体育祭
パンパンという音を立てて青い空に白く花火が打ちあがる。
今日は星奏学院の体育祭。
朝の開会式を経て普通科、音楽科関係なく紅白に分けられ、競技
が続けられている。
私はというと、応援もそこそこに少し離れた所に座っている月森くんを
チラチラと覗き見ていた。
幸運にも私と月森くんは同じ赤組で同じ列に座っている。
そして他の女の子たちもまた、同じようにチラチラと意味ありげに月森くん
を見つめていた。
月森くんは無意識にそれを感じ取っているのか、校庭に視線を向けながらも
不機嫌そうに眉間に皺が寄っている。
(ごめんね、月森くん)
彼がこんな風に注目されるのを嫌がっているのは十分に解っている。
でもね。今日だけは・・・。
今日だけはバレンタインと同じくらい恋する女の子の決戦の日なんだよ。
この星奏学院には学内コンクールに関する事以外にも結構な数のジンクス
が存在する。
その一つに体育祭で好きな男の子にハチマキを交換してもらえたら両思い
になれるというのがある。
何かどこにでもありそうな安いものに聞こえるけど、かなりの確率で叶っている
からあまりバカにも出来ない。
ヴァイオリン・ロマンスよりお手軽だから他の女の子もお目当ての男の子の
ハチマキを狙ってヤキモキしてるし。
柚木先輩に次いで人気の高い月森くんは当然狙ってる子も多くてかなりの
難易度だった。
でも、月森くんは当然そんなジンクスは知らないらしく、朝から用もないのに
何度も話しかけてくる女の子達や視線にかなりイライラしてるのがよくわかった。
だからとりあえず心の中で謝ってみたけど・・・。
それにしても・・・・。
(月森くんのジャージ姿も新鮮でカッコいいな〜)
なんて思いながら熱い眼差しで眺めていた。
スラっとしていて姿勢が良いせいかな。
体型も整ってるしスポーツマンっぽい。
本当、美形な人はどんな格好をしていても絵になるものなんだと感心してしまう。
そんな私の邪念が届いてしまったのか。
月森くんが急にこっちを向いたのでパッチリと目が合った。
私は何となく後ろめたくて誤魔化すようにヘラヘラと笑うと、月森くんがそれに
答えるように微かに笑ったように見えた。
午後になり、競技も大詰めを迎える中で大胆にアタックを開始する女の子が
増えてきた。
でも、次々と玉砕してハチマキは今だ月森くんの下にある。
(やっぱり作戦練らなきゃダメかな〜)
腕を組んで考え込んでいるとそれに気づいた友達から声がかかった。
「ちょっと香穂ちゃん!今違う事考えてるでしょ!?」
「騎馬戦に集中しなきゃ怪我しちゃうよ!!」
「は〜い」
大丈夫。解ってるよ。
月森くんが見てるんだもん。
無様な姿は見せられませんからね!
パン!というスタートの合図に各組の騎馬が動き出した。
日頃の鬱憤なのか?
音楽科の騎馬にかなり狙われたけど、そこは持ち前に機敏さで逆にハチマキを
奪っていく。
ファータを捕まえるのがプロ級の私にはこんなの朝飯前だ。
残っている数もだいぶ少なくなり、目の前に現れた騎馬と対峙した。
気合を入れて見つめると、そこには「先輩・・」と小声で怯える女の子が・・。
「ふ、冬海ちゃん・・・?」
「は、はい・・・・」
怯えて頷く彼女はまるで小動物のよう。
(すごい。これで今まで生き残ってたんだ)
良く見ると彼女は奪ったハチマキを持っていない。
どうやら逃げ回っていたようだ。
「ごめんね冬海ちゃん。これは勝負だから・・」
「はい・・・」
ハチマキを奪おうと身構えてみたものの、震えて防御すらしない冬海ちゃんが
耳を垂らしたウサギに見えて掛かる気にはなれない。
何だか自分がとても悪い事してるみたいに見えちゃうよ。
そんな私が迷っている隙を突いて後ろから伸びてきた手にハチマキを取られて
しまった。
「あっ!!」
「へへ〜ん。頂き〜」
慌てて振り返ると、してやったり顔の天羽ちゃんが私から奪ったハチマキを
揺らしていた。
それを境に終了の合図が鳴り響く。
「負けちゃった・・・」
がっくりして席に戻ろうとした時、どこからか戻ってきた月森くんを見つけた。
そしてその異変に気づいて慌てて声を掛けた。
「月森くん!」
「あぁ、君か・・さっきは残念だったな」
月森くんの労いの言葉も今は驚きのあまり素通りしてしまう。
「ハチマキは!?」
そう、月森くんは騎馬戦前には確かにしていた筈のハチマキをしていなかった。
もしかして私が居残ってる隙に先に負けた女の子にあげてしまったのだろうか?
そんなの悲しすぎる。
「ハチマキ?あぁ・・」
私の言葉に不思議そうに首を傾げつつ、ポケットから赤いハチマキを取り出した。
それを見てホッとする。
「今日は朝からなぜかハチマキを交換してくれと言われ続けるんで外したんだ」
「これに何かあるのか?」
月森くんに訊ねられて思った。
もしかしてこれってチャンスじゃないかと・・・。
「あのね!実は・・・」
私は自分のハチマキを外そうと額に触れた。
そこでハッとした。
さっき騎馬戦で天羽ちゃんに奪われてから返してもらってない。
「ハチマキがない・・どうしよう・・」
せっかくのチャンスなのに何も出来ないなんて・・。
悲しくて落ち込んでいると、月森くんが持っていたハチマキをスッと差し出した。
それに驚いて月森くんを見上げる。
「君は最後のリレーに出るんだろう?」
「俺はもう出る競技はないから・・ハチマキがないならこれを使うといい」
「で、でも・・・・」
「良いから・・・」
月森くんは私の手を掴むと自分のハチマキを握らせた。
「あり・・がと・・・」
「次は勝てると良いな・・・」
そう優しく言い残すと、月森くんは自分のクラスへと帰って行った。
勝てるよ・・・。
勝てないわけがない。
だって月森くんがくれたお守りがあるんだもん。
絶対一位になるよ。
私は誓うようにその赤いハチマキを額に結んだ。
リレーは赤白二名ずつ走っている。
第一走者が途中で転んでしまって私のチームは最下位になったものの、
途中で一人抜き返して3位になっていた。
アンカーは私。
2位のチームも同じ赤組だけどここはやっぱり負けられない。
バトンが手渡されると、私はゴールを見据えて走り出した。
まずは2位の子を抜き返す。
後は1位の子を追いかけようとするけど、かなりの距離が開いていた。
それでも私は諦めずに追いかけた。
ぐんぐんと縮まる距離に歓声が上がるけど、その時は耳に入ってこなかった。
一位の子を捉えた時、ゴールの白いテープは間近に迫っていた。
そして最後の瞬間。
やや抜き出た私がテープを切った。
その瞬間にワッと湧き立つグラウンド内。
同じリレーに出ていた子に次々と抱きつかれたけど、私の視線は観客席に
釘付けだった。
そこには口元に優しく笑みを浮かべて見てくれていた彼がいた。
両思いとかのジンクスが叶うとかはわからないけど、月森くんと私の距離も
いつの間にか少しだけ縮まったみたいだ・・。
何かやたらと長い話に・・・・。
私設定では、騎馬戦の作戦を考えたのは土浦。
志水くんはゆるゆるとスタートのピストル?とか撃ってそう。
火原は朝礼台の上でラジオ体操をやる係りっぽい。
柚木は・・校長先生の隣に座ってテントで微笑んでそう。