FIRST CONTACT



                         月森蓮がまだ幼稚園児だった頃、家族で親戚の所有する
                        雪山のロッジに出かけたことがあった。

                        「ほら蓮、遠くのお山がきれいよ」

                         月森母(浜井美沙さん)は小さい月森の身体を抱っこして
                        窓の外の景色を見せた。

                        「ほんとだ〜」

                         幼い月森は母の言葉に素直に頷き、白銀に染まる景色に感嘆した。
                         自分が住んでいる場所はここまで雪が積もった事は無いのだ。

                        「たまに山からキツネさんとかウサギさんが遊びに来るんですってよ」
                        「キツネさん!?」
                        「手袋とか買いにくるの?」

                         母親の言葉に蓮は目を輝かせた。
                         この間、祖母にキツネの子供が手袋を買いに行く話の
                        絵本を読んでもらったのだ。
   
                         美沙は興奮する愛息に微笑みながら答えた。

                        「そうねぇ・・・」
                        「もしかして蓮の手袋を借りに来てくれるかもしれないわね」
                        「でもね、キツネさんやウサギさんはとても怖がりだから
                      無闇にさわろうとしたらダメよ」
                        「大丈夫だよ!」
                        「ぼく、キツネさんてわかっても言わないよ!!」

                         母の意図する答えとはまったく違った言葉を返し、月森少年は
                       今か今かとその時を待った。

                        「蓮、外に遊びに行かないのか?」

                         通りがかった月森祖父(年齢名前不明、美沙実父)は外に
                        遊びにも行かず、暖炉の前で本を読む孫に声を掛けた。
                         近所の別荘の子達は雪だるまを作ったり、ソリで遊んで仲良くなっているのに
                        蓮にはそれに加わる様子が一向になかった。

                         蓮は「ん〜?」と顔を上げる。
          
                         「キツネさんが来るからおるすばん〜」
                         「はっ!?」

                          蓮の絵本の事も美沙との会話も知らない月森祖父は何の事だか
                         さっぱりわからない。
                          もともと蓮は内向的で家で過ごすことが多い。
                          ここに来て環境が違えば少しは違うかとも思ったが・・・。
                          やはりダメだったようだ。

                        (たった一人しかいない孫がそうじゃいかんよね?)

                          月森祖父の頭の中で電球がピカーと灯った。
                          ちょっとした荒療治を思いついたのだった。

                         「蓮、おじいちゃんとお出かけしよう」

                          温和な笑顔を浮かべ、蓮に手招きをする。
                          蓮はトテトテと足音を立てて傍にやってきた。

                         「どこにぃ?」
                         「行けばわかる」

                          月森祖父は蓮になるべく厚着をさせ、手袋と耳あてを装備すると
                         手を引いて車に乗り込んだ。

                         「おじいちゃん、熱いよ〜」

                          着膨れするほど厚着されたうえに車の暖房で蓮の頬が紅潮していた。

                         「すぐに寒くなるから我慢だ」
                          しばらくして、車がどこかの林道に入ると「この辺でいいか」と月森祖父が
                         車を止めた。

                         「ここどこぉ?」
                          辺りは暗くなり始め、何となく不気味さが漂っていた。
                          ふくろうの鳴き声に身体がビクリとなる。
                          怯える蓮の腰に月森祖父はロープを巻きつけた。
                         「何するの?」
                         「良いか?蓮・・・」
                         「男の子は強くなくちゃいかん」
                          話しながらロープの端を近くの木に巻きつけた。
                         「おじいちゃんは先に別荘に帰ってるから、しばらくここで
                         がんばりなさい」
                         「えぇ〜!!」
                          踵を返して車に向かう祖父に泣きべそをかいて
                         呼びかけた。
                         「おじいちゃ〜ん、まってぇ」
                          懇願する蓮の気持ちとは裏腹に、祖父は微笑を浮かべ、
                         軽く手を振って車に乗り込んだ。

                          一人残された蓮は暗い森を見回した。
                          果てしなく闇は続き、周りに何があるのかさえわからなくさせる。

                          ふいに、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
                          蓮の身体がびくりと反応し、その方角に目が釘付けになる。

                          茂みは相変わらずガサガサと音を立て続け、しかもだんだん
                        近付いてくる。

                         (なに〜?おばけ〜?)

                          蓮の恐怖は最高潮に達した。


                         場所は変わって月森家別荘。

                         蓮の母、美沙は姿が見えなくなった息子を心配して探していた。
                         そこへ敷地に入ってきた車に気がついていた。
                         乗っているのは同居している実父である。

                        「お父さん、出かけていたのですか?」
                        「あぁ・・」
                        「蓮、知りません?さっきから姿が見えなくて・・・」
                        「蓮ならちょっと雪山に行っておいてきた」

                        「・・・・・・はっ?」

                         意味がわからず目が点になる。

                        「内気さを無くす為にな、修行させようと思って木に縛り付けてきた」
                         それを聞いた美沙の顔から血の気がひいていく。

                        「きゃ〜!!蓮!!」

                         慌てて別荘から飛び出していった。

                        
                        戻って林の中。
                        恐怖が最高潮に達していた蓮は失神寸前だった。
                        
                        そして近付いてきたものがついにぬっと姿を現した。
                        ぎゅっと固く目を閉じると意外と可愛らしい声が聞こえてきた。

                        「何してるの?」

                        その声に恐る恐る目を開けると、同じ歳くらいの女の子が不思議そうに
                        蓮の顔を覗きこんでいる。

                        赤みがかった髪に白いコート。
                        ピンクの手袋に動物の手の形をした耳あてをしている。

                       「君こそ・・何してるの?」
                       「私?遊んでるの」

                        女の子の言葉に蓮は目をぱちくりとさせた。
                        こんな時間まで遊んでいて怒られないのだろうか?

                       「もうまっくらだよ。お母さんに怒られない?」
                       「うん、きっとげんこつもらう」
                       「それでも良いの?」
                       「良くないけど帰れないんだもん」
                       「もしかして・・・迷子?」

                        女の子はその言葉にピクリと反応し、蓮の顔をじっと見てから首を振った。

                       「ううん、そうなんごっこしてるの」
                       「そうなんごっこ?」

                       「そう、寝ちゃダメだ〜とか叫ぶの」
                       「それって面白い?」
                       「・・・・・・・あんまり面白くない」

                       「本当は迷子なんでしょ?」
                       「違うよ、そうなんごっこだよ」

                         女の子は蓮の言葉を頑なに否定する。

                       「ところであなたは何の遊びをしているの?」
         
                         木に縛り付けられたままの蓮を不思議そうに眺めている。
                         木の枝を拾ってツンツンと突っつきそうな勢いだ。

                       「遊びじゃないよ。修行だよ」
                       「修行!?」

                         修行と言う言葉を聞いて女の子の目が俄然輝きだした。

                       「じゃあ修行が終わったら雲に乗ったり、水の上歩いたりするんだね」

                         女の子の突拍子もないイメージに蓮は幼いながらも焦りを感じた。

                       「えぇ〜?た、たぶん出来ないよ・・・」
                       「できないの〜?」
                         途端に女の子の表情はショボンとなる。
                         そんな表情を見て蓮は更に焦りが増した。
                         何だかんだ言っても、紳士的な父親に影響されて蓮もその性質
                        を受け継いでいるのだ。
                         やはり子供と言っても女性を泣かせるのは不本意だ。

                       「あ!でも・・・」
                       「僕、ヴァイオリンなら弾けるよ?」

                       「ヴァイオリン?」
                         女の子が蓮の言葉にしょげた顔を上げた。

                       「うちにおいでよ。聞かせてあげる」
                       「それにキツネさんがもうすぐ手袋を借りにくるよ」
         
                       「ホントに?」
                    
                       「うん!一緒に行こう。だからね・・・」
                       「この縄解いて・・・」
                        

                        溺れる者藁をも掴む勢いで自分と同じ歳であろう女の子に
                      蓮は自分の解放を頼んだ。

                       「いいよ!!」

                        女の子は蓮の背後に廻ってロープの結び目を解き始めた。
                        なかなか頑丈に縛ってあるらしく、苦労したようだが頑張っているうちに
                       だんだんと緩まってきてついには解くことに成功した。

                       「やった〜」
                       「ありがとう〜」

                        ふたりしてばんざ〜いと両手を挙げて喜んだ。

                       「じゃあぼくの泊まってるところにいく?」
                       「うん!」

                        二人が手を繋いで歩き出そうとした時、再び茂みがガサガサと
                       揺れ始めた。

           

       
                       「香穂子〜!」
                       「あ!おねえちゃんだ」

                        女の子は遠くから聞こえてきた声に反応して走り出した。
                
                       「やっと見つけた!!」
                        茂みから姿を現したのは小学生の女の子だった。
                        どうやら彼女のお姉さんらしい。
                        顔も良く似ている。

                        お姉さんは女の子を見つけるとその頭上に勢い良く拳骨を振り下ろした。

                       「いてぇ」

                        女の子は両手で頭を抑えているが、堪えた様子はない。
                        むしろお姉さんのほうが手を痛そうにしていた。

                       「ほら!帰るよ!!」
                       「え〜!?」

                        お姉さんは女の子の腕を掴むとぐいぐいと引っ張り出した。
                        女の子は抵抗するように踏ん張っている。
                     
                       「まだキノコ見つけてないよ〜」
                       「ゲームの中のキノコが生えてるわけ無いでしょ!?」
                       「うわ〜ん、ポイント〜」

                         女の子は再び拳骨をくらうとしぶしぶお姉さんの後についていった。
                         それをぽかんと見送る蓮。
                         再びひとりぼっちになってしまった。

                        「れ〜ん」

                        「あ!お母さん」

                         今度は自分を呼ぶ大好きな声に蓮は我に返った。
                         美沙の姿を見つけて抱きついた。

                        「良かった。無事だったのね?蓮」
                        「うん!」
                        「良く泣かなかったわね?えらいわ」
                        「あのね、女の子と一緒だったよ」
                        「女の子?」
                        「うん、そうなんごっこしてたけどホントはキノコでポイント探してたみたい」
                        「は・・・?」
                      
                          美沙は目を丸くした。
                          蓮のおでこに手を当ててみたが熱はないようだ。

                         (もしかしてショックで混乱してるのかしら?)

                          何も知らない美沙は蓮のトラウマにならないかを心配した。

                        「とりあえず、寒いから帰りましょ?」
                        「うん!」

                          美沙と手を繋いで歩きながら、蓮は振り返った。

                         (また、あの子に出会えるかな?)


                          それから十数年後。

                        「私、蓮くんを見た時に思ったの」
                        「初めてあう気がしないって・・・・・」

                          香穂子は喫茶店で向かい側に座る蓮を見つめて言った。

                        「君もか・・俺もそう思っていた」
                        「これって、運命ってやつかな?」

                        「そうかもしれないな」

                          のほほんとお茶をする二人は、最初の出会いがそんなロマンチックな
                        ものではない事に今も気づいてはいない。


                      
                  
                              LaLa感想に書いた月森と祖父の妄想話。
                              復活一発目がこれってどうなんでしょう?
                              ブログに書いてる砂時計に出てくる蓮祖父は昔から
                              こんな感じです。
                              うちの父も祖父に木に縛り付けられた事が何度もあるそうな。
                              祖父は明治の人ですよ(一応)
                              今はこんなことやっちゃいけません。(当たり前)