海のように



                  その日の晩もいつもどおりに蓮に抱えられながら眠っていた香穂子は、
                 不思議な夢を見た。

                  海の中を漂っている自分。
                  水の中にいるのに苦しくない。むしろ暖かくて心地よく感じるほどだ。
                  ここはどこだろうと辺りを見回しているとふたつの光が目の前に現れた。
                  ふたつの光はくるくると香穂子の周りを飛び回り、やがて一つになると香穂子の
                 身体の中に吸い込まれた。

                  そこで香穂子の意識も浮上する。

                  「変な夢見ちゃった・・・」

                  ぼーっとして身体を起こす。
                  時計を見ればまだ午前二時だった。
            
                  「どうかしたのか?」

                  香穂子が腕の中から抜け出したことで蓮も目を覚ましたらしい。
                  上体を起こして寝ぼけマナコの香穂子を心配そうに覗き込んだ。

                  「あのね、変な夢見たの・・・・」
                  「夢?」
                  「海の中を漂ってたらね・・ふたつの光が一つになって身体の中に吸い込まれたの」
                  「でもね、イヤじゃなかった・・嬉しかったよ」

                  香穂子はそこまで話すと、蓮の肩にコテっと頭を載せて寝息を立て始めた。

                  「海?光?」

                  香穂子の話だけでは要領を掴めなかった蓮は首を捻った。
                  とりあえず、香穂子はきちんと休ませてやろうと再び腕の中に抱え込み、
                 ゆっくりと身体を横にした。

                  そして自分も横になると、じっくりと香穂子の寝顔を見つめる。
                  香穂子が言っていた言葉を何となく思い出した。

                  ふたつの光が一つになって身体の中に吸い込まれた・・・?
                  海の中といい、それではまるで・・・

                  そこまで考えてハッとする。

                  (そう言えば昨夜は・・・・・)

                  昨晩の出来事を思い出し、まさかという考えが頭の中を過ぎった。
                 
                  (いや、待て・・まだそうと決まったわけじゃない)

                  香穂子が見たのは単なる夢じゃないか。と頭を振る。

                  (どちらにしても、結果はまだ先にならないとわからないな・・・)

                  そんなことを思いつつも、どこか香穂子の見た夢を気にしながら蓮も眠りに就いた。


                  それから3ヵ月後。
                  夢のことなどすっかりと忘れていた蓮は、仕事から帰宅するとテーブルの上に
                 準備された食事に目を瞠った。

                  「今日は随分と豪勢だな」
                  「何かの記念日だったか?」

                  自分では心辺りが無かった為、内心焦ったが香穂子の様子を見ているとどうやら
                 違うらしい。
                  頬を染めながら照れたような笑みを浮かべ続けている。

                  「とりあえず座ってよ」

                  香穂子に促され、黙って椅子に座った。
                  香穂子も向かい側に座り、居ずまいを正す。

                  「あのね・・今日病院に行ってきました」
                  「病院・・?」
                  
                  蓮の顔がサッと強張るのを見て香穂子は慌てて首を振った。
              
                  「ち、違うよ!あのね、病気とかじゃなくて・・・」
                   そしてあるものをサッと顔の前に掲げた。

                   香穂子が手にしているものに書かれている文字を読み、蓮は口をあんぐりと
                 開けたまま驚いた。

                  「母子手帳って・・それじゃあ」

                  「さ、三ヶ月です///」


                   蓮は勢い良く立ち上がると香穂子の背後に回りその華奢な身体に抱きしめた。

                  「香穂子・・・」
                  「蓮、嬉しい?」
                  「聞くまでもないだろう?当たり前だ」

                   香穂子の顔を覗きこむ蓮の顔は穏やかな笑みが浮かんでいた。

                  「だよね?私も嬉しい。そしてとっても幸せだよ」
                  「蓮と結婚した時、これ以上の幸せなんてありえないって思った・・」
                  「でもね、お腹に赤ちゃんがいるってわかって・・幸せって無限大なんだって知ったよ」

                  「一緒に守って行こうね。新しい私たちの宝もの」
                  
                  香穂子は背後から抱きつく蓮の腕を外し、そのまま自分のお腹に宛てさせた。

                  「もちろんだ」
                  
                  まだお腹の中の子供は動けるほど育ってはいないので手を宛ててもその存在を感じる事は
                 出来ない。
                  だが、確かにこの中には二人の遺伝子を受け継いだ子が宿っている。
                  蓮はその鼓動に語りかけるように目を閉じ、頷いた。
                  

                  香穂子があの日見た夢。
                  それは新しい生命の息吹。

                     

                      いうわけで拍手お礼やブログに書いていたお子様の話です。
                      パソコンが直ったらきちんと連載したいと思ってました。
                      今日は第一子のあの子の妊娠発覚編です。