねばならない。
世間には乾燥機とゆー便利なものがあるらしいのだが、それを使えるのは、置いておけるスペースを確保できる人に限られるのだ。うう、引っ越そうかしら。


2004年1月28日Wed.
ラストサムライ

武士道とは死ぬことと見つけたり。

連続10日出勤に終止符を打つべく、明日は代休をとったのだった。
てなわけで、帰りがけに 「ラストサムライ」 を見てめえりやした。
どうも住吉の周りで評判が非常にいいので、これは見なければならん、と機会を伺っていたのだ。

ええ。噂どおり、よかったでございます。
渡辺謙がかっちょええ! いみじくも友人が言ったとおり、 「ちゃんとしたチャンバラ」 だし。不覚にもトム・クルーズまで格好よく見えてしまった。不覚って…。
そらまあ、日本の歴史物を、向こうさんが作ろうというのだから、いろいろとツッコミどころはあるのだが。以下、見ていない人のために白黒反転。
大村氏って、大村益次郎がモデル? だとしたら、ちょっちかわいそうかも(故人のはずだし)。まあ、大久保利通とか伊藤博文とか、メジャーどころを出すのはさわりがあったのだろうけど。1870年代後半といえば新政府の陣容も整った頃だろうから、側近一人の意見で政治が動く段階ではないと思うのだが。
かと思うと、史実に妙に忠実で、廃刀令があったのが1876年。時事的には西南戦争、ディテールは楠木正成のゲリラ戦に題材をとっているという読みでよいのだろうか。
しかし吉野山中にはシュロの木は群生してないだろう。下生えもまったくなかったし。そもそも横浜から吉野までワープしてしまっていいのか。
あと信忠くん! 叔母上を呼び捨てすんじゃねえ。

などとは思ったものの、エンタメとしての魅力をそこなうものではなく。3時間があっという間に過ぎた充実の映画でございました。

ところで予告編で士郎−押井のコンビの 「イノセンス」 が出ていたのだが。どうやらわたくしの好きなバトーくんが主人公のようで、これは見てしまうかもしれない。どんどん人間離れしていっているらしいのだが(涙)。


2004年1月27日Tue.
蒸すという調理法

この間中華街で買ってきた肉まんを食べることにした。
わーい大きい♪

せっかくだから、電子レンジではなく、ちゃんと蒸していただくことにしたのだが、独りずまいの我が家には蒸し器はない。しかたなく小鉢を鍋底に敷いて代用したのだが、水が溜まったりしてやっぱりちょっと不便なのだ。

蒸すという料理の仕方は、縄文時代早期からすでにあったようである。木の実を水にさらしてアクを抜き、粉にひいたものを蒸し焼きにしてパンを作る、というような手の込んだこともしていたらしい。
火を使った食べ物の加工といえば、まず真っ先に「焼く」ということが思い浮かぶところだが、焦がさずまんべんなく火をまわすように工夫をしたのだろうか。なるべくおいしく食べようとした先人の知恵という気がして、一万年前から人間て変わらないのかもなーと思ったりする。


2004年1月25日Sun.
見守る仕事

怒濤の3週連続日曜出勤の初日。あいだで代休は取れそうなものの…。

今日は試験監督補助だった。
午前2時間、午後2時間。
ほとんどなんにもしなくていい、ただ座っているだけの、楽なお仕事である。

楽なんだが。

なにもしなくていいというよりは、なにもしてはいけない、という方が正しい。
そりゃそだわ。真剣に試験受けているそばで、片手間に別の仕事されたくないだろう。
しかし。
試験を受ける方もたいへんだが、それをただ見守るだけってのも、かなりたいへんだったりするのだ。
片手間に仕事するのと居眠りするのと、どちらが監督としてましな態度なのか、半ば真剣に考えてみた。

結論。とりあえずとがったエンピツを携行するべし。


2004年1月24日Sat.
人のことは言えないが

昼。
半ドンだったので、課長とご飯を食べて帰ることになり、新宿は中村屋本店に寄ってみた。
しかしなぜか、各階レストランとも長蛇の列。
地階の軽食喫茶が空いていたので、クラブサンドをごちそうになる。

夜。
親父の見舞いに行って母と合流。
妹が研修だかで家におらず、私も明日仕事なので早めに帰りたかったので、てっとりばやく二人で外食することになった。
で。お寿司でも、と行ってみたらば、大混雑。

景気がなかなか上向かないのに、食事代は惜しまない人が多いらしい。
せめて食事くらいおいしいものを、と思うのだろうか。ま、わたくしもそうだけどもさ。
こういうのも、エンゲル係数が高いというのだろうか。


2004年1月23日Fri.
哲学とはなにか

後輩とちょっと遅めの新年会をした。
沖縄料理のお店だったのだが、いやー、泡盛が豊富にあるある。いろいろためしてみたかったが、明日も出勤なので3杯でやめておいた。
料理の方も、グルクンの唐揚げにナーベラーンブシー、シャコ貝の刺身、ゴーヤーチャンプルー、じーまみ豆腐、そして島らっきょうの唐揚げと、好物ばかり頼んで、非常に幸せであった。

ところで、連れの後輩は哲学科の出身である。
哲学をやっている人を見ると、条件反射的になんだかよく分からないけどスゴイ、と思ってしまうのだった。
理屈や観念は嫌いではない。やってみれば面白いんだろうと思う。
が。たぶん途中でわけがわからなくなって、まーいいや、とあきらめてしまう可能性大。

ところでいまどきの哲学者とはどのような人かというと。
京都市立芸大学長、国際日本文化研究センター所長などを歴任した梅原猛が有名であるが、最近知名度でひけをとらない(当社比)のが土屋賢二せんせいというか、ほかに知らない。
日本哲学界の未来は、果たして明るいのか暗いのか。
私は好きなんですけどね、この人のエッセイ。


2004年1月22日Thu.
しっけーーー

昨日は高校の友人たちと、横浜で中華。
の、あとに、友人宅でコーヒーをごちそうになり。

不動産やさんに 「考えてません!」 と言い切った舌の根も乾かぬうちに。
こーゆーおうちを見てしまうと、引っ越したくなる! と、ふつふつと思ってしまったのだった。
もうほんと、きれいに素敵に暮らしてらっさる。
しかし、どこに住もうと、住む人間によるのだろうから、わたくしだったらこうはいかないだろう、ということもなんとなく分かってたりするのだ。なにせ壁一面に衣類がさがってたりするし。

ところで。
見るんじゃないかなーと危惧していたのだが、やっぱり見てしまいましたよ 「エースをねらえ!」
いやもう、口あけて見てしまいました。
特にファンだったということもなく、そもそも原作を通しで読んだこともないのだが。宗方コーチやお蝶夫人はもちろん、尾崎さんとか千葉さんとか、なんとなくなつかしい人に会ったような気になる世代なんだよな。
ドラマの内容については、うるさいことは言うまい。
これがオリジナルなら噴飯モノだが、ノスタルジーの威力というのはまったくすごい。いえ、そこそこのできだとは思いますがね。試合のシーンにまったく迫力がないのはどうかと思うが。
ただこれだけ一言。
藤堂さんの、「じゃ、失敬」に、ひっくり返りました。
もう大喜び。わたし吉沢悠くん好きかも〜!


2004年1月20日Tue.
営業

夕餉の支度の最中に電話が鳴った。
若い男の声がした。

「もしもし?」
−もしもし、夜分すみません。こちら○○不動産ですが−

ちっ、勧誘か。
ほかになにがあるというのだ>自分

−あのー、マンション購入などに、興味はおありでしょうか−
「ないです」 きっぱり!
−え、えーと、今後購入などお考えには…−
「ならないです」
−そうですか…。えーとお家賃とか払うのがもったいないと思われたりとかは…−
「しないです」
−え、えーと、じゃあ、チラシとか入っていても、あまりご興味ないですよね…−
「そうですね」
−…分かりました。ではまたの機会によろしくお願いします。−
「ごくろうさまです」

近頃になく、なごやかで感じのいい勧誘であったが。(ほんとかよ)
ぜったい営業成績悪いよな、このあんちゃん。アルバイトかもしれないが。みょーに人の良さというか要領悪さというか押しの弱さというか、そんなものがにじみ出て、なごみはするけど話はまとまらんだろう。
がんばれ。遠い空の下でひそかに応援しているぞ。私は買わないけど。


2004年1月19日Mon.
あとしまつ

もしかしたらトイレの水洗が壊れたかもしれない。
というのは、ちゃんとツマミがもどりきっているのに、いっこうに水流が止まらなかったりしたのだ。
うーむ。ほんとに壊れていたらやだなー。と思いながら、てきとうにひねり回していたら、そのうち止まったのだが。
明日の朝、流れっぱなしだったらやだなあ。

で、不幸はたび重なるもので、ツマミをひねくり回しているときに、うっかり芳香剤をひっくり返してしまった。
封を開けたばっかりの微○空間が半分になっちまった。
どうせ芳香剤だから、そのうち気化するのだろうけども。丸いツブツブが散乱している様は見てて気持ちいいものではなく。なにかの卵を連想させるし
ま、しいて幸いとするならば、ビールを飲んじまったあとでホロ酔いだったため、不幸の感覚が麻痺していたとことだろうか。
しゃーねえなあ、とブツブツ言いながらざっとあとしまつをしたのだが。やはりホロ酔いなのでだいぶんいい加減なのだった。
明日の朝はトイレがいいにおいだ。きっと。


2004年1月18日Sun.
さしいれ

「栄養をつけてくだサイ」 という主治医の言葉にしたがって、母は毎日おかずを2〜3品病院に持って行く。なんとなく巣にエサをはこぶ親鳥というおもむきがしないでもない。
で、今日は母が通夜に行き、妹も朝から出かけたので、私が持って行くことに。
鶏のささみにタラコをはさんで蒸したのだが。高血圧の気があるので、減塩の食事が出されている人に、タラコでよかったのだろうか。ま、たいした量でないからいっか。
どうも私がつくると酒のサカナちっくになってしまうのだ。


2004年1月17日Sat.


雪が降った。天気予報どおりである。
よりによってこんな日にお医者さん2軒のはしご。夕方に親父の顔を見に行ったので、都合3軒である。

訃報があった。
関西の親戚のおばさんで、しばらく患いついていたが、とうとうお亡くなりになった由。
年齢的には大往生だが、最後つらくなかったのであればよいが。
住吉の一家が関西にいた頃から、近所だったこともあってなにくれとお世話になっており、本来ならば皆で葬儀におもむかなければならないが、なにせ親父が入院加療中だったり、諸事情あって母と叔父が行くことになった。
庭に梅の木があるこぢんまりとした家に一人で住んでいた。今時めずらしい五右衛門風呂に入らせてもらったこともある。
関東に越してきて間もない年のクリスマス。私と妹にチョコレートを送ってくださった。B5版くらいもある巨大な板チョコで、表面にはクリスマスの景色が型押しされていた。
チョコと同じ景色を描いた白い外箱は、しばらく小学校低学年であった住吉の宝物だった。


2004年1月16日Fri.
ついに

ようやくとりましたか。京極が 『後巷説百物語』 で直木賞。新本格の若手、と思っていた京極さんも、もはや不惑を迎えた年らしい。
これで大極宮は直木賞で固めた希有な作家集団となりましたな。

後ではない 『巷説百物語』 は、すでに文庫になっているので、読もうという気もないではないのだが。基本的に文庫しか買わない奴。
住吉はこう見えて、おどろっぽい話に弱いのである。 (この場合の 「弱い」 は苦手ってことだ)
それでも読んでしまえば 「おお! すごい話だった!」 と充実するのは分かっているが。 『魍魎の函』 や『嗤う伊右衛門』など、滅入るような話なのに、語りのうまさに引き込まれてついつい一気に最後までページを繰ったし。
しかし暗い。
手を出すには、精神的にたっぷりと余裕がないと。京極堂シリーズも 『狂骨の夢』 を買ったっきり読んでいない。先に 『ルー・ガルー』 をやっつけようかどうしようか、迷うところなのである。


2004年1月15日Thu.
亀腹

今読んでいる松尾由美の小説には、妊婦さんがたくさんいらっしゃる。
で、前に出た形のお腹を 「とがり腹」 、亀の甲羅のような形を 「亀腹」 といい、前者は男の子、後者は女の子が生まれてくるという俗信が出てきたのだが。
自分のお腹をしげしげ見ると、ちょうど女の子が生まれてきそうなくらいの盛り上がりが。

…うう。最近泳いでないし。
暖かくなったらジョギングでもしないとやばいかも(汗)。

ちなみに 「とがり腹」 「亀腹」 というのは、小説の中だけの設定で、実際そう言われているということはないようです。


2004年1月13日Tue.
冬だもの

寒かった。

日中も気温が10度まで上がらない。
マイナス30度ほどではないが、寒いものは寒い。
いや、これが本来の姿で、いままでが暖かすぎたという説もある。
冬はこうでなくては。大荒れの北国のかたがたに比べればこのくらいどってこと。
とは思うものの。
やっぱり寒いのは寒い。

ところで「プラネテス」の続きを見たら、 「スペースデブリは秒速8キロメートル近くで地球を回っている」 と、ちゃんとアナウンスされてましたわ。はは。


2004年1月12日Mon.
今年もこんなもん

スポーツクラブもといお風呂屋さんこらに行ったら、カウンターでおみくじをひけという。
新春だから、ということらしいので、とりあえず素直に引いてみたが。

小吉。

ナニナニ?
願望 逆風あっても粘り強く努力すればかなう
待ち人 粘り強く待ち続ければおそけれど来る
恋愛 執念深くでも粘り強く待てばおそけれど成就する

……ああそうかい。


2004年1月11日Sun.
デブリ

新年からいきなり週6日のフル出勤だったもので、部屋の中は荒れほーだい。
幸い朝から晴れたので、ため込んだ洗濯をして、掃除機をかけて、トイレも掃除する。
しかし、どーしてこー、ホコリというやつは払っても払っても湧いて出てくるもんかね。

ちょっとゆっくりしたので、借りていた 「プラネテス」 のビデオなど見てみる。
が。
「プラネテス」って、こういう話だったのか???
いえね、原作をちゃんと読んだことはないのですが。
タナベのテンションが高いっていうのは、噂で知っていたが。こ、ここまでとは…。
しかも、声の出演が雪乃五月さんというところが涙をそそる。
いやー八郎太! あんたの感覚は正しい! こんな新人がおったら、うっとうしくてたまらないだろうよ。
脚本にけちをつけるわけではないが、これだけではとてもでないけど、星雲賞受賞作とは思えません。ごめんなさい。

宇宙ゴミであるデブリが問題になっているのは、なにもこの作品に出てくる70年後に限ったことではなく、現在でもすでにそうであるらしい。しかし現時点では有効な対策は見つかっておらず、 「デブリ警報」 などを出すにとどまっている、というのをなにかで読んだことがある。
そうであるなら、衛星軌道上に漂うデブリを人力で排除しなければならないという設定も、あながち無理のないことかもしれないが。たしかデブリってスゴい速さで軌道を回っているのではなかったっけ。
むつかしいことは考えても分からないのだが、とりあえず住吉としては、部屋に漂うデブリを何とかする方が火急の課題であったりするのだった。


2004年1月10日Sat.
駅弁大会

土曜だというのに出勤だった(泣)。
半ドンなので、昼ご飯を物色しがてら、都内某デパートで開催されている駅弁大会をのぞいてきたのだが。

大混雑(汗)。

駅弁の甲子園とまで言われているこの催事、以前にも何回か来たことはあるのだが、なにか年々人出が多くなっているような。
実演販売のブースは人だかりで、30分待ちも珍しくないようだ。とてもではないが、すきっ腹をかかえながら買い求める情熱もなく。駅弁以外の物産をいろいろ見て回り、結局ヨーグルトと焼きシジミとお味噌を買って、家でシジミのみそ汁とおにぎりを食べることにした。
駅弁は、車内で食べるのがおいしいのだ。 (あのぶどうはすっぱかったのだよ)


2004年1月8日Thu.
埋没

出勤途上に読む本が底をついた。
今年の目標は、 「なるべく本を増やさない (でも増えるだろうけど) 」 なので、たとえば森博嗣の 『有限と微小のパン』 みたいなぶあっついのを年頭から買いたくない。文庫で1200円は犯罪です(泣)。
そこで、とりあえず買い置きに手を付けることにしたのだが、それらをどこにやったのか、見あたらない。
六畳一間の狭い部屋で失くしものもないだろうと思うが、なにしろ半畳分は文庫本の山になっているので、ひとたびまぎれこむと、探しあてるのに苦労するのだ。
やはり、年末の大掃除をいい加減でやめておいたのが敗因だったか。
怒らないから、出てらっしゃい、ペリカン文書。
などと呼びかけても出てくるわけでなし。週末に発掘するまで、おあずけになるのかも。
しかたない、ぶあつくないのを買ってしのぐか。


2004年1月7日Wed.
なくて七草

粥を食べる日である。
帰宅途中までは、そのつもりだった。
しかし、冷蔵庫にうどん玉があるのを思い出し、急遽夕飯を麺類に変更。
山菜うどんみたいにすりゃー、格好もつくだろう。簡単だし。(←重要)

で、七草セットを求めて近所のスーパーに寄ってみたらば。
影も形もなく売り切れていた。

昨日まではたしかにあったのにー(泣)。
しかたないので適当に買い物をして帰ったが、めんどくさくてご飯を炊く気にもならない。
ありあわせのものでうどんにしてしまおうと、解凍した豚肉をほおりこむ。
買ってきたブナシメジもほおりこむ。
大根の切れ端があったので、それもほおりこむ。
ネギの切れ端も以下同文。
なんとなく七草っぽくなってきた。要するに、冬には摂りにくいビタミン類を食べればよいわけよね。
と、理屈づけながら、とどめにキムチを投入。
もはやわけわかりません。おいしいからいんだい。


2004年1月6日Tue.
世界にひとつだけだけど

紅白歌合戦の、瞬間視聴率なるものが出たらしい。それによると、最高をマークしたのは、トリを飾ったSMAPの 「世界に一つだけの花」 とのことであった。

たしかに、よい歌である、と思う。
ひとことで言えば、 「個の尊重による平和」 ということになろうか。自分とこしか尊重しないどっかの大統領に聞かせてやりたいものである。
そして平明な歌詞に覚えやすい曲想。自慢ではないが(文字通り)、住吉はいまだにSMAP全員の顔と名前が一致しない。嫌いではないのだが。とーぜんきちんと歌を聞いたこともないのだが、そんな住吉からして、 「カラオケで歌え」 と言われたら、なんとか歌えないことはないくらい、すんなり耳に入ってくる。

で、あるのだが。
なんでだか、素直に感動しないのは。
この曲がここまで売れるのは、きな臭い世情と競争社会にみんなが疲れているからではなかろうかと、ふと思ってしまうわけで。
世間の気分にうまくのせた作り手の意図がほの見えて、妙な説教くささを感じてしまうのだ。歌い手の問題もあるのか?
わたくし自身、個の尊重はなされるべきであると思っているし、疲れているときに歌に癒しを求めるのはぜんぜん悪いことと思わない。ただ、この歌がバブル絶頂期に出されていたら、果たしてここまで流布しただろうかと考えてしまう。

この百年の間、たった百年の間にも、日本人の価値観はジェットコースターのように変転した。モラルとは言えないほどのトレンドや 「いまどきの常識」 は年単位で変わっていく。
それぞれがそれぞれらしく、というもっともな 「常識」 も、これもまた時代の中で浮き沈みしていくのだろうな、と、ちょっとしみじみ思ったりするのだ。
いつになるか分からないが、経済がまた盛り返して、好景気に湧いたとき。こんなキャッチコピーが出てきてもおかしくないのではないか。

オンリーワンよりナンバーワン。

たぶん、時代の気分なんてそんなものだ。いいとか悪いとかいうことではなく。


2004年1月5日Mon.
しぶしぶ

今日から仕事なのだった。
そのことについては、ごくシンプルに、
やだなあ。
という感想しか浮かばないのだが。
このご時世で、そういうことを言っては、ばちあたりかもしれない。
しかし、職場を見渡すと、どうもみな重い体とココロをひきずりつつ出てきている様子なので、理屈ではないのかもしれないのだった。


2004年1月4日Sun.
新年

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

事情が事情なので年末年始は実家に居すわり、朝寝をしたり、網戸をいい加減に洗ったり、布団を干したり、紅白を見たり、たまに病院に行ったり、雑煮を食べたりして過ごしていたのだが。
考えてみたら、こんなに長い間帰省するのは、家を出て以来初めてではなかろうか。

実家より戻ったと思ったら、明日には仕事始めです。ああ今年も始まってしまう。