ロビン(最終回)

 

ゴキ中隊の残党に捕まり、散々ないたぶりとリンチを受けた挙げ句、

処刑されそうになったロビンを救ったのは、タコデビルだった。

だが、ロビンは下半身丸出しのまま、透明なカプセルに閉じ込められてしまう。

そして、その目の前で、タコデビルは青白い光に包まれ、何かに姿を変えようとしている。

いや、変身が解除されようとしていたのだ。

 

苦しそうに膝を着いたタコデビルから、少しずつ光が消えていく。

「そ、そんな・・」

やがて光が消え、姿を現したタコデビルの正体に、ロビンは絶句した。

「まさか・・。バットマンがタコデビル・・」

完全に光が消えた。

バットマンは疲れたようにゆっくりと立ち上がり、

近くにあったイスに腰を下ろす。

「どういう事なんだ、バットマン。

 どうしてバットマンがタコデビルなんだ」

ロビンの言葉を避けるように、バットマンはうつむいて、両手で顔を覆った。

「何とか言ってくれ、バットマン!」

「見ての通りだよ、ロビン。

 私がタコデビルだったんだ」

ようやく口を開いたバットマンの言葉には、

敢然と悪を懲らしてきた者の精気が感じられない。

「私は・・、私は君を失いたくなかった」

「何を言ってるんだ、バットマン。

 君は今までに多くの怪人を倒し、ショッカーの悪巧みを阻止してきたじゃないか。

 僕は君を尊敬していたし、それに・・。

 悔しいけど、バットマン。僕は君にはかなわないと感じていたんだ。

 そのバットマンがどうして?」

「そう。君は僕のようには強くはなれない。

 君には聞きたい事がいっぱいあると思う。

 順を追って話そう」

バットマンは少し顔を上げたが、まだロビンの視線をまともには受け止められない。

「君は僕のようには強くはなれない。

 私は君にない物を二つ持っていてね。

 その一つが殺意だ」

「殺意?!」

バットマンの意外な言葉に、今度はロビンが言葉を失った。

「そう、殺意だ。

 最初に君に会った時に話した事だが、私は5歳の時に両親を殺された。

 私の目の前でね。

 私を愛し、私が愛した両親をだ。

 私は復讐に青春の全てを賭けた。

 その集大成がバットマンなんだ。

 私が両親の仇を取った時には、まだ君の歳にもなっていなかったよ。

 私はね、ロビン。

 正義の為ではなく、復讐の為にジョーカーを殺した」

「しかし、それは・・」

「殺人者を殺すのは正義じゃない。

 殺人者を殺した者も殺人者なんだ。

 それが正義であり法じゃないのか、ロビン」

「・・・」

「ジョーカーを殺した時、私は私もまた裁かれると思った。

 だが、現実は違った。

 殺人者・ジョーカーを殺した私を人々は賞賛し、

 一躍、ヒーローとして扱われた。

 私に、殺人の免罪符が与えられたんだ」

バットマンはそこで言葉を句切ると、ゆっくりとした動作でマスクを取った。

「話が少しそれてしまったが、君にない物の二つ目がこのマスクだ。

 この中には精神力を増幅し、それを肉体的エネルギーに変換する

 装置が組み込まれている。

 この装置によって、私は殺意を強靱な肉体へと変換していたんだ。

 バットマンとはね、ロビン。

 機械で造られた殺人マシーンに過ぎないんだよ」

「何を言うんだ!。

 君が一般市民を殺したというのか。

 君が倒した相手は・・」

「さっきも言っただろ、ロビン。

 殺人者を殺しても殺人なんだよ。

 私にとって正義というのは・・、狩りの口実だった。

 世の中にはね、ロビン。

 生きる値打ちのない人間など、掃いて捨てるほどいるんだよ」

 

長い沈黙が続いた。

「そんな私を変えたのが君だった。

 君は純粋に正義の為に戦った。

 ロビン、君は美しい。

 心も・・そして、肉体もだ。

 君は、私がかつて欲しいと思っていた物をすべて持っている。

 そう。君は私の青春なんだ!」

バットマンは床の一点を見つめながら、途切れ途切れに話を続ける。

「君と一緒に戦った日々は楽しかった。

 私にとって、人生の至福の時だった。

 私は正義の為に戦ったんじゃない。

 君という、私にとって最も美しい物の為に戦ったんだ。

 私は・・、私は今が人生の全てであればいいと思った」  

「バットマン・・」

「だが・・。

 だが、そんな私の幸福の時は長くは続かなかった」

「どうして?」

「ロビン、君には分かるまい。

 いや、頭では分かっても、それを実感する事はまだないはずだ。

 人はね、ロビン。老いるものなんだよ。

 善も悪も、富める者も貧しい者も、誰にも例外なく・・、

 そして私もだ。

 私も老いたんだよ、ロビン」

「そんな・・」

「いや、私は老いた。確かに衰えたんだ。

 成長していく君に、衰えていく私。

 君は少しずつ私から離れていった。

 小鳥はやがて親鳥の元を離れ、巣立っていくものだ。

 しかし・・、しかし私は・・、君を失いたくはなかった」

バットマンの頬を一筋の涙が流れる。

「君には私が必要だ。君にはそう思ってもらいたかった。

 これまでのように、これからもずっとだ。

 そこで、私は君を罠にかけた。

 モス少佐を挟み撃ちにすると言って、君に単独行動を取らせ、

 モス少佐に君の動きをリークしたんだ。

 君を窮地に陥れて、それを私が助ける。

 そうする事で、君をつなぎ止めるつもりだった。

 全ては芝居だ。

 劇薬など、最初からなかったんだよ。

 だが、精神力を増幅させ、肉体的エネルギーに変えるこのマスクは、

 そういう私の邪心も肉体化させ、私を醜いタコデビルに変えてしまった。

 お陰で、君を助ける事が出来ず、君は山小屋でいたぶられる事になったわけだ。

 しかし、そこで私は、自分でも想像していなかった心の変化を感じたんだ」

「それは・・?」

「戦闘員にいたぶられ、羞恥に耐える君の姿が、

 私にはこの上もない美しい姿に見えたんだよ。

 だから・・、だから私は君を助けず、

 君がいたぶられ、辱められ、笑い者にされる様子をずっと見ていたんだ」

「そんな・・」

「君には済まないと思う。

 だが、君は美しすぎたんだよ」

「ま、待ってくれ、バットマン。

 落ち着いて考えてくれ。

 君はこれから何をしようとしているんだ」

突然のバットマンの言葉に、ロビンは理解の限界を超えていた。

何とか自分に理解できる領域まで、会話を引き戻そうとするが、

バットマンは構わず話し続ける。

「ショッカーが君を嬲り者にするのは良い。

 しかし、君を殺させるわけにはいかない。

 だから、君を助けた。

 だが、私には君が死ぬ事よりも、もっと認められない事がある」

「えっ?!」

「それは、君も、私や世の中の連中と同じように老いてしまうという事だ。

 それだけは絶対に認められない!。

 美しい君を、醜い老人にさせるわけにはいかないんだ!」

「そ、それは、仕方のないことだよ」

「いや!!。それだけは絶対に許す事は出来ない!」

「バカな事を言わないでくれ、バットマン。

 認められないとか、許せないと言ったところで・・」

「君を冷凍保存する」

「えっ?!」

「君が入っているカプセルは、その為のものだ。

 君はその中で、永遠の若さと美を保ち続けるんだ」

「冗談じゃないよ、バットマン。

 そんな事で僕が・・」

「君には申し訳ないと思う。

 しかし、君に私の正体を話した以上、もう元には戻れない。

 全ては終わったんだよ、ロビン」

バットマンは疲れた身体を引きずるように、

コントロールパネルのあるテーブルの前に移動した。

「さよなら、ロビン。

 そして、ありがとう。

 私は・・君を愛していた」

バットマンがパネルのスイッチを入れる。

ロビンのいるカプセルの中に、冷気が音をたてて注ぎ込まれる。

すぐに白い冷気がロビンを包んだ。

ロビンは中から何か言ったようだが、バットマンにも聞き取れない。

だが、バットマンの心には、ロビンの声がはっきりと届いていた。

「僕もだよ、バットマン」と。