手を繋いで歩こう



                       「月森くん・・絶対置いてかないでよ」
                       「あぁ・・」

                       「絶対だよ!!」


                        ビクビクと身体を震わせた日野が俺の服を力いっぱい引張っている。

                        周りは闇に囲まれて明かりは僅かな非常灯だけ。

                        今日、俺達コンクールメンバーは火原先輩の誘いで最近話題になっている
                       ホラーハウスに来ていた。
                        ようするにお化け屋敷だ。

                        くじ引きで俺と日野がペアになり、最初にスタートしたのだが・・・。

                        入るまでは意気揚々だった日野は思った以上に怖かったのかさっきから
                       俺の服の裾を握って離さない。
                        そのあまりの力の入れように上手く歩けないくらいだ。

                       「日野・・その、もう少し力を抜いてくれないか?」
                       「上手く歩けないんだが・・・」

                         やや後ろを歩く日野を振り返って言うと、彼女は瞳に涙を
                        浮かべて俺を睨んだ。

                       「そんな事言って!月森くん私の事置いてちゃうんでしょ」
                       「そんなことは絶対しないから・・」

                       「ヤダ!!」

                         更に服を引張りながら首を左右に振る日野に溜息を吐きながらも
                        可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか?

                         でも困った・・。
                         これではいつまでたってもゴールに辿りつきそうに無い。

                         俺は少し躊躇ったが日野に手を差し出した。

                       「ほら・・」
                       「手を繋いでいれば少しは落ち着くだろう?」

                         日野は最初驚いたように俺を見ていたが、すぐに嬉しそうな表情になって
                        手を載せてきた

                       「ありがとう・・・」

                         そんな風に笑わないでくれ・・。
                         この状況に妙な期待をしてしまいそうだ。

                         日野は手を握って少し冷静になったのか、さほどパニックにならずに
                        すんでいる様だ。
                         お陰で歩くスピードも上がってゴールも近い。
                         今度は安堵の溜息が出た。

                        「日野もう少しだ・・・」
                        「うん!」

                         振り返って日野の返事を聞いた時、その背後に脅かし役が立っていることに
                        気がついた。

                         脅かし役のゾンビが日野の肩を叩く。
                         日野は疑いもせずに振り向き、そして固まった。

                         あ・・マズイ・・・・。

                        「き、やぁぁぁぁぁぁぁ」

                          日野の凄まじい叫び声にゾンビも驚いて思わず後ず去っている。

                        「ひ、日野・・・・落ち着くんだ」
                        「いやあぁぁぁぁぁぁ」


                          俺は何とか宥めようとするが、日野は完全にパニックを起こして言葉など
                         耳に入っていないようだ。

                          やがて日野は俺の手を放すと相変わらず悲鳴を上げたまま一人ゴール
                         まで走っていってしまった。

                          俺とゾンビはその勢いに唖然として見送るしかなかった。


                      

                          私も昨年某所のお化け屋敷に行きました。
                          一緒に入った元同僚がパニック起こしてゾンビにリタイア口を
                         訊ねていた。
                          ゾンビの人もご丁寧に「知らない」と言ってくれました(笑)
                          今回、片思いの話にしたのはこういう状況で手を繋ぐならきっと
                         片思いの方が嬉しさ倍増だと思ったからです。