ちょっと手伝ってくれると嬉しいなぁ
授業の終了を知らせるチャイムの音。
先生がパタリと教科書を閉じるのを合図にしたように起立の号令がかかった。
「ん〜〜〜!」
腕を上げて思いっきり伸びをする。
最後の授業が数学だったからいつもより肩がこったような気がするよ。
「よし、早速練習に行きますか!!」
私はロッカーからヴァイオリンのケースを取り出すと練習室に向かった。
最近では練習のために居残るのも慣れてきた気がする。
このヴァイオリンに出会って音楽に目覚めてからというもの、疲れたり
はするけどそれなりに楽しい。
(夢中になれることがあるって良いなぁ)
部活に熱中する子の気持ちがわかる気がした。
「お?日野じゃないか・・」
職員室の前を通りがかると、ちょうど廊下に出てきた金澤先生と
はちあわせした。
「あ、こんにちは!」
普通に挨拶をしてそのまま通り過ぎようとしたら金澤先生にいきなり
肩を掴まれた。
「おまえさん、丁度いいところに通ってくれたな」
「へ?」
「生徒会室の倉庫に今度の生徒総会で配る資料があるんだ」
「それを音楽科まで運んでくれ」
あっけらかんと頼む金澤先生の言葉に私は茫然となった。
「生徒総会の資料って・・・」
「いったいどれくらいの数ですか!?」
「音楽科と言っても全学年じゃないぞ」
「係りが休んだ二年生の分だけだ・・」
それだって確か70人分くらいじゃない?
はっきり言って私みたいな女の子がする仕事じゃない。
「イヤですよ・・これから練習するんですから」
「今日は練習室に空きはないぞ」
「え・・?」
「確か音楽室には柚木と親衛隊がいたし、講堂で天羽が取材してたな〜」
「今日は天気が悪いから外も無理だろう?」
「う〜〜〜〜」
「そういうわけで悪いな日野、これ生徒会室の鍵」
金澤先生は私にポンと鍵を手渡すと上機嫌で職員室に戻っていった。
(あれ、絶対自分でやるのが面倒だからだよ)
まったく不良教師だ。
(でも、困ったな・・)
本当に練習室に空きがないなら今日の練習は無理だ。
柚木親衛隊がいる中で練習する度胸はないし、天羽さんに見つかったら
色んなこと根堀葉掘り聞かれるに決まってる。
「は〜〜〜」
楽しい気分は一転して憂鬱になった。
とりあえず、頼まれたからには資料運びをしなければならない。
私は足取りも重く生徒会室の倉庫に向かった。
「く・・・重い」
私の両手には40冊の資料+ヴァイオリンと鞄。
ちょっと無理しすぎだけど、何とか二回の往復で済みそうだ。
「最初は2年A組〜」
前が見えなくてふらふらと覚束ない足取りで階段を上る。
これってかなりの筋トレだと思う。
「何をしているんだ?」
「お?」
前方から聞こえてきた聞き覚えのある声に私は少しだけ資料を持つ
手を下げた。
資料の向こう側に思ったとおり月森くんの綺麗な顔。
ただ、眉間に皺が寄っていたけど。
「さっき金澤先生に捕まっちゃってさ・・」
「生徒総会の資料を運ばされてるの・・」
「そうか・・大変だな。それじゃ俺はこれで・・」
「ちょ、ちょっと〜!!」
あっさりと横を通りすぎようとする月森くんを慌てて呼び止めた。
「何か?」
「か弱い女の子が困ってるんだから手伝おうよ」
「か弱い?」
月森くんはキョロキョロと辺りを見回す。
それってどこにいるのかって言いたいのか(怒)。
「もうすぐ2年の教室だぞ」
「まだ半分あるんだってば・・」
「お願い!手伝って下さい」
荷物を持っていたから手を合わせることが出来なくて変わりにぺこりと
頭を下げる。
その瞬間、持っていた資料はバサバサと廊下に滑り落ちた。
「あ・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
見上げると月森くんの呆れ顔。
腕を組んで少し溜息をついた後、しぶしぶ資料を拾い集めて半分以上を
持ってくれた。
「ありがとう・・・」
「時間の無駄だ、早くしてくれ」
スタスタと教室に向かって歩く月森くんの後を私は慌てて追いかけた。
「よし!これで終わり」
2年B組の教卓の上に資料を置くと頼まれた仕事は終了した。
さすがに放課後はみんな練習に向かって教室には誰も残っていなかった。
でもちょっと安心したよ。
月森くんと二人でやって来たら注目浴びるもんね
「本当、助かったよ。月森くん」
「練習時間短くなっちゃってごめんね?」
「それはお互い様だろう」
「あ・・私は今日は練習室が空いてなくて練習出来ないの」
「だからもう帰ろうかな〜って・・・」
月森くんが無言で私を見つめる。
その気になれば音楽室とかでも出来るのに、練習しないで
帰るなんて不真面目に思われたかな?
月森くんは少し考えて迷った素振りを見せた後、こう言い出した。
「俺は今日、練習室をおさえてある」
「うん?」
「その・・君さえ良ければ・・一緒に練習室を使っても構わないが・・」
この言葉に私は驚きを隠せなかった。
まさか月森くんの方からこんな事を言ってくれるなんて思っても
無かったから。
あんぐりと口を開けた姿はさぞかしマヌケだろう。
「い、良いの?」
「俺は構わない」
その返事に私は嬉しくなって今度はニヤけだす顔が止められなかった。
「ありがとう!お願いします」
「あ、あぁ」
照れたように顔を背けて歩き出す月森くんについていきながら思った。
頑張った後には素敵なご褒美があるものだ。
同じお題の中で月森視点の話を書きたいです。